ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

対話から生まれるリーダーシップ:オーセンティックな関係性が組織を変える

コラム

私たちの仕事の環境は、一つの転換期を迎えています。デジタル化の波が押し寄せ、働き方が多様化する中で、従来型のリーダーシップが十分に機能しなくなっている組織もあります。例えば、指示と管理によるリーダーシップでは、組織の成長は危うくなってきているのです。

このような状況の中で着目されているのが「オーセンティック・リーダーシップ」です。これは、リーダーが自分自身の価値観や信念に忠実であり、フォロワーと誠実に向き合うリーダーシップのスタイルを指します。表面的な取り繕いや、上辺だけの関係性ではなく、本質的な信頼関係を築き上げていく姿勢が特徴です。

オーセンティック・リーダーシップが関心を寄せられる背景には、価値観の変化があります。例えば、仕事に対する意味や目的を求める声が高まっています。指示命令の関係ではなく、リーダーとフォロワーが互いに成長し合える関係性が求められています。

本コラムでは、オーセンティック・リーダーシップにおけるリーダーとフォロワーの関係性について探っていきます。組織の成長と個人の成長が調和する新しいリーダーシップのあり方を考えていきたいと思います。

IT企業では有意な要素と有意ではない要素がある

オーストラリアのIT業界を舞台にした調査は、オーセンティック・リーダーシップの効果について興味深い発見をもたらしました。調査は、IT企業で働く多くの従業員を対象に、リーダーシップが職場での活力や学習にどのような作用を及ぼすのかを分析したものです[1]

オーセンティック・リーダーシップには、四つの特徴があるとされています。第一の特徴は「自己認識」です。これは、リーダーが自分自身の長所や短所を深く理解し、自分の行動が周囲の人々にどのような作用を及ぼすのかを認識することを指します。リーダーは、自分自身を客観的に見つめ、自己理解を深めていく必要があります。

第二の特徴は「透明性」です。これは、リーダーが自分の考えや感情を率直に表現し、誠実なコミュニケーションを通じて信頼関係を築くことを意味します。リーダーは、良いことも悪いことも包み隠さず共有し、オープンな対話を心がけます。

第三の特徴は「バランスの取れた意思決定」です。これは、感情や個人的な偏見に左右されることなく、公正な判断を下すことを指します。リーダーは、様々な視点や意見を考慮し、組織全体にとって最適な判断を下すことが求められます。

第四の特徴は「内面化された倫理観」です。これは、一貫した道徳的価値観に基づいて行動することを意味します。リーダーは、自分の信念や価値観に従って行動し、それを組織の中で体現していきます。

調査結果は、IT業界特有の傾向を明らかにしました。リーダーの自己認識と透明性は、職場での活力や学習に対して有意な作用を持ちませんでした。この結果は、なぜ生まれたのでしょうか。

IT業界では、業務プロセスの標準化が進んでいます。多くの作業が明確な手順やガイドラインに従って行われ、個別の対人コミュニケーションよりも、システムやツールを介したやり取りが中心となっています。このような環境では、リーダーが自己認識を高め、透明性のあるコミュニケーションを心がけても、それが直接的に従業員の活力や学習には結びつかないのです。

リモートワークや分散型チームが一般的なIT業界では、リーダーと従業員の直接的な対話の機会が減少しています。コミュニケーションの多くがオンラインツールを介して行われ、対面での深い関係性構築が難しくなっています。このことも、リーダーの自己認識や透明性の効果を制限する要因となっているのでしょう。

一方で、バランスの取れた意思決定と内面化された倫理観は、従業員の活力や学習に対して有意な作用を持つことが確認されました。公平で合理的な意思決定は、従業員に安心感と信頼感を与え、職場環境を改善します。急速な技術変化に直面するIT業界では、リーダーの公正な判断が従業員の安定感を高める要素となっています。

内面化された倫理観は、従業員の学習意欲を高める上で重要です。リーダーが一貫した倫理観に基づいて行動することで、従業員は自分が公正に扱われていると感じ、積極的にスキル開発や知識の習得に取り組むようになります。IT業界では、技術の進歩が速く、新しい知識やスキルの習得が求められます。このような環境で、リーダーの倫理的な行動が学習意欲を支えているのです。

