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コラム

“良いこと”と”悪いこと”の非対称性:ネガティビティ・バイアスとの付き合い方

コラム

「失敗は成功のもと」という言葉がありますが、私たちの心理には、むしろ「失敗は心に深く刻まれ、成功は薄れやすい」という傾向があるようです。例えば、一日の出来事を振り返るとき、朝の爽やかな挨拶や同僚からの感謝の言葉よりも、会議での一つの失言や小さなミスが気になって夜も眠れないことがあるかもしれません。

このような心理は、実は人間の基本的な特性の一つとして科学的に検討されています。「ネガティビティ・バイアス」と呼ばれるこの現象は、私たちの職業生活に深い関わりを持っています。職場での人間関係、コミュニケーション、さらには組織全体のあり方にまで影響を及ぼすからです。

学術研究においては、ネガティビティ・バイアスが文化や年齢、そして個人の特性によって異なる形で現れることが分かってきました。また、必ずしもマイナスの特性ではなく、むしろ私たちの生存や適応に寄与してきた可能性も指摘されています。本コラムでは、ネガティビティ・バイアスが私たちの心理や行動にどのような影響を与えているのかを探っていきます。

情報の少なさと多様性が影響力を持つ理由

ネガティビティ・バイアスの特徴を理解する上で、まず重要なのは情報そのものの性質です。なぜ私たちは否定的な情報により敏感に反応するのか、そのメカニズムを見ていきましょう。

ネガティビティ・バイアスが発生する理由の一つに、情報の特性が関係していることが明らかになりました。実験によると、良い情報と悪い情報では、そもそも情報の性質が異なることが分かっています[1]

例えば、温度に対する私たちの感覚を考えてみましょう。快適だと感じる温度は、ある一定の狭い範囲に収まります。一方で、「暑すぎる」や「寒すぎる」といった不快な温度は、非常に広い範囲に及びます。

良い状態が限られた範囲に集中するというのは、私たちの生存に直結する生理的な特性に基づいています。体温調節を例にとると、体にとって最適な状態は37度前後という非常に狭い範囲に限られます。これに対して、不快や危険を感じる温度は、35度以下や40度以上という広い範囲に及びます。この現象は温度に限らず、血圧や血糖値、さらには環境中の酸素濃度など、生命維持に関わる多くの要素で共通して観察されます。

同様の現象は、人間関係における評価にも見られます。ある人が「友好的」と評価される場合、その行動パターンは比較的限られています。相手への思いやりを示す、親切な言葉をかける、困っている人を助けるなど、おおむね予測可能な行動の範囲内に収まります。

対して、「非友好的」と評価される行動には、実に様々なパターンがあります。例えば、相手を言葉で攻撃する、約束を守らない、嘘をつく、他人の成功を妬む、困っている人を無視する、意図的に相手を傷つける、陰口を言う、相手の信頼を裏切るなど、その形態は多岐にわたります。これらの行動は、それぞれが質的に異なる性質を持っており、単純に一つのカテゴリーにまとめることが困難です。

人の脳は、こうした情報の処理において特徴的な働きを示します。脳の情報処理システムは、類似した情報を効率的に整理し、まとめて記憶する機能を持っています。例えば、「友好的」な行動は、その類似性から「思いやりのある人物」という一つのカテゴリーとして記憶されやすいのです。これは、情報処理の負荷を減らし、効率的な認知を可能にするメカニズムだと考えられています。

他方で、多様な形態を持つ悪い情報は、それぞれが質的に異なる性質を持つため、別々のカテゴリーとして処理されます。例えば、「攻撃的な行動」「無責任な行動」「冷淡な態度」は、それぞれが独立した記憶として保存されます。それぞれの行動が持つ特有の危険性や問題点を個別に記憶し、将来の同様の状況でうまく対応するために必要なことです。結果、多様な悪い情報は、個別の強い記憶として残り、私たちの認知に大きな影響を与えることになります。

自分に対する情報にネガティビティ・バイアスが発生

情報の性質がネガティビティ・バイアスに影響を与えることが分かりましたが、特に自分自身に関する情報の場合、このバイアスはより顕著に表れます。実験でも興味深い結果が示されています。

ある研究において、参加者に認知的な推定タスクを行わせ、その後でフィードバックを提供しました[2]。実験では、参加者を二つのグループに分け、それぞれ異なる条件でフィードバックが与えられました。「高い能力条件」では、参加者の推定が実際よりも優れているという情報が提供され、「低い能力条件」では、参加者の推定が実際よりも劣っているという情報が提供されました。これらのフィードバックは、成績とは無関係に操作されていました。

実験の結果、参加者は自分自身のパフォーマンスに関するネガティブなフィードバックに対して、特徴的な反応を示すことが明らかになりました。例えば、「あなたの推定は、平均的な参加者よりも劣っています」というような否定的なフィードバックを受けた場合、参加者はその情報を特に強く記憶し、その後の行動に影響を与えることが分かりました。次の推定タスクにおいて、より慎重な判断を行ったり、自己評価を大きく下方修正したりする傾向が観察されました。

