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コラム

「退屈」の制御を科学する:全員戦力化のための逆説的アプローチ(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、202412月にセミナー「『退屈』の制御を科学する:全員戦力化のための逆説的アプローチ」を開催しました。近年、「全社員型タレントマネジメント」が注目され、推進する企業が増えてきています。このアプローチでは、一部の優秀な社員だけでなく、ミドルパフォーマーを含めた全社員の戦力化に取り組みます。特に、ミドルパフォーマーやローパフォーマーの中には、仕事に退屈を感じて生産性が上がらない方も多く存在しており、退屈の原因を理解し、その対策を知ることはエンゲージメント向上と生産性の改善に繋がります。

本セミナーでは、退屈に関する研究知見を基に、退屈がどのように発生し、どのように影響を与えるのかを解説します。さらに、退屈の悪い面だけでなく、良い面にも焦点を当てることで、エンゲージメントの向上やバーンアウト(燃え尽き症候群)防止のための具体的な方法をご紹介します。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

退屈のメカニズム:個人に焦点を当てて

樋口:

3つのパートに分けて説明をしていきます。まず退屈の原因とは、次に退屈のネガティブ/ポジティブな影響について、そして退屈の制御について順にお話ししていきます。

ビジネスの現場で、「退屈」を感じたことがない方はいないのではないでしょうか。

こうした退屈を制御ができると、ワーク・エンゲイジメントが向上し、全員戦力化につながり、結果として生産性が向上します。

一方で、退屈を放置すると、ワーク・エンゲイジメントが低下し、それが欠勤、休職、離職につながり、結果として生産性が低下します。

いまや、一部の優秀者が頑張って会社を引っ張るというよりも、それも重要なのだけれども、平均的アベレージプレイヤーを含めて、全員が戦力化する人事施策が求められています。この理由と背景には、市場環境の変化と競争の激化、少子高齢化と労働力不足、そしてイノベーションの必要性、また従業員エンゲージメントの向上があります。

それでは本日は、退屈を制御して、全員戦力化を図るというテーマでお話を進めてまいります。

退屈の原因

まず退屈の原因から始めます。退屈はなぜ発生するのか、科学的知見でお話ししていきましょう。

そもそも「退屈」とは、どういう心理状態なのでしょうか。刺激が足りないから退屈を感じる、と単純に考えるかもしれませんが、実はもう少し複雑です。研究によれば、退屈は「一過性の感情状態」であり、「現在行っている活動に対して興味を持てない」という状況から生まれるものです[1]。つまり、刺激が不足しているわけではなく、今やっていること自体に興味が持てないために退屈が生じるのです。みなさんも興味がない活動に退屈を感じることがあると思います。

ここで、退屈を引き起こす原因についてお話ししましょう。退屈の原因は大きく4つに分けられます。まず一つ目は「タスクそのもの」。単純で繰り返しの作業です。いわゆるルーティンワークというもので事務仕事でよくあるものです。単純入力業務、書類の不備確認、文章のチェックなどです。

また、機械的な仕事も退屈を感じやすいです。例えば、工場のライン作業やコールセンターの電話オペレーター業務などは、集中力を保つのが難しく、退屈を感じやすいとされています。

ラインは常にベルトコンベアから流れてきますし、コールセンターは電話がひっきりなしにかかってくるので、本来忙しいはずなのですが、作業自体が単調、機械的であるがために、作業者としては退屈を感じやすいタスクとされます。

二つ目は「環境」。職場の環境や雰囲気も、退屈感に大きく影響します。例えば、閉鎖的でコミュニケーションが少ない環境では、どんなに興味深い仕事でも退屈に感じることがあります。私語厳禁、雑談が一切ない環境という職場もありますが、やはり退屈を感じやすくなる傾向があります。一方、オープンで活気のある環境では、同じ仕事でも退屈感は和らぐでしょう。

三つ目は「個人差」です。性格や性質の違いによって、退屈を感じやすい人とそうでない人がいます。例えば、外向的な人は単調な作業に飽きやすく、退屈を感じがちです。逆に、内向的な人は、一人で集中して行う作業に対して退屈を感じにくい傾向があります。MBTIという性格検査でいうと、外交的がExtraversion、内向的がIntroversionです。DISCでいうと外向的がInfluenceの感化型で、内向的がConscientiousnessの慎重型です。みなさんは退屈を感じやすい性格ですか。どうでしょうか。