これらの結果は、IT業界におけるリーダーシップの新たな方向性を示唆しています。個人的な関係性構築に注力するよりも、公正な意思決定と倫理的な行動を通じて、従業員の成長を支援することが、効果的なアプローチとなることがわかりました。

フォロワーと共同で作られる

オーセンティック・リーダーシップを理解する上で、これまでの研究には一つの盲点がありました。それは、リーダーシップをリーダー個人の特性や行動として捉えすぎていたことです。職場における実際のコミュニケーションを分析した研究は、新たな視点を提供しています。

研究では、ニュージーランドのIT企業と英国の慈善団体における職場のコミュニケーションを詳細に記録し、分析しました[2]。その結果、リーダーシップはリーダー単独の行動や特性ではなく、フォロワーとの相互作用を通じて生み出されることが明らかになりました。

例えば、リーダーの「透明性」は、フォロワーからの質問や反応によって引き出されることがわかりました。企業のCEOが目標達成への意欲を表明する場面でも、それはフォロワーからの質問がきっかけとなって生まれていました。フォロワーの質問がなければ、リーダーの意図や目標が明確に表現されない可能性もあります。

リーダーの発言や行動は、フォロワーによって「リーダーシップの特徴」として再解釈され、組織内で共有されていきます。フォロワーがリーダーの発言を「意図」として解釈し、その方向性を周囲に広めることで、リーダーシップが組織の中で確立されていくのです。

このプロセスは、決して一方通行ではありません。フォロワーの反応や解釈が、リーダーの次の行動に作用を及ぼします。リーダーは、フォロワーの反応を見ながら、自分の行動を調整していきます。この相互作用の中で、リーダーシップのスタイルが徐々に形作られていきます。

一方で、リーダーシップの失敗も、このような相互作用の中で明らかになります。ある事例では、新任のマネージャーが新しい勤務管理システムを導入しようとした際、フォロワーの期待や価値観と一致しない説明を行いました。その結果、フォロワーはその説明を受け流し、マネージャーのリーダーシップは機能しませんでした。

この事例は、リーダーの行動がフォロワーの期待や価値観に合致することの重要性を示しています。リーダーがいくら「正しい」と考える行動を取っても、それがフォロワーの理解や共感を得られなければ、リーダーシップとして成立しないのです。

研究結果は、リーダーシップがリーダーとフォロワーの対話的なプロセスを通じて共同で形成される社会的な構築物であることを示しています。リーダーの行動は、フォロワーの解釈や反応を通じて意味を持ち、組織の中で機能していきます。

オーセンティックなリーダーシップとフォロワーシップ

ベルギーのサービス業界での調査は、オーセンティック・リーダーシップの発展において、フォロワーの心理的なニーズの充足が中心的な役割を果たすことを明らかにしました。調査は、リーダーとフォロワーの両方がオーセンティックに行動することで、基本的な心理的ニーズが満たされ、それが職務パフォーマンスの向上につながることを示しています[3]

調査は、多くのリーダーとフォロワーを対象に行われ、オーセンティックな行動が組織にもたらす効果を分析しました。その結果、フォロワー自身がオーセンティックである場合、すなわち自分の価値観や信念を持ちながら行動する場合、自分で選んだ行動を取る感覚(自律性)が高まることがわかりました。

この自律性の高まりは、内発的な動機の強化につながります。フォロワーは、外部からの要求を前向きに受け止め、創造的に対応できるようになります。自分の価値観に基づいて行動することで、仕事に対する意味や目的を見出しやすくなります。

オーセンティックなリーダーの存在も、フォロワーの心理的ニーズの充足に貢献します。リーダーがフォロワーの視点を尊重し、自律的な行動を奨励することで、フォロワーは安心して意見を述べたり、新しいことに挑戦したりする意欲を持つようになります。

リーダーの支援的な態度は、フォロワーの効力感(自分が有能だと感じる感覚)を高めます。建設的なフィードバックを通じて、フォロワーは自分の成長を実感し、さらなる挑戦への意欲を持つことができます。

リーダーとフォロワーの両方がオーセンティックに行動する場合に、最も大きな効果が得られます。フォロワーが自分をオーセンティックに表現できる場面で、リーダーもオーセンティックであると、フォロワーはさらに自分らしく行動することができます。

例えば、リーダーが「失敗を恐れず挑戦することが大切だ」と伝え、実際に自身もそのように行動すると、フォロワーは安心して新しい提案を行うことができます。このような環境では、フォロワーはミスを恐れることなく行動でき、それが自律性を強化することにつながります。

