2025年3月12日
職場におけるメンタリング:成長が加速する支援のあり方
メンター支援が組織の人材育成において果たす役割は、年々重要性を増しています。その起源は古く、ギリシャ神話にまで遡り、若年層と経験豊富な成人の関係性の中で、知識や経験が受け継がれてきました。現代の職場においても、メンター支援は組織の発展に欠かせない要素となっています。
特に注目すべきは、メンター支援がキャリアステージによって異なる効果や意義を持つという点です。初期キャリアにおける従業員、中堅従業員、シニア従業員など、それぞれのキャリアステージにおいて、メンター支援の内容や方法は異なります。しかし、この点について体系的に整理された情報は意外に少ないのが現状です。
本コラムでは、キャリアステージ別のメンター支援について、その特徴と違いを明らかにしていきます。研究知見を基に、メンター支援の本質に迫ります。人材育成に携わる実務者の方々にとって、明日からの実践に活かせる示唆を提供できれば幸いです。
メンター支援がキャリア発展に果たす役割
メンター支援とは何か
メンターという用語は、ギリシャ神話に由来しており、「若年層と経験豊富な成人の関係を指し、経験豊富な成人が若年層に対して成人の世界や職業の世界を乗り越える方法を教える関係」を意味します[1] [2]。
Kram(1985)は、メンター支援を「継続的な信頼、共感、真摯な関心を基盤とした関係を通じて、プロテジェ(被支援者)の個人的・職業的な発展を促すこと」と定義しています。このプロセスを通じて、メンターはメンティーに対して指導、支援、フィードバックを提供し、プロテジェの成長を促します。すなわち、職場におけるメンタリングは、組織の環境内で行われ、プロテジェの個人的および職業的な成長を目的とします[3]。
組織の人材育成とメンター支援の連携
メンター支援は、指導を受けている従業員メンター、そして組織に対してさまざまな利益をもたらす可能性があり、特に個別対応で比較的低コストで提供できる点において注目されています[4]。メンター支援と組織の人材育成戦略は密接に関連しており、これにより従業員のプロフェッショナルな成長が促進され、組織の人材戦略においてもパフォーマンスの向上や長期的な貢献が期待されます[5]。
特に、中堅キャリアやシニア従業員の人材育成、また若手社員や初期キャリア従業員の育成において、メンター支援の役割が重要視されています[6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13]。今回のコラムでは、それぞれのキャリア発展の段階に応じてメンター支援の役割を踏まえ、キャリア発展の段階ごとのメンターの役割と支援方法の違いについて説明します。実務者の方々にとって、理解しやすく実際の業務に役立つ情報を提供します。
キャリア段階ごとのメンター支援の要点
中堅・シニア層への効果的なメンター支援
中堅・シニア層は、組織の中核を担いながらも次なる飛躍を模索する重要な存在です。これまで培った経験と知識をさらに高めるためには、適切なメンター支援が不可欠となります。
ロールモデル支援の重要性
中堅従業員やシニア従業員にとって、メンターが提供するロールモデル支援は非常に重要です。ロールモデル支援を通じて、指導を受ける側は、成功するキャリアパスの具体的なイメージを持つことができ、仕事の満足度やパフォーマンスの向上に寄与します。特に、キャリアの成功を目指す段階において、メンターが自身の経験を通じて示す姿勢や行動は、指導を受ける側にとっての参考となり、重要な成長の一部となります[14]。
組織コミットメントを高めるメンターの影響
メンター支援について、Ghosh & Reio Jr. (2013) の研究は、メンタリングがメンター自身にとってもキャリア上の多くの利点をもたらし、特に組織コミットメントの向上や職務満足度の向上に寄与することを示しています。特に組織コミットメントの向上や職務満足度の向上に寄与することを示しています[15]。メンターの指導を受けたプロテジェは、組織との関係を深め、長期的な定着を促進する可能性があります。
キャリア成長に貢献するメンターシップの効果
中堅従業員やシニア従業員にとって、キャリア関連のメンターシップが昇進や報酬、職務満足度に対して大きな影響を与えることが確認されています。メンターが指導を受ける側のスキル育成に寄与することで、昇進や報酬といった具体的なキャリア成果を促進し、 指導を受ける側は自身のキャリア成長に対する満足感を高めることができるようになります[16]。
初期キャリア従業員を育てるためのメンター支援
新卒や入社年次の浅い従業員にとって、初期キャリアの土台づくりは将来を左右する大切なステップです。彼らが組織でスムーズに成長し活躍できるよう、早期にメンター支援を導入する意義は大きいといえます。
キャリア初期段階におけるメンタリングの意義
初期キャリア段階は、キャリアの早期段階(23~28歳)であり、この段階のメンタリングが、フルタイム雇用の確率を高めることが示されています。この段階でのメンタリングは、キャリアの早期段階での具体的な成果向上に寄与し、仕事に関するスキルの向上や将来的な雇用の安定性を高めるとされています[17]。
キャリア形成を支えるメンターシップの成果
正規雇用された初期キャリアにおける従業員にとっても、キャリア関連のメンターシップは昇進や報酬、職務満足度の向上に大きな効果ももたらし、初期キャリアの段階において具体的なキャリアの成果を促進することが分かっています[18]。このようなメンタリングは、将来のキャリアステップに向けて重要な支援となります。
