2025年3月6日
本物のリーダー:オーセンティック・リーダーシップとその効果
職場においては、リーダーの振る舞いが従業員の働き方や成果に関わっています。そのような中、リーダーが自分の価値観に忠実で、透明性を持って部下と接する「オーセンティック・リーダーシップ」が注目を集めています。
このリーダーシップの特徴は、リーダーが自分の考えや感情を隠さず、誠実に部下と向き合うことです。オーセンティック・リーダーシップを発揮するリーダーは、部下の意見に耳を傾け、フィードバックを提供します。自分の判断の根拠を説明し、部下との信頼関係を築きます。
このようなリーダーシップは、職場の雰囲気を良好にするだけでなく、従業員の仕事への意欲や創造性を高め、組織全体のパフォーマンス向上にも貢献します。本コラムでは、オーセンティック・リーダーシップの内容と、それが職場にもたらす変化について見ていきます。
オーセンティック・リーダーシップとは何か
オーセンティック・リーダーシップは、「真実性」を基盤とするリーダーシップです。この概念は、古代ギリシャ哲学における「汝自身を知れ」という教えにまで遡ります。自分を深く理解し、その理解に基づいて行動することが、リーダーシップの基本とされてきました。
オーセンティック・リーダーシップは4つの要素から構成されています[1]。第一に「自己認識」があります。リーダーは自分の価値観や感情、行動の背景を正確に理解する必要があります。例えば、自分がどのような場面でストレスを感じやすいか、どのような価値観に基づいて判断を下しているかを把握することです。
第二に「バランスの取れた情報処理」です。情報を偏りなく分析し、公平な判断を下すことが求められます。自分の先入観や好みにとらわれず、客観的な事実に基づいて意思決定を行うことを意味します。部下から異なる意見が出された場合も、その意見の価値を公平に評価します。
第三に「関係の透明性」があります。リーダーは正直でオープンな態度で部下と接し、信頼関係を築きます。自分の考えや感情を率直に表現し、部下との対話を大切にします。例えば、部門の方針を決める際には、その背景にある考えを丁寧に説明し、部下からの質問にも誠実に答えます。
第四に「内在化された倫理的価値観」です。リーダーは自分の倫理観に基づいて一貫した行動を取ります。外部からの圧力や短期的な利益に左右されることなく、自分の信念に従って判断を下すことです。
これらの要素は、相互に関連しながら機能します。自己認識が深まることで、より公平な判断が可能になります。透明性のある関係は、倫理的な行動の基盤となります。バランスの取れた情報処理は、部下との信頼関係を強化します。
オーセンティック・リーダーシップの実践には、継続的な自己省察が欠かせません。リーダーは日々の経験から学び、自己理解を深めていく必要があります。部下との対話を通じて自分の行動を振り返り、必要に応じて修正を加えることも大切です。
オーセンティック・リーダーシップを実践するリーダーの下では、部下は心理的安全性を感じることができます。自分の意見や考えを自由に表明でき、創造性を発揮しやすい環境が生まれます。それは、組織全体の活力を高めることにつながります。
オーセンティック・リーダーシップの測定方法
職場におけるリーダーシップの質を評価するため、オーセンティック・リーダーシップを測定する手法が開発されてきました[2]。研究では、複数の角度からリーダーの行動を観察し、評価することが推奨されています。
測定においては、リーダーの日常的な行動が焦点となります。例えば、部下の意見を求める頻度や、意思決定の理由を説明する態度などが評価の対象となります。部下へのフィードバックの質や、倫理的な判断を下す際の一貫性なども着目されます。
実際の調査では、部下がリーダーの行動を評価します。「リーダーは自分の考えを率直に伝えている」「部下の意見に真摯に耳を傾けている」「倫理的な判断基準を持って行動している」といった項目を通じて、リーダーシップの質が測られます。
この測定方法は、時間をかけて改良されてきました。初期の測定方法では、リーダーシップの複雑な側面を十分に捉えることができませんでした。しかし、現在の方法では、4つの要素それぞれについて評価が可能になっています。
自己認識の測定においては、リーダーが自分の強みと弱みをどの程度理解しているか、感情をコントロールする能力はどうかといった点が評価されます。バランスの取れた情報処理については、異なる意見に対する受容性や、判断の公平性が観察されます。
関係の透明性の評価では、リーダーが部下とのコミュニケーションにどれだけ真摯に取り組んでいるかが問われます。例えば、ミスを認める勇気があるか、部下からの批判的な意見にも耳を傾けるかといった点が重要になります。