そして四つ目が「人と状況の適合性」です。自分のスキルや性格と仕事がうまくマッチしていると、退屈を感じにくいと言われています。例えば、自分の得意分野や興味が活かせる仕事をしている場合、どんなに難しい仕事でもやりがいを感じやすく、退屈に感じることは少なくなるのです。具体的には細かい作業が苦手の人が、工場で検査の仕事に配置されたらば、退屈を感じエラーが多く発生することなどです。

退屈のネガティブ/ポジティブな影響

退屈の原因についてお話ししたところで、次に退屈のネガティブ/ポジティブな影響についてどんなものがあるかをご紹介していきます。

「仕事の退屈さと欠勤率の関係」についてお話しします。まず、米国南東部の製造工場で行われた研究についてお話しします[2]。この研究では、292人の労働者を対象に、仕事の退屈度と欠勤率、仕事満足度、勤続年数との関係が調査されました。結果は非常に興味深いもので、退屈を感じている人ほど欠勤率が高いことが明らかになったんです。つまり、退屈な仕事をしていると、どうしても仕事に対するモチベーションが下がってしまい、結果として休みがちになるということです。

さらに、退屈度が高い人は、仕事そのものに対する不満だけでなく、給与や昇進の機会、上司の監督、同僚との関係にも不満を感じやすいということが分かりました。退屈という感覚は、単に「つまらない」という感情だけでなく、仕事全体に対するネガティブな感情を引き起こす大きな要因になるんですね。

そしてもう一つ注目すべきポイントは、勤続年数が長い人ほど仕事を退屈だと感じているということです。普通は、長く働けばその仕事に慣れて、退屈を感じにくくなると思いがちですが、実際には逆なんです。長く同じ仕事を続けていると、刺激が少なくなり、覚醒レベルが低下することで、退屈感がどんどん増していくんですね。

これは一見すると矛盾しているように思えますが、同じ職務を長く繰り返すことで、新鮮味がなくなり、仕事に対する興味ややりがいを失ってしまうという現象が起こります。結果として、欠勤が増え、仕事に対する満足度も低下するという悪循環に陥るわけです。

もうひとつ「仕事の退屈さが職務満足度や組織コミットメントに与える影響」についてお話ししていきます。

まず、仕事の退屈とバーンアウト(燃え尽き症候群)、そしてワーク・エンゲイジメント(仕事への没頭度)との関係についてお話しします。ここで使うのは、仕事の要求度-資源モデル、いわゆるJD-Rモデルという理論です[3]。このモデルは、簡単に言えば「仕事が私たちにどれだけ負担をかけているか(仕事の要求)」と、「その仕事をやり遂げるためにどれだけ助けやサポートがあるか(仕事の資源)」という二つの要素をバランスよく見ていくというものです。

オランダで行われた大規模な調査では、6315人の従業員を対象に、職場でどれくらい退屈を感じているかが調査されました。興味深いことに、仕事の要求が高く、また仕事の資源が十分にあるときでも、退屈を感じるケースが多いという結果が得られたんです。意外に思われるかもしれませんが、仕事の要求や資源がバランスを欠いたときに、私たちは退屈を感じやすくなるんです。

つまり、仕事の負担が大きすぎたり、逆にサポートや成長の機会が不足していたりすると、バーンアウトのリスクが高まりますが、それと同時に「何をやっても面白くない」「やる気が出ない」という退屈感が強くなってしまうんですね。この退屈感、実はただの感情だけにとどまらず、仕事の成果に大きな影響を与えることがわかっています。

さらに、この研究では「仕事の退屈さは、職務満足度や組織コミットメントを低下させる」ということも明らかにされています。退屈だと感じている従業員は、仕事に対しての満足度が低く、職場への愛着や忠誠心も薄れていくということです。退屈な仕事に飽きてしまうと、どうしても「この仕事に意味があるのかな?」とか「他にもっといい仕事があるかも」と考え始めてしまいますよね。その結果、離職を考える傾向が強まるというわけです。

「仕事の退屈さが健康に与える影響」についてお話しします。まず、フィンランドで行われた大規模な調査についてご紹介します[4]。この調査では、農業、製造、運輸、情報通信、金融、教育など、さまざまな産業に従事する11,468人の従業員を対象に、仕事の退屈さがどんな影響を与えているのかを調べました。興味深いことに、特に運輸業や製造業、芸術・レクリエーションの分野で働く従業員が、他の業界に比べて「仕事が退屈だ」と感じることが多いという結果が出ています。

特にブルーカラーと呼ばれる業界、つまり運輸業や製造業では、単調な作業や繰り返しの作業が多く、これが退屈感を強めているんですね。さらに芸術やレクリエーションといった、一見するとクリエイティブな分野でも退屈を感じる従業員が多いという結果は、意外かもしれません。これらの職場では、表面的には刺激的に見えても、仕事の意義ややりがいが欠けていると感じることが、退屈感に繋がることがあるんです。

では、退屈を感じるとどんな影響があるのでしょうか?この調査によれば、仕事の退屈さは、単に「飽きた」「つまらない」という感覚だけでは済まされないんです。退屈感が高まると、従業員はストレスを感じやすくなり、健康状態が悪化することがわかっています。たとえば、頭痛や肩こり、不眠といった身体的な症状に加え、精神的にも落ち込んだり、イライラしたりといったストレス症状が増加するんですね。

さらに、退屈感は仕事に対する満足度を下げ、離職意向、つまり「もうこの仕事を辞めたい」という気持ちを強める原因にもなります。退屈だと感じる職場に長くいたくはないですよね。早期退職の意向が高まることも、この研究で明らかにされています。

さて、ここで退屈感がどのように健康や感情に影響するかを説明するために、感情的なウェルビーイング・モデルという理論が使われています[5]。このモデルでは、私たちの感情状態を「不安楽しみ」「心配満足」「抑うつ熱中」「覚醒」という4つの軸で捉えます。そして、退屈感は「抑うつ側」に位置しているんです。つまり、退屈な仕事を続けることで、私たちの感情は次第に落ち込みやすくなり、逆に仕事に熱中しているときとは真逆の状態になるということです。

退屈は、このワーク・エンゲイジメントの対極にある状態なんです。熱中して仕事をしているときは、生き生きとしている感覚がありますよね。でも、退屈を感じていると、どんどんエネルギーが奪われていき、やがてバーンアウト、つまり燃え尽きてしまう可能性も高くなるんです。

まとめると、退屈感というのは、単なる「つまらない」という一時的な感情だけではなく、長期的には従業員の健康や職場でのパフォーマンスに深刻な影響を及ぼす可能性があるということです。退屈感を軽視していると、知らぬ間に従業員の健康が蝕まれ、結果的には企業の生産性にも影響が出ることがあるんですね。

「退屈がポジティブな結果をもたらす可能性」についてお話ししたいと思います。最近の研究では、この「退屈」が意外にもポジティブな結果を引き起こす可能性があるということがわかってきました。

まず、イギリスで行われたある実験を紹介しましょう[6]。この実験では、80人の参加者に、非常に退屈な作業をしてもらいました。電話番号をコピーする筆記活動、もしくは退屈な読書をしてもらった後、創造的な課題に取り組んでもらいました。結果は、退屈な作業をした後の方が、創造的なアイデアをより多く、かつ質の高いものを生み出したんです。そして、特に「読書」の退屈さが創造性に最もポジティブな影響を与えることがわかりました。

この結果、ちょっと驚きませんか?退屈だと感じている時間が、ただ無駄なものではなく、創造力を引き出す時間になっている可能性があるんです。私たちが通常「ネガティブ」だと捉えている退屈な時間が、実は新しいアイデアを生み出すための「準備期間」になっているのかもしれません。

さて、ここで少し立ち止まって考えてみましょう。職場や日常生活で、私たちは「退屈な時間」を避けようとしがちですよね。忙しいスケジュールを詰め込み、常に何かに集中している状態が「良いこと」だと思いがちです。でも、この研究結果を見る限り、少し退屈な時間を設けることが、実は新しい発想やアイデアを生み出すために役立つ可能性があるということです。

具体的に職場でどう活かせるかというと、例えば、従業員がちょっとした「暇な時間」を持てるようにすることです。会議と会議の合間に少し余裕を持たせたり、意図的に単調な作業を組み込んでみることもいいかもしれません。もちろん、これは仕事全体が退屈になるというわけではなく、アイデアが湧きやすくなるための「クリエイティブな余白」を作るイメージですね。退屈な時間をただの「つまらない時間」と捉えるのではなく、「アイデアを生み出す準備の時間」と考えてみてください。職場でも、日常生活でも、少しの退屈をうまく使って、創造力を引き出していきましょう。