自己肯定感が低い人々において、このような反応が顕著に見られることが分かりました。自己肯定感が低い人は、普段から自分の能力や価値を低く見積もる傾向があります。そのため、ネガティブなフィードバックを受けると、それを「自分の能力の低さを裏付ける証拠」として受け取りやすくなります。「やはり自分には能力がない」「これまでの自己評価が正しかった」といった形で、既存の否定的な自己イメージを強化してしまうのです。これは「確認バイアス」と呼ばれ、既存の信念に合致する情報を重視する傾向として知られています。

さらに、社会不安の高い人々は、他者が存在する状況で顕著な反応を示すことが明らかになりました。社会不安の高い人は、他者からの評価に対して不安や恐れを感じます。そのため、観衆の前でネガティブなフィードバックを受けると、「自分の失敗や欠点が他者に露呈した」という心理的ストレスを感じます。単純な否定的な評価への反応ではなく、「社会的な立場や評価が脅かされる」という深刻な脅威として受け止められます。その結果、心拍数の上昇や発汗の増加といった生理的反応も伴い、その後の行動に影響を及ぼすのです。

文化的背景でネガティビティ・バイアスが異なる

個人の心理特性によってネガティビティ・バイアスの現れ方が異なることを見てきましたが、より大きな視点で見ると、文化的な背景によっても大きく異なることが明らかになっています。

相互依存的な自己認識を持つ人々は、他者の良い面により注目しようとすることが分かっています[3]。その背景には、文化的な価値観が関係しています。相互依存的な自己認識においては、社会的な調和や人間関係の維持が最優先の価値として捉えられます。

そのため、他者との関係を損なう可能性のある否定的な情報は、意識的に軽視する傾向があります。例えば、相手の欠点や失敗に対して、「誰にでも失敗はある」「環境や状況の影響もあるだろう」といった形で、寛容な解釈を行うのです。長期的な関係性の維持という観点から見れば、適応的な戦略だと考えられています。

対して、独立的な自己認識を持つ人々の反応の背景には、個人の自律性や判断力を重視する文化的価値観があります。これらの人々にとって、自分自身の判断や評価は、他者との関係性よりも優先されるべき要素です。そのため、他者の否定的な行動に対して敏感に反応し、それを自分の判断や評価に速やかに反映させます。これは、自分自身の価値観や基準を守り、適切な境界線を設定するための手段として機能していると考えられます。

曖昧な状況だと罰への敏感性によって学習につながる

文化的な影響を踏まえた上で、より具体的な状況での人間の反応を見てみましょう。特に曖昧な状況下では、私たちの脳は特徴的な反応を示します。

曖昧な表情に対する初期の反応において、私たちの脳は無意識のうちに否定的な解釈に傾きやすいことが実験で明らかになっています[4]。例えば、驚きの表情を見た際、最初の数百ミリ秒では「脅威」や「危険」を示す表情として処理される傾向があります。これは、生存において危険を素早く察知することが重要だったという進化的な背景が関係していると考えられています。

しかし、その後の認知処理過程において、私たちの脳は初期の自動的な反応を修正する機能を働かせます。より詳細な文脈の検討や、多角的な解釈の可能性を考慮します。その結果、最終的な判断では、初期の否定的な解釈が修正され、状況に応じてバランスの取れた評価が行われるのです。例えば、「驚き」の表情が必ずしも否定的な感情を示すものではなく、喜びや興奮といったポジティブな感情を表現している可能性も考慮されるようになります。

リスクを伴う意思決定の場面で見られる慎重な選択は、否定的な結果に対する私たちの反応を表しています。損失への恐れが強まると、私たちの脳は感情処理システムが活性化し、より慎重な意思決定を促します。例えば、投資の場面では、潜在的な利益よりも損失の可能性に強く反応し、リスクの高い選択を避ける傾向が強まります。失敗や損失による打撃を最小限に抑えようとするメカニズムとして機能しています。

加齢とネガティビティ・バイアスの関係を整理

人生における時間的な要因も重要です。年齢によってネガティビティ・バイアスの現れ方は変化します[5]。若年層は、悪い出来事や否定的な情報に対して敏感に反応し、それらを優先的に処理する傾向があります。

例えば、ニュースを見る際も、事故や災害、犯罪といった否定的な情報に注意を向け、それらの情報をより詳細に記憶する傾向があるということです。他者の行動を観察する際も、批判的な要素や問題点に敏感に反応します。

若年層のこのような特徴は、人生における時間的展望と関係しています。長い人生が前にある若者たちは、将来起こりうる様々な可能性や機会に対して開かれた姿勢を持っています。そのため、新しい経験や知識を積極的に求めます。

同時に、その長い人生において直面する可能性のある危険や問題に対しても敏感になります。否定的な情報に強く反応するのは、将来の危険を予測し、それを回避するための適応的なメカニズムが機能していると言えます。