倫理的価値観の測定では、リーダーが困難な状況でも一貫した判断を下せるかどうかが評価されます。プレッシャーの中でも自分の信念を貫く姿勢や、組織の価値観に基づいた行動が観察されます。
これらの測定結果は、リーダー育成プログラムの改善に活用することができます。各リーダーの強みと課題を特定し、個別の育成計画を立てることができます。組織全体のリーダーシップ開発の方向性を定める際にも、測定結果が参考にされます。
オーセンティック・リーダーシップの要因と効果
オーセンティック・リーダーシップには、それを促進する要因と、それがもたらす効果があります[3]。要因と効果を理解することは、このリーダーシップを組織で育成し、活用する上で有用です。
促進要因の一つ目は、倫理的な組織風土です。透明性や高い倫理基準を重視する組織では、リーダーがオーセンティックな行動を取りやすくなります。組織の価値観がリーダーの行動指針となり、それに基づいた判断や意思決定が促されます。
二つ目の要因は、リーダーの感情知能です。自分や他者の感情を適切に理解し、管理する能力が高いリーダーほど、オーセンティック・リーダーシップを発揮しやすいことが分かっています。感情知能は、部下との信頼関係を築く上でも重要な役割を果たします。
効果としては、まず部下の態度や行動の変化が挙げられます。オーセンティック・リーダーシップは、部下の仕事満足度や組織コミットメントを高めます。部下は心理的安全性を感じ、より積極的に仕事に取り組むようになります。
部下の創造性や業務パフォーマンスも向上します。リーダーからの支援と信頼を得ることで、部下はアイデアを提案したり、困難な課題に挑戦したりする意欲を持つようになります。チーム全体の協力関係も強化され、組織の目標達成につながります。
文化的な背景も、オーセンティック・リーダーシップの効果に関係します。例えば、個人主義的な文化圏では、このリーダーシップの効果がより顕著に現れることが確認されています。一方、権力格差の大きい文化圏では、効果が限定的になる場合があります。
オーセンティック・リーダーシップは、組織全体の雰囲気も変えていきます。部下との信頼関係が築かれることで、オープンなコミュニケーションが促進されます。問題解決に向けた対話が増え、組織の学習能力も高まります。
リーダーの一貫した行動と支援的な態度により、部下は将来への不安を感じにくくなります。ストレスの軽減やバーンアウトの予防にもつながります。
組織市民行動も促進されます。部下は自発的に同僚を助けたり、組織の改善に貢献したりするようになります。反対に、組織に害を及ぼすような反生産的な行動は減少します。
コミューナルな関係を作り出す効果
オーセンティック・リーダーシップは、職場に独特の関係性を生み出します。それは「コミューナルな関係」と呼ばれ、相互支援や共感に基づく関係を指します[4]。この関係性は、組織の持続的な成長に貢献します。
コミューナルな関係は、信頼から始まります。リーダーが透明性を持って行動し、部下に誠実に接することで、感情的な信頼と理性的な信頼が生まれます。感情的な信頼とは、リーダーに対して心理的な安心感を持てる状態です。部下は自分の考えや感情を素直に表現できるようになります。
理性的な信頼は、リーダーの判断や能力を信頼できる状態を指します。リーダーが一貫した判断基準を持ち、公平な意思決定を行うことで、部下はリーダーの専門性や判断力を信頼するようになります。この二つの信頼が組み合わさることで、強固な信頼関係が築かれます。
信頼関係が確立されると、職場全体に協力的な雰囲気が広がります。従業員は互いの成長を支援し、知識や情報を積極的に共有するようになります。困難な課題に直面した際も、チームとして解決策を探ろうとする姿勢が生まれます。
このような環境では、心理的安全性も高まります。失敗を恐れずに新しいことに挑戦する雰囲気が生まれ、それが組織の革新性を高めます。部下は自分のアイデアを自由に提案でき、建設的な議論が活発に行われるようになります。
コミューナルな関係は、部門や階層を超えた協力も促進します。異なる専門性を持つメンバー同士が、お互いの強みを活かしながら協働するようになり、組織全体の問題解決能力を高めることにつながります。
こうした関係性は、個人の成長にも寄与します。部下は他者からの支援を受けながら、自分の能力を伸ばしていくことができます。他者を支援する経験を通じて、自分の成長も実感できます。
リーダーの透明性は、こうした関係性を維持する上で重要な役割を果たします。リーダーが自分の考えや判断の背景を説明し、部下からのフィードバックを求める姿勢を示すことで、オープンなコミュニケーションが促されます。
コミューナルな関係は、組織の変化への対応力も高めます。メンバー間の信頼関係が強いほど、新しい取り組みへの抵抗が少なくなります。変化を前向きに捉え、協力してチャレンジする雰囲気が生まれるのです。
職場幸福感を促す効果
