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コラム

気づかぬうちにやっている?職場の人間関係を壊す「ファビング」

コラム

人と人が顔を合わせる場面で、その場にいる相手よりスマートフォンに意識を向けてしまう様子を見かけることがあります。こうした行為は近年「ファビング」と呼ばれ、大勢の研究者が関心を寄せています。

もとは「電話」と「冷遇」という単語を組み合わせた造語で、誰かと会話している最中にもかかわらず、スマートフォンに熱中して相手をないがしろにしてしまう振る舞いを指します。スマートフォンが普及する以前は考えにくかった現象ですが、今では日常で見かける光景になりました。

ファビングは社会全体でのデジタル依存の拡大や、人間同士のかかわり方の変容を象徴する行為ともいえます。そのため、多くの研究で、実験や観察、質問紙などを通じて、ファビングがどのように起こり、何が生じるかが探られてきました。

例えば、相手を疎外してしまう様子や、会話の質を下げる振る舞いだと指摘されることがあります。一方で、本人はあまり意識せずにスマートフォンを触っているだけという場合もあり、そこには行為者自身が気づかないまま周囲に不快感をもたらすという問題が潜んでいます。

本コラムでは、近年の研究知見をもとに、ファビングの全体像とそれに関連する知見を整理します。最初に、研究数が増えている背景を概観し、排除感やSNS依存の深まりとの関係、繰り返されるケースの弊害、会話の親密度との関わり、不快感を誘発する要素などを順を追って見ていきます。

ファビングは研究が急増している

ファビングという言葉は、十数年前に新しい社会現象として登場しました。人前にいながらスマートフォンばかりを見る態度がマナー違反だという認識は少しずつ広まっていましたが、本格的に学術的研究の対象として扱われ始めたのは近年です。

ある大規模な文献調査によれば、2010年代の半ばあたりから、このトピックを扱う論文や報告が増え、2019年前後に発表数が伸びたという報告があります[1]

この調査では、2010年代の初期から2020年初頭までに公開された英語論文のうち、ファビングをテーマとしたものが80本以上も見つかりました。研究の分野は心理学やコミュニケーション論、教育、情報技術など多岐にわたります。

デジタル機器への依存やSNSの利用が普及するとともに、対面コミュニケーションとの兼ね合いを考える必要性が高まったことが背景として考えられます。

研究方法としては、量的調査がとりわけ多く、質問紙や実験を用いて「どのような場面でファビングが生じるか」や「当事者の心理状態」が問われています。一部には質的手法を組み合わせ、インタビューや観察を行った研究もあり、個々人がファビングをどう捉えているかや、その場でのやりとりがどう変化するかを詳細に追った報告も存在しています。

各論文の傾向を整理したところ、心理学分野では孤独感や不安、自己評価などとの関連が特に多く探られています。技術分野の報告では、スマートフォンやSNS依存に焦点が当てられる場合が多いようです。

このように、対象や視点は分かれているものの、ファビングの行動そのものが新しいコミュニケーション上の課題として注目されていることは確かです。かつては表立って研究されなかった行為が、急激に増えたスマートフォン利用を背景に、一気に学術的テーマとして定着したと言えます。

初めに、ファビング研究の基本的な全体像を見渡しました。続く部分では、ファビングが引き起こしうる排除感やSNSの使いすぎとの関連について、調査結果をもとに掘り下げていきます。 

排除感とSNSの過剰利用を生む

ファビングが人の心にどう働きかけるかを扱った研究を示しましょう。ある一連の検証では、まずファビングを測定するための尺度が開発され、対面でスマートフォンを使われて「放っておかれる」感覚と、そこから生じる不安やSNS利用の増大が関連しているという報告があります[2]

測定尺度は、大学生を対象に複数の質問項目を作り、それらがどれほど信頼できるかを調べる手順で作成されました。その結果、ファビングを受けた側の排除感が高まったときに、SNSで誰かとのつながりを補おうとする行動が増えるという流れが見いだされました。対象は100名以上の若い世代で、質問紙に答えてもらう形で実施されました。

その後、続編となる研究では、ファビングによる疎外感がそのまま精神面の問題、例えば不安感や憂うつな思いに関連しているケースが検証されています。

具体的には、「対面相手にかまってもらえない」と感じたとき、誰かとの交流をオンライン空間に求めるようになることがあり、そのことでスマートフォンへの接触がさらに増すとされました。そして、それが心の安定を損なう懸念があるのです。

