2025年2月24日
プレッシャーを武器に変える人々:環境が引き出す隠れた強み
人の性格や能力は、置かれた環境によって異なる形で発揮されます。普段は控えめな人でも、特定の状況では生き生きと活躍することがあります。逆に、普段は活発な人でも、ある環境では力を発揮できないこともあります。このように、個人の特性は環境との相互作用によって活性化されることを説明する理論として、特性活性化理論があります。
特性活性化理論によれば、人の持つ特性は環境からの刺激によって引き出されます。例えば、高いプレッシャーがかかる状況は、その状況に適した特性を持つ人にとってはむしろパフォーマンスを高める機会となります。一方で、その特性を持たない人にとっては、同じ状況でもパフォーマンスを低下させる要因となることがあります。
本コラムでは、特性活性化理論に基づいた実証研究を紹介しながら、人の特性と環境の相互作用について考察していきます。リーダーシップ、プレッシャー下でのパフォーマンス、仕事の設計、サービス評価など、様々な場面で特性活性化理論がどのように応用されているのかを見ていきましょう。
認知能力と適応力がリーダーシップ評価につながる環境
人がリーダーとして評価されるかどうかは、その人の特性だけでなく、グループの環境にも依存します。イスラエルの軍隊で行われた研究では、新兵を対象に、認知能力と適応力という二つの特性に着目し、どのような環境でこれらの特性を持つ人材がリーダーとして評価されやすいのかを調査しました[1]。
調査では、グループの中央集権化(意思決定や情報伝達が一部のメンバーに集中する度合い)と、グループ内の他メンバーの特性レベルという二つの環境要因を分析しました。調査対象となった新兵たちは、基礎訓練期間中にリーダーシップの評価を受けました。評価にあたっては、事前に測定された認知能力と適応力のデータをもとに、その特性と集団内の環境要因がリーダーシップの潜在力にどのように作用するのかが調べられました。
認知能力に関しては、中央集権的なグループにおいて、高い認知能力を持つメンバーがリーダー候補として高く評価されることが分かりました。これは、中央集権的な構造では、問題解決や意思決定が一部のメンバーに集中するため、高い認知能力が必要とされるためです。
中央集権的な構造では、リーダーシップの潜在力がある人は少数のメンバーから注目を集めやすく、グループの中心的な存在として自然と目立ちやすくなります。このような構造は、特定のメンバーが「問題解決役」や「リーダー的な存在」を果たしやすい環境を作り出すのです。
加えて、他のメンバーの認知能力が低い場合、この評価はさらに高まることが判明しました。これは、認知能力の高いメンバーが、グループにとって貴重な人材として認識されるためです。グループ内で他のメンバーの認知能力が低い場合、特に認知能力が高いメンバーがグループの知的なリソースとして注目されることになります。このような環境では、認知能力の高いメンバーがグループの「頼れる存在」として位置づけられ、他メンバーの尊敬や信頼を得やすくなります。
他方で、適応力については異なるパターンが見られました。適応力も中央集権的なグループで高く評価される傾向がありましたが、他のメンバーの適応力の高低は、評価にそれほど影響を与えませんでした。これは、適応力が個人の内面的な能力であり、他のメンバーとの相対的な比較が難しいためと考えられます。
中央集権的なグループでは、規律や秩序が重視されるため、グループ内のリーダー候補には環境の変化や新たな課題に迅速に対応できる柔軟性が期待されます。適応力が高いメンバーは、新しい状況にスムーズに対応でき、周囲に良い変化を与えられるため、リーダーシップの潜在力として評価されることが多くなります。
この研究は、リーダーシップの評価プロセスにおいて、個人の特性とグループの環境との相互作用が関わっていることを明らかにしました。特に、グループの構造や他のメンバーの特性によって、どのような特性が活性化されやすいのかが変わってくることが分かります。
これは「特性活性化理論」の考え方に基づくもので、特性が適切な環境で「活性化」されることで、その特性がより顕著に発揮され、他者にも評価されやすくなるという理論を裏付けています。
公的自己意識とナルシシズムは高プレッシャーで活きる
プレッシャーのかかる状況で、人はどのように対応するのでしょうか。ドイツのハンドボール選手を対象とした研究では、公的自己意識とナルシシズムという二つの性格特性に着目し、これらの特性が高プレッシャー下でのパフォーマンスにどう関係するのかを調査しました[2]。
調査では、経験豊富なハンドボール選手を対象に、二つの異なる条件でシュートの精度を測定しました。一つは練習前の静かな環境(低プレッシャー条件)、もう一つはプロの試合のハーフタイム中に多くの観衆の前で行う条件(高プレッシャー条件)です。さらに、高プレッシャー条件では金銭的な報酬も設定されました。これによって、選手たちは実際の試合さながらの緊張感の中でパフォーマンスを行うことになりました。