オーセンティック・リーダーシップは、従業員の職場における幸福感に大きな変化をもたらします。職場幸福感を通じて仕事への意欲も高まります[5]。
職場幸福感は、生活全般の幸福感や心理的な幸福感とは異なる特徴を持ちます。職場幸福感は、仕事の環境や人間関係から得られる満足感を指します。オーセンティック・リーダーシップを実践するリーダーの下では、従業員は職場での経験をポジティブに捉えるようになります。
この効果は、段階的に現れます。初めに、リーダーが従業員一人一人のニーズを理解し、それに応じた支援を提供します。従業員は自分が理解され、大切にされていると感じることで、仕事に対する前向きな態度を持つようになります。
続いて、従業員は自分の仕事に価値を見出し、意欲的に取り組むようになります。リーダーからのフィードバックと承認により、自己効力感が高まります。仕事への深い関与と熱意につながっていきます。
職場幸福感は、生活幸福感や心理的幸福感よりもリーダーの影響を受けやすい特徴があります。生活幸福感は家庭生活や社会生活全般に関わるもので、職場のリーダーシップだけでは変化しにくい面があります。心理的幸福感も、個人の性格や過去の経験に影響されます。
それらに対して、職場幸福感は日々の仕事環境や人間関係から生まれます。リーダーの支援的な態度は、従業員の心理的な安定をもたらします。従業員は自分の仕事に自信を持ち、創造性を発揮できるようになります。
職場幸福感が高まると、組織全体にポジティブな変化をもたらします。従業員同士のコミュニケーションが活発になり、協力的な雰囲気が生まれます。問題解決に向けた対話が増え、職場の革新性も高まります。
この効果は、従業員のストレス軽減にも貢献します。職場に幸福感を感じる従業員は、困難な状況でも前向きに取り組むことができます。バーンアウトのリスクも低下し、長期的な就業継続につながります。
職場幸福感は仕事の質にも好ましい影響を与えます。幸福感を感じる従業員は、顧客サービスの質を高め、業務の効率性を向上させます。組織全体の業績向上にもつながっていきます。
リーダーの一貫した支援は、職場幸福感の持続的な向上に不可欠です。リーダーが従業員の成長を支え、権限委譲を行うことで、従業員は自律的に仕事に取り組めるようになります。その経験が、さらなる職場幸福感の向上につながります。
脚注
[1] Gardner, W. L., Cogliser, C. C., Davis, K. M., and Dickens, M. P. (2011). Authentic leadership: A review of the literature and research agenda. The Leadership Quarterly, 22(6), 1120-1145.
[2] Walumbwa, F. O., Avolio, B. J., Gardner, W. L., Wernsing, T. S., and Peterson, S. J. (2008). Authentic leadership: Development and validation of a theory-based measure. Journal of Management, 34(1), 89-126.
[3] Zhang, Y., Guo, Y., Zhang, M., Xu, S., Liu, X., and Newman, A. (2022). Antecedents and outcomes of authentic leadership across culture: A meta-analytic review. Asia Pacific Journal of Management, 39(4), 1399-1435.
[4] Iqbal, S., Farid, T., Khan, M. K., Zhang, Q., Khattak, A., and Ma, J. (2020). Bridging the gap between authentic leadership and employees communal relationships through trust. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(1), 250.
[5] Koon, V. Y., and Ho, T. S. (2021). Authentic leadership and employee engagement: The role of employee well-being. Human Systems Management, 40(1), 81-92.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。