2025年2月7日
ネガティビティ・バイアス:なぜ人は否定的な情報に敏感なのか
私たちの生活を振り返ってみると、嫌な出来事や否定的な経験が心に残りやすい傾向にあることに気づきます。例えば、10個の褒め言葉をもらっても、1つの否定的な言葉が何日も頭から離れないことがあります。また、1日の出来事を思い返すとき、ポジティブな出来事よりもネガティブな出来事のほうが鮮明に思い出されます。このように、人間は否定的な情報により敏感に反応する性質を持っています。これを心理学では「ネガティビティ・バイアス」と呼びます。
ネガティビティ・バイアスは、気のせいや個人の性格ではありません。研究によって、人間の脳が否定的な情報をより強く処理することが実証されています。このバイアスは大人だけでなく、幼児期から観察されることも分かってきました。
本コラムでは、ネガティビティ・バイアスについて解説します。脳がどのように否定的な情報を処理するのか、幼児期からこのバイアスがどのように発達するのか、そしてこのバイアスにはどのような特徴があるのかを見ていきます。私たちの行動や感情に関わるこの心理メカニズムを理解することで、自身や他者の心理をより深く理解することができるはずです。
神経科学的に実証されているネガティビティ・バイアス
脳の活動を測定する実験によって、人間の脳が否定的な情報に対して強く反応することが分かっています。研究では、脳波を測定する事象関連電位(ERP)という手法を用いて、人々が様々な画像を見たときの脳の反応を調べました[1]。
実験では、参加者に中立的な画像、ポジティブな画像、ネガティブな画像を提示し、それぞれに対する脳の反応を測定しました。その結果、ポジティブな画像と比べて、ネガティブな画像を見たときのほうが脳の反応が大きいことが判明しました。
具体的には、画像を見た後の特定の時間帯における脳波の振幅(後期陽性電位:LPP)を測定すると、ネガティブな画像に対する振幅が最も大きくなりました。研究者たちは、画像の提示順序を変えたり、提示する頻度を調整したり、画像の感情的な強度を統制したりと、様々な条件で実験を行いましたが、どのような条件でも一貫してネガティブな画像に対する脳の反応が強いことが確認されました。ネガティブな情報への反応が、実験条件に依存しない安定した現象であることを意味しています。
このような反応が生じる背景には、人類の進化の過程で獲得された生存戦略が関係しています。私たちの祖先は、危険な状況(猛獣や毒物など)を見逃すと命を落としかねませんでしたが、良い機会(食料や交配の機会など)を逃しても、後で取り返すことができました。そのため、脳は危険を素早く察知し回避する機能を発達させてきたと考えられています。
さらに、脳の活動を詳しく調べた研究では、ネガティブな刺激を見たときの脳の反応が、複数の領域で確認されています。視覚情報を処理する領域が活性化するだけでなく、感情を処理する領域も強く反応します。後者は、不安や恐れといった感情の処理に関与する部位であり、ここが活性化することで、私たちはネガティブな情報により敏感に反応します。
もう一つの神経科学的な実証例
ネガティビティ・バイアスの神経科学的な証拠は、別の角度からも得られています。研究者たちは、個人の性格特性の違いに注目し、神経質な傾向が強い人々がネガティブな情報にどのように反応するかを調べました[2]。
実験では、参加者の脳活動を測定しながら、様々な感情的な刺激を提示しました。調査の結果、神経質な傾向が強い人々は、ネガティブな情報を長期間にわたって記憶に留めることが分かりました。そうした人々の脳は、不快な出来事や否定的な情報に対して敏感に反応し、その記憶を強く形成します。
一度形成された記憶は消えにくく、長期間保持される傾向にあります。記憶の持続性は、神経質な人々がネガティブな経験を繰り返し思い出し、その経験について考え続ける傾向(反芻)とも関連していることが示唆されています。
研究では、ネガティブな視覚情報の処理メカニズムも調べられました。視覚関連領域では、ネガティブな画像の細かい特徴が処理され、その後、その情報の感情的な意味を評価する領域に送られ、必要に応じて他の脳領域に警告を送ります。このプロセスは私たちの意識とは独立して自動的に実行され、意識的な制御が困難であることが特徴です。例えば、怖い映像を見たときに「怖くない」と思おうとしても、脳は自動的にその情報を処理し、恐怖反応を引き起こすのです。
幼児でもネガティビティ・バイアスは発生する
ネガティビティ・バイアスは、大人になってから形成されるものではありません。幼児期から、このバイアスの存在が確認されています。研究では、生後わずか3か月から10か月の幼児でも、ネガティブな情報に対してより敏感に反応することが分かりました[3]。