調査では、フォロワーの基本的なニーズが満たされると、職務における三つの要素が向上することが明らかになりました。一つ目は「適応性」です。変化する状況に柔軟に対応し、新しい課題に取り組む力が高まります。二つ目は「積極性」です。自発的に改善案を提案し、組織の発展に貢献する姿勢が強まります。三つ目は「熟練性」です。専門的なタスクを的確に遂行する能力が向上します。

これらの向上は、フォロワーが自分の行動を「他人のため」ではなく、「自分の意思でやっている」と感じられることから生まれます。内発的な動機に基づく行動は、高いパフォーマンスにつながるのです。

自己認識と自己調整がオーセンティックな関係を作る

オーセンティック・リーダーシップの発展において、自己認識と自己調整は中心的な要素となります。リーダーとフォロワーの双方が、自分の価値観や感情、動機を理解し、それに基づいて行動を調整することで、オーセンティックな関係が築かれていきます[4]

この過程での重要な要素が、「トリガーイベント」と呼ばれる出来事です。リーダーにとって、大規模なプロジェクトでの成功や失敗、組織の危機的状況での対応など、様々な経験が自己認識を深める契機となります。例えば、リーダーが困難なプロジェクトで誠実に対応した経験は、自身の価値観や行動原理を見直すきっかけとなります。

フォロワーもまた、リーダーの行動を観察することで、自身の行動規範や価値観を見直す機会を得ます。リーダーが透明性を持って行動する姿を見ることで、フォロワーもその姿勢を内省的に取り入れていきます。このような相互作用を通じて、組織全体の倫理的な基準が形成されていきます。

組織文化も、リーダーとフォロワーの成長を支えます。リーダーが透明性を持って行動し、失敗をオープンに共有する環境では、フォロワーはその場を信頼できるものとして認識します。その結果、フォロワーは自発的に問題を報告し、改善策を提案するようになります。

インクルーシブな文化の中では、リーダーが全てのメンバーの声を尊重することで、フォロワーは自分の存在価値を感じ、組織への貢献意欲が高まります。この心理的安全性の確保は、組織全体のコミュニケーションの質を向上させ、イノベーションを促進します。

リーダーの姿勢は、フォロワーの行動にも作用します。リーダーがフォロワーの貢献を公正に評価し、感謝の言葉で表すと、フォロワーは認められているという感覚を得ます。この認識は、フォロワーの自己効力感を高め、さらなる成長への意欲を引き出します。

フォロワーがリーダーと価値観を共有すると、自分の目標とリーダーの目標が一致していると感じ、高いパフォーマンスを発揮するようになります。目標の一致は、表面的な同意ではなく、深い次元での価値観の共有から生まれます。

リーダーの肯定的な心理状態も、フォロワーの成長に影響を及ぼします。リーダーが困難に直面しても解決策を見出す姿勢を見せることで、フォロワーも「失敗しても支援がある」と感じ、挑戦的な課題に取り組みやすくなります。前向きな姿勢は、組織全体のレジリエンスを高めることにもつながります。

もちろん自己認識と自己調整の発展は、一朝一夕には実現しません。それは継続的な学習と成長のプロセスであり、リーダーとフォロワーの双方が意識的に取り組む必要があります。日々の対話や経験を通じて、互いの理解を深め、信頼関係を築いていくことが求められます。

脚注

[1] Durrah, O., Charbatji, O., Chaudhary, M., and Alsubaey, F. (2024). Authentic leadership behaviors and thriving at work: Empirical evidence from the information technology industry in Australia. Psychological Reports, 127(4), 1911-1940.

[2] Larsson, M., Clifton, J., and Schnurr, S. (2021). The fallacy of discrete authentic leader behaviours: Locating authentic leadership in interaction. Leadership, 17(4), 421-440.

[3] Leroy, H., Anseel, F., Gardner, W. L., and Sels, L. (2015). Authentic leadership, authentic followership, basic need satisfaction, and work role performance: A cross-level study. Journal of Management, 41(6), 1677-1697.

[4] Gardner, W. L., Avolio, B. J., Luthans, F., May, D. R., and Walumbwa, F. (2005). “Can you see the real me?” A self-based model of authentic leader and follower development. The Leadership Quarterly, 16(3), 343-372.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています