2025年1月31日
称賛が導く好循環:管理職も社員も変わる
職場における褒め言葉は、どのような作用をもたらすのでしょうか。上司から「よくやってくれた」と声をかけられた結果、仕事への意欲が高まり、自信が湧いてきた経験を持つ方も多いのではないでしょうか。褒め言葉の効果は、学術研究によって明らかになってきています。
褒められることは、気分の一時的な高揚にとどまりません。それは、従業員の心理的エネルギーを高め、積極的な発言を促し、自己効力感を向上させ、さらには職場でのストレスまでも和らげる効果があるのです。褒め言葉は、管理職であっても同様の効果を発揮します。
本コラムでは、褒めることの効果について解説します。褒め言葉がなぜ人を動かすのか、どのような褒め方が効果的なのか、そして褒めることで職場全体にどのような変化が生まれるのか。職場のコミュニケーションを考える上で、褒めることの持つ意味と可能性について考えていきましょう。
関係的エネルギーを高めてボイスにつながる
中国のモバイル小売企業で実施された調査では、218店舗の店長とその従業員671人を対象に、上司からの好意的なフィードバックが従業員に及ぼす影響を分析しました[1]。
調査は3段階に分けて行われ、第1段階では従業員が上司のフィードバックを評価し、第2段階では従業員自身の関係的エネルギーを測定し、第3段階では上司が従業員の発言行動を評価しました。
結果、上司から「良い仕事をしたときに褒められる」といった好意的なフィードバックを受けた従業員は、職場における活力である関係的エネルギーが高まることが判明しました。そして、関係的エネルギーの高まりは、従業員が建設的な意見や提案を行う頻度の増加につながりました。
上司からの褒め言葉は、従業員の心理的な活力を高め、それが職場改善のための積極的な発言を促すという連鎖を引き起こすのです。
さらに、上司と従業員の関係性の質が、褒め言葉の効果に影響を与えます。上司と日常的に良好な関係を築いている従業員の場合、既に十分な心理的サポートを受けているため、新たな褒め言葉による効果は比較的小さくなります。そのような従業員が日々の関係性の中で既に一定の心理的エネルギーを得ているためです。
一方、上司との関係性が希薄な従業員にとって、褒め言葉は貴重なエネルギー源となります。普段あまり上司とコミュニケーションを取れていない従業員は、エネルギー源が限られているため、褒め言葉による心理的なサポートが特に効果的に働くのです。
このような従業員は、褒め言葉を「珍しいポジティブな資源」として受け止め、そこから大きな活力を得ることができます。
褒めが積極性を引き出す
インドネシアのバンドン市で実施された中学校での研究では、教師の褒め言葉が生徒の授業参加を促進する過程を観察しました[2]。この研究で特に着目されたのは、教師が実践していた4段階の褒め方です。
- 第一段階では、教師は生徒の良い行動を具体的に説明します。例えば、「辞書を持参し、新しい単語を調べながら学習している」といった形で、何が良かったのかを明確に伝えます。
- 第二段階では、その行動が良い理由を説明します。「辞書を使って語彙を増やすことは、英語力の向上に直接つながります」というように、行動の意義を示します。
- 第三段階では、生徒がその説明を理解したかどうかを確認します。質問を投げかけ、生徒からの反応を確認することで、褒め言葉の意味が正しく伝わっているかを確かめます。
- 第四段階では、その行動を続けることで得られる将来的なメリットについて言及します。「このような学習習慣を続けることで、英語の会話力も向上していくでしょう」といった形で、長期的な展望を示します。
4段階の褒め方による効果は、生徒の行動変化として表れました。褒められた生徒は、教室内で変化を見せるようになりました。授業中、教師の説明を注意深く聞き、積極的にノートを取り、自ら質問をするようになったのです。グループ活動では自発的に意見を述べ、創造的なアイデアを提案するようになりました。
行動変化が生まれた背景には、複数の心理的メカニズムが働いています。まず、教師の褒め言葉によって、生徒は「この教室では自分の意見を言っても大丈夫だ」という心理的安全性を感じるようになります。これは、教師が生徒の発言や行動を否定せず、むしろ建設的に受け止めることで育まれる感覚です。
また、教師が行動を指摘して褒めることで、生徒は「何が良い行動なのか」を理解できます。これによって、自分の行動に対する確信が生まれ、同様の行動を繰り返す動機づけとなります。さらには、教師が将来的な展望を示すことで、生徒は自分の行動が長期的な成長につながることを理解し、主体的に学習に取り組むようになるのです。
管理職に対しても一貫して効果あり
アメリカの大手フードサービス企業で実施された研究は、管理職に対する褒め言葉の効果を明らかにしました。この研究では、296名の管理職を3つのグループに分け、それぞれに異なる種類のフィードバックを与え、その効果を測定しました[3]。
肯定的なフィードバックを受けた管理職は、多岐にわたる管理業務に対する自己効力感が向上しました。例えば、予算管理では財務計画の立案や予算執行の管理に対する自信が高まり、パフォーマンス評価では部下の業績を適切に評価する能力への確信が強まるといったイメージです。
この現象は「ピグマリオン効果」として知られる心理メカニズムで説明することができます。ピグマリオン効果とは、期待や信頼が人の行動や成果に変化をもたらす現象を指します。上司から「あなたは予算管理を適切に行える」「部下の評価を的確に判断できる」といった肯定的な期待を寄せられることで、管理職は自身の能力を信じられるようになります。
結果的に、管理職は自分の能力向上に積極的に取り組むようになり、管理スキルが向上していきます。例えば、予算管理に注意を払い、パフォーマンス評価に多くの時間を費やすようになります。上司からの期待と信頼が、行動の変化を通じて実際の能力向上につながるのです。
内発的動機を高めフィードバック探索を増やす
中国の16企業から得られた187チーム、819人の従業員を対象とした研究では、上司からの肯定的なフィードバックが、従業員の「フィードバック探索行動」を活発にすることが分かりました。この研究は3つの時間ポイントでデータを収集し、フィードバックがどのように従業員の行動変化につながるかを分析しています[4]。
研究で明らかになった興味深い点は、仕事の意義を感じることが、フィードバック探索行動を促進するメカニズムとして機能することです。上司から肯定的なフィードバックを受けた従業員は、自分の仕事が組織にとって価値があると認識するようになります。
例えば、「あなたの提案は顧客満足度の向上に貢献している」といったフィードバックを受けることで、従業員は自分の仕事が組織の目標達成に直接つながっていることを実感します。
仕事の意義の認識は、さらなる成長への意欲を生み出します。従業員は自分の仕事が価値あるものだと感じることで、その価値をさらに高めたいという内発的な動機を持つようになります。そうして、積極的に上司や同僚からフィードバックを求め、自己の改善に活かそうとする行動が増加するのです。
従業員のポジティブな性格特性が、この効果をさらに増幅させます。ポジティブな考え方をする従業員は、フィードバックを「学びの機会」として捉える傾向があります。上司からの肯定的なフィードバックを、さらなる成長のための情報源として認識します。あるいは、たとえ批判的なフィードバックであっても、それを「改善のためのヒント」として建設的に解釈することもできます。
このような従業員は、フィードバックを自分の成長に結びつける能力が高く、それを効果的に活用することができます。例えば、フィードバックから得られた情報を基に改善策を考え、それを実践に移すことができます。フィードバックを求める際も、具体的な質問をすることで、有用な情報を引き出すことができるのです。
褒めによってストレスの悪影響が緩和
地方自治体職員を対象とした2つの調査(第1調査:313人、第2調査:244人)では、上司からの褒め言葉がストレス軽減に及ぼす効果を分析しました[5]。心理的ストレスと従業員の行動意図(休職や退職など)の関係に、上司からの褒め言葉がどのように作用するかを検証しています。
分析結果は、上司から褒められる従業員は、職場でストレスを感じても、それが休職や退職といった行動に発展しにくいことを示しています。例えば、業務量が増加したり、困難な課題に直面したりしても、上司から「これまでの仕事ぶりを見ていれば、必ずやり遂げられる」といった励ましの言葉を受けることで、ストレス状況に対する耐性が高まるということです。
この効果が生まれる背景には、褒め言葉がもたらすポジティブな感情の働きがあります。褒められることで生まれる達成感や自己肯定感は、ストレスによって引き起こされる不安や焦りといったネガティブな感情を中和する効果があります。
これは、フレドリクソンの拡張・形成理論で説明される現象です。ポジティブな感情は、人の思考や行動のレパートリーを広げ、ストレス状況に対する柔軟な対処を可能にします。
上司の感情認識スキルは、褒め言葉の効果を調整する要因となります。感情認識スキルの高い上司は、従業員の心理状態を把握し、効果的なタイミングで褒め言葉をかけることができます。例えば、従業員が困難な課題に直面して自信を失いかけているときに、その従業員の過去の成功体験を挙げながら励ますことができるでしょう。
また、感情認識スキルの高い上司は、褒め言葉の内容も従業員の状況に合わせて修正することができます。「よくやっている」という表面的な褒め言葉ではなく、従業員の努力や成長を指摘し、それが組織にとってどのような価値があるのかを伝えることができます。的確な褒め方によって、従業員の自己効力感が高まり、ストレス状況での耐性が強化されます。
褒めには多面的な好影響がある
職場における褒め言葉の効果について、複数の研究知見を通じて、その多面的な影響力が見えてきました。研究が示すように、褒めることは従業員の心理状態や行動に幅広い好影響を及ぼします。
例えば、職場での関係的エネルギーを向上させ、建設的な意見や提案といった発言を促進し、業務に対する自己効力感を高め、仕事への内発的動機を強化して、職場でのストレスを効果的に緩和する効果があることが確認されています。
これらの効果は管理職層に対しても同様に機能します。管理職も上司から褒められることで、予算管理やパフォーマンス評価といった管理業務に対する自信が向上し、実際の能力向上につながっていきます。
褒め言葉の効果は、上司と従業員の関係性や、従業員の個人特性によって変化することも分かりました。普段の上司との関係が希薄な従業員ほど褒め言葉による効果が顕著に表れ、ポジティブな思考特性を持つ従業員ほどフィードバックを成長の機会として効果的に活用できます。
効果的な褒め方には、スキルと戦略が必要です。高い感情認識力を持つ上司による、適切なタイミングでの褒め言葉が効果的だとされています。褒める際は、4段階のアプローチが推奨されます。まず良い行動を説明し、その行動が良い理由を明確にし、理解度を確認し、最後に将来的なメリットについて言及するという流れです。
これらの研究知見は、職場における褒め言葉がコミュニケーションの手段を超えて、組織の生産性と従業員の幸福度を高めるための方法となり得ることを表しています。従業員一人一人の成長と組織全体の持続的な発展のために、褒めることの意義を認識し、効果的な褒め方の実践を推進していくことが重要になってくるでしょう。
脚注
[1] Zhu, C., Zhang, F., Ling, C.-D., and Xu, Y. (2023). Supervisor feedback, relational energy, and employee voice: The moderating role of leader-member exchange quality. The International Journal of Human Resource Management, 34(17), 3308-3335.
[2] Firdaus, F. H. (2015). Teacher praises and students’ engagement in EFL classroom: A case study of seventh grade students at one of junior high school in Bandung. Journal of English and Education, 3(2), 28-40.
[3] Reynolds, D. (2006). To what extent does performance-related feedback affect managers’ self-efficacy? Hospitality Management, 25(1), 54-68.
[4] Liu, S., Wang, J., and Wang, R. (2023). Transforming passive employee engagement into active engagement: Supervisor development feedback valences on feedback-seeking behavior. Psychological Reports.
[5] Bergin, A. J., and Jimmieson, N. L. (2020). The importance of supervisor emotion recognition for praise and recognition for employees with psychological strain. Anxiety, Stress, & Coping, 33(2), 148-164.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。