2025年1月29日
“褒め”が空回りするとき:人材育成に効く褒め方
職業生活において、褒めることは相手を励まし、モチベーションを高める方法だと考えられています。職場においても、褒め言葉は意欲や業務への取り組みを促進する手段として広く用いられています。しかし、褒め方によっては期待する効果が得られないどころか、逆効果になることもあります。
学術研究では、褒め言葉の内容や文脈によって、受け手の反応が異なることが明らかになっています。例えば、能力を褒めることは一時的な満足感をもたらすかもしれませんが、失敗時のネガティブ感情を増幅させる可能性があります。また、簡単なタスクに対する過度な褒め言葉は、かえって受け手の自己評価を低下させることもあります。
褒め方の複雑な効果を理解することは重要です。特に、職場における褒め言葉の影響が、従来考えられていたよりも複雑であることが分かってきました。単純な「褒めれば良い」という考え方では、期待する効果が得られないばかりか、むしろ逆効果をもたらす可能性があります。
さらに、褒め言葉の効果は、受け手の性格や経験によっても異なります。同じ褒め方でも、ある人には効果的に働き、別の人には否定的な影響を与えることがあります。このような個人差を理解することが、効果的なフィードバックを行う上で不可欠です。
本コラムでは、褒め方に関する研究知見を紹介しながら、どのような褒め方が効果的であり、どのような褒め方が避けるべきなのかを検討します。特に、職場におけるフィードバックの実践に焦点を当て、いくつかの指針を提供することを目指します。
一度成功しても能力褒めは逆効果
英語学習の場面で実施された研究では、学生の成功に対する褒め方が、その後の学習意欲や成果に関係があることが分かりました。学生たちにクロスワードパズルを解いてもらい、その際のフィードバックの違いによって、学生の反応がどのように変化するかを観察しました[1]。
実験では、単語(例えば「egg」や「cake」といった英単語)を埋めるシンプルなクロスワードパズルが用いられました。参加者は、事前テストとしてこのパズルを解き、その解答時間が測定されました。その後、参加者は二つのグループに分けられ、異なる条件でパズルに取り組みました。
一つ目のグループには、誰でも解けるような簡単なパズルが提供されました。二つ目のグループには、解答が難しく設計されたパズルが与えられました。この時、教師役の実験者は、成功した学生に対して「素晴らしい」「あなたは本当に賢い」「とても速く解けました」といった、その学生の能力や才能を直接的に褒める言葉をかけました。
一方、失敗した学生に対しては「このような問題が得意な人もいれば、そうでない人もいるものです」といった、個人間の能力の差を強調するような言葉がかけられました。
実験の結果、簡単なパズルを解いたグループの学生は、その後のパフォーマンスが向上しました。事前テストでは平均32.01秒かかっていた解答時間が、事後テストでは22.15秒まで短縮されました。これは約31%もの時間短縮を意味し、学習効果が十分に得られたことを示しています。
一方、解けないパズルを与えられたグループの学生は、パフォーマンスの向上がほとんど見られませんでした。事前テストでの平均解答時間は28.07秒でしたが、事後テストでは26.90秒と、わずかな改善に留まりました。
人物褒めは失敗後の反応に悪影響
イギリスの研究チームは、学習時における褒め方の効果をさらに調査しました[2]。研究で注目されたのは、三つの異なるフィードバック方法です。
「人物褒め」は「あなたは賢い子です」のように、その人の特性や能力を直接的に褒める方法です。「プロセス褒め」は「よく考えて取り組みました」のように、努力や過程を評価する方法です。そして「褒めなし」は、結果だけを伝える客観的なフィードバック方法です。
研究チームは、これらの異なる褒め方が、特に失敗を経験した後の反応にどのような違いをもたらすのかを検証しました。
結果、人物褒めを受けた参加者には変化が見られました。失敗を経験した後、参加者は自分の能力に対する評価を下げ、「自分はダメな人間だ」のように、否定的な感情を抱くようになりました。また、「次は上手くいくかもしれない」という期待感も低下し、新しい課題に挑戦する意欲も失われてしまいました。
対照的に、プロセス褒めを受けた参加者や褒めを受けなかった参加者は、失敗後も比較的安定した反応を示しました。これらのグループでは、失敗後の自己評価の低下が抑えられ、次の課題への意欲も一定の減少に留まりました。
注目したいのは、プロセス褒めと褒めなしの条件の間に有意差が見られなかった点です。これは、必ずしも褒める必要がない場面があることを示唆しています。
人物褒めを受けると、その人は自分の能力を固定的な特性として捉えるようになります。「能力は生まれつきのもので、変化させることはできない」という考え方が強化されるのです。
この思考パターンが形成されると、失敗は「自分の能力の限界」を示すものとして受け止められ、結果、失敗に対する耐性が低下してしまいます。一度失敗を経験すると、「これが自分の限界だ」と諦めてしまい、再挑戦する意欲も失われてしまうのです。
個人褒めは失敗後に羞恥心が増加
自己肯定感が低い子どもに対する褒め方の調査において、興味深い発見がありました。357名の親を対象とした調査で、自己肯定感の低い子どもに対しては、「あなたはとても素晴らしい」「あなたは特別な才能を持っている」といった個人としての特性を褒める言葉がけが頻繁に行われていることが判明しました[3]。この傾向は、自己肯定感が高い子どもに対する場合と比べて顕著でした。
自己肯定感の低い子どもは、しばしば「自分はダメな人間だ」「自分には価値がない」といった否定的な思考に悩まされています。そうした子どもを見る親は、子どもの自信を取り戻させたいと考え、その子どもの価値や才能を直接的に認める言葉をかけようとします。これは、子どもに寄り添おうとする自然な反応だと言えます。
しかし、個人褒めは、意図せぬ結果をもたらしました。失敗を経験した際、個人褒めを多く受けていた子どもたちは、羞恥心を感じるようになったのです。実験では、失敗後の羞恥心を測定する心理テストのスコアが、他の子どもたちと比べて高くなることが分かりました。
個人褒めを多く受けた子どもは、自分の行動や結果を「自分という人間の価値」と結びつけて考えるようになります。そのため、失敗を経験すると「これは自分という人間が価値のない証拠だ」という思考に陥りやすくなります。失敗が、自分の本質的な価値を否定するものとして受け止められてしまうのです。
一方、プロセス褒めを受けた子どもたちは、異なる反応を示しました。「よく考えた」「頑張って取り組んだ」といった、努力や過程を評価する言葉を受けた子どもたちは、失敗を「努力が足りなかった」「次はもっと工夫が必要だ」といった、改善可能な要因として捉えます。そのため、失敗後の羞恥心は比較的軽度に抑えられ、自己否定的な感情も生じにくくなりました。
上司の褒めによる効果は二面性あり
職場における上司からの褒め言葉の効果については、二面性が観察されました。ポジティブな側面として、褒め言葉は新入社員の業務への取り組み意欲を向上させることが分かりました[4]。
この効果は、特に内発的動機づけの高い新入社員において顕著でした。内発的動機づけとは、外部からの報酬や評価ではなく、仕事そのものへの興味や達成感から生まれる動機づけを指します。上司からの褒め言葉を受けると、自分の成長や技能向上への意欲が強まるのです。
上司からの褒め言葉は、単なる評価以上の意味を持ちます。それは「あなたの能力を認めている」「あなたに期待している」というメッセージとして受け取られ、新入社員の自信と意欲を高めます。結果、新しい業務にも積極的に挑戦しようとする姿勢が生まれ、業務上の創意工夫も増加します。
しかし、褒め言葉には注意すべき負の側面もありました。過度な褒め言葉は、新入社員に過剰な自信をもたらし、時として慢心を引き起こす結果となりました。調査では、頻繁に褒められた新入社員が、自分の能力や知識を過大評価する傾向を示しました。
この過信は、特に情報収集行動に影響を及ぼしました。過信状態に陥った新入社員は、「自分は既に十分な知識を持っている」「もう学ぶ必要はない」という思い込みを強めました。その結果、先輩社員への質問や相談が減少し、新しい情報を収集しようとする行動も低下しました。
簡単なタスクを褒めると逆効果
タスクの難易度と褒め方の関係について、示唆的な発見がありました。実験では、簡単な算数の問題に対して褒め言葉を与えた場合、生徒はそれを「教師が自分の能力を低く評価している」というサインとして受け取ることが明らかになりました[5]。
例えば、「すごい」「素晴らしい」「よくできました」といった褒め言葉を受けた生徒は、「教師は自分の実力を低く見ているのではないか」という疑念を抱くようになるのです。
簡単な問題の場合、その成功が本来の能力の高さを示す指標とはならないという認識が働きます。一般的に、簡単な課題は基本的な能力があれば誰でも達成できるものと考えられています。そのような課題に対して褒め言葉を受けると、「なぜこんな簡単なことでそこまで褒めるのだろう」という疑問が生じ、「自分は特別な努力をしないとできない人間だと思われているのではないか」という解釈につながってしまうのです。
これは生徒の自己評価にも影響を与え、「自分は能力が低いから、簡単なことでも特別に褒められる」という認識を形成させることにつながります。このような認識を持つと、その後の学習意欲が低下します。
他方で、難しい問題に挑戦して失敗した際に受ける批判的なフィードバックは、異なる心理的効果をもたらすことが分かりました。「教師は自分の潜在能力を高く評価してくれている」と受け止めるのです。
