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コラム

心を開くリーダーが組織を強くする:オーセンティック・リーダーシップが切り拓く未来

コラム

企業不祥事や組織のガバナンスに関する問題が関心を集める中で、リーダーシップのあり方が改めて問われています。リーダーの一貫性や真摯さが組織にどのような価値をもたらすのかについて、経営学の分野で活発な議論が行われてきました。こうした背景から、オーセンティック・リーダーシップという新しい概念が取り上げられるようになりました。

オーセンティック・リーダーシップとは、自己認識が高く、倫理観を持ち、透明性のある対人関係を築くリーダーシップの形態です。このリーダーシップスタイルは、部下との信頼関係を基盤として、組織全体にポジティブな変化をもたらすことが期待されています。

本コラムでは、オーセンティック・リーダーシップが組織にもたらす効果について、様々な視点から検討します。従業員の信頼醸成、創造性の向上、心理的エンパワーメント、そして集団パフォーマンスへの貢献という観点から、その意義を明らかにしていきます。

信頼を介して仕事への関与を高める

オーセンティック・リーダーシップは、職場における信頼関係の構築を通じて、従業員の仕事への関与度を高めることができます。マレーシアの銀行業界を対象とした調査では、リーダーの誠実な態度が従業員との信頼関係を築き、それが職場での積極的な態度につながることが分かりました[1]

リーダーが自分の価値観や信念に基づいて一貫した行動を取ることで、従業員は安心感を得ます。この安心感は、職場での信頼関係の土台となります。透明性の高いリーダーの下では、従業員が自分の意見や考えを率直に表明できる環境が生まれます。業務が複雑で高い協力が求められる銀行業界では、信頼関係が重要な意味を持ちます。

調査では、上司への信頼が部下の仕事への関与を高めるプロセスについて分析が行われました。信頼できるリーダーの下では、部下は自分の弱みを見せることを恐れず、新しい挑戦に取り組むことができます。このような心理的安全性が、仕事への情熱的な取り組みを可能にするのです。

銀行業界のような高度な協力が求められる環境において、信頼関係の構築は組織全体の機能を支える基盤となります。リーダーへの信頼は、部下同士の協力関係も促進します。部下が安心して業務に取り組める環境では、自発的な情報共有や相互支援が活発になります。

オーセンティック・リーダーシップの特徴である自己認識の高さは、部下との信頼関係を強化する要因となります。自己認識の高いリーダーは、自分の強みと弱みを理解し、それを部下に正直に伝えることができます。このような透明性のある態度が、部下からの信頼を獲得することにつながります。

信頼関係が構築された職場では、部下は自分の意見や考えを積極的に表明するようになります。部下が安心して発言できる環境では、業務上の問題点や改善案が自然と共有されます。このような開かれたコミュニケーションが、職場全体の生産性向上につながるのです。

心理的資本を介して創造性を高める

オーセンティック・リーダーシップは、従業員の心理的資本を育むことで、創造性の向上にも寄与します。心理的資本とは、希望、楽観性、自己効力感、レジリエンスから構成される心理的な特性のことです。研究では、オーセンティック・リーダーシップが心理的資本を介して創造性を高めるメカニズムが分析されました[2]

リーダーが透明性を持って部下と接し、一貫した倫理観を示すことで、従業員の心理的資本は豊かになります。調査においては、リーダーの支援的な態度が従業員の自己効力感を高め、それが創造的な問題解決につながることが確認されました。部下は、リーダーからの支援を受けることで、自分の能力に自信を持つようになります。

心理的資本の一つである希望は、従業員の創造的な問題解決を支える要素です。希望に満ちた従業員は、複数の方法を試しながら目標達成に取り組みます。目標達成のための道筋が一つではないと認識することで、新しいアプローチを模索するようになります。

楽観性も、創造性の発揮に欠かせない要素です。楽観的な従業員は、失敗を恐れずに新しいアイデアを提案します。失敗を学びの機会として捉える姿勢が、革新的な発想を生み出す土壌となります。

自己効力感の高い従業員は、困難な課題に対しても粘り強く取り組みます。自分の能力を信じることで、従来の方法にとらわれない柔軟な発想が可能になります。このような自信が、創造的なアプローチの基盤となるのです。

レジリエンスは、創造的な取り組みにおける挫折や失敗を乗り越える力となります。回復力のある従業員は、一時的な困難に直面しても諦めることなく、より良い解決策を追求し続けます。この粘り強さが、革新的なアイデアの実現につながります。

