2025年4月10日
職場のプレッシャー再考:成長の機会としての活用と対策
現代のビジネス環境において、仕事のプレッシャーは避けては通れない課題となっています。日々のタスク、締め切り、業績目標、さらには予期せぬ事態への対応など、私たちは様々な形でプレッシャーにさらされています。このプレッシャーは時として私たちを追い詰め、心身の健康に深刻な影響を及ぼすことがあります。
実際、多くの研究が仕事のプレッシャーの悪影響に焦点を当ててきました。しかし、全てのプレッシャーが私たちにネガティブな影響をもたらすわけではありません。適度なプレッシャーは、私たちの潜在能力を引き出し、創造性を刺激し、さらには成長の機会を生み出すこともあるのです。従業員の間で活発なコミュニケーションを促したり、新しいスキルの開発につながったりすることもあります。
本コラムでは、職場における仕事のプレッシャーについて、その両面性に焦点を当てます。プレッシャーが従業員に与える影響を包括的に理解することは、現代の組織運営において重要です。様々な職種における具体的な対応策について見ていきます。
仕事のプレッシャーをどのように認識し、管理し、活用していくのか。それは個人の働き方だけでなく、組織全体の生産性や革新性にも影響を与える課題です。本コラムを通じて、読者の皆様が自身の職場環境を見直し、よりよい働き方を考えるきっかけとなれば嬉しいです。
仕事のプレッシャーとは何か
仕事のプレッシャーとは、従業員と職務要件の間に生じる不均衡によって引き起こされ、心理的および身体的なストレス反応を引き起こす現象であるとされています[1]。一方、Widiawati et al. (2017) は、仕事のプレッシャーを「さまざまな外的要因によって引き起こされる反応であり、ポジティブな経験またはネガティブな経験として現れる」と定義しています[2]。
しかし、これまでの学術的知見においては、主に職場における仕事のプレッシャーの悪影響に焦点を当てた研究が多い傾向があります[3] [4] [5] [6]。本コラムでは、仕事のプレッシャーが従業員に与える悪影響の再分析[7] [8] [9] [10]に加え、職場において仕事のプレッシャーがキャリアネットワーキング行動を促進し、それが積極的なスキル開発[11]と適度なプレッシャーの範囲内での健康的な成長を促すことで、従業員が効率的に企業の利益を生み出す可能性[12]についても解説していきます。さらに、実務者に向けて、職種ごとに異なるプレッシャーへの対応策を提言します。
職場のプレッシャーが持つ二面性
プレッシャーがもたらす負の影響
仕事のプレッシャーが高まると、情緒的消耗が増加し、緊張感が高まることが一般的です。低い社会的サポートのもとでは、仕事のプレッシャーが情緒的消耗を悪化させ、結果として緊張感の増加を引き起こすことがあります[13]。ストレスが持続すると、心理的疲労が蓄積し、モチベーションの低下を引き起こす可能性があります[14]。
さらに、仕事のプレッシャーが続くと、活力や献身の低下が見られ、仕事への取り組みが減少することがあります[15]。情緒的要求の増加が個人のパフォーマンスに悪影響を及ぼし、集中力の低下やパフォーマンスの低下を引き起こすことがあります[16]。
また、仕事から家庭への干渉(Work-Home Interference, WHI)は、仕事プレッシャーによって悪化し、家庭生活に悪影響を与える可能性があります。特に、仕事プレッシャーが高いと、家庭での時間やエネルギーに影響を与え、家庭内での心理的健康に悪影響を及ぼすことが示されています[17]。
仕事のプレッシャーが続くと、社員のモチベーションの低下や疲労感の蓄積が組織全体のパフォーマンスに悪影響を及ぼします[18]。さらに、離職率の上昇や人材の流動性が高まり、企業の競争力を低下させることがある[19] [20]ため、管理者と従業員の評価にも差が生じ、組織全体のパフォーマンスが影響を受けます。
プレッシャーの積極的活用
仕事のプレッシャーは、適切に管理され活用されることで、個人と組織の成長を促進する原動力となりえます。近年の研究では、適度なプレッシャーが従業員の潜在能力を引き出し、組織の革新性を高める可能性が指摘されています。職場におけるプレッシャーがもたらす建設的な効果に焦点を当て、それらを最大限に活用するためのアプローチを検討します。
- 学習組織の構築:高い要求に直面した場合、企業は学習組織を構築し、デザインアイデアを発展させるために外部の良いデザイン事例を観察し続けることを推奨しています。これにより、デザイナーはより高度なデザインアイデアを提供でき、チーム内での協力を促進します。このような学習活動が業務の効率や創造性を高め、企業の競争力を向上させると期待されます[21]。
- デザインチーム内のコミュニケーションと協力:業界の競争による高い仕事のプレッシャーに対して、デザイナー同士の積極的な意見交換と協力が奨励されています。内部のコミュニケーションメカニズムを整備することで、デザイナーたちが意見を自由に交換でき、設計案の改善に貢献します。このような協力的な環境がチーム全体のパフォーマンス向上に繋がります[22]。