興味深いのは、幼児の社会参照行動です。例えば、12か月の幼児に新しいおもちゃを見せながら、大人が異なる感情表現をする実験が行われました。実験では、母親が笑顔でおもちゃに接近する場合と、恐怖や嫌悪の表情を見せる場合で、幼児の反応が異なることが分かりました。
母親がネガティブな表情を見せた場合、幼児はおもちゃに近づくことを控えました。一方、母親が笑顔を見せた場合の行動変化は比較的小さく、中立的な表情を見せた場合とほとんど変わりませんでした。とりわけ、母親の声による恐怖反応は、幼児の行動を強く抑制することも判明しています。
また、2~3歳の子どもとその母親の会話を分析した研究では、感情表現における特徴が見つかりました。子どもたちは、幸せや喜びといったポジティブな感情よりも、怒りや悲しみといったネガティブな感情を表す言葉を頻繁に使用します。
過去の出来事について話す際、子どもはネガティブな出来事(例:痛みや衝突)について、その原因や結果、感情的な影響を含めて詳細に説明する傾向があります。これは、ネガティブな経験が子どもの記憶により強く残り、より複雑な関係の理解を促進することを示唆しています。
7か月以降の乳児を対象とした研究では、表情認識に関する発見がありました。乳児は、笑顔などのポジティブな表情よりも、恐怖や怒りといったネガティブな表情を注視することが確認されました。脳波測定では、ネガティブな表情を見たときのほうが、特に前頭部において強い脳活動が観察されました。これは、乳児の脳が既にネガティブな感情表現を優先的に処理する能力を持っていることを示しています。
ネガティビティ・バイアスの4つの特徴
ネガティビティ・バイアスには、4つの特徴があることが指摘されています[4]。まず1つ目は「ネガティブ・ポテンシー」と呼ばれる特徴です。これは、同じ強さの肯定的な出来事と否定的な出来事があった場合、否定的な出来事のほうが心理的なインパクトが大きい性質を指します。
例えば、選挙における経済の影響を調べた研究では、経済が悪化した場合の現職政党への支持率低下は、経済が好転した場合の支持率上昇よりも大きいことが分かっています。食品の評価においても、一つの悪い要素(例:腐敗)が、多くの良い要素(栄養価、見た目、香りなど)を完全に打ち消してしまいます。
2つ目の特徴は「急峻なネガティブ勾配」です。この特徴は、否定的な出来事や状況が近づくにつれて、人々の心理的な反応が加速度的に強まることを指します。例えば、動物実験では、電気ショックなどの嫌悪刺激が近づくにつれて、動物の回避行動が急激に強まることが確認されています。
人間でも同様の現象が観察され、締め切りや試験日が近づくにつれて不安が急激に高まったり、危険な状況に近づくほど恐怖感が指数関数的に増大したりする現象として表れます。これは、危険が接近するほど即座の対応が必要になるという、生存上の要請を反映していると考えられています。
3つ目は「ネガティビティ・ドミナンス」です。これは、ポジティブな要素とネガティブな要素が共存する状況において、全体的な評価がネガティブな要素によって支配されてしまう傾向を指します。例えば、食品衛生の文脈では、非常に美味しい料理であっても、そこにゴキブリが一瞬触れただけで、その料理は完全に食べられなくなることが報告されています。一方で、不味い食べ物に美味しい食材を加えても、その効果は限定的です。
4つ目の特徴は「ネガティブな分化」です。この特徴は、人間の認知システムが否定的な事象や特性をより細かく区別し、より複雑に認識する傾向を指します。例えば、言語における感情表現を見ると、ネガティブな感情を表す語彙(怒り、憎しみ、嫌悪、恐怖、不安、悲しみ、失望、後悔など)は、ポジティブな感情を表す語彙(喜び、幸せ、満足など)よりも豊富です。乳児の表情においても、苦い味に対する表情のバリエーションは、甘い味に対する表情よりも多様であることが確認されています。危険や脅威を細かく区別することが、生存において有利に働くからでしょう。
ゲームのパフォーマンスで測定できる
ネガティビティ・バイアスを測定する方法として、ゲームが開発されました。ゲームでは、参加者は異なる形状と模様を持つ「豆」を見て、それが得点を増やすものか減らすものかを学習します。
実験の結果、全体として参加者は、得点を減らす豆(ネガティブな豆)のほうを、得点を増やす豆(ポジティブな豆)よりも正確に学習することが分かりました[5]。ネガティブな豆の正答率ネガティブな豆の正答率は73%であったのに対し、ポジティブな豆は67%にとどまりました。
この結果は、私たちの脳が損失を回避することを利益の獲得よりも優先することを示しています。これは進化の過程で獲得された適応メカニズムかもしれません。例えば、原始時代において、毒のある食べ物を正確に記憶し回避することは即座の生存に関わる一方、栄養価の高い食べ物を見逃しても、後で別の食べ物を探すことができました。このような生存戦略が、現代でも私たちの学習メカニズムに影響を与えていると考えられています。
