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コラム

組織の殻を破るイノベーションの源泉:バウンダリー・スパニングの可能性

コラム

デジタル化の進展とグローバル化などによって、企業を取り巻く環境は変化を続けています。このような時代において、組織の境界を超えて活動する「バウンダリー・スパニング」は、これまで以上に注目を集めています。なぜでしょうか。それは、バウンダリー・スパニングが組織に新たな可能性をもたらすからです。

外部との接点を持つことで、組織は新しい知識や視点を獲得できます。それは情報収集にとどまりません。異なる背景を持つ人々との対話は、これまでにない発想やアイデアの源となります。また、組織の内外をつなぐ活動は、関係者との信頼関係を築き、持続可能な成長の基盤となります。

しかし、バウンダリー・スパニングの真価は、それが組織全体にもたらす変化にあります。外部との関わりは、従業員一人ひとりの創造性を刺激し、イノベーションを生み出す土壌を育みます。さらに、経営陣の境界を超えた活動は、新しいビジネスモデルの創造につながることもあります。

本コラムでは、バウンダリー・スパニングがもたらす多面的な効果について解説します。組織における信頼構築から、創造的なパフォーマンスの向上、ビジネスモデルの革新、そして従業員のイノベーション行動の促進まで、バウンダリー・スパニングの持つ可能性を探っていきましょう。

バウンダリー・スパニングは信頼構築をもたらす

統合水資源管理の事例は、バウンダリー・スパニングと信頼構築の関係を浮かび上がらせます。水資源管理では、行政、企業、地域住民など、多様な利害関係者が存在します。これらの関係者の間で信頼関係を築くことは、持続可能な水資源管理を実現する上で欠かせません。

そこで登場するのが、バウンダリー・スパナーです。組織の枠を超えて活動するバウンダリー・スパナーは、関係者間のつながりを深め、知識共有を促進します。米国ネブラスカ州で実施された調査では、この活動が信頼構築に成果をもたらすことが実証されました[1]

バウンダリー・スパニングによる信頼構築において際立つのは、バウンダリー・スパナーの信頼性の高さです。誠実さ、能力、他者への配慮といった要素が、その土台となっています。

バウンダリー・スパナーの活動において、組織間の力関係の違いや管理範囲の不一致は避けられない課題です。しかし、それらを完全に排除することは難しくとも、協力的な環境を整えることで信頼構築は促進されます。

実際の活動において、バウンダリー・スパナーはいくつかの工夫を凝らしています。まず、状況に応じて中立的な立場を保ちながら、時には前面に立って調整を行います。また、手続きの枠組みを設定し、関係者が安心して参加できる環境を整えます。

専門用語を避け、誰にでも分かりやすい言葉で説明することも心がけます。一対一での対話も大切にし、個別の懸念に対応します。プロジェクトの初期段階から関係者を巻き込み、それぞれの意見や文化的背景を尊重する姿勢も欠かせません。

異なる背景を持つ関係者の間では、誤解や対立が生じることもあります。バウンダリー・スパナーは、こうした状況を対話のきっかけとして活用します。対立を適切に扱うことで、関係者間の理解が深まり、新たなアイデアが生まれることもあります。

このように、バウンダリー・スパニングによる信頼構築は、組織の枠を超えた協力関係の土台となっています。中立的な立場での調整、分かりやすいコミュニケーション、個別の対応、そして対立の活用など、様々な要素が組み合わさることで、持続的な信頼関係が築かれていくのです。

バウンダリー・スパニングは創造的パフォーマンスを促す

バウンダリー・スパニングは、従業員の創造的なパフォーマンスを高める力を秘めています。中国企業を対象とした調査は、このメカニズムを解き明かしています[2]

境界を超える行動をとる従業員は、組織の内外から多様な情報やリソースを取得します。これによって、問題解決のためのアイデアが生まれやすくなります。また、他者からの協力や支援を得ることで、これらのアイデアを実現する自信と機会が増していきます。

このプロセスにおいて、インフォーマルな地位が媒介役を果たすことが分かっています。インフォーマルな地位とは、公式な肩書きではなく、他者からの尊敬や信頼によって得られる影響力のことです。境界を超える行動によって従業員は周囲からの信頼を獲得し、組織内での非公式な地位が向上します。その結果、創造的なアイデアの実現がより容易になっていきます。