難しい課題に対する批判は、「能力があるのに、それを十分に発揮できていない」という評価として解釈されます。教師が「あなたにはもっと高い能力がある」と信じているからこそ、現状の結果に満足せず、より良い成果を求めているのだと理解されます。
職場における褒め方に対する含意
これらの研究から、職場における褒め方に関する含意が導き出されます。効果的な褒め方は、組織の生産性と個人の成長に影響を与える重要なマネジメントスキルと言えます。
第一に、メンバーを褒める際には、その人の特性や能力を褒めるのではなく、行動やプロセスに焦点を当てることが賢明です。これによって、失敗時のネガティブな感情を軽減し、継続的な成長を支援することができます。例えば、「あなたは優秀だ」という表現よりも、「この課題で示した分析が良かった」といった具体的な評価の方が良いのです。
第二に、タスクの難易度に応じて褒め方を調整することが求められます。簡単なタスクに対しては過度な褒め言葉を避け、難しいタスクに挑戦する姿勢を評価することで、メンバーの成長意欲を引き出すことができます。特に、チャレンジングな業務に取り組む際の努力や工夫を認めることで、さらなる挑戦を促すことができるでしょう。
第三に、新入社員に対しては、褒め言葉が過信を招かないよう注意を払いながら、エネルギーと意欲を引き出すようなフィードバックを心がけることが大切です。成功体験を認めつつも、学習の機会を積極的に提供し、継続的な成長を促す姿勢が求められます。
さらに、組織全体としての褒め方の文化も重要です。過度に競争的な環境では、褒め言葉が却って個人間の比較や競争を助長する可能性があります。代わりに、協力や相互支援を促進するような褒め方を心がけることで、健全な組織文化を築くことができるでしょう。
最後に、褒め言葉の効果は一時的なものではなく、長期的な影響を持つことを認識する必要があります。適切な褒め方は、成長志向のマインドセットを育て、組織全体の学習能力を高めることにつながります。反対に、不適切な褒め方は、個人の自己効力感を低下させ、組織の革新性を阻害する可能性があります。
脚注
[1] Leis, A. (2021). Praise in the EFL Classroom: A Growth Mindset Perspective. Theory and Practice of Second Language Acquisition, 7(2), 37-59.
[2] Skipper, Y., and Douglas, K. (2012). Is no praise good praise? Effects of positive feedback on children’s and university students’ responses to subsequent failures. British Journal of Educational Psychology, 82(2), 327-339.
[3] Brummelman, E., Thomaes, S., Overbeek, G., de Castro, B. O., van den Hout, M. A., and Bushman, B. J. (2013). On feeding those hungry for praise: Person praise backfires in children with low self-esteem. Journal of Experimental Psychology: General, 143(1), 9-14.
[4] Wondim, A. A., Wu, W., Wu, W., Zhang, M., and Liu, P. (2021). Does positive feedback support the stronger and weaken the weaker? The effects of supervisors’ positive feedback on newcomers’ task performance in the first 90 days. South African Journal of Business Management, 52(1), a2165.
[5] Meyer, W.-U. (1992). Paradoxical effects of praise and criticism on perceived ability. European Review of Social Psychology, 3(1), 259-283.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。