この調査は、大まかにいうと次のように進められました。ファビングを感じた経験を問う質問と、SNSの利用頻度、不安や憂うつに関する自己評価を合わせて取得します。それらを統計的に分析し、ファビング経験が社会的排除に結びつき、さらにオンラインでの活動が増えるほど心理状態に負担がかかると推定するモデルを検討しました。

その結果、ファビングが「仲間外れにされている」という感覚と結びつき、それを埋め合わせようとSNSを使う度合いが上がり、不安や抑うつも強まる可能性があることがわかりました。

このように、人を無視するようなスマートフォン使用が、その場でのやりとりを冷たくしてしまうだけではなく、後々まで心に影を落とすリスクがあります。次は、そのファビングが繰り返されるとどうなるかを扱った研究から得られた知見を整理します。

複数回のファビングで悪影響が出る

先ほどまでは、ファビング行為全般に関する様子や心理的な面を見てきました。ここでは、それが1回だけなのか、あるいは何度も続くのかによる差異を調べた実験的調査についてまとめましょう[3]

会話の途中でスマートフォンをチェックする回数を操作し、相手にどう感じられたかや、気分、信用などを測る実験があります。そこでは、対話の中で1度だけスマートフォンを触られた場合と、3度触られた場合とを比べ、結果を比べています。

まず、3度ファビングされた参加者は、1度だけのときよりも「無視されている」と強く感じました。排除感が増し、自尊心や存在価値に関する感覚が下がるという報告があり、気分も落ち込みがちになります。

誰かにお金を預けるような信頼ゲームでも、何度もファビングされた側は相手をあまり信用しなくなる現象が示されています。礼儀の面でも、連続してファビングされた相手には「配慮のない人だ」と見なす声が増えました。

実験では、参加者たちがそれぞれ違う条件に割り当てられ、会話の中でスマートフォンを見る頻度をあえて変えてもらいました。そして、やりとりが終わったあとに、それぞれの感情や相手への評価を測定する方法が取られています。

1回ファビングを受けただけでは軽度な違和感で済む人もいたようですが、3回になるとかなり強い排除感につながったというわけです。

こうした結果から、ファビングが習慣化すると、コミュニケーション相手との信頼関係まで揺らぎやすいといえます。1度なら「仕方ないかな」と受け止められる可能性があっても、重ねられると対人関係が深く損なわれることが示唆されました。

この段階でわかるのは、ファビングの発生回数が増すほど、その場だけでなく相手への評価全般にダメージが及ぶ危険があるということです。

相手のファビングで会話の親密さが低下

ファビングが対面コミュニケーションの雰囲気や親密さにどのような変化をもたらすかを、観察を通じて検討した研究を見ていきます[4]

ある報告によれば、学生同士を二人一組にして10分程度会話をしてもらい、その様子を撮影・録画などで記録する方法がとられました。その後に参加者へアンケートを行い、どれほど会話が打ち解けたと感じたかや、自分と相手がどれだけ気が散っていたと思うかを尋ねています。

すると、全体の6割ほどの組で、実際にスマートフォンが使用されました。ただし、会話の途中で相手に見せながら検索したり写真を共有したりしている例もあった一方、一人だけ黙々と画面を見てしまう例も見受けられました。

平均的には数回スマートフォンを開いて数十秒触る程度ですが、中には短い時間で何度も取り出したり、長時間ほぼずっと操作していたりする人もいました。

興味深い点は、ファビングが発生していたかどうかを、当人たちが正確に思い出せないケースがあったことです。会話直後のアンケートでも、「自分は携帯を使っていないはず」と答えた人のなかに、実際は使っていた人が含まれていたり、逆に使っていないのに使った記憶があるという人が一定数いたりしました。それほど自然にスマートフォンへ手が伸びているのかもしれません。 

一方、客観的な観察データを基に会話の評価を分析したところ、相手がスマートフォンを取り出す場面があった組ほど、会話があまり親密でなかったと回答される傾向がありました。

つまり、一方が「別のことに集中している」と感じられると、話の盛り上がりや絆が育まれにくくなるのです。ただし、画面を共有して何かを一緒に見る場合などは必ずしも否定的に捉えられないこともあったため、状況次第で評価は変わります。