118日(金)にNHKでやっていたニュース[7]をみたのですが、ぼーっとする大会。

その名の通り「何もせずにぼーっとする」ことを競うユニークな大会です。大阪市内で行われたこの大会には、10代から50代までの27人が参加し、60分間何もしないことに挑戦しました。大会のルールは、スマホの使用や居眠りは禁止。審査は「ぼーっとする姿勢」と「心拍数の安定」の2つで評価されます。

この大会の意義について、主催者は、「タイムパフォーマンス(タイパ)」が求められる現代において、「何もしないこと」の価値が重要だと話します。特に、情報にあふれる社会で心に余白を持つことが、幸せにつながると考え、この大会を企画したそうです。

参加の動機にどんなものがあったかというと、仕事や日常の疲れを癒すため、日々のストレスを感じてぼーっとすることに興味を持った、ぼーっとすることで頭がリセットされ冷静に仕事に取り組めるようになった経験がある、などがありました。

この大会を通して、忙しさに追われる日々の中で「何もしないこと」の価値を見つめ直し、心に余裕を持つことの大切さを改めて実感しました。というようなニュースでした。

退屈の制御

最後に退屈の制御についてお話をしてまとめていきます。

退屈の制御について、退屈がパフォーマンスにどのような影響を与えるか、これを理解するために「退屈影響図」というフレームワークをご紹介します[8]。退屈影響図は、退屈を感じやすい環境や、仕事量が少なく負荷の低い状況が、私たちの警戒心や注意力、さらにはタスク遂行能力にどのような影響を与えるかをシステム的に捉えたものです。

例えば鉄道運転士やトラック運転士のような職種では、長時間同じような風景の中で同じ作業を繰り返すため、退屈に耐える時間が長くなります。そのため、こうした方々はよく運転中にラジオを聴いたり、同僚と話したり、あるいはカフェインを摂取して気を紛らわせようとするんですね。しかし、どれだけ工夫をしても、完全に退屈を避けることは難しく、注意力の低下や疲労は避けられません。

そして、皆さんも一度は経験されたことがあるかもしれませんが、疲労が溜まるとどうしても反応が遅くなったり、判断力が鈍ったりしますよね。これが、特に重要な仕事やミッションを遂行しているときには、非常に大きな問題になります。例えば、無人航空機の操縦士など、長時間にわたるミッションを行う職種では、退屈だけでなく、疲労も非常に高くなり、反応速度の低下や、複雑なタスクの遂行に支障をきたすことが確認されています。

車の運転や機械操作など、集中力が求められる仕事において、退屈は「大敵」です。一見単純な作業でも、少しの注意散漫が大きな事故やミスにつながることがあります。そのため、いかにして退屈と上手く付き合い、注意力や警戒心を保つかが重要になります。

最後に皆さんと一緒に「退屈をどのようにうまく乗り越えるか」について考えてみたいと思います。

退屈を感じたとき、どのようにしてこの感情に対処すればいいのでしょうか?ここで考えたいのは、退屈そのものを「避ける」というより、どう「活かすか」という視点です。例えば、ジョブ・ローテーションやジョブ・エンリッチメントといった手法が効果的です。

ジョブ・ローテーションとは、従業員を定期的に異なる仕事に異動させることです。例えば、違う部署に異動して新しいスキルを学んだり、新たなプロジェクトに取り組んだりすることで、仕事に対するモチベーションが再び高まります。

また、ジョブ・エンリッチメントも重要な手法です。これは、現在の仕事に対して新たな責任や権限を与え、従業員が自分の仕事に対してより大きな裁量を持てるようにすることです。例えば、ただのデータ入力作業をしている社員に、データの分析や報告書の作成まで任せることで、仕事に対するやりがいや充実感が生まれ、退屈を感じにくくなります。

さらに、「ジョブ・クラフティング」も有効な手法です。これは、従業員が自ら仕事の内容ややり方を工夫することです。例えば、ルーティンワークに飽きてしまった場合、自分で新しいプロジェクトを提案してみたり、仕事のやり方を変えてみたりすることで、退屈を乗り越えることができます。また、他の部門との交流を増やしたり、自分の業務を他の業務と結びつけて新しい視点で仕事を進めることで、仕事へのモチベーションを高めることも可能です。

次に、JD-Rモデルについても触れておきたいと思います。このモデルでは、仕事の要求度と仕事の資源のバランスが重要だとされています。具体的には、上司や同僚のサポートを得られる環境、仕事に対する裁量権の拡大、自己成長につながるチャレンジが与えられている環境を整えることが、退屈を感じにくくするポイントになります。

また、退屈はただのネガティブな感情ではなく、創造性や新しいアイデアを生み出す契機になることもあります。退屈を感じたとき、それをきっかけにして「何か新しいことを始めてみよう」と前向きに捉えることができれば、自己成長にもつながります。

退屈を感じるメカニズムを理解することは重要です。個人にとっては、退屈に対して職務に工夫を凝らし、新しい業務に挑戦することが、退屈にうまく対処する鍵となります。組織の管理者にとっては、仕事の資源を充実させ要求を高めること、創意工夫を促す環境を整えることが、退屈に対処する効果的な方策といえます。皆さんも、ぜひ日々の業務において、少しでも退屈を感じたら、それをチャンスとして活用する方法を探してみてください。退屈をうまく活用すれば、仕事はもっと面白くなるはずです。

他者との関わりが退屈に及ぼす影響

個別配慮が退屈を低減する

藤井:

まず1つ目に、個別配慮が退屈感を軽減するということについてお話します。ここでは、退屈に関する研究知見をもとに、その要因と個別配慮の重要性について説明します。

変革型リーダーシップの中核的要素の1つである個別配慮に注目した研究があります。個別配慮とは、リーダーが従業員1人ひとりを個別のニーズや能力を持つ存在として扱い、それに応じたサポートを行うことを指します。この研究では、仕事の要求や資源が従業員の不快感や精神的な健康、仕事満足度にどのように影響するかを、退屈感との関係性から検討しました。

小売業の従業員を対象に調査が行われました。その結果、変革型リーダーシップの個別配慮が従業員の退屈感を軽減し、不快感や精神的不健康を抑える効果があることが示されました。また、個別配慮は従業員のワークエンゲージメントを高め、それに伴い仕事満足度も向上することが確認されています[9]

このように、リーダーが個別のニーズに配慮することで、従業員が感じる退屈感が減り、それに伴い不快感の軽減や仕事満足度の向上に繋がることが明らかになりました。

また、学習機会の不足についての調査結果をご紹介します。学習機会が不足していると、従業員は「意味のない業務に従事している」という感覚を抱きやすくなり、それが退屈感を増す原因になることが示されています。この退屈感は、精神的な負担ややる気の低下を招き、最終的には仕事満足度の低下に繋がる可能性があります。

さらに、学習機会が乏しい環境では、従業員が仕事に対して魅力を感じにくくなるため、ワークエンゲージメントや仕事満足度が低下し、日常業務へのモチベーションや目標達成意識の低下を引き起こすこともわかっています。特に、反復的な作業や創造性を必要としない仕事環境では、学習機会の不足が退屈感を一層増加させることを示しています。

こうした状況において、個別配慮が果たす役割が改めて重要視されます。学習機会が不足している場合でも、リーダーが従業員1人ひとりの成長や発展を支援するような個別配慮を行うことで、退屈感の悪影響を緩和できることがわかっています。つまり、学習機会の不足が引き起こすネガティブな影響を、個別配慮が補う形で緩和し、仕事へのポジティブな関与を引き出す効果があるのです。

まとめると、学習機会が不足している組織環境では、退屈感が増加しやすく、それが一連のネガティブな影響を引き起こすリスクがあります。この対策として、リーダーシップの向上が挙げられます。特に、変革型リーダーシップの育成を目的とした研修や、従業員への定期的な聞き取り調査を通じて、個別配慮を実践することが効果的です。これにより、退屈感の軽減だけでなく、ワークエンゲージメントの促進や仕事満足感の向上にも繋げていくことが期待されます。

退屈の増加/減少は他者による

続いて2つ目の観点として、退屈感の増減が他者の影響によって変わるという話題です[10]。職場における退屈感が、周囲の人々や環境によってどのように影響を受けるかについて、3つの要素に分けて説明します。

