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コラム

フィードバックの可能性を探る:組織のコミュニケーションを豊かにする視点

コラム

あの人からのフィードバックは的確だ。このフィードバックで自分の方向性が見えてきた。職場で、こんな経験をしたことはありますか。一方で、「フィードバックが厳しすぎて、やる気を失ってしまった」という経験をした人も少なくないはずです。

職場でのフィードバックは、時として人々を奮い立たせ、時として意欲を削ぐ、そんな力を持っています。なぜ、同じようなフィードバックでも、受け取る人によって、または与え方によって、まったく異なる結果をもたらすのでしょうか。

フィードバック研究は、この問いに対する示唆を提出しています。フィードバックは、組織の成長を支える重要な基盤となり得ます。チームのパフォーマンスを最大化する称賛と非難の配分から、従業員の創造性を引き出す発展的フィードバックまで、フィードバックには私たちが想像する以上の可能性があります。

本コラムでは、いくつかの研究知見を紹介しながら、フィードバックが持つ可能性を探っていきます。職場におけるコミュニケーションに悩む管理職の方々、より良い組織づくりを目指すリーダーの方々にとって、新たな視座を提供できれば幸いです。

成功時に多くを褒め、失敗時に少数を批判する

組織やチームのパフォーマンスを評価する際、私たちはどのようにフィードバックを行っているのでしょうか。いくつかの場面を調査した研究から、興味深い事実が明らかになっています[1]

例えば、大学バスケットボールの試合を対象とした調査では、チームが勝利した場合、コーチや関係者はチームメンバーの60%に対して称賛の言葉を向けていました。「あのシュートが決め手になった」「みんなの連携プレーが素晴らしかった」といったイメージです。一方で、チームが敗北した場合、批判や非難の対象となったのはメンバーの41%に留まっていました。

評価の非対称性には、心理的な理由があります。称賛は、それを受け取る側にとっても、与える側にとっても、人間関係にほとんど負担をかけません。「よくやった」「素晴らしい」といった言葉は、たとえそれが複数の人に向けられたとしても、誰かを傷つけたり、チームの雰囲気を悪くしたりすることはありません。むしろ、称賛は周囲の人々にも前向きな気持ちを広げ、チーム全体の士気を高めます。

他方で、非難は慎重に扱う必要があります。「あなたのミスが敗因だ」「もっと努力が必要だ」といった否定的な評価は、受け取る側の自尊心を傷つけ、モチベーションを低下させる可能性があります。また、非難された人が反発したり、防衛的になったりすることで、チーム内の人間関係が悪化するリスクも伴います。このような社会的・心理的なコストを考慮すると、非難は対象に絞って行われることになるのです。

このパターンが組織の成功につながりやすいことを、コンピュータ・シミュレーションが明らかにしています。称賛と非難の配分パターンをシミュレートし、長期的なパフォーマンスへの影響を検証しました。結果、成功時には約80%のメンバーを称賛し、失敗時には30-40%のメンバーを非難するという配分が、組織の成功確率を最大化することが判明しました。

これは、非難を広げることの弊害を示しているでしょう。過度な非難は、有能なメンバーの離職を招きやすく、それによって組織の人材基盤が弱体化してしまいます。また、頻繁な非難は組織の雰囲気を悪化させ、メンバー間の協力関係や創造性を損なう可能性もあります。

発展的フィードバックがボイスにつながる

発展的フィードバックとは、どのようなものでしょうか。これは従来型の評価的フィードバックとは異なります。従来型のフィードバックは「この仕事はよくできた」「この部分は改善が必要だ」といった評価を主体としていましたが、発展的フィードバックはより包括的です。

例えば、「この方法を試してみてはどうでしょうか」「こういった視点を取り入れることで、さらに良い結果が得られるかもしれません」といった提案を含みます。また、「あなたならもっと良いアイデアを出せるはずです」「この経験を次の機会に活かしていけるでしょう」といった成長を促す言葉かけも、発展的フィードバックの要素です。発展的フィードバックは、従業員のポテンシャルを引き出し、将来の成長を支援することに重点を置いているのです。

発展的フィードバックは、従業員の発言行動(ボイス)を促進することが分かってきました。発言行動とは、組織の利益のために意見や提案を自主的に伝える行為です。中国のフルタイム従業員を対象に5日間の調査を行い、管理者からの発展的フィードバックと従業員の発言行動の関係を調べた研究があります[2]

