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コラム

【出版記念対談】組織で解決する先延ばし:個人の責任から職場の仕組みづくりへ

コラム

『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか? 職場で起こる「先延ばし」を科学する』(日本能率協会マネジメントセンター)の出版を記念し、著者の座談会を掲載します。先延ばしは誰もが経験する身近な課題でありながら、その改善は容易ではありません。これまで先延ばしは、個人の意志の弱さや自己管理能力の問題として語られることが少なくありませんでした。このたび、本書の執筆にあたった当社の黒住と伊達が、なぜこのテーマに着目したのか、どのような問題意識を持って研究を続けてきたのか、対話を交わしました。

執筆の経緯から、先延ばしを組織的な視点から捉える重要性、19のエピソードに込めた思い、そして本書ならではの独自性まで、幅広い話題について語り合っています。さらに、著者それぞれが特に思い入れのあるトピックや介入策についても掘り下げ、読者へのメッセージで締めくくります。

「個人の問題」として片付けられがちな先延ばしを、組織全体の課題として捉え直すことで見えてくる新たな可能性とは何か。先延ばしに悩むビジネスパーソンはもちろん、組織やチームのパフォーマンス向上を目指すマネジャーの方々にとっても、示唆に富む対談となっています。著者二人が語る本書の背景や狙い、そして先延ばしという現象の奥深さをぜひご覧ください。

執筆を始めた背景と経緯

伊達:

はじめに、今回の本を執筆するにあたっての背景や、実際に執筆していたときにどのようなことを考えていたのか、お話できればと思います。いろいろな切り口があると思いますが、まずは黒住さんからぜひ話してもらえますか。

黒住:

今回の本を書き始めた一番のきっかけは、私が入社して間もない時期に実施した当社のセミナーです。入社してだいたい半年くらい経った頃に、博士課程で取り組んでいた先延ばしの研究を社外向けに報告しました。そのセミナーに参加してくださった編集の方が「書籍化を検討してはどうか」と言ってくださったことが、今回の出版につながりました。

私がもともと先延ばしの研究を行うなかで感じていたのは、先延ばしを「当人の自己コントロールの問題」と捉えることの限界です。具体的には、「つい個人の責任に注目しがち」というのが懸念としてありました。現実には、周囲の環境要因や職場の構造など、本人以外の要素が影響している場合も少なくないだろう、と考えていました。

そこで「個人まかせ」にせず、本人がつらくならないように、周囲や組織の仕組みがどのように支えられるかをもっと考える必要がある。そう感じていたことが、セミナーと今回の書籍の基盤になったと思います。

伊達:

先延ばしの議論となると、自己調整やタイムマネジメントなど、やはり個人のスキル面に注目するものが多い印象です。先延ばしを生み出す要因としても、セルフコントロールの強さ・弱さ、パーソナリティ特性といった、どうしても個人レベルの議論が中心になりやすい。

一方で黒住さんと私は、組織的な仕組みや環境が、先延ばし発生の背景にあるのではないかという視点を強調していました。こうしたアプローチは、先延ばしの議論全体のなかでは重要だけれども、まだ広くは浸透していないのではないでしょうか。

黒住:

私自身も、当初は先延ばし研究といえば、まずは自分の性格やセルフコントロール能力をどう鍛えるかに注目した検討をしていましたし、実際にそれに基づく対策も実践しました。ただ、肝心なことは、いざ自分で先延ばし対策をやってみると、確かに成果が出るのですが、「とにかくつらい」ということです。

先延ばしを回避するために自分を変えようとする、つまり、先延ばしをするような自分を追い込む対策ばかりだと、精神的な負荷が大きく、続けるのが難しいと感じました。これでは「先延ばしを減らす=しんどい思いをする」という図式になりがちですし、それが本当に最適解なのかと疑問を持ちました。

そこで、「本人が頑張るだけではなく、組織や周りの人に何かできることはないか」という発想を持つようになりました。組織であれば、仕組みを変えることできる対策があるのではないか。個人を責めるのではなく、環境面でサポートするようなアプローチも可能ではないか。そう考えるようになったのが、今回の書籍につながる転換点でもありましたね。

伊達:

個人要因だけに注目してしまうと、職場全体の仕組みも先延ばしを助長している事実が見えなくなってしまいます。私としても「先延ばしを組織的な現象として捉え直せないか」というのは大きな関心でした。