中国文化に特有の「中庸思考」が、この効果を強める働きをすることも明らかになっています。中庸思考とは、複雑な状況において柔軟かつ調和的に対応する能力を指します。中庸思考の高い従業員は、複数の異なる役割や人間関係のストレスを上手く調整できます。中庸思考によって、境界を超える行動による負の影響が軽減され、創造的なパフォーマンスの向上につながります。

職場では、この効果は例えば次のように表れます。外部との交流を通じて新しい視点や知識を得た従業員は、それを基に革新的なアイデアを提案します。組織内での信頼関係があれば、そのアイデアは前向きに検討され、実現に向けた支援も得られやすくなります。また、中庸思考によって、異なる意見や立場の調整もスムーズに進みます。

このように、バウンダリー・スパニングは外部との関係を築くだけでなく、従業員の創造性を引き出し、その実現を支える環境を作り出すということです。

知識共有を介して創造的パフォーマンスを高める

バウンダリー・スパニングは、組織における知識共有を促進し、創造的なパフォーマンスを高めます。知識共有を通じた効果は、次のような段階を経て生まれます[3]。まず、バウンダリー・スパニングによって、組織内外の多様な情報や知識が集まってきます。これらの情報は、従来の組織の枠内では得られなかったような、斬新で異質なものを含んでいます。

こうした情報が組織内で共有されると、新たな視点や発想が生まれます。例えば、外部の顧客やパートナー企業との対話から得られた気づきが、製品開発やサービス改善のヒントになることがあります。

同時に、バウンダリー・スパニングは従業員の創造的自己効力感も高めます。創造的自己効力感とは、「自分には創造的な成果を出せる」という自信のことです。自己効力感が高まると、従業員は新しい挑戦に前向きになります。失敗を恐れず、これまでにない方法やアイデアを試してみようという意欲が生まれるのです。

このプロセスには、上司からの信頼も影響を及ぼします。上司が従業員を信頼し、その価値を認めていると、従業員は自分の意見や情報を積極的に共有するようになります。その結果、組織全体の創造性が高まっていきます。

実際の職場では、このような効果は次のような形で表れるでしょう。ある従業員が外部との対話で得た情報を基に新しいアイデアを提案する。それを聞いた同僚が自分の経験や知識を加え、アイデアが発展する。上司がこうした取り組みを支持し、必要なサポートを提供する。このような好循環が生まれることで、組織の創造的パフォーマンスは着実に向上していきます。

知識共有による効果は、個人レベルでも組織レベルでも確認されています。個人は外部との交流を通じて視野を広げ、新しい発想力を養います。組織は多様な知識や視点を獲得し、イノベーションの土壌を豊かにしていきます。

ビジネスモデル・イノベーションを促す

現代のビジネス環境において、企業は新しい価値創造の方法を探し求めています。その中で、バウンダリー・スパニングはビジネスモデル・イノベーションを生み出す鍵となっています。

トップマネジメント・チームによるバウンダリー・スパニングは特に大事です。中国の中小企業を対象とした調査は、トップマネジメント・チームの境界を超える行動がビジネスモデル・イノベーションにつながる道筋を明らかにしました[4]

トップマネジメント・チームは、外部組織との連携や市場機会の探索を通じて、組織のリソース制約を克服します。政府や投資家からの支援獲得、競争相手の動向把握、外部との課題解決など、様々な活動を展開します。

この過程で特徴的なのが、「ブリコラージュ」と呼ばれる手法です。ブリコラージュとは、限られたリソースを工夫して再利用し、新しい価値を生み出す取り組みを指します。トップマネジメント・チームは外部から得たリソースを創造的に組み合わせ、これまでにないビジネスモデルを構築していきます。

例えば、デンマークの風力タービン企業の事例が挙げられます。この企業は廃材を活用して部品を開発し、従来の設計を超えた革新的な製品を生み出しました。これは「無」から「有」を創造した例です。

トップマネジメント・チームの境界を超える行動は、リソースを獲得するだけではありません。獲得したリソースを再解釈し、新しい文脈で活用することで、ビジネスモデル・イノベーションを実現します。外部のネットワークを築くことと、そのネットワークから得られるものを創造的に活用することは、別の次元の能力です。

これらの活動は、組織にいくつかの変化をもたらします。外部との接点が増えることで、新しい市場機会や技術的な可能性が見えてきます。リソースの創造的な再利用により、コスト効率の高い革新が可能になります。既存の業界慣行にとらわれない柔軟な発想が生まれ、新たな規範や標準を設定できることもあります。