さらに、抑うつや不安の度合いとゲームのパフォーマンスの関係も調べられました。ポジティブな豆の学習が特に苦手な参加者は、抑うつや不安について高いスコアを示しました。この「ポジティブ情報の過小評価」は、抑うつや不安の維持・悪化に寄与する要因となっている可能性があります。
仮想現実を用いた実験で測定できる
仮想現実(VR)技術を用いて、ネガティビティ・バイアスを測定する試みも行われています。参加者は高さ200メートルの空中に浮かぶ氷のブロックの上を渡るという仮想環境で実験に参加します[6]。
実験では、グリッド状に配置された氷のブロックのうち、割れて落下する可能性のあるブロックの数を段階的に増やしていきました。参加者は、各ブロックを「片足でテスト」するか、「両足で渡る」かを選択することができます。同時に、参加者の表情筋の活動(顔面筋電図:fEMG)や皮膚電導レベル(SCL)といった生理反応も測定されました。これによって、脅威に対する行動的・生理的な反応を分析することが可能になりました。
脅威レベルを段階的に操作した結果、行動パターンが観察されました。脅威レベルが高まるにつれて、参加者は「安全」と判断したブロックの上により長く留まる傾向を示しました。また、未知のブロックに対しては、両足で渡る前に片足でテストする行為が増加しました。これは、潜在的な危険性が高まると、より慎重な行動戦略を取るようになることを示しています。特に神経質な傾向が強い参加者で、この傾向が顕著でした。
さらに、表情筋の活動分析からも知見が得られました。コリゲーター筋(眉をひそめる筋肉)とジゴマティカス筋(頬骨筋)の活動を測定したところ、神経質な傾向が強い参加者は、リスクの高いブロックに遭遇した際にコリゲーター筋の活動が著しく高まることが判明しました。
コリゲーター筋の活動は否定的感情と関連することが知られており、この結果は、神経質な人々が脅威に対してより強い否定的感情を経験していることを示しています。また、この筋活動の増加は、皮膚電導レベルの上昇とも相関しており、感情的な覚醒状態の高まりを反映していると考えられます。
脚注
[1] Ito, T. A., Larsen, J. T., Smith, N. K., and Cacioppo, J. T. (1998). Negative information weighs more heavily on the brain: The negativity bias in evaluative categorizations. Journal of Personality and Social Psychology, 75(4), 887-900.
[2] Norris, C. J. (2021). The negativity bias, revisited: Evidence from neuroscience measures and an individual differences approach. Social Neuroscience, 16(1), 68-82.
[3] Vaish, A., Grossmann, T., and Woodward, A. (2008). Not all emotions are created equal: The negativity bias in social-emotional development. Psychological Bulletin, 134(3), 383-403.
[4] Rozin, P., and Royzman, E. B. (2001). Negativity bias, negativity dominance, and contagion. Personality and Social Psychology Review, 5(4), 296-320.
[5] Shook, N. J., Fazio, R. H., and Vasey, M. W. (2007). Negativity bias in attitude learning: A possible indicator of vulnerability to emotional disorders? Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry, 38(2), 144-155.
[6] Baker, C., Pawling, R., and Fairclough, S. H. (2020). Assessment of threat and negativity bias in virtual reality. Scientific Reports, 10, 17338.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。