調査では、選手たちの心身的不安(身体的な反応を伴う不安)と認知的不安(思考的な不安)の両面が測定されました。心身的不安は体が緊張したり、汗をかいたり、心拍数が上がるなどの身体的な反応として現れ、認知的不安は失敗への恐れや評価への不安という形で表れました。高プレッシャー条件では、これらの不安が顕著に増加することが確認されました。
結果は考えさせられるものでした。高プレッシャー条件では、一部の選手のパフォーマンスが向上し、別の選手たちのパフォーマンスは低下しました。この違いを生み出した要因として、公的自己意識とナルシシズムという二つの性格特性が関係していることが分かりました。
公的自己意識が高い選手、すなわち他者からの評価を日常的に意識している選手は、観衆の存在を「なじみのある状況」として捉え、集中力を維持することができました。他者からの注目や評価を普段から意識する傾向のある人は、観衆の存在をストレスではなく「いつもの環境」として処理できたのです。これによって、プレッシャー下でもタスクに集中し、パフォーマンスを向上させることができました。
同様に、ナルシシズムが高い選手も、高プレッシャー条件で良いパフォーマンスを見せました。自分の能力を高く評価してほしいという願望が強い選手たちは、観衆の存在をモチベーションとして活用し、集中力を高めることができました。ナルシシストは賞賛を得る機会として公開評価を肯定的に捉え、経験に基づいてプレッシャーに適応したのです。
一方で、私的自己意識(自分の内面的な感情や状態への意識)は、プレッシャー下でのパフォーマンスと関係がありませんでした。これは、私的自己意識が公開評価や観衆の存在とは無関係な特性だからです。自分の内面的な感情や状態を意識する傾向は、公開評価や観衆の存在とは結びつきにくく、プレッシャー下での実力発揮には関連を持ちませんでした。
この研究から、プレッシャー下でのパフォーマンスは、そのプレッシャーの特性と個人の性格特性との組み合わせによって決まることが分かります。公的自己意識やナルシシズムは、観衆の存在というプレッシャーを「推進力」に変える鍵となる特性なのです。これらの性格特性が高い選手たちは、観衆の存在を「モチベーション」として利用し、自然と集中力を高めることができました。
性格で遊びのある仕事設計の効果が変わる
仕事に遊びの要素を取り入れることで、エンゲージメントや創造性が高まることがあります。しかし、その効果は個人の性格特性によって異なります。オランダの研究者たちは、様々な職種の労働者を対象に日々の調査を行い、遊びを通じた職務設計(Playful Work Design, PWD)の効果が性格特性によってどう変化するのかを分析しました[3]。
PWDには「楽しみの設計」と「競争の設計」という二つの要素があります。「楽しみの設計」は、例えば会議中にユーモアを交えて議論を進めたり、タスクをゲームのように工夫したりすることです。具体的には、タスクを「2分以内に終わらせよう」と自己設定したり、同僚と一緒にタスクをゲーム感覚で取り組んだりする工夫が含まれます。「競争の設計」は、メールの返信を「昨日より早く返す競争」として捉えたり、自分で設定した目標達成に挑戦したりすることです。
このような遊びを通じた職務設計は、仕事へのエンゲージメントを高め、これが創造性の向上につながることが分かりました。「楽しみの設計」は、仕事に遊び心を持ち込むことでポジティブな感情(喜び、好奇心)を引き起こし、認知的リソース(集中力や注意力)を増強させます。「競争の設計」は、自己課題の設定によって達成欲求やチャレンジ精神を刺激し、仕事へのやる気や没頭感を強化します。
しかし、この効果は性格特性によって異なることも判明しました。開放性が高い人は「楽しみの設計」を活用することで、特にエンゲージメントが高まりやすいのです。これは、開放性が高い人が変化や多様性を好む性格特性を持っているためです。
例えば、創造的な仕事が好きで、新しい経験に対して意欲的な人は、「この資料をアート作品のように仕上げよう」といったタスクの工夫を楽しむことができます。「楽しみの設計」が彼ら彼女らの好奇心や創造性の欲求を満たし、エンゲージメントを引き上げるわけです。
対して、遊び心が強い人は「競争の設計」を用いることで、よりエンゲージメントが高まることが分かりました。遊び心が強い人は競争や目標達成を楽しむ性質があり、自己設定した競争要素が内的報酬を提供するためです。「昨日の自分より今日の自分を超える」といった形で、自らのスキルや効率を向上させる挑戦を楽しむ傾向があります。これが彼ら彼女らのモチベーションと集中力を高めるのです。
楽しみの設計と競争の設計は、それぞれ異なる心理的メカニズムを通じて効果を発揮します。楽しみの設計は、ユーモアや創造的な工夫によって仕事に喜びや多様性をもたらし、作業が「義務」ではなく「楽しみ」として認識されるようになります。これによって、心理的な負担が軽減され、認知的な多様性(異なる視点を取り入れる力)が高まり、結果として創造性が向上します。
