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コラム

人が育つ、組織が変わる:ハイパフォーマンス・ワーク・システムの可能性

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私たちの働き方は、いま一つの転換期を迎えています。テレワークの普及、副業・兼業の容認、ジョブ型雇用への注目など、従来の日本型雇用システムを変容させようとする動きがある中で、企業はどのように人材を活用し、成果を高めていけば良いのでしょうか。

この問いに対する一つのヒントを提供するのが、ハイパフォーマンス・ワーク・システム(HPWS)です。HPWSとは、人材の採用から育成、評価、報酬に至るまでの人事施策を戦略的に組み合わせ、組織全体の成果を高める包括的なアプローチです。

近年の研究から、HPWSを導入する企業では、従業員の意欲や創造性が高まり、組織の柔軟性や適応力が向上することが分かってきました。人事制度の改革にとどまらず、企業文化や組織風土までも変革する力を持つHPWSは、これからの時代における組織づくりの鍵となるかもしれません。

本コラムでは、HPWSがなぜ組織の成果を高めることができるのか、その効果はどのようなメカニズムで生まれるのかを詳しく見ていきます。HPWSの導入を検討している経営者や人事担当者の方々にとって、有益な示唆が得られると幸甚です。

中核的なHPWSは時代や文化を問わず有効

企業が成果を上げる背景には、人材活用の仕組みが関係しています。研究チームは長期間にわたって、企業の高業績に結びつく人事実践を分析しました[1]

分析の結果、HPWSには多くの実践が存在することが判明しました。それらは、報酬・福利厚生、採用・選考、研修・開発、仕事への参加促進、パフォーマンス評価など、複数のカテゴリーに分類することができます。世界各地の研究者や実務家による多数の言及からも、この分野への関心の深さが伺えます。

研究を時系列で見てみると、HPWSの活用は時代とともに広がりを見せています。かつては企業の競争力の源泉として、設備や技術が重視されていました。しかし、人材が企業の競争優位を生み出す源であるという認識が高まるにつれ、人的資源管理の研究が活発になってきました。分析手法の発展も、HPWSの効果を検証しやすくした要因の一つといえます。

HPWSは文化圏を超えて効果を発揮することも分かってきました。欧米だけでなく、アジアやその他の地域でも、コアとなるHPWSは同様の成果をもたらす可能性が高いのです。これは企業のグローバル化に伴い、人事施策が世界中で共有されやすくなったことが背景にあります。ただし、それぞれの地域の文化や制度に合わせて、一部をローカライズする工夫も必要でしょう。

HPWSの各実践は、その重要度によって「中核的」「広範的」「周辺的」に分類できます。中核的な実践は、多くの研究で取り上げられ、複数の地域で効果が確認され、時間の経過とともに活用が増加または安定している施策です。採用・選抜、報酬、評価、研修といった基本的な人事施策は、どの組織でも避けて通れない領域であり、中核的な実践として定着してきました。これらは優先的に導入を検討すべき施策と言えます。

HPWSを支えるのは、組織全体の価値観や方針との整合性です。この整合性は4つの階層で考えることができます。最上位の「原則(Principle)」は企業理念やミッションといった基本哲学です。次の「方針(Policy)」は、原則を具体化した行動指針を示します。「実践(Practice)」は方針を運用に落とし込んだ具体的な手法であり、「成果物(Product)」は人的資本の成果として現れます。

例えば、イノベーションを重視する企業では、人事部も創造性を奨励する原則を掲げ、失敗を罰さないなどリスクの少ない環境を整えます。そこでは、イノベーション賞の設置やチームベースの報酬制度といった施策が導入され、最終的に高い協働力を持つ研究開発チームが育成されるという具合です。原則から実践まで一貫した施策を展開することで、HPWSの効果が発揮されます。

企業が戦略目標に向かって邁進するためには、これら4階層が互いを補強し合い、整合性を保つことが欠かせません。組織の価値観や方針が人事施策と乖離していては、期待する成果は得られないでしょう。HPWSの導入にあたっては、まず自社の理念や戦略を明確にし、それに沿った形で人事システムを構築していく必要があります。

集団パフォーマンスを高めるメカニズム

HPWSは組織の成果をどのように高めているのでしょうか。英国ウェールズの地方自治体を対象とした調査から、その仕組みが明らかになってきました。調査では、複数の自治体の各部門を対象に、HPWSの導入状況や従業員の態度、部門の業績について調べました[2]

