ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

概念の関連を検証する:構造方程式モデリングの進め方

コラム

企業における人材マネジメントの重要性が増す中、社員の意識や行動をデータドリブンで理解し、適切な施策を打ち出すことが求められています。特に、組織サーベイなどの従業員調査では、「働きがい」や「組織コミットメント」といった目に見えない概念を測定し、それらがどのように関連しているのかを明らかにする必要があります。

この課題に対して、構造方程式モデリング(Structural Equation ModelingSEM)は強力な手法となります。構造方程式モデリングは、複数の質問項目から潜在的な概念を推定したり、それらの概念間の関係性を統計的に検証することができます。例えば、「上司からのサポート」と「仕事の自律性」が「仕事の満足度」を高め、それが「組織へのコミットメント」につながるという仮説を、データに基づいて検証することができます。

本コラムでは、人事担当者の方々に向けて、構造方程式モデリングの基本的な考え方と手順について解説します。組織サーベイを例に挙げながら説明を進めていきます。

構造方程式モデリングとは

構造方程式モデリングは、複雑な組織現象や心理的な概念間の関係性を、統計的に分析する手法です。直接観測することができない概念を、観測可能な指標から推定し、それらの概念間の関係性を検証することができます。

例えば、組織サーベイにおいて「職場環境への満足度」という概念を測定したいとします。この概念は直接観測することはできませんが、「職場の設備は充実している」「作業スペースは快適である」「必要な備品は十分にそろっている」といった質問項目への回答から、間接的に測定できると考えられます。

さらに、この「職場環境への満足度」が「仕事への熱意」にどの程度影響を与え、最終的に「パフォーマンス」にどのようにつながっているのかを、データに基づいて検証することができます。

構造方程式モデリングの特徴は、こうした複雑な関係性を、視覚的なパス図として表現し、統計的に検証できる点にあります。

また、人間の回答にはある程度のばらつきや不正確さが含まれ、それが回答値に混入する問題があります。構造方程式モデリングではこうした測定の誤差を織り込んだ上で分析を行うことができます。これによって、質問項目への回答から概念を測定する際の不確実性を考慮しながら、より適切に変数間の関係性を推定することが可能となります。

モデルの構築

変数間の関係性を仮定する段階から説明しましょう。組織サーベイを例にとると、「上司からのサポート」と「仕事の自律性」が「仕事の満足度」を高め、それが「組織へのコミットメント」を強めるという仮説を立てることができます。このような関係性の仮説は、これまでの経験から得た知見や、学術研究の成果に基づいて設定します。「こう関係しているのではないか」という漠然とした推測ではなく、なぜそのような関係があると考えられるのか、しっかりとした根拠を持って仮説を立てることが大事です[1]

続いて、潜在変数と観測変数を区別します。例えば「上司からのサポート」という潜在変数は、「上司は私の成長を支援している」「上司は私の意見を尊重している」「上司は必要な助言をしている」「上司は私に合ったタスクアサインを考えている」といった質問項目から構成します。これらの観測変数は、潜在変数を測定するための「指標」として機能します。潜在変数は理論的な概念であり、直接観測することはできませんが、複数の観測変数を通じて間接的に算出することができます。

そして、測定モデルと構造モデルを区別します。測定モデルは、直接観測することのできない潜在変数が、具体的な質問項目(観測変数)によってどのように構成されるかを表します。例えば、「上司からのサポート」という潜在変数を測定するために、「上司は私の成長を支援している」「上司は私の意見を尊重している」「上司は必要な助言をしている」「上司は私に合ったタスクアサインを考えている」という4つの質問項目を使用する場合、その測定モデルはこれらの質問項目への回答から反映される「上司からのサポート」の概念を捉えるようモデルと数式が構成され、概念を表現します。

対して、構造モデルでは、このようにして測定された潜在変数や観測変数同士が、どのように相互に関連しているかを表します。例えば、「上司からのサポート」と「仕事の自律性」という2つの潜在変数が、どのように「仕事の満足度」という潜在変数に影響を与え、それがさらに「組織へのコミットメント」という潜在変数にどのようにつながっているかという関連性を表現します。