- 仕事の自主性と柔軟性の向上:柔軟な労働時間や勤務地の選択肢を提供することで、従業員は自分のペースで効率よく働けるようになり、プレッシャーが過度にストレスとなるのを防ぎます。このアプローチにより、従業員は自らの責任で仕事を進めることができ、仕事に対する積極的な姿勢が促進されます[23]。
- 公平なパフォーマンス評価とキャリア支援:公平なパフォーマンス評価制度の導入やキャリアプランの支援が行われることで、従業員は自分の成長や貢献が正当に評価されることを実感し、モチベーションが向上します。これにより、職場におけるプレッシャーがポジティブな形で効果をもたらし、従業員の働きがいを高めます[24]。
- キャリアネットワーキング行動の促進:仕事のプレッシャーがキャリアネットワーキング行動を促進することが示されました。プレッシャーが適切に働くと、従業員は積極的にキャリアネットワーキングを行い、自身のキャリアの目標達成に向けてリソースを獲得しようとする意欲が高まります。この行動は、キャリアの発展において重要な役割を果たします[25]。
- 積極的スキル開発の促進:仕事のプレッシャーは、キャリアネットワーキング行動を通じて積極的なスキル開発に繋がることが確認されました。プレッシャーがスキルの向上を促す一因となり、従業員が自らの成長のために積極的に行動することを助けます[26]。
職種別の仕事のプレッシャー対策
職場におけるプレッシャーは、職種によって異なる特徴と課題を持っています。各職種特有の業務環境や要求に応じて、適切な対策を講じることが重要です。主要な職種におけるプレッシャーの特徴を分析し、それぞれに効果的な対策を提案しましょう。
医療現場におけるプレッシャー対策
医療従事者は、患者の生命に直接関わる責任の重さ、緊急対応の必要性、長時間勤務など、特有のプレッシャーに直面しています。医療現場特有の課題に対応しながら、スタッフの心身の健康を維持し、質の高い医療サービスを提供するための対策が求められます。
体系的な訓練と教育の強化
医療従事者に対して、ケアの組織方法やコミュニケーション技術、患者の流れ管理技術を体系的に学べる訓練プログラムを提供することが求められます。これにより、医療従事者は複雑な業務の中でも効率的に患者を扱い、ストレスを軽減し、業務の精度を高めることができます。さらに、医療従事者に対して、リーダーシップや意思決定能力の強化、ストレスマネジメントのための研修も重要です。これにより、スタッフは緊急時にも冷静な判断を下し、チーム全体の協力を促進します[27] [28] 。
業務負担の適切な分担と効率的な患者の流れの管理
医療従事者間で業務負担を適切に分担することが重要です。特に、救急外来(ED)などでは、患者の流れが圧迫されやすいため、業務を適切に優先順位をつけて分担することが求められます。また、各部署の協力と全体的なシステム管理により、患者の流れを効率的に管理することが業務圧力を軽減します。動的モデリング技術を活用して、未来のシナリオをシミュレーションし、業務フローの最適化を図ることも有効です[29]。
メンタルヘルスの支援とストレス管理
医療従事者が過度のストレスにさらされることが多いため、定期的なメンタルヘルスサポートが不可欠です。カウンセリングサービスやストレスマネジメントプログラム(リラクゼーション技術やストレスコーピングスキルなど)の導入が、医療従事者の精神的な負担を軽減し、業務の効率性向上に寄与します。また、医療従事者の心理的負担が業務に与える影響を軽減するための組織的サポート体制の強化も、プレッシャーの軽減に寄与します[30]。
業務効率化とパフォーマンス指標の活用
医療現場での効率的な業務管理を図るためには、単に効率性だけでなく、組織的、財政的、品質指標を総合的に活用したパフォーマンス評価が重要です。これにより、医療従事者のパフォーマンスを公平かつ実効的に評価し、ストレスや過剰な負担を軽減することができます。スタッフにとっては、自身の業務がどのように評価されているかを明確に理解できるため、モチベーションや業務効率も向上します[31]。
リーダーシップの強化と安全文化の推進
医療従事者が業務プレッシャーを乗り越えるためには、強力で支援的なリーダーシップが不可欠です。リーダーは、チームメンバーをサポートし、必要なリソースや適切な環境を提供する役割を果たします。また、安全文化の推進によって、医療事故のリスクを減少させ、スタッフがより安心して業務を行える環境が整います。これにより、業務効率や患者ケアの質を向上させ、同時にスタッフの業務プレッシャーを軽減することができます[32]。
派遣社員のプレッシャーマネジメント
現代の職場環境において、企業の派遣社員が直面する仕事のプレッシャーを軽減することは、組織全体のパフォーマンス向上に繋がる重要な課題です。派遣社員のストレスを低減し、健康的で効率的な職場環境を構築するための対策は、以下の通りです[33]。
まず、業務内容の明確化と優先順位の設定が必要です。業務範囲や責任を明確にし、不必要な負担を軽減する仕組みを整えることが求められます。また、タスクの優先順位を上司と共有し、従業員が最も重要な業務に集中できる環境を整備します。
次に、柔軟な勤務体制の導入が重要です。リモートワークやフレックスタイム制を取り入れることで、従業員が自分のペースで働きやすくなり、仕事と生活のバランスを保ちやすくなります。また、心理的サポートの強化も重要な要素です。ストレスマネジメント研修や相談窓口を設け、従業員が安心して問題を相談できる体制を整えます。さらに、メンタルヘルスケアプログラムを導入することで、従業員の心理的負担を軽減することが期待されます。