一方、競争の設計は、自己競争によってチャレンジ精神を喚起し、達成目標が明確になることでやる気を高めます。この「適度な競争」は、スキル向上に役立ちます。ただし、競争を過剰に追求するとストレスになる可能性があり、バランスが重要です。
この研究は、職務設計が一律ではなく、個別化が可能であるという視点を提供しています。それぞれの性格特性に合わせて仕事の遊び要素を調整することで、より効果的なエンゲージメントの向上が期待できます。
顧客の性格によってサービス評価の観点が異なる
サービス品質の評価は、顧客の性格特性によって異なる基準で行われることがあります。トルコの研究者たちは、観光客を対象に、外向性・内向性という性格特性がサービス品質の評価にどのような違いをもたらすのかを調査しました[4]。
研究では、エーゲ海沿岸の5つ星ホテルを利用した観光客を対象に、サービス品質の5つの次元(有形性、信頼性、応答性、保証、共感)に対する評価を分析しました。その結果、内向的な顧客と外向的な顧客では、評価の観点が異なることが判明しました。
内向的な顧客は、物理的な環境や設備に敏感であることが分かりました。ホテルの外観やロビーの清潔感、部屋のデザイン、スタッフの身だしなみなどが、内向的な顧客の満足度を左右する要素となっています。
これは内向的な人の持つ心理的特性と深く関係しています。内向的な人は脳内の網様体活性化系が高く、自然な覚醒レベルが既に高い状態にあります。そのため、過剰な刺激(騒音、大胆なデザイン、派手な色彩など)を避ける傾向があります。
内向的な顧客にとって、清潔で落ち着いた環境は快適なサービス体験の基盤となります。例えば、ホテルの家具が落ち着いた色調で、余計な装飾がなく整然としていることが、内向的な顧客の高評価につながります。有形的な要素は、感覚刺激を最小限に抑えられる環境作りに直結するため、内向的な顧客はこれらの要素に敏感に反応するのです。
それに対して、外向的な顧客は、スタッフの対応や感情的なつながりを重視することが明らかになりました。ホテルスタッフが名前で挨拶をしたり、特別扱いを示したり(例えば誕生日のケーキを用意する)、個別の好みに応じた提案を行ったり、頻繁に声をかけて会話を楽しませたりするような対人交流が豊かな接客を評価します。これは外向的な人の覚醒レベルが低めであり、外部からの社会的刺激を通じて覚醒レベルを最適化しようとする特性があるためです。
外向的な顧客は、対話や注目を受けることで「自分が特別である」という感覚を得ます。この感覚が満足度を増幅させ、サービスの評価に直結します。例えば、レストランで個別の好みに応じた提案を行ったり、頻繁に声をかけて会話を楽しませたりする接客は、外向的な顧客の満足度を高めます。
このように、顧客の性格特性によってサービス評価の基準が異なることは、サービス提供者にとって示唆を含んでいます。同じサービスでも、顧客の性格特性によって受け取り方が異なるため、個々の顧客に合わせたサービス提供が求められるのです。内向的な顧客には静かで落ち着いた色彩を基調とした部屋や施設を提供し、外向的な顧客には明るく刺激的な色彩を使用し、対人交流の場を強化するといった工夫が効果的でしょう。
脚注
[1] Luria, G., Kahana, A., Goldenberg, J., and Noam, Y. (2019). Contextual moderators for leadership potential based on trait activation theory. Journal of Organizational Behavior, 40(5), 615-628.
[2] Geukes, K., Mesagno, C., Hanrahan, S. J., and Kellmann, M. (2012). Testing an interactionist perspective on the relationship between personality traits and performance under public pressure. Psychology of Sport and Exercise, 13(2), 243-250.
[3] Scharp, Y. S., Breevaart, K., Bakker, A. B., and van der Linden, D. (2019). Daily playful work design: A trait activation perspective. Journal of Research in Personality, 82, 103850.
[4] Hatipoglu, S., and Koc, E. (2023). The influence of introversion-extroversion on service quality dimensions: A trait activation theory study. Sustainability, 15(1), 798.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。