物理的・社会的な刺激

まず1つ目は、物理的・社会的な刺激です。私たちは目の前に他者がいると、その人の存在を意識したり、自分の行動がどのように見られているかを気にする傾向があります。このように、他者が周囲にいることは、社会的な刺激となり、退屈感を軽減する効果を持つ場合があります。例えば、他者の存在は覚醒水準を高めるとされており、特に単純作業においては、他者が見ていることで作業速度が向上するという知見があります。

一方で、孤独な状況は退屈を引き起こしやすく、他者との交流がない仕事環境では退屈感が増大しやすいことが示されています。ただし、他者がいることが常に退屈感を軽減するとは限りません。例えば、関わる相手が興味のない話ばかりをしてきたり、友好的でない態度で関わってきたりすると、逆に退屈感が増してしまうでしょう。このような関わり方は、退屈感の悪影響を深刻化させる可能性があります。そのため、適切な関わり方やお互いの相性も重要です。

退屈の伝染

次の要素は、退屈の伝染です。職場で従業員が「この作業は退屈だ」といった発言をすることで、それを聞いた他の従業員も同じように退屈を感じる可能性があります。このようなネガティブな感覚が職場内で共有されていくことで、業務に対する退屈感の認識が集団全体に伝染してしまうことが考えられます。このような状況は放置せず、早期に対処することが重要です。

一方で、退屈感だけでなく、ポジティブな感覚についても同様にメンバー感で伝染するという側面があります。例えば、上司や同僚がタスクの良い面や意味合いを積極的に共有し、「このタスクを達成すれば、次にもっと重要な仕事を任される」といった形で、ポジティブな観点が広まる可能性もあるのです。仕事に前向きになれるような情報や意見を共有することで、職場内にポジティブな感覚が伝わり、退屈感の軽減に繋がることが期待されます。

職場設計と同僚との交流

最後の要素は、職場設計と同僚との交流です。同僚と交流ができる職場環境は、退屈感を軽減する効果があります。ただし、交流そのものが楽しいものであることが重要です。興味深い会話や役に立つ情報を提供し合える関係性がある場合、こうした交流が刺激となり、退屈感の軽減に寄与します。

一方で、嫌な関わり方や退屈な話題が続く場合は、逆に退屈感が増してしまいます。そのため、職場では、新しい情報やためになる話題を提供できるような関わり方を促進することが大切です。

職場における他者との関わりは、退屈感を増幅させる場合もあれば、軽減させる場合もあります。対策としては、肯定的で建設的な意見や情報を積極的に共有し、互いに刺激を与え合う関係を築くことが重要です。また、ポジティブな交流を促進する場を設けたり、新しいアイデアが生まれた経験をロールモデルとして紹介したりするといった取り組みも役に立つでしょう。

内集団・外集団の認識に影響する

続いて3つ目の観点として、退屈という感情が、自分が所属する集団や他の集団に対する認識にどのような影響を与えるのかを解説します[11]

ここで「内集団」とは、個人が心理的な一体感や帰属意識を持つ集団を指します。「自分はこのチームの一員だ」と感じているような集団です。一方で、「外集団」はその内集団の外側にある、自分が所属意識を持たない集団を指します。例えば、職場で自分が所属する部署に対して内集団に対する意識を持っている人にとっては、他の部署が外集団のように認識されている可能性があります。

続いて、退屈の状態について少し考えてみたいと思います。退屈は「意味を喪失」した状態と捉えることができます。このような状況は個人に不安や不快感を生み出し、その状況から抜け出そうとする行動を促します。例えば、退屈なときに自ら行動を起こしたり、周囲の人に話しかけたりすることがあるのは、このような心理的動機が働いていると考えられます。

退屈感を感じると、人は自分の存在意義や価値を再構築しようとします。その際に、自分が所属する内集団から価値や意味を見出そうとする傾向が強まります。具体的には、内集団が大切にしている価値観やシンボルを通じて、退屈感で失われた意味を補おうとします。この結果、内集団の価値観を高く評価し、重要視するといったことが起きると考えられるのです。

この現象を検証した研究があります。この研究では、退屈な状況に置かれた参加者に対し、内集団(自国)や外集団(他国)に関する評価を尋ねました。具体的には、アイルランド人の参加者を対象に、アイルランド風の名前と外国風の名前のどちらを好むかを質問したところ、退屈な状況にある参加者はアイルランド風の名前をより好む傾向を示しました。

また、アイルランド人を傷つけた加害者に対して、適切な刑罰を決めるという仮想場面では、加害者が外国人である場合に、アイルランド人である場合と比べて厳しい刑罰を求める傾向が見られました。これらの結果は、退屈感が内集団をより好む意識を高め、外集団に対して否定的な評価を促進することを示唆しています。

退屈感が内集団の価値観を高めることは、一見すると良いことのように思えますが、いくつかの注意点があります。特に、内集団への依存が強まりすぎると、外集団に対して否定的な感情や敵対心を抱きやすくなる可能性があります。組織内では、チームや部署ごとの対立を助長する恐れがあり、これが組織全体の協力関係に悪影響を与えることがあります。

こうした問題を防ぐためには、内集団と外集団の境界を明確にしすぎないことが重要です。例えば、部署間やチーム間の壁を取り払うような横断的なプロジェクトを推進し、メンバー同士が多方面で関わり合う機会を増やすことが効果的です。これにより、相互理解が深まり、内集団と外集団の固定化や対立が緩和されます。また、こうした環境づくりは、退屈感を低減し、組織全体の協力体制を強化することにも繋がります。

退屈感は、内集団をより高く評価し、外集団に対して否定的な認識を持つ要因となり得ます。組織としては、こうした偏りがチーム間や部署間の対立を助長しないようにすることが重要です。横断的なプロジェクトの推進や、メンバー間の多角的な交流の機会を提供することで、内集団偏重の弊害を防ぎつつ、組織全体の協力を促進することが可能となるでしょう。

退屈はメンバー間で伝染する

最後に4つ目の観点として、感情や態度が他者に無意識的に伝播し、同じ感情状態を共有する現象に注目します。この現象は「感情伝染」と呼ばれ、職場での退屈感が広がるメカニズムの一つです[12]

退屈という感情は、特に組織内で停滞した雰囲気がある場合に伝染しやすいと言われています。退屈感の本質は、「意味」や「刺激」の不足にあり、職場で見られる様子としては、仕事への興味喪失やタスクに対する消極的な振る舞いが挙げられます。

退屈感を感じている人は、意図せず不快な表情や態度を表に出してしまうことがあります。その表情や態度を見た周囲の人々は、それを受け取って同じように退屈感を抱く可能性が高まります。この現象は「社会的伝播」とも呼ばれ、退屈感が職場全体に広がる原因となります。特に、退屈感を感じる人が多い環境では、こうした感情伝染が一層起こりやすくなることが指摘されています。

小規模な集団においては、作業や活動の目的や意味が共有されている場合には、退屈感の伝染は比較的起きにくいとされています。しかし、メンバー間で目的や意味が共有されていない場合には、退屈感が伝染しやすいことが分かっています。

また、孤立状態で働くよりも、社会的なグループの中で働く場合には退屈感が軽減される傾向があります。これに関して、興味深い事例として、「バナナタイム」という逸話があります。

ある職場で、従業員が特定の時間にバナナを食べて休憩するという習慣を持つようになりました。その習慣がいつしか職場のメンバーにも共通認識として共有され、皆がタイミングで休憩に入るようになりました。そこで従業員間のコミュニケーションが生まれ、退屈感が軽減され、職場に活気が生まれたという事例です。

退屈感は従業員の離職意図や生産性にも影響を及ぼします。ある研究では、学生の問題行動が教師の退屈感に影響を与えることが示されました[13]。教師が本来の教育活動ではなく、学生の問題行動への対応に追われると、自分の仕事に意味を見出しにくくなり、退屈感が生まれるという結果です。この退屈感は、モチベーションの低下や離職意図の増加につながるとされています。

これは企業の職場でも同様のことが起こり得ます。部下が問題行動を起こした場合、上司はその対応に追われ、本来の業務に集中できなくなることで退屈感を感じる可能性があります。この退屈感が上司の態度や行動に現れ、それを見た職場の他のメンバーが同様に退屈感を抱くという連鎖が生じることがあるということです。

退屈感は無意識のうちにメンバー間で伝染し、職場全体の雰囲気や生産性に大きな影響を与える可能性があります。この連鎖を防ぐためには、リーダーへのサポートやメンバー間の建設的な交流を促進することが重要です。また、職場全体で共通の意識や意味を共有できる仕組みを導入することで、退屈感の発生や伝播を効果的に防ぐことが期待されます。

Q&A

Q:退屈への個別配慮について具体的な例をあげていただけますか。

樋口:

リーダーが11人に個別配慮することが挙げられます。具体的には、タスクのアサインメントでマルチタスクをお願いしたり、仕事の内容を変化させたりすることがあります。また、プロジェクトにアサインメントして担当してもらう、あるいは企画業務を担当してもらうといった工夫も考えられます。

さらに、休憩時間の取り方、頻度、タイミングについて配慮し、その際にチームの同僚と雑談をする場を設けることも含まれます。このような個別のニーズに配慮することで、退屈を感じやすい仕事を避け、より意義を感じられる仕事に就くことが可能になると考えられます。

Q:退屈感を感じているかどうかは本人に直接聞いたり、行動や態度を見ること以外に把握する方法はありますか。

藤井:

1つの指標として、従業員間のコミュニケーション頻度が役に立つ場合があります。退屈感が職場で蔓延している場合、従業員の間でのコミュニケーション頻度が低下することがあるためです。

また、エンゲージメントサーベイなどで様々な指標のデータがある場合、学術的に退屈感との関連が示唆されている指標を確認することで手掛かりとなる場合があります。

脚注

[1] Fisher, C. D. (1993). Boredom at Work: A Neglected Concept. Human Relations, 46(3), 395-417.

[2] Kass, S. J., Vodanovich, S. J., & Callender, A. (2001). State-trait boredom: Relationship to absenteeism, tenure, and job satisfaction. Journal of business and psychology, 16, 317-327.

[3] Demerouti, E., Bakker, A. B., Nachreiner, F., & Schaufeli, W. B. (2001). The job demands-resources model of burnout. Journal of Applied psychology, 86(3), 499-512.

[4] Harju, L., Hakanen, J. J., & Schaufeli, W. B. (2014). Job boredom and its correlates in 87 Finnish organizations. Journal of occupational and environmental medicine, 56(9), 911-918.

[5] 同注4

[6] Mann, S., & Cadman, R. (2014). Does being bored make us more creative?. Creativity Research Journal, 26(2), 165-173.

[7] NHK 「あえて“ぼーっと”してみたら」 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241018/k10014606561000.html

[8] Cummings, M. L., Gao, F., & Thornburg, K. M. (2016). Boredom in the workplace: A new look at an old problem. Human factors, 58(2), 279-300.

[9] Guglielmi, D., Simbula, S., Mazzetti, G., Tabanelli, M. C., & Bonfiglioli, R. (2013). When the job is boring The role of boredom in organizational contexts. Work, 45(3), 311-322.

[10] 同注1

[11] Van Tilburg, W. A., & Igou, E. R. (2011). On boredom and social identity: A pragmatic meaning-regulation approach. Personality and Social Psychology Bulletin, 37(12), 1679-1691.

[12] Barbalet, J. M. (1999). Boredom and social meaning. The British journal of sociology, 50(4), 631-646.

[13] Teng, M., Hassan, Z., Kasa, M., Bandar, N. F. A., Ahmad, R., & Nor, N. N. M. (2017). THE RELATIONSHIP BETWEEN WORKLOAD AND STUDENTS’DISRUPTIVE BEHAVIOURS WITH TURNOVER INTENTION AMONG ACADEMICIANS OF PRIVATE HIGHER EDUCATION INSTITUTIONS: BOREDOM AT WORKPLACE AS MEDIATOR. International Journal of Business and Society, 18(S4), 828-837.


登壇者

藤井 貴之 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。

 

 

 

 

樋口 知比呂 株式会社ビジネスリサーチラボ コンサルティングフェロー
博士(人間科学)×人事専門家×キャリコン。アカデミック経歴は、立命館大学大学院博士課程修了 Ph.D(人間科学)、カリフォルニア州立大学MBA、早稲田大学政治経済学部卒。UCLA HR Certificate取得。研究テーマは、ワーク・エンゲイジメント、従業員エンゲージメント、モチベーション。従業員エンゲージメントに関する研究論文で人材育成学会奨励賞受賞。職業経歴は、通信会社で人事担当者、コンサルティングファームで人事コンサルタント/シニアマネージャー、銀行で人事部長を含む役席者を経て、2021年よりFWD生命にて執行役員兼CHROを務める。人事専門家として20年超の実務経験を有する。国家資格キャリアコンサルタント。

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