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回帰分析と因果関係の落とし穴:組織サーベイ分析における誤解

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昨今、多くの企業で組織サーベイが実施され、従業員の意識や行動を定量的に把握しようとする試みが広がっています。その分析手法として、(重)回帰分析が用いられる場合もあります。例えば、「従業員の満足度」を高めるために、「上司との関係性」「仕事の裁量」「報酬の満足度」などの要因がどの程度影響しているのかを分析することがあります。

この分析において、「上司との関係性が良好である人ほど、従業員満足度が高い」という結果が得られた場合、「上司との関係性を改善すれば、従業員満足度が向上する」という因果関係を見出したと解釈されることがあります。しかし、この解釈には重要な注意点があります。

単時点での重回帰分析を用いただけ、つまり「ある時点に行った1回の調査データで行う重回帰分析」では、因果関係を実証することは困難です。これは、重回帰分析という手法の性質に起因します。本コラムでは、重回帰分析と因果関係の関係性について解説します。とりわけ、なぜ単時点での重回帰分析だけでは因果関係を実証できたと言いにくいのか、そしてなぜそのような誤解が生じやすいのかについて、具体例を交えながら説明します。

重回帰分析とは何か

重回帰分析は、ある変数(成果指標)と複数の変数(影響指標)との間の関係性を数理的にモデル化する統計手法です[1]。数式で表現すると、y=β₀+β₁x₁+β₂x₂+…+βx+εという形式で表されます。ここで、yは成果指標(例えば、従業員満足度)、x₁, x₂, …, xₙは影響指標(例えば、上司との関係性、仕事の裁量など)、β₀, β₁, …, βₙは回帰係数、εは誤差項を指します。

この手法は、成果指標の変動を影響指標の線形結合で説明しようとするものです。具体的には、誤差項の二乗和が最小となるように回帰係数を推定します。これによって、各影響指標が成果指標に対してどの程度の関連性を持っているかを、偏回帰係数などの指標として定量的に把握することができます。

組織サーベイの文脈では、例えば従業員満足度を成果指標とし、上司との関係性(x₁)、仕事の裁量(x₂)、報酬の満足度(x₃)などを影響指標として分析を行います。各回帰係数(β₁, β₂, β₃)は、他の変数の影響を統制した上で、それぞれの影響指標が成果指標に対してどの程度の関連性を持っているかを示します。

単時点の重回帰分析では、ある一時点で収集されたデータを用いて、これらの変数間の関係性を分析します。しかし、このような分析方法には限界があります。その重要な点が、因果関係の実証に関する誤解です。

重回帰分析の結果を因果関係として解釈することは、慎重な検討を要します。単時点の重回帰分析で得られる結果は、あくまでも変数間の関連性を示すものであり、その関連性の背後にある因果のメカニズムを直接的に証明するものではありません。

回帰分析と因果の関係

単時点の重回帰分析のみでは因果関係を実証できたと言いにくい理由は、いくつか存在します。主な理由として、時間的な先後関係の不明確さ、交絡要因の存在、測定上のバイアス、そして推定の性質に関する本質的な制約が挙げられるでしょう[2]

まず、時間的な前後関係の把握は、因果関係の実証を目指す上で基本的かつ重要な要素です。因果関係とは、ある事象(原因)が他の事象(結果)を引き起こすという関係性を指します。この定義から明らかなように、原因は結果に時間的に先行していなければなりません。

因果関係の実証においては、原因となる事象が結果となる事象に時間的に先行して生起していることを明確に示す必要があります。これは因果関係の基本的な要件の一つです。

この時間的な先行性が示されない限り、二つの事象間の関係性が因果的なものであるかどうかを判断することはできません。単時点のデータでは、全ての変数が同時に測定されているため、この時間的な先行性を示すことができず、因果関係の実証において制約となります[3]

続いて、交絡要因は、成果指標と影響指標の両方に同時に影響を及ぼす第三の要因を指します。例えば、組織サーベイにおいて、「部署の風土」という要因が、従業員満足度(成果指標)と上司との関係性(影響指標)の両方に影響を与えている可能性があります。このような交絡要因の存在は、見かけの相関を生み出す原因となり、因果関係の特定を困難にします。

重回帰分析では、分析モデルに含まれている変数については、その影響を統計的に調整(すなわち統制)することが可能です。しかし、データとして測定されていない要因や、そもそも調査設計者が認識していない潜在的な要因については、その影響を統制することができません。これは重回帰分析の本質的な限界であり、因果関係の実証を困難にする要因となります[4]

また、同一の回答者から同時期に得られるデータには、コモンメソッドバイアスが含まれる可能性があります。これは、同じ調査方法や同じ回答者から複数の変数のデータを同時に収集することによって生じるバイアスです。

具体的には、ある回答者が質問項目に対して一貫して肯定的(または否定的)に回答する傾向があると、変数間の相関が実際の関係性以上に強く観測される可能性があります[5]

重回帰分析はそもそも、変数間の相関関係を定量的に把握する手法です。この手法では、複数の変数の間にどのような関連性があるのかを、データに基づいて統計的に推定します。言い換えれば、各変数がどのように共に変動するのか(共変動)を分析しているのです。

数理的には、重回帰分析は観測された変数間の分散共分散行列を基礎として、最小二乗法などの推定方法を用いて回帰係数を算出します。分散共分散行列とは、各変数がどの程度一緒に変動するかを示す数値を行列形式で表したものです。この分散共分散行列から得られる情報は、あくまでも変数間の相関関係を示すものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。