オーセンティック・リーダーシップは、これらの心理的資本を総合的に高める効果を持ちます。リーダーが部下の成長を支援し、ポジティブなフィードバックを提供することで、部下の心理的資源は豊かになります。この心理的な基盤が、組織全体の創造性を支えるのです。

エンパワーメントを介して創造性を引き出す

オーセンティック・リーダーシップは、従業員のエンパワーメントを通じて、創造性を引き出す効果も備えています。パキスタンの電気通信業界での調査では、エンパワーメントが創造性を促進する要因であることが分かりました[3]

従業員がエンパワーメントを感じると、仕事に対する自己決定感が高まります。リーダーから権限を委譲され、自分で判断できる範囲が広がることで、従業員は仕事に深く関与するようになります。この自律性が、創造的な発想や革新的な提案を生み出していくのです。

研究では、エンパワーメントが創造性に及ぼす影響について分析が行われました。エンパワーメントされた従業員は、自分の仕事に意味を見出し、主体的に課題解決に取り組むようになります。上司からの支援と信頼を感じることで、従業員は新しいアプローチを試す意欲が湧きます。

パキスタンのような高い権力距離のある社会において、エンパワーメントの効果は顕著でした。伝統的な上下関係が強い文化においても、リーダーが従業員を信頼し、裁量を与えることで、従業員は自発的に創造性を発揮するようになったのです。

エンパワーメントは、従業員の内発的な動機づけを強化します。自分の判断で仕事を進められる環境では、従業員は自然と創意工夫を凝らすようになります。この内発的な動機づけが、創造性の発揮につながっています。

オーセンティック・リーダーシップの特徴である透明性の高いコミュニケーションは、エンパワーメントの効果を高めます。リーダーが部下と率直に対話し、期待や目標を共有することで、部下は自分の役割を理解できます。この理解が、創造的な問題解決を促進します。

効果を媒介する要因を検討

オーセンティック・リーダーシップが部下の職場での行動に及ぼす影響は、いくつかの心理的要因によって媒介されることが分かっています。具体的には、上司との同一視、心理的安全性、仕事のエンゲージメントという三つの要因が、リーダーシップの効果を支えています[4]

上司との同一視は、部下がリーダーの価値観や目標を自分のものとして受け入れることを意味します。調査では、オーセンティック・リーダーシップがこの同一視を促進することが確認されました。リーダーの言動が一貫し、透明性があることで、部下はリーダーに対して信頼感を抱き、その価値観に共感するようになります。

心理的安全性は、職場で自由に意見を述べたり、間違いを犯しても罰せられる恐れがない状態を指します。オーセンティック・リーダーシップは、この心理的安全性を高める効果を持ちます。リーダーが誠実で透明性のあるコミュニケーションを取ることで、部下は安心して自分の考えを表現できるようになります。

仕事へのエンゲージメントは、部下が仕事に熱中し、積極的に取り組む姿勢を表します。オーセンティック・リーダーシップは、部下の仕事へのエンゲージメントを高めることが分かりました。リーダーが部下の成長を支援し、価値観を共有することで、部下は仕事に意味を見出し、熱心に取り組むようになります。

これらの媒介要因は、リーダーシップが部下の行動に影響を及ぼすプロセスを説明するものです。職場での積極的な行動は、リーダーシップによって直接引き出されるわけではありません。むしろ、これらの心理的要因を通じて、部下の自発的な行動が促進されるのです。

調査では、職場での逸脱行動を抑制する効果も確認されました。オーセンティック・リーダーシップは、心理的安全性を高めることで、部下の否定的な行動を減少させます。リーダーが倫理的で透明性のある行動を示すことで、部下も組織の規範を尊重するようになるのです。

集団パフォーマンスとより強く関連する

オーセンティック・リーダーシップは、個人レベルの成果だけでなく、組織やグループ全体のパフォーマンス向上にも貢献します。この点は、他のリーダーシップスタイルと比較した際の特徴的な点です。

実証研究では、オーセンティック・リーダーシップが組織市民行動や集団としてのパフォーマンスと関係を持つことが確認されました[5]。リーダーの誠実さや倫理観が、グループ内の心理的安全性や協力関係を促進し、それが組織全体の成果につながるのです。

オーセンティック・リーダーシップの下では、従業員が組織の目標に共感し、自発的に貢献する姿勢が強まります。リーダーの透明性のある態度が、従業員間の信頼関係を築き、それが協働を促進します。

