2025年3月24日
「居場所」を奪われる痛み:データが示す職場での悪影響
休憩室で同僚たちが楽しそうに談笑している中、一人だけ会話に入れない。チームのランチミーティングの予定を知らされていない。重要なプロジェクトの打ち合わせに呼ばれない。このような職場での排除(オストラシズム)は、暴言や暴力といった目に見える嫌がらせと比べると、場合によっては、深刻な問題には見えないかもしれません。
しかし、職場での排除は、それを経験する従業員に心の傷を残します。同僚との関係が希薄になり、仕事への意欲が低下し、時には心身の不調まで引き起こすこともあります。このような個人レベルの問題は、やがて組織全体のパフォーマンスにも影響を及ぼします。
本コラムでは、職場における排除がもたらす影響について、従業員の態度の観点から検討します。職務への没入感の低下、組織との一体感の喪失、仕事の緊張度の上昇、創造性の減退といった側面に焦点を当て、職場での排除が組織全体に深刻な問題をもたらす可能性があることを明らかにしていきます。
ジョブ・エンベデッドネスを低下させる
職場での排除は、従業員の職務没入感(ジョブ・エンベデッドネス)を損なうことが分かっています。中国の複数のホテルで働く従業員を対象とした調査では、職場での排除が職務没入感に悪影響を及ぼすことが実証されました[1]。
従業員が職場で排除を経験すると、まず仕事や職場との心理的な結びつきが弱まります。同僚から無視されたり、冷遇されたりすることで、職場に対する所属感が薄れていくのです。このような状況に直面した従業員は、「自分はここにいても仕方がない」「この職場に居場所がない」といった感覚を抱くようになります。
職場での排除は従業員の情緒的なコミットメントも低下させます。職場で孤立感を感じる従業員は、組織への愛着や共感を失っていきます。この結果、多くの従業員が離職を真剣に考えるようになります。日々の業務の中で排除を経験し続けることで、「この組織にいる意味がない」という思いが強まっていくのです。
この調査では、内発的な動機づけの高さと排除の関係性も検討しています。仕事そのものにやりがいを見出し、達成感を重視する従業員ほど、排除による職務没入感の低下が顕著でした。これは一見すると意外な結果かもしれません。通常、内発的な動機づけが高い従業員は、外部からの影響を受けにくいと考えられるからです。
しかし、この結果には意味があります。仕事に対する期待や価値を高く持っている人ほど、排除による心理的なダメージが大きくなるのです。例えば、新しいプロジェクトのアイデアを提案しても無視される、チームでの話し合いから外されるといった経験は、仕事への意欲が高い従業員にとって大きな打撃となります。
これは、内発的な動機づけが高い従業員が持つ特徴と関係しています。彼ら彼女らは仕事を通じて自己実現を図ろうとしているため、他者との協働や意見交換を重視します。しかし、排除されることでそれらの機会が失われ、仕事本来の魅力や価値を見出せなくなってしまうのです。
職場での交流や対話から締め出されることは、彼ら彼女らにとって人間関係の問題以上の意味を持ちます。仕事そのものの価値や意義を損なう体験となり、結果的に職務没入感を低下させることになるわけです。
反対に、内発的な動機づけが低い従業員は、排除の影響を比較的受けにくい傾向が見られます。仕事自体への関心が薄い人々は、職場での人間関係にそれほど価値を置いていないことがその理由として考えられます。彼ら彼女らにとって、排除は確かに不快な経験ではありますが、仕事への没入度を大きく変えるほどの影響力は持ちません。
組織アイデンティフィケーションを下げる
職場での排除は、従業員の組織との一体感(組織アイデンティフィケーション)を低下させます。中国の石油・ガス企業で行われた調査では、排除を受けた従業員の組織への帰属意識が薄れていく様子が記録されました[2]。
組織との一体感が低下すると、従業員は他者を助けたり、組織全体に貢献したりする行動(組織市民行動)を減らす傾向にあります。この変化は、日常の業務場面で観察することができます。例えば、以前なら積極的に同僚を手助けしていた従業員が、次第に必要最低限の協力しかしなくなる。組織の規則やルールを最低限しか守らなくなる。業務改善の提案や新しいアイデアの共有を控えるようになる。このような行動の変化が、組織全体の活力を低下させていきます。
調査では、転職のしやすさ(転職可能性)も要素として浮かび上がりました。他の職場で働くことのできる従業員ほど、排除による組織との一体感の低下が顕著でした。これは、転職可能性の高い人々が、現在の職場での否定的な経験から逃れる選択肢を持っているためだと考えられます。
彼ら彼女らは、排除を経験すると「自分の能力は他の組織でも通用するはずだ」「ここにいる必要はない」という思考を強めます。そして、現在の組織に対する愛着や忠誠心を急速に失っていくのです。「自分の意見が会議で何度も無視された後、この組織に留まる意味を見失った」「チームの非公式な集まりに誘われなくなり、次第に職場全体に対して冷めた気持ちになっていった」という具合です。
こうした心理的な変化の背景には、排除が持つ象徴的な意味があります。排除された従業員は、その経験を「組織から価値を認められていない」というメッセージとして受け取ります。この認識により、「自分は組織の一員ではない」という感覚が強まり、組織との心理的な距離が広がっていきます。
追加の調査では文化的な要因(集団主義や将来志向)も考慮されましたが、排除による組織との一体感の低下は、文化的背景に関係なく一貫して観察されました。排除が持つ悪影響が、文化や価値観の違いを超えた現象であることを示唆しています。
緊張を介して早退・遅刻意図を高める
台湾のホテルで働く従業員を対象とした調査によると、職場での排除は仕事上の緊張を高め、それが早退や遅刻の増加につながることが分かりました。この研究では、ホテルで働く従業員を対象に、複数回にわたる調査が実施されました[3]。
排除を経験した従業員は、仕事に対する心理的なストレスや不安が増大していきます。同僚や上司から無視されることは、従業員の精神的なエネルギーを消耗させ、仕事への集中力を低下させます。この状態が継続すると、職場での緊張感が高まっていきます。
緊張の高まりは、早く帰宅したい、遅刻してもかまわないといった意識を生み出します。従業員は、心理的なストレスから逃れるために、できるだけ職場での滞在時間を減らそうとします。実際に、排除による緊張の上昇が、早退意図や遅刻意図と強く結びついていることが判明しました。
緊張を介した間接的な影響は、直接的な影響よりも顕著でした。排除そのものよりも、それによって引き起こされる心理的な緊張状態が、従業員の勤務態度により大きな影響を及ぼすということです。
早退意図については、排除が直接的な原因とはならないことも分かりました。これは、早退が比較的目立つ行動であり、さらなる批判や制裁を招く可能性があるためと考えられます。従業員は、たとえ職場での居心地が悪くても、直接的に早退という形で反応することは避けるのです。
一方、遅刻意図については、排除が直接的にも間接的にも影響を及ぼすことが確認されました。遅刻は早退と比べると比較的目立ちにくい行動であり、例えば、「電車が遅れた」「体調が悪かった」といった理由で説明がつきやすいため、従業員にとってより選択しやすい対処行動となるのでしょう。
研究では、資源保存理論に基づく説明が提示されています。この理論によれば、人は心理的なエネルギーといった資源を守ろうとします。職場での排除は、この資源を消耗させます。その結果、従業員は残された資源を守るために、労働時間を削ろうとする行動を取るということです。
例えば、朝のミーティングで自分の意見が無視される経験を重ねた従業員は、そのような状況を避けるために遅刻するようになります。また、チームの懇親会に誘われない従業員は、早めに帰宅することで心理的なダメージを軽減しようとします。
このような行動は、勤務規律の問題ではありません。それは、職場での排除による心理的な負担から自分を守るための防衛反応として理解する必要があります。排除された従業員は、職場での存在感を失い、そこにいることそのものが精神的な苦痛となっているのです。
メタ分析で離職意思との関係を検証
職場での排除と離職意図の関係について、様々な研究結果を統合的に分析した論文が出されています。この研究では、多数の先行研究のデータを統合し、様々な業種や地域における職場での排除と離職意図の関係性が検討されました[4]。
調査対象となった研究は学術データベースから厳選されました。コーポレート、ホスピタリティ、ヘルスケアなど、多岐にわたる業種の従業員データが含まれており、さまざまな職場環境における排除の影響を把握することができます。
分析の結果、職場での排除と離職意図の間には一貫した関係性があることが明らかになりました。排除を経験した従業員は、そうでない従業員と比べて明らかに高い離職意図を示しています。この関係性は、業種や地域を問わず、観察されました。
このような結果が得られた理由として、資源保存理論による説明が提示されています。この理論によれば、職場での排除は従業員の心理的リソースを消耗させます。排除された従業員は、職場での支持や社会的なつながりといった重要な資源を失い、それが離職を考えるきっかけとなります。
また、所属理論の観点からも、この関係性を理解することができます。人間には基本的な所属欲求があり、職場での排除はこの欲求を直接的に脅かします。その結果、従業員は「この組織には居場所がない」と感じ、新しい職場を探そうとする動機が高まるのです。
調査では、年齢や女性の割合といった要因が、排除と離職意図の関係にどのような影響を及ぼすかも検討されました。若年層の従業員は、排除の影響をより強く受ける傾向が見られましたが、その効果は限定的でした。また、女性の割合による顕著な違いは確認されませんでした。
業種による違いもほとんど見られませんでした。職場での排除が業種を問わず、従業員の離職意図を高めることを示唆しています。ただし、研究間でばらつきも確認されており、職場や文化の違いが何らかの影響を及ぼしている可能性も指摘されています。
この分析の結果は、職場での排除が、組織の人材維持に影響を及ぼすことを明確に示しています。優秀な人材ほど他の職場での機会に恵まれているため、排除を経験した場合に実際の離職につながりやすいことが懸念されます。
タスクリソースが減り創造性に悪影響
職場での排除は、従業員の創造性を低下させることが明らかになっています。中国の銀行で働く販売職従業員を対象とした調査では、上司からの排除が部下の創造性を損なうメカニズムが解明されました[5]。
まず、上司から排除された従業員は、業務に必要な情報やツールを十分に得られなくなります。例えば、重要な会議から除外される、プロジェクトの進捗状況が共有されない、新しい商品やサービスに関する情報が伝えられないといった状況に直面します。結果、問題解決に必要なタスクリソースが不足し、創造的な発想が妨げられます。
さらに、この情報の遮断が長期化することで、従業員が新しいアイデアを考え出す土台そのものが失われていきます。営業部門での例を挙げると、顧客のニーズや市場動向に関する情報を得られないことで、革新的な提案ができなくなっていきます。また、他の部署との情報交換が制限されることで、部門を横断した新しい発想が生まれにくくなります。
排除は従業員の心理的安全性も脅かします。自分の意見や提案が受け入れられないという経験を重ねることで、従業員は次第に新しいアイデアを出すことを躊躇するようになります。「どうせ採用されない」「発言しても無駄だ」という諦めの気持ちが芽生え、創造的なプロセスへの関与が減少していきます。
一方で、興味深い発見もありました。組織からの支援が高いと認識している従業員は、上司からの排除による悪影響を比較的受けにくいことが分かりました。組織全体からのサポートを感じられる環境では、従業員は代替的なリソースを見つけやすく、創造性を維持しやすいということです。
例えば、直属の上司から排除されても、他の部署の上司や同僚からサポートを得られる従業員は、新しいアイデアを生み出す機会を失わずに済みます。組織全体として従業員の提案を歓迎する文化がある場合、個々の上司による排除の影響は緩和されることが確認されました。
しかし、こうした組織的なサポートがあったとしても、上司からの排除が創造性に及ぼす悪影響を完全に防ぐことは難しいことも分かっています。タスクリソースの不足と創造的プロセスへの関与の減少という二つの経路を通じた創造性の低下は、組織にとって深刻な問題となります。
上司との関係性が悪化することで、従業員は必要な情報やリソースへのアクセスを失うだけでなく、自分のアイデアや提案を共有する機会も失っていきます。この状況が続くと、従業員は次第に「与えられた仕事をこなすだけ」の受動的な姿勢を取るようになり、組織の革新性は徐々に失われていくのです。
脚注
[1] Lyu, Y., and Zhu, H. (2019). The predictive effects of workplace ostracism on employee attitudes: A job embeddedness perspective. Journal of Business Ethics, 158(4), 1083-1095.
[2] Wu, C.-H., Liu, J., Kwan, H. K., and Lee, C. (2016). Why and when workplace ostracism inhibits organizational citizenship behaviors: An organizational identification perspective. Journal of Applied Psychology, 101(3), 362-378.
[3] Hsieh, H., and Karatepe, O. M. (2019). Outcomes of workplace ostracism among restaurant employees. Tourism Management Perspectives, 30, 129-137.
[4] Das, S. C., and Ekka, D. (2024). Workplace ostracism and turnover intention in organizations: A meta-analytic review. BIMTECH Business Perspectives, 5(1), 48-73.
[5] Kwan, H. K., Zhang, X., Liu, J., and Lee, C. (2018). Workplace ostracism and employee creativity: An integrative approach incorporating pragmatic and engagement roles. Journal of Applied Psychology, 103(12), 1358-1366.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。