測定モデルの評価

測定モデルを評価する目的で、潜在変数を評価するために因子分析を行います。因子分析とは、複数の質問項目の背後にある共通の要因を統計的に抽出する手法です[2]。例えば、「上司は私の成長を支援している」「上司は私の意見を尊重している」「上司は必要な助言をしている」「上司は私に合ったタスクアサインを考えている」という4つの質問項目への回答には、「上司からのサポート」という共通の要因が影響を与えていると考えられます。因子分析を行うことで、これらの質問項目を観測変数として1つの潜在変数を狙い通り測定できているのかを確認することができます。

測定モデルの適合度をチェックする際は、いくつかの指標を確認します。指標の例としては、CFIComparative Fit Index)やRMSEARoot Mean Square Error of Approximation)があります。CFI0から1の間の値をとり、1に近いほど適合度が良いとされます。RMSEAは値が小さいほど良いとされます。これらの指標を複数組み合わせて確認することで、設定した質問項目が潜在変数を適切に測定できているかどうかを、多角的に判断することができます[3]

因子分析をすると、ひとつひとつの項目について因子負荷量と呼ばれる指標が出力され、各質問項目が潜在変数をどの程度正確に測定できているかを確認します。因子負荷量は、潜在変数と観測変数の関係の強さを表し、0.4を超えるとある程度の関係があると判断します。例えば、「上司は私の成長を支援している」という質問項目の因子負荷量が0.6であれば、この項目は「上司からのサポート」という潜在変数を測定できていると判断できます。

構造モデルの評価

潜在変数間の関連性は、図の上では矢印(パス)で表現し、ある指標Aが続く指標Bに影響する関連は「AB」と示します。潜在変数間にパスを設定する際には、しっかりとした根拠に基づいて変数間の関係性を定めることが重要です。例えば、「上司からのサポート」と「仕事の自律性」から「仕事の満足度」への一方向の矢印は、これらの要因が仕事の満足度に影響を与えるという仮説を表します。

また、ある変数Aが別の変数Bを通じて、さらに別の変数Cに影響を与えるという形で、「ABC」とAがCに間接的影響を及ぼす関係性についても、複数の矢印をつなげることで表現することができます。これによって、複雑な関係性を視覚的に分かりやすく表現することが可能となります。

モデルの識別性を確認することは、構造方程式モデリングを実施する上で重要なステップです。識別性とは、設定したモデルにおいて、各パラメーター(変数間の関係性の強さを表す数値)が一意の値として計算できるかどうかです。具体的には、モデルに含まれる未知の数値(推定しなければならないパラメーターの数)が、実際のデータから得られる情報の数(質問項目間の関係性の数)と比較して適切な数になっているかどうかを確認します。例えば、モデルで推定すべきパラメーターの数が多すぎる場合、それらを正確に推定することができなくなってしまいます。

構造モデルの適合度をチェックする際も、測定モデルと同様にCFIRMSEAなどの指標を確認します。ただし、構造モデルの場合は、変数間の関係性が複雑になるため、適合度の判断にはより慎重な検討が必要です。

必要に応じて、AICAkaike Information Criterion)やBICBayesian Information Criterion)といった情報量規準も参考にします。これらの指標は、モデルの複雑さと説明力のバランスを評価するものです。単純なモデルでありながら、データの特徴をよく説明できているモデルほど、良いモデルであると判断されます。

モデルにおけるパスを修正・削除・追加する段階では、モデルの適合度を改善するために、統計的な指標と理論的な解釈の両方を考慮しながら判断を行います。修正指標と呼ばれる数値も参照でき、新しいパスを追加したり、不要なパスを削除したりすることで、モデルの適合度がどの程度改善できるか把握できます。この修正指標を参考にしながら、モデルの修正を検討していきます。ただし、統計的な指標だけに頼って機械的にパスを修正するのではなく、追加や削除するパスが理論的に説明可能かどうかを検討する必要があります[4]

パラメーター推定と解釈

パラメーターの推定法を選択する段階では、データの特徴を考慮しながら、より良い推定方法を選びます。基本的な推定法の一つである最尤法は、多くの回答者からデータが得られており、かつそれらの値ができる限り正規分布を示すことを前提としています。この方法では、実際に観測されたデータが得られる確率が最も高くなるように、モデルのパラメーターを推定します。