先延ばしはあくまで「特定の個人の怠惰」ではなく、リーダーの指示の曖昧さや、プロジェクトの目標不備、過度なプレッシャーなど、組織やチームに起因する側面があるのではないか、と考えていました。このあたりの問題意識が黒住さんと重なったこともあって、セミナーから今回の書籍づくりに順調に発展していったように思います。

また、私自身が執筆を進めるうちに感じたのが、「部署単位やプロジェクト単位でも集団的な先延ばしがありうる」ということです。ゴールが見えにくいまま進んでいる案件だと、チーム全員が着手を先延ばしし、結果的に大幅に遅延してしまう、などのケースがあります。これは「誰か一人が悪い」わけではなく、集団として起きている先延ばしなので、やはり個人要因だけでは説明がつきません。

先延ばしの組織的視点

黒住:

とはいえ、先延ばしを組織の観点から見ようというのは、大きなチャレンジでもあります。先延ばし研究は、心理学分野では一定の蓄積があるのですが、その多くが「先延ばしは個人の性格特性として捉えられる」「セルフコントロールが強い人ほど先延ばししにくい」など、個人にフォーカスした研究です。組織構造やリーダーシップ、あるいは仕事の設計の仕方が先延ばしとどう関係しているかを、網羅的に調べた研究は意外と少ないのが現状でした。

背景としては、研究としての方法論の影響もあるのかなと思います。たとえば、大学生に対してアンケートをとって先延ばしの程度や関連要因を測るのは比較的簡単ですが、職場の仕組みや部署間連携などを大規模に調査するには手間がかかります。結果的に、組織要因を詳しく調べる研究はあまり積み重なってこなかった面もあるのでしょう。

伊達:

概念の登場初期には「先延ばしはこういう要因もあるかもしれないし、ああいう側面もあるかもしれない」と幅広く議論される。でも、ある程度成熟して尺度などが確立されると、共通指標でデータを取って分析しやすい部分だけがどんどん蓄積していく。そうすると、当初は豊かだった論点が捨て去られ、結果的に焦点が狭まっていく。

先延ばしもそのような側面がもしかするとあるのかもしれません。もともとは組織内でのダイナミックスを示唆するような古典的研究があったとしても、いつの間にか「個人でどうやるか」に話が絞られていったと考えることもできます。今回の本では、初期のころに取り上げられていた可能性をもう一度浮き彫りにしてみよう、という狙いもあったと言えます。

黒住:

文献を探し、読み込んでいくと、古い時代の研究では多面的な要因に言及しているように感じます。たとえば、職場のタスク構造や集団の雰囲気、上司からのフィードバックの与え方など、組織を前提にしている議論が散見されました。一方、最近の研究では、よりミクロな現象に注目が集まる反面、環境的な要因を踏まえた検討は、あまり行われていない印象です。だからこそ、先延ばし現象の全体像はまだ十分に捉えられていないんじゃないかと思います。

伊達:

先延ばしは実際の行動として目に見えるため、原因となる要因も多様です。対策のバリエーションも豊富に考えられる。「組織の側ができること」に目を向ければ、現場で使えるヒントはさらに増えていくわけです。そうした視点から生まれたのが、今回の書籍ということになりますね。

執筆を終えた感想

伊達:

ここからは、書き上げたあとの率直な感想について話していきましょう。私が感じたのは、「先延ばし対策を突き詰めると、結局は“良い職場づくり”につながるのだな」ということです。

先延ばしをする理由には、タスクの曖昧さや不安、プレッシャー、疲労感などがあり、それを一つひとつ減らそうとすると、結果的には「目標が明確で」「安心感があって」「人間関係が良好で」「仕事にやりがいを感じられる」などなど。いわば理想的な組織環境が構築されていきます。

要するに、先延ばしという行動を改善しようと試みること自体が、職場の生産性や人間関係の質を高めるプロセスにつながるんだな、とあらためて思いました。

黒住:

私は、書籍という「商品」を提供する初めての機会だったことと、先延ばし研究の複雑さから、「ちゃんとまとめきれるだろうか」という不安がありました。なので、執筆を終えたときは、まず安心感が大きかったです。先延ばしには、測定の仕方や研究者ごとに異なる定義があるので、単純な図式だけでは片づけられない。でもだからこそ、対策の幅や切り口が豊富にあり、その多様性を本のなかである程度示せたのは良かったです。

伊達:

対策をいろいろ挙げていく過程で思ったのは、「先延ばしを抑える工夫」が、どれも職場のモチベーション向上や仕事の効率化に直結している点です。例えば、部下が先延ばししてしまう原因が、上司の曖昧な指示だとしたら、そこで明確なゴール設定や段階的なリマインドを取り入れることが効果的かもしれません。これは先延ばし対策であると同時に、組織内のコミュニケーション改善策でもあるわけです。それを再確認できたのは、私にとっても学びでした。

黒住:

いろいろな要因が重なるからこそ、先延ばしは解決が難しく見える反面、そこをうまく捉えると組織づくりにまで展開できるんだと思いました。本書では「先延ばしを構造的に考える」ことを強調できたので、そこが一つの結論としてまとまっているというのは、執筆し終えての収穫かなと感じます。

本書の独自性

黒住:

この本の独自性について、少しお話ししたいです。先ほどのように組織的視点を取り入れていることが大きな特色ですが、もう一つは「19のエピソード」を用意して、それぞれに具体的な登場人物を設定した点だと思います。部下や上司、あるいは同僚・同期など、いろいろな立場・部署の人が、先延ばしに悩む場面を描写するようにしましたね。

伊達:

エピソード形式だと、抽象的な概念を説明するだけではなく、「この人にはこういう状況があって、こういう環境のせいでタスクに取り掛かれない」という具合に、生々しいやりとりが想像できますよね。その上で「このケースではどういう対策が考えられるか」を提示することで、読者も自分の職場に接合しやすくなる。そこがエピソード形式の強みだと思います。

黒住:

しかも登場するのが、いわゆる「部下」だけではない所もポイントです。上司も先延ばししてしまうケースや、プロジェクト全体が先延ばしに陥っているケース、あるいは、部下の先延ばしに、上司が「マネジメントの問題だ」と気づいてフォローするケースなど、多角的に設定しています。これによって、「先延ばしって本当にいろんなパターンがあるんだ」と読者が感じられる構成になったんじゃないかと思います。

伊達:

「全員が当事者になりうる」というメッセージを伝えられた点が、本書のもう一つの重要な独自性かもしれません。先延ばしというと「だらしない人が遅れる」というステレオタイプな捉え方をされがちですが、組織全体に関わる問題です。先延ばしを個人の問題だけに帰着させるのはもったいないし、組織を改善する機会を逃すことでもある。その認識を19のエピソードで示せたのが、本書の大きな利点です。

思い入れのあるトピック

伊達:

本書で紹介しているトピックや介入策のなかで、思い入れがあるものや重要だと感じるものを挙げてみましょう。

黒住:

特に思い入れがあるのは、「失敗を怖れるあまり先延ばししてしまう」というトピックです。本の中でもエピソードを紹介していますが、一見すると「本人の問題」に見えて、実際は組織側のフォローやコミュニケーションの整備が足りずに起きていることも多い。失敗を恐れるのは、「その仕事が大切だから」「怒られるんじゃないか」「評価が下がるかもしれない」といった背景があってのことですから、決してサボりたいわけではないんですよね。

伊達:

「なぜやらないんだ。怠けてるのか」という指摘が出がちですが、本人としてはプレッシャーに苦しんで、かえって一歩踏み出せない状況に陥っている。このタイプの先延ばしは、周囲が適切にケアしないと、どんどん深みにはまってしまいます。だからこそ上司がどう受け止めるか、どんな声掛けをするか、どんな安全網を用意できるかが大事になります。

黒住:

その通りですね。本人にとっては深刻なストレスなのに、周囲が誤解して「なんでやらないんだ」と圧力をかけるだけだと、かえって悪循環になります。それを回避するには、組織が「失敗しても大丈夫」「相談していいんだ」という雰囲気をつくる必要がありますし、そのために上司や同僚がマネジメント面でサポートする必要があります。そういう例として、「失敗を恐れて先延ばしする」というエピソードはわかりやすいと感じています。

伊達:

私のほうは、「ジョブ・クラフティング」や「仕事の魅力度を高める」アプローチに関連する箇所です。先延ばしの議論では、ややもすれば、「やらなきゃいけないけどつまらないタスクをどうこなすか」という話が目立ちましたが、それだけだと先延ばしは根本的に減らないように思います。