分析の結果、HPWSが従業員の仕事満足度、組織への情緒的コミットメント、心理的エンパワーメントを高めることが分かりました。厳選された採用と研修によって個人の能力と業務が適切にマッチし、フレキシブルな勤務形態や情報共有が進んだ職場環境で従業員が満足感を得やすいためです。

人材を大切にする姿勢は、従業員の心理面にも好ましい変化をもたらします。従業員が「会社から投資されている」という認識を持つと、組織への愛着や帰属意識が高まります。また、仕事の裁量が与えられ、情報や報酬としてフィードバックされることで、仕事への自主性や自己効力感も向上します。

このような態度の変化は、組織市民行動の向上にもつながります。組織市民行動とは、職務記述書以上の自発的な行動を指します。仕事に満足している人は自ら組織や他者を支援しようとします。組織に強くコミットしている人は、組織の目標を自分の目標として捉え、周囲を助ける行動を惜しみません。また、心理的にエンパワーされた人は、自分で仕事を改善できると考え、積極的に他者支援や提案行動を行います。

部署内での助け合いや主体的な提案が増えることで、効率性と柔軟性が向上し、最終的にサービス品質や生産性も向上します。例えば、業務が混雑している部署への自発的な応援や、サービス改善のためのアイデア提案など、職務の範囲を超えた行動が組織全体のパフォーマンスを押し上げるのです。こうした支援行動が部署の文化として根付くと、継続的なプラス効果が期待できます。

HPWSの導入は、組織内のコミュニケーションや情報共有にも良い影響を与えます。従業員間の対話が活発になり、部門を超えた協力体制が構築されやすくなります。上司と部下の関係も改善され、建設的なフィードバックが行き交う職場環境が整います。

HPWSは単に制度の問題ではなく、職場の雰囲気や従業員の行動にまで変化をもたらします。その結果として、組織全体の成果向上につながっているのです。

HRの柔軟性を介してパフォーマンスにつながる

企業の成果を高めるうえで、人的資源(HR)の柔軟性が果たす役割も見逃せません。従業員が様々な業務や環境変化に迅速に対応できる能力は、組織の競争力を左右する要因となっています。

HRの柔軟性は、三つの要素で構成されます。一つ目は機能的柔軟性です。これは従業員が複数の異なる作業や業務に適応できる能力を指します。二つ目はスキルの可鍛性です。新しいスキルを素早く習得し、自ら学習し続ける姿勢がこれにあたります。三つ目は行動の柔軟性です。従業員が創造的に考え、新たな課題に対して自主的かつ柔軟に行動する特性を意味します。

スペインの工業・サービス業を対象とした調査では、HPWSと企業業績の関係において、HRの柔軟性が媒介役を果たすことが明らかになりました[3]HPWSによって厳選採用、研修、公正報酬などが整備されると、従業員のモチベーションが高まり、生産性や顧客対応が向上します。これは企業にとって模倣困難な競争優位になり得ます。

興味深いことに、HRの柔軟性を分析モデルに入れると、HPWSから業績への直接効果が統計的に有意でなくなります。これは、HPWSHRの柔軟性を通じて企業業績に貢献することを意味します。例えば、HPWSによる採用・評価・研修・報酬の制度が、いざという時に別の業務もこなせる能力や自主的に行動を起こす意欲を従業員に育むのです。

HRの柔軟性それ自体も企業業績を高めることが確認されています。従業員が多面的に活躍できる組織では、新規案件への迅速対応や業務改善のアイデアが生まれやすいのです。学習意欲の高い従業員が多いと、組織にノウハウが蓄積されやすく、顧客満足の向上やリピーター獲得にも有利に働きます。

環境の変化が激しい今日の経営環境において、HRの柔軟性は組織の存続にとってますます欠かせない要素となっています。技術革新やグローバル化、顧客ニーズの多様化など、企業を取り巻く環境は変化しています。このような状況では、従業員が新しい状況に適応し、創造的な解決策を見出す能力が、これまで以上に求められるのです。

HPWSの効果を最大限に引き出すためには、各要素をバラバラに導入するのではなく、まとまりのあるシステムとして実施することが不可欠です。研修は充実していても、採用や報酬が適切でない組織では、従業員の柔軟性を十分に高めることができません。採用・研修・評価・報酬の要素を整合性のあるシステムとして連動させることで、はじめて期待する効果が得られます。

企業の人事戦略において、HPWSを導入する際には、組織の状況や目標に応じて慎重に検討する必要があります。とりわけ、従業員の柔軟性を高めることを意識した制度設計が求められます。例えば、配置転換や職務拡大を通じて多様な経験を積める機会を提供したり、新しいスキル習得を支援する研修を整備したりすることが考えられます。