さらに、単時点データの重回帰分析による推定は、特定の集団における特定の時点でのデータに基づいています。得られた結果は、そのデータが収集された文脈に依存します。

特に、ある時点で観察された関係性が、異なる時点においても同様に観察されるという保証はありません。例えば、上司との関係性と従業員満足度の間に観察された関連性の強さや方向性は、経済状況や組織の状態が変化することによって、時間とともに変化する可能性があります。

因果を連想する理由

単時点の重回帰分析のみで因果関係を実証できたと誤解される背景には、複数の要因が存在します。これらの要因は、分析手法の特徴や人間の認知的傾向に関連しています。

初めに、分析で用いられる用語自体が因果関係を想起させやすい構造となっている点が挙げられます。「成果指標」や「従属変数」という用語は、何かによって説明される、あるいは従属するという印象を与えます。同様に、「影響指標」や「独立変数」という用語は、何かを説明する、あるいは影響を与えるという印象を与えます。

組織サーベイの例では、従業員満足度を「成果指標」、上司との関係性を「影響指標」と呼ぶことで、後者が前者に影響を与えるという因果的な解釈を無意識に促進してしまう可能性があります。

あわせて、人間の思考には、二つの事象間に関連性を見出した場合、それを因果関係として解釈しようとする傾向があります。これは人間の認知システムに根ざした特徴の一つであると考えられています。

私たちの脳は、環境内の規則性を素早く把握し、将来の予測や行動の計画に活用することを得意としています。この認知的な特徴は、日常生活における素早い判断や意思決定に有用である一方で、統計的な分析においては注意が必要です。

また、重回帰分析を実施する際の理論的な枠組みそのものが、多くの場合、変数間の因果関係の存在を前提として構築されています。要するに、分析を行う前の段階で、ある変数が他の変数に影響を与えているはずだという仮説的な因果モデルが想定されています。この理論的な前提が、分析結果の解釈に影響を与える可能性があります。

具体的には、組織サーベイの分析において、「どのような要因が従業員満足度を高めているのか」という問いを立てる時点で、既に因果的な思考枠組みが導入されています。

このような理論的な前提によって、重回帰分析から得られる統計的な関連性の結果を、因果関係の証拠として解釈してしまうかもしれません。しかし、これは分析の目的や理論的な期待と、統計的手法が実際に示すことができる内容との間のギャップを見落としてしまう危険性があります。

最後に、重回帰分析の数式表現であるy=β₀+β₁x₁+β₂x₂+…+βx+εという形式は、左辺の変数(y)が右辺の変数(x₁, x₂, …, xₙ)によって一意に決定されるという印象を視覚的に与えます。この数式の構造自体が、影響指標から成果指標への一方向的な影響関係を示唆するように見えます。

この数式表現は、数学的な記述の便宜上採用された形式であり、必ずしも現実の因果メカニズムを反映したものではありません。しかし、この表記法が持つ視覚的な特徴により、無意識のうちに因果的な解釈を行いやすくなります。数式の左辺と右辺という空間的な配置自体が、時間的な前後関係や因果的な影響関係を連想させる要因となっているかもしれません。

脚注

[1] 重回帰分析の詳細については当社コラムをご覧ください。

[2] 因果効果を定義するためには、反事実的因果推論の考え方が重要です。例えば、ある従業員について「上司との関係性が改善した場合の満足度」と「上司との関係性が改善しなかった場合の満足度」の差が、因果効果となります。

しかし、現実には同一の従業員に対して、この二つの状態を同時に観察することはできません。そのため、因果効果の推定においては、観察できない反事実的な状況を、どのように適切に推定するかが重要な課題となります。

この課題に対処するため、ランダム化比較試験や準実験的なアプローチが開発されてきました。組織サーベイにおいても、厳密な因果推定をするうえでは、部署やチーム間の自然発生的な差異を活用した準実験的なデザインや介入のタイミングをランダムに割り当てる段階的導入など、反事実的な状況を推定するための工夫が求められます。

[3] 変数間の因果関係を考える際、その方向性について慎重な検討が必要です。例えば、「上司との関係性が良好だから従業員満足度が高い」という解釈だけでなく、「従業員満足度が高いために上司との関係性が良好になる」という逆の因果関係も考えられます。満足度の高い従業員は、より積極的にコミュニケーションを取り、建設的な関係を構築する可能性があります。このような双方向の因果関係の可能性は、単時点の重回帰分析だけでは識別することが困難です。

[4] 重回帰分析における課題として、内生性の問題があります。これは、影響指標が誤差項と相関を持つ状況を指します。組織サーベイの文脈では、例えば「上司との関係性」という説明変数が、モデルでは捉えきれない「従業員の性格特性」(誤差項に含まれる)と相関を持つ可能性があります。外向的な性格の従業員は、上司との関係構築が円滑で、かつ満足度も高い傾向にあるかもしれません。このような内生性が存在する場合、推定される回帰係数にバイアスが生じ、変数間の真の関係性を正確に把握することが困難になります。内生性の存在は、因果関係の解釈をより一層慎重にすべき理由の一つとなっています。

[5] コモンメソッドバイアスへの対処には、いくつかの方法があります。例えば、従業員満足度と上司との関係性を異なる時点で測定する時間的な分離や、上司評価を直属の部下だけでなく同僚からも収集する情報源の多様化が挙げられます。また、質問項目の順序をランダム化したり、異なる回答形式を組み合わせたりすることもあり得ます。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆 #人事データ分析

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