コミュニケーションの改善も忘れてはなりません。定期的なミーティングや意見交換の機会を増やし、従業員同士や上司との信頼関係を強化することが重要です。また、情報共有を透明性のある形で行い、不確実性によるストレスを低減します。
さらに、キャリア開発とスキルアップの支援を行うことは、従業員のモチベーション向上につながります。トレーニングや研修を通じて必要なスキルを習得できる機会を提供し、キャリア目標の達成をサポートします。
また、業務負担の適切な分散を行うことで、一部の従業員に業務が集中することを防ぎ、公平な労働環境を整備します。成果重視の評価制度の導入も効果的です。労働時間ではなく成果を基準に評価することで、従業員が効率的に働くことを促進します。不必要な残業を削減することは、従業員の生活の質を向上させるだけでなく、仕事への意欲も高めることが期待されます。
最後に、職場文化の改善も重要です。ポジティブな職場文化を醸成し、従業員間の信頼や協力を促進する取り組みが必要です。また、感謝の気持ちを示す文化を育てることで、従業員のモチベーションをさらに高めることができます。
管理職と部下の関係性改善
管理職と部下の間の仕事プレッシャーに関する対策は、職場環境を改善し、従業員のストレスを軽減するために重要な役割を果たします。以下に、具体的な対策をまとめます[34]。
まず、コミュニケーションの改善が挙げられます。管理職と部下の間で円滑なコミュニケーションを確保することが不可欠です。定期的なミーティングやフィードバックの場を設け、双方の意見や課題を共有できる環境を作ることで、誤解や不安を減少させ、プレッシャーを軽減することができます。
次に、役割と責任の明確化が必要です。各自の役割や責任を明確にし、業務の負担を適切に分担することがプレッシャーの軽減につながります。管理職は、部下に対して期待される成果や目標を明示し、実現可能な範囲でサポートを行うべきです。部下も自分の業務に対して責任感を持ち、目標達成に向けて積極的に取り組むことが求められます。
また、適切なリソースの提供も重要な対策です。プレッシャーの原因として、リソース不足や過度な負担が挙げられます。管理職は、部下が必要とするリソースやサポートを提供し、過度な負担を避けるように配慮しなければなりません。部下も、リソースが不足している場合には遠慮せずに助けを求めることが重要です。
さらに、ストレス管理とメンタルヘルス支援が必要です。ストレスの管理はプレッシャーの軽減に効果的であり、管理職は部下がストレスを抱えないようサポートする必要があります。また、必要に応じてメンタルヘルスの専門家やカウンセリングサービスを提供することが求められます。部下も、自分のストレスを溜め込まず、適切な方法で解消できる環境を整えることが大切です。
最後に、チームワークの強化がプレッシャー軽減に大いに役立ちます。管理職と部下の間でチームワークを強化し、協力し合う姿勢を育むことが、プレッシャーを個人に集中させないために効果的です。業務の進行状況や成果を共有し、互いにサポートし合うことで、職場全体のプレッシャーが軽減され、チームとしての結束力が強化されます。
職場における仕事のプレッシャーは、現代のビジネス環境において避けられない現実です。本コラムでは、このプレッシャーが持つ二面性、すなわち悪影響と良い効果について検討してきました。
プレッシャーは確かに、情緒的消耗や緊張感の増加、モチベーションの低下といった深刻な悪影響をもたらす可能性があります。しかし同時に、適切に管理されたプレッシャーは、組織の学習能力の向上、従業員間のコミュニケーションの活性化、そしてキャリアネットワーキング行動の促進といったポジティブな効果をもたらすことも明らかになりました。
特に注目すべきなのは、職種によってプレッシャーの性質や影響が異なることです。それぞれの職種が直面するプレッシャーの形態が異なり、それに応じた対策が必要となります。体系的な訓練と教育の強化、業務負担の適切な分担、メンタルヘルスの支援など、職種特有の課題に対応した解決策を実施することが重要です。
これからの職場環境において求められるのは、プレッシャーを単に軽減するだけでなく、それを効果的に活用し、個人と組織の成長につなげていく視点です。そのためには、経営者と従業員が協力して、健全なプレッシャーと有害なプレッシャーを見極め、うまくバランスを保つことが不可欠です。職場のプレッシャーマネジメントは、今後ますます重要性を増すテーマとなるでしょう。
本コラムが、読者の皆様にとって、職場におけるプレッシャーに関する理解を深め、より効果的な対策を考える一助となれば幸いです。プレッシャーと上手く付き合いながら、個人も組織も共に成長していける職場づくりを目指していきましょう。
[1] Rohilayati, D. (2023). Minimizing Turnover Intention with The Approach of Work Pressure and Work Stress. Journal of Management Research and Studies, 1(1), 58-66.