従業員の自己成長を促す学習機会の提供
従業員に対して、自己成長への投資が可能な学習機会が提供されることで、仕事に関連する専門知識の獲得への意欲が高まり、キャリアの成果に寄与することが示されています[19]。したがって、初期キャリアにおける従業員へのメンタリング支援は、仕事に必要なスキルの習得や成長を促進することを提言しています。
実務で活用するためのメンタリング実践法
キャリア初期従業員向けのメンター支援の手法
キャリアの基礎を築く初期段階では、上司や先輩との関わりが特に重要になります。適切な目標設定や学習の機会を与えながら、従業員が自律的に成長できるようなメンター支援を考えましょう。
頻繁な交流と目標設定によるキャリア支援
初期キャリアのプロテジェは、メンターとの定期的な面談を通じて具体的な目標設定やキャリアの方向性を模索する必要があります。適切な支援が欠けると、キャリアの迷走や成果が出にくくなる可能性があるため、メンターは頻繁に関与し、プロテジェのニーズを把握し、具体的な目標達成を支援する役割を担います[20]。
組織文化への適応を支援する方法
初期キャリア段階では、プロテジェが組織文化に適応するための支援が重要です。メンターは、プロテジェに対して職場の価値観や期待に関する情報を提供し、キャリアの順調な発展を促すサポートを行います[21]。
信頼関係を築き、強固なメンタリングを実現
メンターとプロテジェの関係が深まることで、信頼が築かれ、プロテジェが安心して相談できる環境が整います。メンターはプロテジェに対してキャリアの課題を解決する手助けを行うとともに、相談相手としての役割を果たします [22]。
中堅キャリア従業員のためのメンタリング実践
中堅キャリアに差しかかると、リーダーシップの発揮や専門性の磨き上げといった新たな課題が生じます。こうした転換期を支えるメンター支援が、次なるキャリアアップへの大きな後押しとなります。
上級メンターのリーダーシップ向上を支援する方法
Scandura(1992)の研究では、中堅キャリアのプロテジェが上級メンターから指導を受けることがキャリア成長に寄与することが示されており、この上級メンターはリーダーシップを発揮し、プロテジェに対して専門的な支援を提供する人物として位置付けられています。中堅キャリア段階では、上級メンターからの経験や知識、リーダーシップのモデルを求めることが多くなります。上級メンターは、プロテジェのキャリアの高次の課題に対する支援を提供し、リーダーシップ能力の向上を支援します。具体的な対策としては、給与の増加が考えられます[23]。
キャリアリスク管理と意思決定を支援するメンタリング
中堅キャリア段階では、プロテジェが昇進や異動などの重要なキャリアの選択に直面するため、メンターはキャリアのリスクを軽減し、意思決定のサポートを行います。プロテジェが組織内でのキャリアの方向性を見つけ、選択肢を検討できるよう支援することが求められます[24]。
上級メンターの専門性を高めるトレーニング
上級メンターは、リーダーシップを発揮し、プロテジェに対して専門的な支援を提供する人物として位置付けられています。中堅キャリアのプロテジェには、上級メンターからの指導を通じて、専門性を向上することが重要です。Scandura(1992)の研究[25]の知見を踏まえて、上級メンター自身の専門性のトレーニングの強化を提言します。具体的な方法については、今後さらに検討が必要です。
本コラムを通じて、メンター支援がキャリアステージによって異なる効果と意義を持つことを詳しく見てきました。とりわけ、初期キャリアの従業員と中堅・シニア従業員では、必要とされる支援の内容や方法に違いがあることが分かりました。
初期キャリアの従業員に対しては、頻繁な接触による目標の明確化や組織文化への適応支援が重要である一方、中堅・シニア従業員には上級メンターによる役割モデルの提示やキャリアリスク管理の支援が効果的です。
このような違いを理解した上で、メンター支援を実践することで、組織全体の人材育成の質を高めることができます。例えば、初期キャリアの従業員にはキャリアの早期段階からのメンタリングを通じて具体的な成果向上を目指し、中堅層には組織へのコミットメント向上とキャリア関連メンターシップの提供を意識的に行うことで、有効な人材育成が可能となります。
メンター支援は、単なる知識や経験の伝達にとどまらず、信頼関係の構築を通じた深い学びの機会を創出します。この信頼関係こそが、持続的な成長と組織への貢献を可能にする基盤となります。明日からの実践において、メンターとプロテジェの双方が、このような関係性の構築を意識しながら取り組むことで、実りある支援が実現できるでしょう。
本コラムで示した知見を活かし、それぞれのキャリアステージに応じた適切な支援を提供することで、組織全体の活性化と個々の従業員の成長を同時に実現することができます。メンター支援は、組織の持続的な発展と個人の豊かなキャリア形成を結びつける架け橋となるのです。
脚注
[1] Kram, K. E. (1983). Phases of the mentor relationship. Academy of Management Journal, 26(4), 608–625.