このように、実地の観察からは、ファビングは会話の当事者さえ意識しにくい場合がある一方、受け手からすると親密さを下げる振る舞いだと見なされやすい姿が浮き彫りになります。では、人はどうしてスマートフォンを見られるとこんなにも不快になるのでしょうか。

ファビングは不快感を誘発する

最後に紹介するのは、スマートフォンで無視されたケースと、雑誌を読まれて無視されたケースを比べた調査です[5]

実験では、参加者に一人がスマートフォンを見続ける場面と、一人が雑誌に集中している場面とを体験してもらい、どちらがより不快に感じるかを評価しました。その結果、スマートフォンを覗く行為のほうが雑誌の場合より強い不満や苛立ちを覚えさせるという傾向が示されました。

ここで注目されたのは、スマートフォンが何のために使われているかが外からは見えにくいという点です。雑誌を読んでいる姿であれば、学習や情報収集など有益な活動かもしれないと想像されやすく、周囲も「放っておいたほうがいい」と感じることが多いようです。

対して、スマートフォンの画面は他者には内容がわからず、「どうせゲームやSNSだろう」と思われがちで、「社会的にあまり価値のない行動をしているのではないか」と受け止められます。そのため、一緒にいる相手への配慮よりもスマートフォンをいじることを選んでいるように映り、不快感を大きくするというわけです。

調査を通じた分析結果によると、ファビングをする人は社交面での配慮に欠けると思われる場合があることも見いだされました。

雑誌の場合は熱心に読み込んでいるとも受け取られやすいのに対し、スマートフォンに没頭している様子は「周囲に敬意を払っていない」という印象を強めるリスクがあるようです。結局のところ、ファビングは意図が明白にならない分、相手にとってはわだかまりを抱えやすい行動なのです。

職場でのファビングに要注意

以上を通して、ファビングは「さほど深く考えずに行う行為」に見えて、周囲に多層的な不快感や疎外感を引き起こす要素があることがわかります。会話の流れが途切れ、相手に関心が向いていないと受け止められやすくなるので、気まずさや信頼低下を誘発する可能性が考えられます。

職場のマネジメントの観点で見ると、対面での打ち合わせやちょっとした相談などでもファビングが起これば、一緒に仕事をする同僚同士の間で微妙な感情の溝が広がるかもしれません。

とりわけ、何度も繰り返される場合には、疎外感を感じた従業員が「このチームでは意見を尊重されない」などと思い込み、コミュニケーションを避けるおそれがありそうです。そうなると、協力体制の乱れや情報共有の遅れなどが発生しうると考えられます。

ファビングが当人の自覚なしに生じることもあるため、気がつかないうちに周囲を不快にしている危険性も否定できません。

もう一点、雑誌を読む行動とスマートフォンの操作とを比べる実験からは、スマートフォンが「何をしているか分かりにくい」という特有の曖昧さゆえに、悪い印象をもたれやすい様子がうかがえます。

マネジャーとしては、面談やミーティングの場でスマホを眺める行為が増えると、人間関係のストレス要因になりかねないことを頭に置いておく必要があるでしょう。どういった場面でスマートフォンを使用するかという点が、職場の風通しや協働の空気づくりに深くかかわることは間違いありません。

脚注

[1] Garrido, E. C., Issa, T., Gutierrez Esteban, P., and Cubo Delgado, S. (2021). A descriptive literature review of phubbing behaviors. Heliyon, 7(5), e07037.

[2] David, M. E., and Roberts, J. A. (2020). Developing and testing a scale designed to measure perceived phubbing. International journal of environmental research and public health, 17(21), 8152.

[3] Knausenberger, J., Giesen-Leuchter, A., and Echterhoff, G. (2022). Feeling ostracized by others’ smartphone use: The effect of phubbing on fundamental needs, mood, and trust. Frontiers in Psychology, 13, 883901.

[4] Abeele, M. M. V., Hendrickson, A. T., Pollmann, M. M., and Ling, R. (2019). Phubbing behavior in conversations and its relation to perceived conversation intimacy and distraction: An exploratory observation study. Computers in Human Behavior, 100, 35-47.

[5] Mantere, E., Savela, N., and Oksanen, A. (2021). Phubbing and social intelligence: Role-playing experiment on bystander inaccessibility. International Journal of Environmental Research and Public Health, 18(19), 10035.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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