少しでも「おもしろそう」「やりがいがある」と思えるように工夫すれば、自然に着手しやすくなるわけです。仕事を「与えられるもの」と考えるのではなく、「自分で作りかえていく」という考え方が重要だと伝えたいですね。

黒住:

古典的なセルフコントロール研究だと「我慢して取り組む」ことが強調されがちですが、ジョブ・クラフティングのように仕事を主体的に設計し直すアプローチは、よりポジティブに先延ばしを防げる可能性があります。やっぱり「やりたくない、でも頑張ろう」より、「ちょっとでも面白くできるように工夫しよう」という発想のほうが、本人も挑戦しやすいですし、組織的にも持続的な改善につなげられますね。

伊達:

仕事のなかに楽しさや意義を見出せれば、先延ばしは起こりにくくなりますし、結果として仕事自体の質が上がる。そういった好循環に持っていく方法を提案できた点は、本書でも私が気に入っているところです。

読者へのメッセージ

伊達:

最後に、この本をどのような方に読んでいただきたいかと、どんなかたちで活かしてほしいかをお話しして締めくくりましょう。まずは「部下やチームの先延ばしに頭を悩ませているマネジャー層」に読んでいただきたいです。マネジャーが「なぜウチのメンバーはやるべきことを後回しにしてしまうのか」と悩んでいるときに、本書で示したような「組織的視点」を知っていただければ、今までとは違うアプローチが見えてくるのではないかと思います。

マネジャーはある程度の決定権を持っているので、組織の手順や仕組みを変えることが可能です。もしも先延ばしが、曖昧なゴール設定やコミュニケーション不足など「構造的な欠陥」に由来している場合、個人だけに責任を押し付けないほうがいい。対策を組織ぐるみで考えれば、もっと根本的な解決につながります。だからこそ、リーダークラスの方に本書を活用していただく意味は大きいと思います。

黒住:

私の場合は、逆に「自分自身の先延ばしに悩んでいる方」にも読んでほしいです。本人が「また先延ばししてしまった」「自分は意志が弱いんじゃないか」と、つい自己否定的に捉えてしまいがちですが、実は周囲や組織にも原因があるケースが少なくありません。そこで、構造的な要因を理解すると、「自分が全部悪いわけではないのかもしれない」と視野が広がり、結果的に、前向きな行動をとりやすくなるのではないでしょうか。

伊達:

その点は、私も同意です。たとえ自分が先延ばしを繰り返していても、それを解決するのは本人が抱え込むだけではなく、「周囲に協力を求める」という選択肢があるとわかるだけで、気持ちは変わるはずです。決して他責にするわけではなく、「上司に相談する」「仕事の進め方を見直してもらう」といったアクションが取りやすくなる。そうした姿勢で本書を読んでいただければ、効果的な打開策が得られるのではないかと思っています。

先延ばしは誰でも経験しうるし、あまり良い状態とは言えない行動ですが、その背景を組織的に掘り下げてみると、改善余地がたくさん見つかります。個人だけに問題があるわけでもないし、必ずしも怠惰だから先延ばしするわけでもない。本書が、そうした認識転換のきっかけになればうれしいです。

黒住:

先延ばしが起きている組織のほうがむしろ、「改善の種」が見つかるチャンスとも言えます。本書を手に取ってくださった皆さんが、ご自身の組織で起きている先延ばしの背景を一緒に考え、何らかの前向きな変化を生み出していただければ、著者としてこれ以上の喜びはありません。


執筆者

黒住 嶺 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー

学習院大学文学部卒業、学習院大学人文科学研究科修士課程修了、筑波大学人間総合科学研究科心理学専攻博士後期課程満期退学。修士(心理学)。日常生活の素朴な疑問や誰しも経験しうる悩みを、学術的なアプローチで検証・解決することに関心があり、自身も幼少期から苦悩してきた先延ばしに関する研究を実施。教育機関やセミナーでの講師、ベンチャー企業でのインターンなどを通し、学術的な視点と現場や当事者の視点の行き来を志向・実践。その経験を活かし、多くの当事者との接点となりうる組織・人事の課題への実効的なアプローチを探求している。

 

 

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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