評価・報酬制度においても、柔軟な対応や創造的な問題解決を促進するような仕組みが必要です。従来の職務遂行能力だけでなく、新しい課題への挑戦や、部門を超えた協力関係の構築なども評価の対象とすることで、従業員の柔軟な行動を引き出すことができます。

適応能力を高めてパフォーマンスにつながる

HPWSは組織の適応能力を高めることで、企業の業績向上に貢献します。適応能力とは、企業が市場の変化や顧客ニーズの変化に素早く気づき、効果的に対応する力を指します。

中国の複数の都市・省にある企業を対象とした調査では、HPWSが従業員の学習意欲や問題解決能力を向上させ、市場の変化に柔軟に対応できる体制を構築することが分かりました[4]。調査では、様々な業種の企業を対象に、HPWSの導入状況や組織の適応能力、業績との関係を分析しています。

HPWSは、多様な研修や挑戦的な仕事へのアサイン、リーダーシップ育成などを通じて、従業員が自主的に学び、考え、協働する風土を醸成します。これによって、新しい課題を見つけ、解決策を実装する行動が促され、組織レベルの適応能力が育ちます。

企業の収益性の向上は、主にこの適応能力を介して実現されます。HPWSが従業員の潜在力を引き出し、その潜在力が企業の変化適応に結びつき、最終的に収益改善をもたらすということです。従業員一人ひとりが市場の動きを敏感に察知し、必要な対応を素早く取れるようになることで、組織全体の業績向上につながります。

一方、イノベーション面での成果には、HPWSが直接的に貢献する面も見られます。例えば、新しいアイデアの提案・実行を評価・報酬する制度は、従業員のイノベーションへの意欲を直接的に高めます。組織の適応能力と相まって、製品開発や業務改善における創造性が一層促進されることになるでしょう。

サイエンスパークやハイテクゾーンに立地する企業では、HPWSによる適応能力の向上効果がさらに強化されることも分かってきました。こうした企業は優遇措置や充実したインフラ、高度な人材プールにアクセスできるため、HPWSを活かしやすい環境にあります。また、企業間競争も激しく、新技術や高度人材を早期に取り込む必要があるため、HPWSを通じて生まれた適応力を有効に活用するインセンティブも高まるのです。

こうした環境要因の重要性は、HPWSの導入を検討する際の参考になります。制度を整備するだけでなく、それを効果的に機能させる環境づくりも同時に考える必要があるでしょう。例えば、従業員が新しいアイデアを試せる実験的なプロジェクトの設置や、外部機関との連携強化なども、HPWSの効果を高める要因となり得ます。

HPWSがもたらす組織変革の実践的示唆

HPWSが組織の成果に結びつく道筋が、徐々に明らかになってきました。HPWSを通じて従業員の満足度やコミットメント、エンパワーメントが高まると、自発的な助け合いや改善提案が活発化します。従業員の柔軟性や適応能力が向上することで、市場の変化への対応力も強化されます。

これらの知見は、職場のマネジメントに対して多くの示唆を投げかけます。人事施策は個別に導入するのではなく、企業戦略と整合性を持たせながら、体系的に実施することが望まれます。従業員の柔軟性や適応能力を育むためには、職場の学習風土や協働文化の醸成が欠かせません。環境の変化が激しい今日、組織の成功には人材を活かす仕組みづくりが必要なのです。

企業の持続的な成長のためには、HPWSを通じて人材の能力を引き出し、それを組織の力として結実させていかなければなりません。そのためには、経営陣のコミットメントと、長期的な視点に立った人材育成への投資が求められます。HPWSの導入は、人事制度の改革にとどまらず、組織全体の変革につながる取り組みとして捉えるべきでしょう。

脚注

[1] Posthuma, R. A., Campion, M. C., Masimova, M., and Campion, M. A. (2013). A high performance work practices taxonomy: Integrating the literature and directing future research. *Journal of Management, 39*(5), 1184-1220.

[2] Messersmith, J. G., Patel, P. C., and Lepak, D. P. (2011). Unlocking the black box: Exploring the link between high-performance work systems and performance. Journal of Applied Psychology, 96(6), 1105-1118.

[3] Beltran-Martin, I., Roca-Puig, V., Escrig-Tena, A., and Bou-Llusar, J. C. (2008).

Human resource flexibility as a mediating variable between high performance work systems and performance. Journal of Management, 34(5), 1009-1044

[4] Wei, L.-Q., and Lau, C.-M. (2010). High performance work systems and performance: The role of adaptive capability. Human Relations, 63(10), 1487-1511.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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