これに対して高齢者は、時間の有限性を強く意識するようになり、人生の意味や価値、そして現在の幸福感に重点を置くようになります。この心理的な変化は、情報処理の方法にも影響を及ぼします。高齢者は、人生の喜びや満足感をもたらすポジティブな情報に注意を向けるようになり、それらの情報をより積極的に記憶に留めようとします。例えば、家族との楽しい時間や、友人との温かい交流、日々の小さな成功体験といった肯定的な出来事に強く反応し、それらを優先的に記憶するようになるのです。

この傾向は、様々な生活場面に当てはまります。例えば、健康に関する情報を処理する際、高齢者は病気や症状といった否定的な情報よりも、健康維持や予防に関するポジティブな情報に関心を示します。また、人間関係においても、対立や批判といった否定的な側面よりも、支援や励ましといった肯定的な側面に注意を向けます。これは、限られた時間の中で精神的な充実を図るための適応的な戦略です。

ネガティビティ・バイアスが語りかけること

これまでの研究から、ネガティビティ・バイアスは職場のマネジメントに対して重要な意味を持つことが分かります。初めに、ネガティビティ・バイアスは誰もが持つものですが、個人の特性や状況によって異なる形で現れます。そのため、一律的なフィードバックや評価システムではなく、個々の従業員の特性に配慮した対応が求められます。

とりわけ、自己肯定感が低い従業員や社会不安の高い従業員に対しては、フィードバックの方法に工夫が必要です。例えば、公開の場での評価を避け、個別の面談を通じて建設的なフィードバックを行うことが効果的でしょう。その際、改善点の指摘だけでなく、具体的な成功体験や成長の証拠を示すことで、バランスの取れた自己評価を促すことができます。

文化的な多様性も考慮に入れる必要があります。相互依存的な文化的背景を持つ従業員と独立的な文化的背景を持つ従業員では、情報の受け取り方が異なります。チームのマネジメントにおいては、こうした違いを理解し、それぞれに適した方法でコミュニケーションを取ることが重要です。

組織全体としても、ネガティビティ・バイアスへの対策が必要です。例えば、日常的な業務評価において、失敗や問題点だけでなく、小さな進歩や貢献にも注目する習慣を組織文化として定着させることが有効でしょう。小さな成功を認識し、称賛する機会を意図的に設けることで、従業員のモチベーション維持と組織の活力向上につながります。

また、年齢による情報処理の違いを活かしたチーム編成も検討に値します。若手従業員の持つ問題発見能力と、ベテラン従業員の持つバランスの取れた判断力を組み合わせることで、効果的な意思決定が可能になります。世代間の相互理解を促進し、それぞれの強みを活かせる環境づくりが求められます。

危機管理の観点からも、ネガティビティ・バイアスの理解は大事です。組織が困難な状況に直面した際、従業員は否定的な情報に過敏に反応する可能性があります。そのため、危機的状況においては、問題の所在を明確にしながらも、その克服に向けた道筋や組織としての対応を示すことが必要です。透明性のある情報共有と、問題解決アプローチの提示が、組織の結束力を高めることにつながります。

人材育成の場面でも、ネガティビティ・バイアスへの配慮が求められます。新しいスキルの習得や責任の拡大に際して、失敗への不安が学習意欲を阻害する可能性があります。段階的な挑戦機会の提供と、サポート体制の構築が重要です。失敗を学習の機会として捉え直す視点を提供することで、成長への前向きな姿勢を育むことができます。

このように、ネガティビティ・バイアスへの理解は、効果的な組織マネジメントの実現に貢献します。個人の特性への配慮、文化的多様性の尊重、世代間の協力促進、そして組織全体としてのアプローチの確立により、従業員の成長と組織の発展を両立させることが可能になるのです。

脚注

[1] Unkelbach, C., Koch, A., and Alves, H. (2021). Explaining negativity dominance without processing bias. Trends in Cognitive Sciences, 25(6), 429-431.

[2] Muller-Pinzler, L., Czekalla, N., Mayer, A. V., Stolz, D. S., Gazzola, V., Keysers, C., Paulus, F. M., and Krach, S. (2019). Negativity-bias in forming beliefs about own abilities. Scientific Reports, 9, 14416.

[3] Xie, D., Chen, S., and Wu, Y. (2023). Focusing on the positive or the negative: Self-construal moderates negativity bias in impression updating. PsyCh Journal, 12(4), 547-560.

[4] Molins, F., Martinez-Tomas, C., and Serrano, M.A. (2022). Implicit negativity bias leads to greater loss aversion and learning during decision-making. International Journal of Environmental Research and Public Health, 19(24), 17037.

[5] Carstensen, L. L., and DeLiema, M. (2018). The positivity effect: A negativity bias in youth fades with age. Current Opinion in Behavioral Sciences, 19, 7-12.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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