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コラム

自己統制の限界:感情をコントロールし続けると、なぜ疲れるのか

コラム

今日はもう疲れているから、このミスは仕方ないかな・・・。ずっと我慢してきたのに、最後の最後でついポロッと本音が・・・。

職場で、こんな経験をしたことはないですか。朝から顧客対応に追われ、笑顔を絶やさずに接客を続けた夕方、なぜかちょっとした事務作業でケアレスミスを繰り返してしまう。重要な商談で終始冷静に交渉を続けた後、帰り際の何気ない一言で本音が漏れ出てしまう。

私たちは日々、自分の感情や行動をコントロールしながら仕事をしています。しかし、そのコントロールの力は、徐々に消耗していくのかもしれません。このような「自己統制の消耗」を「自我消耗」と呼びます。

自我消耗という現象は、本当に存在するのでしょうか。それとも、そうではないのでしょうか。膨大な研究の蓄積から、この問いに対する答えが少しずつ見えてきました。本コラムでは、研究成果を紐解きながら、私たちの日常に深く関わるこの現象の正体に迫っていきます。

メタ分析で見えた自我消耗の全体像

自己統制能力を「有限なリソース」として捉える「強さモデル」に基づく研究から、自我消耗に関する多くの発見がなされてきました[1]。このモデルでは、自己統制を長時間使い続けることで、いわゆる「自我消耗」の状態となり、その後の課題で自己統制が必要なパフォーマンスが低下すると考えられています。

実験では、参加者に自己統制を必要とする課題を行わせ、その後で別の課題に取り組んでもらいます。例えば、感情を抑制しながら映像を見る課題を行った後、問題解決に取り組むといった具合です。その結果、最初の課題で自己統制を多く使った参加者は、次の課題でパフォーマンスが低下することが確認されています。

この時、参加者は強い疲労感を報告し、次の課題への意欲も減退します。生理学的な観点からも、自己統制の継続使用により、脳の活動に必要な認知リソースの配分が困難になることが示唆されています。疲労が高まることで、「もう頑張りたくない」という心のブレーキがかかり、生理学的にも疲労が蓄積すると、自己統制に必要な認知的リソースの割り当てが難しくなるのです。

血糖値の影響も興味深い結果を示しています。実験では、グルコースを含む飲料を摂取した群は、自我消耗が起こりにくくなったり、起こっても軽減されたりする傾向が見られました。これは、グルコースが脳の主要なエネルギー源であり、自己統制にも多く使用されるためだと考えられています。

ただし、この効果については、純粋な生理的メカニズムだけでなく、心理的要因の影響も指摘されています。「甘い飲み物を飲むと頑張れる」というプラセボ効果のような期待感が、パフォーマンスの回復に寄与している可能性があるのです。

自我消耗がポジティブ感情や自己効力感に及ぼす影響も調べられていますが、これらへの影響は比較的小さいことがわかっています。これは、短時間の自己統制課題では感情レベルや自己効力感がそれほど大きく変化しないからかもしれません。自己効力感は比較的安定した認知的評価であり、短期的な自己統制の消耗がそこまで直接的には反映されにくいとも考えられます。

自我消耗からの回復条件についても研究が進められています。動機づけやトレーニング、休息の効果が確認されており、例えば「ご褒美」や「目標の再確認」といった動機づけを与えると、消耗状態でもパフォーマンスが改善することがわかっています。姿勢を正したり食習慣を管理したりするなど、日頃から自己統制を使う行動を継続すると、消耗の影響が軽減される傾向も見られます。

休息やリラクゼーションの効果も無視できません。十分な休息を取ったり、自然の中で過ごしたり、マインドフルネスを行ったりすることで、再び自己統制を発揮しやすくなることが報告されています。これらの知見は、自我消耗が「燃料切れ」ではなく、将来の状況に備えてリソースを節約する「保全的戦略」が関わっている可能性を示唆しています。

自我消耗は本当に小さいのか

近年、自我消耗効果の存在自体に疑問が投げかけられています[2]。実験では、参加者に文章から特定のルールに従って「e」を探し出すタスクを課し、その後の課題でのパフォーマンスが測定されています。

従来の理論によれば、より複雑なルールで「e」探しを行った群は自己統制リソースが消耗し、後続タスクでのパフォーマンスが低下するはずでした。しかし、実験の結果はその予測を支持しませんでした。複雑なルールで「e」探しを行った群と、比較的単純なルールで行った群の間で、後続タスクのパフォーマンスに顕著な差は見られなかったのです。

ただし、この結果の解釈には慎重さが必要です。実験で使用された課題が、参加者の自己統制能力を十分に消耗させるほどの負荷を与えていなかった可能性があるためです。実験の実施環境や参加者の特性によって、結果にはばらつきが見られました。

例えば、実験を担当する人が同じ場合と異なる場合で結果が変わることが確認されています。これは、実験者と参加者のやり取りといった社会的要因が、自我消耗の発生や測定に影響を及ぼす可能性を示唆しています。課題の難易度や複雑性が高いほど、自己統制リソースの消耗が大きくなることも指摘されています。

このような結果は、自我消耗が単純に「ある」か「ない」かという二元論では捉えきれない、複雑な現象であることを示唆しています。課題の性質や実験条件、個人の特性など、様々な要因が絡み合って効果の大きさを左右しているのかもしれません。

自己統制を必要とする度合いが低い課題では、たとえ長時間取り組んでも顕著な消耗効果が見られない可能性も指摘されています。これは、時間の長さだけでなく、課題の質的な負荷が重要であることを示唆する発見です。

課題の種類が自我消耗を左右する

メタ分析によって、自我消耗効果は使用する課題の種類によって異なることが明らかになってきました[3]。感情を抑制する課題や食べ物への誘惑を我慢する課題では、比較的安定して自我消耗効果が観察されます。

感情的な映像を見ながら表情や反応を抑制する課題は、顕著な効果を示します。感情の抑制が強い自己統制を必要とし、認知的リソースを大きく消費するためでしょう。参加者は映像に対する自然な反応を意識的に抑え込まなければならず、それが大きな負荷となるのです。

感情抑制課題がなぜ強い効果を示すのかについては、いくつかの説明が提案されています。感情反応は私たちの行動や思考に根ざした自然な反応であり、それを抑制することは多くの認知的リソースを必要とします。また、感情抑制は「何かをしない」という消極的な制御ではなく、「別の反応を示す」という積極的な制御も必要とするため、より複雑な自己統制が求められます。

食べ物への誘惑を我慢する課題も、強い自我消耗効果を示します。目の前においしそうな食べ物があるにもかかわらず、それに手を出さないよう自制することは、私たちの基本的な欲求と直接的に対立する行動です。そのため、強い自己統制が必要となり、結果として大きな消耗効果が観察されるのです。

ただし、食物誘惑課題では個人差の影響が大きいことも指摘されています。参加者の食習慣や文化的背景、その時の空腹状態など、様々な要因が結果に影響を及ぼす可能性があります。そのため、研究間でのばらつきも比較的大きくなります。

一方、単純な注意の持続を求める課題や、ワーキングメモリを使用する課題では、自我消耗効果は比較的小さいことがわかっています。これらの課題は認知的な負荷は高くても、感情や欲求の抑制といった要素が少ないため、自己統制リソースの消費が相対的に少ないのかもしれません。

例えば、注意を持続する課題では、確かに集中力は必要ですが、強い衝動や感情を抑制する必要性は低くなります。同様に、ワーキングメモリ課題も、情報の一時的な保持と処理は求められますが、自己統制という観点からは、それほど大きな負荷にはならない可能性があります。

十分な負荷があれば自我消耗は起きる

十分な負荷のかかる課題を用いれば、自我消耗は確実に発生することが確認されています。特にストループ課題を用いた実験で、この点が示されました[4]

ストループ課題では、例えば「赤」という文字が青色で表示された場合、参加者は文字の意味ではなく色を答えなければなりません。この課題の特徴は、私たちが自然に持っている「文字を読む」という反応を意識的に抑制し、代わりに「色を答える」という異なる反応を示さなければならない点にあります。

このような認知的葛藤を含む課題を行った後、参加者はアンチサッカード課題に取り組みます。アンチサッカードとは、視覚的な刺激が表示された方向とは反対の方向を見る必要がある課題です。これも、目が自然と向いてしまう方向への衝動を抑制するという点で、自己統制を必要とする課題です。

実験の結果、ストループ課題で自己統制を多く使った参加者は、その後のアンチサッカード課題で正確性が顕著に低下しました。この効果は反応時間ではなく正確性に表れました。自我消耗は「反応が遅くなる」のではなく、「正しく制御できなくなる」という形で表れることがわかりました。

このことは、自我消耗が衝動の抑制や注意の制御に影響を及ぼすことを示唆しています。実験では、参加者の心理状態や生理的反応も調べられました。例えば、ストループ課題中の主観的な努力感や、課題後の疲労感などが測定されています。

その結果、参加者は課題に対して強い努力を要したと報告し、課題後には顕著な疲労感を示しました。このような主観的な体験は、実際のパフォーマンスの低下と対応していました。「きつい」と感じた参加者ほど、後続の課題で正確な反応ができなくなる傾向が見られたのです。

さらに、この研究では参加者の個人特性による影響も調べられました。特性自制力(普段からの自制心の強さ)や行動志向性(行動を起こしやすい傾向)、意思力に関する信念(意思力は無限か有限か)などが測定されましたが、これらの個人差は自我消耗効果の大きさにほとんど影響を及ぼしませんでした。

自我消耗は、個人の特性というよりも、課題の性質や負荷の大きさによって主に決定されることを示唆しています。言い換えれば、十分な負荷がかかる課題であれば、個人の特性に関係なく自我消耗は発生するということです。

課題の順序効果についても検討が行われています。同じ課題でも、実施するタイミングによって効果が異なる可能性があるためです。しかし、結果として順序効果は確認されず、自我消耗の影響は課題の順番に関係なく一貫して観察されました。

自我消耗は「飽き」や「慣れ」の効果とは異なるということです。もし飽きの問題であれば、課題の順序によって結果が変わるはずです。しかし実際には、自己統制を必要とする課題を行うことで、その後の制御能力が低下するという基本的なパターンが、順序に関係なく確認されたのです。

自我消耗を考慮した職場設計

以上の研究知見から、職場のマネジメントに対して含意が得られます。

第一に、自己統制を必要とする業務、とりわけ感情労働や誘惑への抵抗が求められる場面では、自我消耗の影響を考慮に入れる必要があります。たとえば、クレーム対応や商談など、感情のコントロールが必要な業務の後には、高度な判断や正確性を要する業務を避けることが賢明でしょう。重要な意思決定や精密な作業は、感情労働の直後を避けて配置することが推奨されます。

第二に、自己統制の消耗は避けられない現象として受け入れ、ワークフローを設計することが大切です。特に、高い正確性や注意力が求められる業務については、できるだけ自我消耗が少ない状態で取り組めるよう、タスクの順序や配置を工夫しましょう。例えば、複雑な分析業務や重要な判断が必要な仕事は、午前中など比較的自我消耗の少ない時間帯に配置することが効果的です。

第三に、適切な休息とリフレッシュの機会を設けることが大事です。研究結果が示すように、休息やリラクゼーションは自我消耗からの回復を促進します。短い休憩でも、自然に触れる機会やマインドフルネスの実践は、自己統制力の回復に効果的であることがわかっています。

第四に、職場での動機づけの重要性も見逃せません。目標の再確認や報酬システムの設計により、自我消耗状態であってもパフォーマンスを維持できる可能性があります。長期的な目標と短期的な達成感をバランスよく提供することで、持続的な業務遂行を支援できます。

自我消耗は業務の性質や個人の状態によって異なる形で表れます。この知見を活かし、効果的な業務設計と人材マネジメントを実現することが求められているのです。個人差を考慮しつつも、組織全体として自己統制リソースを管理・活用できる仕組みづくりが、これからの働き方改革の視点の一つとなるでしょう。

脚注

[1] Hagger, M. S., Wood, C., Stiff, C., and Chatzisarantis, N. L. (2010). Ego depletion and the strength model of self-control: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 136(4), 495-525.

[2] Hagger, M. S., Chatzisarantis, N. L. D., Alberts, H., Anggono, C. O., Batailler, C., Birt, A. R., Brand, R., Brandt, M. J., Brewer, G., Bruyneel, S., Calvillo, D. P., Campbell, W. K., Cannon, P. R., Carlucci, M., Carruth, N. P., Cheung, T., Crowell, A., De Ridder, D. T. D., Dewitte, S., Elson, M., Evans, J. R., Fay, B. A., Fennis, B. M., Finley, A. J., Francis, Z., Heise, E., Hoemann, H., Inzlicht, M., Koole, S. L., Koppel, L., Kroese, F. M., Lange, F., Lau, K., Lynch, B. P., Martijn, C., Merckelbach, H., Michels, R., Milyavskaya, M., Ovington, L. A., Papies, E. K., Pronk, T. M., Ringos, L., Schlinkert, C., Schmeichel, B. J., Schoch, S. F., Schrama, M., Schutz, A., Stamos, A., Tinghog, G., Ullrich, J., vanDellen, M. R., vanDillen, L. F., von Hippel, W., Walentiny, N., and Zwienenberg, M. (2016). A multilab preregistered replication of the ego-depletion effect. Perspectives on Psychological Science, 11(4), 546-573.

[3] Dang, J. (2018). An updated meta-analysis of the ego depletion effect. Psychological Research, 82(4), 645-651.

[4] Dang, J., Liu, Y., Liu, X., and Mao, L. (2017). The ego could be depleted, providing initial exertion is depleting: A preregistered experiment of the ego depletion effect. Social Psychology, 48(4), 242-245.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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