[2] Widiawati, F., Amboningtyas, D., Rakanita, A. M., & Warso, M. M. (2017). The effect of workload, work stress, and work motivation on employee turnover intention at PT Geogiven Visi Mandiri Semarang. Journal of Management.
[3] Beauvais, L. L. (1992). The effects of perceived pressures on managerial and nonmanagerial scientists and engineers. Journal of Business and Psychology, 6, 333-347
[4] Adeoti, M. O., Shamsudin, F. M., & Mohammad, A. M. (2021). Opportunity, job pressure and deviant workplace behaviour: does neutralisation mediate the relationship? A study of faculty members in public universities in Nigeria. European Journal of Management and Business Economics, 30(2), 170-190.
[5] Rohilayati, D. (2023). Minimizing Turnover Intention with The Approach of Work Pressure and Work Stress. Journal of Management Research and Studies, 1(1), 58-66.
[6] Hoefsmit, N., & Cleef, K. (2018). If it isn’t finished at five, then I’ll continue until it is. A qualitative study of work pressure among employees in vocational education. Work, 61(1), 69-80.
[7] 同注3
[8] 同注4
[9] 同注5
[10] 同注6
[11] Ren, S., & Chadee, D. (2017). Influence of work pressure on p roactive skill development in China: The role of career networking behavior and Guanxi HRM. Journal of Vocational Behavior, 98, 152-162.
[12] Cao, X., Zou, D., & Shen, S. (2017, September). Research on pressure management based on job demand-resources model-taking design industry as an example. In 2nd International Conference on Judicial, Administrative and Humanitarian Problems of State Structures and Economic Subjects (JAHP 2017) (pp. 386-389). Atlantis Press.
[13] Riedl, E. M., & Thomas, J. (2019). The moderating role of work pressure on the relationships between emotional demands and tension, exhaustion, and work engagement: An experience sampling study among nurses. European Journal of Work and Organizational Psychology, 28(3), 414-429.
[14] Demerouti, E., Bakker, A. B., & Bulters, A. J. (2004). The loss spiral of work pressure, work–home interference and exhaustion: Reciprocal relations in a three-wave study. Journal of Vocational behavior, 64(1), 131-149.
[15] 同注14
[16] 同注3
[17] 同注14
[18] 同注13
[19] 同注3
[20] 同注5
[21] 同注12
[22] 同注12
[23] 同注12
[24] 同注12
[25] 同注11
[26] 同注11
[27] Nugus, P., Holdgate, A., Fry, M., Forero, R., McCarthy, S., & Braithwaite, J. (2011). Work pressure and patient flow management in the emergency department: findings from an ethnographic study. Academic Emergency Medicine, 18(10), 1045-1052.
[28] 同注13
[29] 同注27
[30] 同注13
[31] 同注27
[32] 同注13
[33] 同注14
[34] 同注3
執筆者
孫 潔 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー
中国東北大学東軟情報学院日本語専攻卒業、中国佳木斯(チャムス)大学大学院日本語言語文化専攻博士前期課程修了、桜美林大学大学院老年学研究科老年学専攻(現・桜美林大学大学院国際学術研究科老年学学位プログラム)博士課程(前期・後期)修了。修士(文学・老年学)、博士(老年学)。専門社会調査士。ジェロントロジーマイスター認定。老年医学と老年心理学の領域では、中高年者における健康寿命の影響要因、認知症の患者におけるコミュニケーション障害評価に関する研究、老年社会学と教育老年学の領域では、高齢者における学習のニーズとその実践の関連要因、それぞれの活動参加の効果評価に関する研究に取り組んでいる。