[2] Kram, K. E. (1985). Mentoring at work: Developmental relationships in organizational life. Glenview, IL: Scott Foresman.
[3] 同注2
[4] Hunt, D. M., & Michael, C. (1983). Mentorship: A career training and development tool. Academy of Management Review, 8(3), 475–485. https://doi.org/10.2307/257836
[5] Ramaswami, A., & Dreher, G. F. (2007). The benefits associated with workplace mentoring relationships. In T. D. Allen & L. T. Eby (Eds.), Blackwell handbook of mentoring (pp. 211–232). Oxford, UK: Blackwell
[6] Scandura, T. A. (1992). Mentorship and career mobility: An empirical investigation. Journal of Organizational Behavior, 13(2), 169–174. https://doi.org/10.1002/job.4030130206
[7] Arnold, J., & Johnson, K. (1997). Mentoring in early career. Human Resource Management Journal, 7(4), 61-70.
[8] McDonald, S., Erickson, L. D., Johnson, M. K., & Elder, G. H. (2007). Informal mentoring and young adult employment. Social science research, 36(4), 1328-1347.
[9] Roobol, C. J., & Koster, F. (2020). How organisations can affect employees’ intention to manage enterprise-specific knowledge through informal mentoring: a vignette study. Journal of knowledge management, 24(7), 1605-1624.
[10] Ragins, B. R. (2016). From the ordinary to the extraordinary. Organizational Dynamics, 45(3), 228-244.
[11] Eby, L. T., Allen, T. D., Evans, S. C., Ng, T., & DuBois, D. L. (2008). Does mentoring matter? A multidisciplinary meta-analysis comparing mentored and non-mentored individuals. Journal of vocational behavior, 72(2), 254-267.
[12] Allen, T. D., Eby, L. T., Poteet, M. L., Lentz, E., & Lima, L. (2004). Career benefits associated with mentoring for protégés: A meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 89(1), 127-136.
[13] Ghosh, R., & Reio Jr, T. G. (2013). Career benefits associated with mentoring for mentors: A meta-analysis. Journal of Vocational Behavior, 83(1), 106-116.
[14] 同注13
[15] 同注13
[16] 同注12
[17] 同注8
[18] 同注12
[19] 同注9
[20] 同注7
[21] 同注8
[22] 同注20
[23] 同注6
[24] 同注7
[25] 同注6
執筆者
孫 潔 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー
中国東北大学東軟情報学院日本語専攻卒業、中国佳木斯(チャムス)大学大学院日本語言語文化専攻博士前期課程修了、桜美林大学大学院老年学研究科老年学専攻(現・桜美林大学大学院国際学術研究科老年学学位プログラム)博士課程(前期・後期)修了。修士(文学・老年学)、博士(老年学)。専門社会調査士。ジェロントロジーマイスター認定。老年医学と老年心理学の領域では、中高年者における健康寿命の影響要因、認知症の患者におけるコミュニケーション障害評価に関する研究、老年社会学と教育老年学の領域では、高齢者における学習のニーズとその実践の関連要因、それぞれの活動参加の効果評価に関する研究に取り組んでいる。