メタ分析によると、オーセンティック・リーダーシップはグループレベルのパフォーマンス向上において、顕著な効果を持つことが分かりました。これは、リーダーの倫理的な行動が組織全体の規範となり、メンバー間の協力関係を強化するためと考えられます。

従業員間の信頼関係が強化されることで、情報共有や相互支援が活発になります。この協力的な環境が、組織全体の生産性向上につながります。リーダーの透明性の高い態度は、部門間の壁を低くし、組織全体としての一体感を醸成します。

オーセンティック・リーダーシップは、従業員の反生産的な行動を抑制する効果も持ちます。リーダーの倫理的な態度が組織の規範となり、それが従業員の行動指針となります。この効果は、組織全体の健全性を維持する上で重要な意味を持ちます。

オーセンティック・リーダーシップは組織市民行動にも影響を与えます。従業員は、リーダーの誠実な姿勢に触発され、自発的に組織に貢献する行動を取るようになります。この効果は、職務規定を超えた自発的な貢献を促す点で、組織の柔軟性と適応力を高めることにつながります。

リーダーの倫理的な行動は、組織全体の文化形成にも寄与します。従業員は、リーダーの行動を模範として、自らの行動を律するようになります。この文化的な影響は、組織の長期的な発展に貢献するでしょう。

オーセンティック・リーダーシップは、組織の変革や革新においても効果を発揮します。リーダーの透明性の高い態度は、変革に対する従業員の理解と受容を促進します。信頼関係に基づく変革は、組織全体の一体感を保ちながら、新しい方向性への転換を可能にします。

集団としてのパフォーマンス向上は、個々の従業員の努力の総和以上の成果をもたらします。オーセンティック・リーダーシップは、この相乗効果を生み出し得ます。メンバー間の信頼関係と協力体制が、組織全体の競争力を高める源泉となります。

組織価値を高めるオーセンティシティ

オーセンティック・リーダーシップは、組織に多面的な価値をもたらします。職場における信頼関係の構築、従業員の心理的資本の向上、エンパワーメントを通じた創造性の発揮、そして集団全体のパフォーマンス向上において、その効果が実証されています。従業員の心理的安全性を高め、自発的な行動を促進する点で、このリーダーシップスタイルは現代の組織に適合的です。

リーダーの一貫した倫理観と透明性は、職場の信頼関係を醸成します。この信頼関係は、上司と部下の関係を超えて、組織全体の協力体制を強化します。従業員は安心してアイデアを提案し、失敗を恐れることなく挑戦できるようになります。このような環境が、組織の創造性と革新性を高めます。

こうした研究結果は、組織マネジメントにおける含意を持ちます。リーダーが真摯に部下と向き合い、透明性のある関係を築くことは、組織の持続的な成長に欠かせない要素となります。部下との信頼関係を基盤として、従業員の心理的な成長を支援し、創造性を引き出すことが、組織の競争力を高める鍵となるでしょう。

オーセンティック・リーダーシップの実践は、組織の長期的な発展にも貢献します。従業員の心理的資本を育み、エンパワーメントを促進することで、組織の適応力と革新力が高まります。リーダーの倫理的な行動は組織文化の形成にも影響を与え、持続可能な組織マネジメントの基礎となります。

脚注

[1] Hassan, A., and Ahmed, F. (2011). Authentic leadership, trust and work engagement. International Journal of Human and Social Sciences, 6(3), 164-170.

[2] Rego, A., Sousa, F., Marques, C., and e Cunha, M. P. (2012). Authentic leadership promoting employees’ psychological capital and creativity. Journal of Business Research, 65(3), 429-437.

[3] Imam, H., Naqvi, M. B., Naqvi, S. A., and Chambel, M. J. (2020). Authentic leadership: Unleashing employee creativity through empowerment and commitment to the supervisor. Leadership & Organization Development Journal, 41(6), 847-864.

[4] Liu, Y., Fuller, B., Hester, K., Bennett, R. J., and Dickerson, M. S. (2018). Linking authentic leadership to subordinate behaviors. Leadership & Organization Development Journal, 39(2), 218-233.

[5] Banks, G. C., McCauley, K. D., Gardner, W. L., and Guler, C. E. (2016). A meta-analytic review of authentic and transformational leadership: A test for redundancy. The Leadership Quarterly, 27(4), 634-652.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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