調査の結果、発展的フィードバックが発言行動を促進する背景には、二つの要素があることが分かりました。一つは上司とのラポール(信頼関係)で、もう一つはポジティブな感情です。

ラポールは、従業員が安心して意見を述べられる環境を作り出します。上司との間に信頼関係が築かれていると、従業員は「自分の意見は真剣に受け止められる」「たとえ批判的な意見を述べても、それによって不利益を被ることはない」という確信を持つことができます。これは心理的安全性と呼ばれる状態で、従業員が自由に意見を述べるために必要な要素です。

とりわけ、建設的な提案や問題点の指摘といった、ある種のリスクを伴う発言を行う際には、心理的安全性が重要になります。上司が従業員の意見に耳を傾け、それを尊重する姿勢を示すことで、従業員は自分の考えを率直に表明できるようになるのです。

また、発展的フィードバックは従業員のポジティブな感情も育みます。上司が従業員の成長に関心を示し、支援を提供することは、従業員に「自分は大切にされている」「組織の中で重要な存在として認められている」という実感をもたらします。このような認識は、従業員の中に「やる気」「熱意」「意欲」といったポジティブな感情を生み出します。

これらのポジティブな感情は、従業員の創造性と積極性を高めます。ポジティブな感情状態にある人は、より広い視野で物事を捉え、新しいアイデアを生み出しやすくなることが知られています。また、組織に対する信頼感や愛着も強まり、組織の改善のために自ら進んで意見を述べようという意欲も高まります。発展的フィードバックが生み出すポジティブな感情は、創造的で積極的な発言行動の原動力となるのです。

発展的フィードバックが革新行動を促す

発展的フィードバックは、従業員の革新行動も促進します。革新行動とは、新しいアイデアを生み出し、それを実現していく行動を指します。中国の企業を対象とした研究では、上司からの発展的フィードバックが、従業員の革新行動を活性化させることが確認されました[3]

この効果をもたらす鍵となるのが、創造的自己効力感です。創造的自己効力感は、仕事における創造的な課題に対する自信を表す概念です。「自分にはアイデアがある」という漠然とした感覚ではなく、「問題に直面した時に新しい解決策を見つけられる」「従来とは異なる方法で課題に取り組める」「独創的なアイデアを実行に移せる」といった能力への確信を含んでいます。

上司からの発展的フィードバックは、創造的自己効力感を高める役割を果たします。例えば、従業員が新しいアプローチを試みた際に、上司が「その発想は面白い」「そういった視点は大切だ」といったフィードバックを提供することで、従業員は自分の創造的な能力に自信を持つようになります。

また、「このアイデアをこう発展させてはどうか」「こういった観点も取り入れると、さらに良くなるかもしれない」といった提案は、従業員の創造的思考をさらに刺激します。発展的フィードバックを通じて創造的自己効力感が高まることで、従業員は積極的に革新的な行動に取り組むようになります。

発展的フィードバックの効果は、従業員が上司をどのように認識しているかによっても変化します。特に、従業員が上司を組織の代表者として認識している度合い、すなわち「上司の組織体現」が大事になります。この認識は、上司が組織の階層構造の中で高い位置にいるということだけではありません。「上司の言動が組織の価値観や方針を体現している」「上司の判断は組織全体の意思を反映している」という信念を指します。

例えば、上司が組織の理念や目標に沿った形でフィードバックを行い、組織の発展に取り組む姿勢を見せている場合、従業員はその上司を組織の代表者として認識するようになります。こうした状況では、上司からのフィードバックは個人的な意見や評価としてではなく、組織全体からの支援や期待として受け止められます。そのため、フィードバックの影響力も大きくなり、従業員の行動変容や成長に強い効果をもたらすのです。

発展的フィードバックと革新行動の関係を掘り下げる

発展的フィードバックは、従業員に現状と理想のギャップを認識させる機能を持っています[4]。これは問題点の指摘にとどまりません。上司が「現在の状況はこうだが、こういった可能性がある」「これまでの成果を基に、さらにこのような発展が期待できる」といった形で、建設的な視点から現状と将来の可能性を提示することで、従業員は自身の成長の方向性をイメージできるようになります。

このギャップの認識は目標設定へとつながっていきます。例えば、「半年後までに新しいスキルを習得したい」「今年中に業務プロセスの改善案を提案したい」といった形で、従業員は自ら目標を設定するようになります。これらの目標は、発展的フィードバックによって示された成長の可能性に基づいており、従業員自身が主体的に設定するという点で、強い動機づけとなります。

目標が設定されると、従業員はその達成に向けて様々な創意工夫を行うようになります。既存の方法にとらわれず、新しいアプローチを試みたり、異なる視点から問題を捉え直したりする中で、革新的な行動が生まれてきます。これは創造的な問題解決プロセスです。従業員は、設定した目標に近づくために、従来の枠組みを超えた発想や行動を積極的に取り入れていくのです。

このプロセスは、従業員の不確実性回避傾向によって、さらに強化されることがあります。不確実性回避傾向とは、予測不可能な状況や曖昧な状況を避けたいという心理的な特性を指します。この傾向が強い従業員は、将来の不確実性に対して敏感です。そのため、上司からの発展的フィードバックを、不確実性を減らすための貴重な情報源として認識します。

こうした従業員は、フィードバックの内容を注意深く受け止め、それを基に行動計画を立てる傾向があります。「この部分はこのように改善する」「このスキルを身につけるためにこういったステップを踏む」といった具合に、詳細な計画を立てることで、不確実性を最小限に抑えようとします。詳細な計画立案と実行のプロセスが、結果として革新的な行動を高めることにつながっているのです。

フィードバックは個人と組織を成長させる

本コラムでは、フィードバックが組織にもたらす様々な効果について見てきました。従来の評価中心のフィードバックから一歩進んで、成長を促す視点を持ったフィードバックを行うことの重要性が明らかになってきています。

発展的フィードバックは、従業員の成長過程に関わり、その可能性を引き出す触媒として作用します。従業員の現在の状態を出発点として、将来の可能性を示し、その実現に向けた道筋を示唆することで、従業員の自主的な成長を支援します。この過程で、従業員は自ら考え、行動し、新しい試みに挑戦するようになっていきます。

最後に強調したいのは、フィードバックが組織の成長を支えるメカニズムとして機能するという点です。フィードバックは、上司と部下の間に信頼関係を築きます。フィードバックを通じて、上司が部下の成長を真摯に考え、支援しようとしている姿勢が伝わることで、両者の間に信頼関係が形成されます。この信頼関係は、従業員が安心して新しい挑戦を行うための基盤となります。

同時に、フィードバックは従業員の中にポジティブな感情を生み出します。自分の可能性を認められ、成長を期待されているという実感は、従業員の中に前向きな感情を醸成します。これらの感情は、創造的な思考や積極的な行動の源泉となります。

さらに、フィードバックは従業員の目標設定を促進します。上司からの建設的な提案や示唆を基に、従業員は自分自身の成長の方向性を見出し、目標を設定するようになります。目標設定は、従業員の主体的な成長を導く要素となります。

信頼関係の構築、ポジティブな感情の醸成、目標設定の促進は、相互に関連し合いながら、組織全体の成長を支えています。フィードバックは組織の発展を支え得るのです。組織の中でフィードバックが行われることで、個々の従業員の成長が促され、それが組織全体の発展へとつながっていく。そんな好循環を生み出す可能性を、フィードバックは持っています。

脚注

[1] Schein, C., Jackson, J. C., Frasca, T., and Gray, K. (2020). Praise-Many, Blame-Fewer: A Common (and Successful) Strategy for Attributing Responsibility in Groups. Journal of Experimental Psychology: General, 149(5), 855-869.

[2] Zhang, Z., Zhang, L., Zheng, J., Cheng, B., and Rahmadani, V. G. (2019). Supervisor developmental feedback and voice: Relationship or affect, which matters? Frontiers in Psychology, 10, 1755.

[3] Su, W., Lin, X., and Ding, H. (2019). The influence of supervisor developmental feedback on employee innovative behavior: A moderated mediation model. Frontiers in Psychology, 10, 1581.

[4] Li, Z., Duan, C., Lyu, Z., and Xu, X. (2021). Why and when supervisor developmental feedback impact innovative behavior: Perspective of self-regulation theory. Sustainability, 13(16), 9190.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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