モデルにおけるパス係数を解釈するときには、潜在変数間の関係性の方向と強さを確認していきます。パス係数は、ある潜在変数が別の潜在変数にどの程度影響を与えているかを数値で表したものです。例えば、「上司からのサポート」から「仕事の満足度」へのパス係数が0.3であれば、上司からのサポートが1単位増加すると、仕事の満足度が0.3単位増加することを意味します[5]

パス係数は標準化という処理を行うことで、-1から1の範囲の値として表現することもできます。標準化されたパス係数を用いることで、「上司からのサポート」と「仕事の自律性」のそれぞれが、「仕事の満足度」に対してどの程度の影響力を持っているのかを、相対的に比較することが可能となります。

媒介効果も検証しても良いでしょう[6]。ある変数から別の変数への影響が、さらに別の変数を介して伝わっていく過程を分析します。例えば、「上司からのサポート」は直接的に「組織へのコミットメント」を高めるだけでなく、「仕事の満足度」を通じて間接的にも「組織へのコミットメント」を高める可能性があります。このような間接的な影響の経路を媒介効果と呼びます。

この媒介効果の統計的な確からしさを検証するために、例えば、ブートストラップ法という手法を用います。これは、手元にあるデータから無作為に複数の標本を繰り返し抽出し、それぞれの標本で媒介効果の大きさを計算することで、その効果の信頼性を確認する方法です。

このように直接的な影響と間接的な影響を合わせた総合的な影響力を検討することで、変数間の関係性を深く理解することができます。例えば、「上司からのサポート」が「組織へのコミットメント」に与える総合的な影響力は、直接的な影響力と「仕事の満足度」を介した間接的な影響力を合計することで算出されます。これにより、「上司からのサポート」が組織にもたらす効果の全体像を、より正確に把握することが可能となります。

脚注

[1] 構造方程式モデリングでは、同じデータに対して同じ適合度を示す複数の異なるモデル(等価モデル)が存在する可能性があります。これは、変数間の関係性を異なる因果的解釈で説明できることを意味します。例えば、X→Y→ZというパスモデルとX←Y←Zというパスモデルは、等価となる場合があります。そのため、モデルの選択は純粋に統計的な基準だけでなく、理論的な妥当性や先行研究の知見に基づいて行う必要があります。

[2] 因子分析の詳細は当社コラムをご覧ください。

[3] 他にも適合度の指標としてSRMRStandardized Root Mean-square Residual)があります。SRMRは、モデルが予測する共分散行列と実際のデータの共分散行列との差(残差)に基づく適合度指標です。他の適合度指標が全体的なモデルの当てはまりを評価するのに対し、SRMRは個々の変数間の関係性がどの程度正確に再現されているかを反映します。RMSEAと組み合わせて報告することで、より包括的なモデル評価が可能となります。

[4] 修正指標に基づくモデル修正は、特定のデータセットの特徴やノイズを過度に反映してしまう危険性があります。これはモデルの一般化可能性を損なう、つまりその分析で支持されたモデルが従業員全体にはあてはめられるとは推測されず、取得したデータにだけ合っている可能性があります。そのため、修正指標が大きな改善を示唆する場合でも、その修正が理論的に説明可能かどうかを慎重に検討する必要があります。

[5] 潜在変数はほとんどの場合、平均0、標準偏差1の標準正規分布に従うよう得点が推定されるため、ここでいう1単位分の増加は1標準偏差増えた場合の値の対応を意味します。なお、平均構造を推定して潜在変数の平均や標準偏差の値も推定した場合はこの限りでなく、また観測変数を直接取り上げて分析する際は、その観測変数の平均や標準偏差など単位に依存して計算が行われます。

[6] 媒介効果を検証する際には、いくつかの前提条件を満たす必要があります。まず、独立変数と媒介変数、媒介変数と従属変数の間に有意な関連が存在することが求められます。また、測定誤差の問題や、除外された第三の変数による疑似相関の可能性についても考慮したほうが良いでしょう。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆 #人事データ分析

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています