2025年3月4日
チームの知識を引き出す:トランザクティブ・メモリーで変わるマネジメント
組織やチームで働く際、メンバーそれぞれが持つ知識や専門性をうまく活用することは、成果を上げるための鍵となります。しかし、「誰がどんな知識を持っているのか」を把握し、それを活かすことは意外と難しいものです。
例えば、新入社員が配属されたとき、「この人にはどんな仕事を任せればよいだろう」と悩むことがあるかもしれません。逆に、ベテラン社員の豊富な経験や知識が十分に活用されていないケースもあるでしょう。
このような課題に対して、注目されているのが「トランザクティブ・メモリー」という考え方です。これは、チームのメンバーが「誰が何を知っているのか」を理解し合い、お互いの専門性を活かしながら協力する仕組みを指します。本コラムでは、このトランザクティブ・メモリーについて、その発展過程や効果、実際の活用方法まで、詳しく見ていきたいと思います。
タスクの性質がチームの発展を左右する
私たちが職場で行う仕事には、さまざまな特徴があります。単独で完結する仕事もあれば、多くの人と協力しなければ成し遂げられない仕事もあります。このタスクの性質は、チームがどのように発展していくかに影響を及ぼします[1]。
新製品の開発プロジェクトを例に考えてみましょう。技術担当者は製品の機能や性能について詳しく、マーケティング担当者は市場ニーズを把握しています。経理担当者はコストや価格設定に長けているでしょう。このような場合、メンバーは互いの専門性を理解し、それぞれの知識を組み合わせることで、良い製品を生み出すことができます。
業務の中でも、認知的相互依存性が高い仕事においては、メンバー同士の連携が欠かせません。認知的相互依存性とは、誰かが成功するために他の人の知識が必要になる状況を指します。例えば、システム開発では、プログラマーの成果が設計担当者やデザイナーの情報に依存するかもしれません。このような状況では、「誰が何を知っているのか」を理解しようとする動きが生まれます。
タスクの構造も重要です。タスクを細分化しやすいか、専門領域同士をどの程度組み合わせる必要があるかといった特徴が、トランザクティブ・メモリーの発展速度に影響します。複雑な課題ほど、「どの分野の知識が必要か」を模索する必要があり、メンバー間の知識共有が活発になります。
一方、単純作業のように、誰がやっても同じような結果が得られる仕事もあります。この場合、メンバー間で専門性を共有したり、誰がどんな知識を持っているかを把握したりする必要性は低くなります。タスクが複雑で相互依存性が高いほど、メンバー同士が「誰が何を知っているのか」を理解し合う必要性が高まり、トランザクティブ・メモリーが発達しやすくなるのです。
トランザクティブ・メモリーの発展プロセス
トランザクティブ・メモリーは、構築、評価、利用という3つの段階を経て発展していきます[2]。それぞれの段階で何が起こり、なぜそれが必要なのか、見ていきましょう。
構築段階では、チームのメンバーが互いの知識や得意分野を認識し始めます。日々の会話や仕事の様子を観察する中で、「Aさんはデータ分析が得意そうだ」「Bさんは顧客対応が上手い」といった認識が生まれてきます。この段階では、過去の業務記録や評判なども参考にしながら、仮説的な理解が形成されていきます。
メンバー同士がお互いの専門知識を分担することで作業効率が上がるという期待があるため、「この人に任せるのがベスト」という判断が生まれやすくなります。情報を共有してタスクを分担したほうがチーム全体の成果が高まるという動機が、この構築段階を促進するのです。
評価段階では、構築された認識が本当に正しいのかどうかを確かめていきます。実際に仕事を任せてみて、「思っていた以上に詳しい」とか「予想よりも不得手だった」といった具合に、最初の認識を修正することもあります。
例えば、ウェブ関連の仕事をAさんに任せてみたところ、思ったほど得意ではないことが判明するかもしれません。その場合、「Aさんはウェブが得意」という認識は修正され、「むしろBさんのほうが得意かもしれない」という新たな評価が行われます。このように、実際のタスク遂行やコミュニケーションを通じて得られるフィードバックが、認識の正確性を高めていきます。
利用段階では、評価を経て確立された認識をもとに、実際の業務で活用していきます。「この案件はAさんに任せよう」「この部分についてはBさんに相談しよう」といった具合に、それぞれの専門性を活かした役割分担が行われます。
この段階で成功体験を重ねると、「誰がどの専門性を持ち、それをどう活かすか」という集団的な理解がさらに強固になります。また、トランザクティブ・メモリー・システムの構造が安定し、次のタスクにも使いまわせるようになっていきます。万が一そこでトラブルが起きれば、再び評価段階に戻って認識を修正します。
このサイクルは一度で終わるものではありません。新しい課題に直面するたびに、また最初の構築段階に戻って認識を更新していきます。そうすることで、チームの中の「誰が何を知っているか」という理解が、徐々に精緻化されていきます。
トランザクティブ・メモリーの詳細な効果
トランザクティブ・メモリーがチームにもたらす効果について、研究から多くの知見が得られています。これらの効果は、正確性、共有性、妥当性という3つの側面から評価することができます[3]。
正確性とは、「Aさんは技術知識に強い」といった認識が、実際のAさんの専門知識とどれだけ一致しているかを指します。誤った配分を続けるとタスクがうまく進まず、無駄や衝突が生じてしまいます。そのため、仮説形成とフィードバック修正を繰り返しながら、認識の正確性を高めていく必要があります。
共有性は、「誰がどの専門を持つか」という認識が、チーム全員の間でどれほど一致しているかを表します。個々人がバラバラの認識を持っているだけでなく、全員がほぼ同じ「知識の配置図」を分かち合っているほうが、協力と調整がスムーズに進みます。
妥当性は、メンバーが自分の専門知識をチームに対してアピールし、また周囲からその専門性が認められて実際に活用されているかどうかを指します。メンバー同士が「この人はこれが得意」と信頼関係を築けなければ、システムは形だけになってしまいます。実際に活用・検証することで機能が高まっていきます。
これらの効果は、さまざまな形でチームのパフォーマンスを高めます。まず、目標達成度が向上します。それぞれのメンバーが得意分野に集中できるため、作業の効率が上がるからです。必要な知識を持つ人にすぐに相談できるため、問題解決のスピードも上がります。
チーム内の雰囲気や満足度も高まります。メンバーがお互いの専門性を認め合い、信頼関係が築かれると、心理的な安心感が生まれます。自分の専門分野で貢献できているという実感も、仕事への満足度を高めることにつながります。
さらに、創造性や問題解決力も向上します。異なる専門性を持つメンバーが協力することで、新しいアイデアが生まれやすくなります。各メンバーの専門知識が適切に組み合わさることで、革新的な解決策を生み出すことができるのです。
トップマネジメントチームにおける状況依存性
トップマネジメントチーム(TMT)におけるトランザクティブ・メモリーの効果は、チームを取り巻く状況によって変化することが分かっています。特に、メンバー同士の関係性の対立や信頼の度合いが、その有効性を左右する要因となります[4]。
関係性の対立が高い場合、トランザクティブ・メモリーの効果は弱まる傾向にあります。人間関係の緊張や敵意から、他人の持つ知識を「本当に正しいか」と疑いがちになるためです。その結果、メンバーが専門家を頼ることを避けてしまい、トランザクティブ・メモリーのプラス効果が十分に発揮されなくなってしまいます。
一方で、チーム内の信頼関係については、やや複雑な結果が得られています。一般的には「信頼が高ければ高いほど良い」と考えられがちですが、実際にはそうとも限りません。信頼が高すぎると、メンバー相互のモニタリングが疎かになり、必要なチェックや調整が行われなくなる可能性があるのです。
組織経験の多様性も、トランザクティブ・メモリーの効果に影響を与えます。メンバーがそれぞれ異なる部署や部門での経験を持っていると、組織内ネットワークや内部プロセスに関する幅広い視点を集約できます。これによって、新規や複雑な問題への対応が柔軟になります。
しかし、業界経験の多様性については逆の効果が見られます。業界経験があまりにバラバラだと、共通言語や業界特有の知識が共有されにくく、情報をすり合わせるコストが増大してしまいます。メンバー間で「何が重要な課題か」の認識がズレて意思決定が遅れることもあります。
このように、トップマネジメントチームにおけるトランザクティブ・メモリーの有効性は、チーム内の社会的・政治的要因によって大きく左右されます。単純な「知識の量や分散」ではなく、「対立」や「信頼」といった微妙な力学が、実際のチームパフォーマンスを決定づけるということです。
パフォーマンスとの関係は文化や環境によって変わる
トランザクティブ・メモリーとチームパフォーマンスの関係は、文化的な背景や環境要因によって変化することが分かっています。権力距離、集団主義、成果志向といった文化的特性が、その効果に影響を及ぼします[5]。
権力構造がはっきりしている文化、すなわち権力距離が高い文化では、トランザクティブ・メモリーとチームパフォーマンスの関連が強化されます。これは、リーダーや権限がある人がチーム内の専門知識を一元管理しやすく、トランザクティブ・メモリーが組織化されやすいためです。リーダーの役割が明確で、その指示が受け入れられやすい環境では、知識の配分や活用が効率的に進むのです。
集団主義が強い文化においても、トランザクティブ・メモリーの効果は高まります。集団としての結束力や相互扶助の精神が強いほど、メンバー同士が積極的に知識共有と協力を行い、トランザクティブ・メモリーのメリットを最大化することができます。「みんなで協力して目標を達成しよう」という志向が強いため、自然と知識を共有し合い、チーム全体の成功を優先する行動が増えるのです。
一方で、成果志向が強い文化では、トランザクティブ・メモリーとパフォーマンスの関連が弱まる傾向にあります。個人ベースでの成果達成を重視しすぎると、情報共有よりも個人の手柄を優先する風潮が生じやすく、トランザクティブ・メモリーが十分に機能しにくくなります。「自分の成果」にこだわるあまり、チーム全体での知識活用が阻害されてしまうのです。
環境の変動性も要因です。市場や技術が急速に変化する環境では、トランザクティブ・メモリーの発展が促進されます。新しい知識の獲得や更新が必要になるため、メンバー同士が情報を積極的に共有・統合しようとするからです。こうした試行錯誤がトランザクティブ・メモリーを強化し、チームに有利に働きます。
リーダーシップの在り方も見逃せない要素です。リーダーがメンバー同士のコミュニケーションを促進し、専門知識を適切に引き出す機会をつくることで、トランザクティブ・メモリーの発展が加速します。とりわけ変革的リーダーシップは、チームの結束力と共有理解を高めやすいという特徴があります。
チームの多様性についても、複雑な影響が確認されています。情報的な多様性が高すぎると、「誰が何を知っているか」を正確に把握しにくくなり、トランザクティブ・メモリーの形成が滞る可能性があります。性別の多様性が高いチームでは、ステレオタイプが働いて知識の割り当てややり取りがスムーズにいかない場合があることも指摘されています。
さらに、チームの人的資本リソースもトランザクティブ・メモリーの発展に関係します。チームメンバー自体が高い知識やスキルを持っていれば、役割分担や情報共有がスムーズに行われ、結果的にトランザクティブ・メモリーが強化されます。しかし、これは比較的小さな効果に留まることも分かっています。
トランザクティブ・メモリーを職探しに活用する
トランザクティブ・メモリーの考え方は、就職活動にも応用できることが分かっています[6]。求職者は、さまざまな情報源から仕事や企業に関する情報を集めます。そこでは、「誰がどのような情報を持っているのか」を把握することが重要になります。
情報源の社会的地位は、その情報の評価に影響を与えます。社会的地位が高い人からの情報は、専門性が高いと認識されやすく、その影響力も大きくなります。高い地位を得るまでには豊富な経験や専門的な訓練を積んでいるはずだ、という一般的なイメージが働くためです。
異なる集団をつなぐ「橋渡し」的な役割を果たす人の情報も、価値が高いと評価される傾向にあります。このような人は「普通は得られないような情報を持っている」と見なされ、専門性が高いと認識されるのです。「この人のネットワークを活用すれば、企業や業界に直接アプローチできるかもしれない」という期待も生まれます。
コミュニケーションの頻度も興味深い影響を持ちます。「いくら頻繁にやり取りをしていても、その人が必ずしも専門知識を持っているとは限らない」一方で、頻繁に接触している人には心理的な重要性を感じやすく、その意見を採用する可能性が高まります。
情緒的な親密さも、情報源の評価に影響を与える要素です。親密な相手だと、細かい状況を説明しなくても理解してもらえたり、詳しい質問をしやすかったりするため、実際に「詳しい人だ」と評価しやすくなります。情緒的に近い人だと疑心暗鬼になりにくく、専門性をポジティブにとらえる傾向が強まります。
対して、求人サイトなどのオンラインの情報源は、誰でもアクセスできる公開情報であるため、専門性や影響力は比較的低く評価されます。パブリックに開かれている求人情報は誰でもアクセスできるので、「そこに出ている情報自体はみんなが持っている」という認識が生じます。希少性や独自性が低いため、「ここで得た情報が自分を特別に有利にしてくれるわけではない」と考えるのです。
トランザクティブ・メモリーをトレーニングで育てる
トランザクティブ・メモリーは、トレーニングによって強化できることも明らかになっています。チームスキルのトレーニングが効果的です。具体的には、問題解決、対人関係、目標設定、役割分担などのスキルを体系的に学ぶことで、メンバー間の信頼関係が深まり、専門性の理解も進みます[7]。
問題解決のトレーニングでは、チーム全員で問題の原因や背景を洗い出し、「実際に起こっている問題は何か」「制約条件は何か」「優先度が高いのはどこか」を明確化します。複数の解決策をブレーンストーミングやディスカッションで挙げ、メリット・デメリットを比較検討します。このプロセスを通じて、メンバーそれぞれの知識や得意分野が自然と明らかになっていきます。
対人関係のトレーニングでは、チーム内でのコミュニケーションルールを設定し、聴く姿勢や傾聴技術を学びます。メンバー間の衝突を建設的に解決する方法や、相互サポートのやり方も確認します。お互いが気軽に相談し合える雰囲気が高まれば、専門知識の提供と信頼形成がスムーズに進みます。
目標設定のトレーニングでは、チーム全体で「何をゴールとするのか」を合意形成します。例えばタスクの完成度や提出期限、成果の質などについて、「いつまでに、どの程度のレベルを目指すか」を明確にします。目標を共通認識としておくことで、協力や役割分担がぶれにくくなり、効率が高まります。
役割分担のトレーニングでは、各メンバーの得意分野・保有知識を洗い出して一覧化し、タスクを細分化して、どの部分を誰が担当すればチーム全体にとって最適かを話し合います。作業中に「担当外のメンバーは何をしているか」を把握できるよう、適宜情報共有を行います。メンバー間で専門性に偏りがある場合は、知識移転や簡易レクチャーなどを実施してギャップを埋めます。
チームスキルトレーニングの効果は、研究からも実証されています。トレーニングを受けたチームは、メンバー間の信頼が高まり、課題遂行の成績も向上します。時間内に課題を完了できる確率が上昇することが分かっています。
脚注
[1] Brandon, D. P., and Hollingshead, A. B. (2004). Transactive memory systems in organizations: Matching tasks, expertise, and people. Organization Science, 15(6), 633-644.
[2] Brandon, D. P., and Hollingshead, A. B. (2004). Transactive memory systems in organizations: Matching tasks, expertise, and people. Organization Science, 15(6), 633-644.
[3] Brandon, D. P., and Hollingshead, A. B. (2004). Transactive memory systems in organizations: Matching tasks, expertise, and people. Organization Science, 15(6), 633-644.
[4] Rau, D. (2005). The influence of relationship conflict and trust on the transactive memory: Performance relation in top management teams. Small Group Research, 36(6), 746-771.
[5] Bachrach, D. G., Lewis, K., Kim, Y., Patel, P. C., Campion, M. C., & Thatcher, S. (2019). Transactive memory systems in context: A meta-analytic examination of contextual factors in transactive memory systems development and team performance. Journal of Applied Psychology, 104(3), 464-493.
[6] Piercy, C. W., and Zhu, Y. (2021). Transactive memory and the job search: Finding expertise and influence in socio-technical networks. Western Journal of Communication, 85(2), 230-252.
[7] Prichard, J. S., and Ashleigh, M. J. (2007). The effects of team-skills training on transactive memory and performance. Small Group Research, 38(6), 696-726.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。