トップマネジメント・チームの境界を超える行動は、組織内の従業員にも良い影響を及ぼします。経営陣が積極的に外部と関わる姿勢を見せることで、従業員も組織の枠を超えた発想や行動をとりやすくなるのです。

従業員のイノベーション行動につながる

バウンダリー・スパニングは、トップマネジメント・チームから従業員へと波及し、組織全体のイノベーション行動を促進します[5]

トップマネジメント・チームのバウンダリー・スパニングリーダーシップは、5つの要素から構成されています。将来を見据えた洞察力、カリスマ性と動機づけ能力、意思決定力、資源や情報の統合力、そして柔軟性と回復力です。これらの要素が組み合わさることで、従業員のイノベーション行動が引き出されていきます。

実証研究では、トップマネジメント・チームのバウンダリー・スパニング・リーダーシップが従業員のイノベーション行動に直接的な好ましい結果をもたらすことが分かりました。この効果は、職場の動機づけの風土を通じて強化されます。

動機づけの風土には2つの側面があります。1つは努力や協力を重視する「マスタリー風土」、もう1つは成果達成や競争を促進する「パフォーマンス風土」です。これらの風土が整うことで、従業員は新しいアイデアを試す意欲を高めていきます。

マスタリー風土では、従業員は失敗を恐れず、学習や成長に焦点を当てることができます。一方、パフォーマンス風土は、目標達成への意欲を刺激し、革新的な成果を生み出す原動力となります。

こうした効果は、次のようなプロセスで生まれます。トップマネジメント・チームが組織の目的やビジョンを示し、境界を超えた活動の意義を伝えます。それを受けて従業員は、自分たちの活動が組織の発展につながるという実感を持ちます。

上司からの信頼も重要です。従業員が上司から信頼されていると感じると、新しい取り組みにも自信を持って挑戦できます。失敗しても批判されないという安心感が、イノベーション行動を支えます。

組織の規模や業種を問わず、トップマネジメント・チームのバウンダリー・スパニング・リーダーシップは従業員のイノベーション行動を引き出す力を持っています。この効果は、組織全体のイノベーション能力の向上につながっていきます。

組織の境界を超える実践

バウンダリー・スパニングが、現代の組織において不可欠な活動であることが見えてきました。その効果は、組織内の信頼構築から始まり、知識共有、創造的パフォーマンス、ビジネスモデル・イノベーション、そして従業員のイノベーション行動の促進へと広がります。

職場のマネジメントにおいて、次の点に留意する必要があるでしょう。

  • 第一に、バウンダリー・スパナーの育成と支援です。組織の内外をつなぐ人材には、必要な権限と資源を提供することが求められます。
  • 第二に、知識共有の促進です。外部から得られた情報や知見を組織内で共有する仕組みを整えることで、創造的な成果につながります。
  • 第三に、信頼に基づく環境づくりです。失敗を恐れずにチャレンジできる雰囲気があってこそ、バウンダリー・スパニングの効果は発揮されます。
  • 第四に、経営陣自身が境界を超える活動のロールモデルになることです。トップマネジメント・チームの行動は、従業員のイノベーション行動に影響を及ぼします。

これらの施策を通じて、組織はバウンダリー・スパニングの恩恵を享受することができるでしょう。急速に変化する環境の中で、組織の持続的な成長を実現するために、バウンダリー・スパニングの活用がますます期待されます。

脚注

[1] Delozier, J. L., and Burbach, M. E. (2021). Boundary spanning: Its role in trust development between stakeholders in integrated water resource management. Current Research in Environmental Sustainability, 3, 100027.

[2] Zhang, Z., and Li, R. (2024). How and when employees’ boundary-spanning behavior improves their creative performance: A moderated mediation model. Journal of Management & Organization, 30(4), 1153-1169.

[3] Luo, C., and Ding, H. (2024). The role of boundary-spanning behaviour in enhancing individual innovation performance: A cross-level investigation. Kybernetes.

[4] Yan, S., Hu, B., Liu, G., Ru, X., and Wu, Q. (2020). Top management team boundary-spanning behaviour, bricolage, and business model innovation. Technology Analysis & Strategic Management, 32(5), 561-573.

[5] Liu, X., Yu, Y., Zhao, X., and Zhang, N. (2022). Top management team boundary-spanning leadership: Measurement development and its impact on innovative behavior. Frontiers in Psychology, 13, 988771.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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