2025年1月28日
チーム全体で変える:組織の先延ばし体質
仕事を進める際に、つい「後回し」にしてしまうことはありませんか。例えば、会議の資料作成や上司への報告書提出など、「あとでやろう」と思った結果、締め切り直前に慌ててしまった経験は多くの人にあると思います。この「先延ばし」という行動は、個人の性格や能力だけでなく、職場環境やチームの仕組みによっても引き起こされる現象です。
2024年12月に上梓した拙著『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか? 職場で起こる「先延ばし」を科学する』(日本能率協会マネジメントセンター)では、先延ばしを「組織の問題」として捉え直し、環境や仕組みを変えることで解決の糸口を見つけようと提案しています。
この視点は、先延ばしをめぐる多くの議論が個人の行動改善に焦点を当てる中で、少し変わったものであると言えるでしょう。しかし、本書の核心は新しい視点を提示するだけではありません。職場の事例や日常のエピソードを通じて、先延ばしを防ぐ方策を示しています。
本コラムでは、本書の内容を補足しつつ、「なぜ職場で先延ばしが発生するのか」という問いにアプローチします。私たちが仕事に向き合う中で無意識に見過ごしている問題を明らかにすることで、本書を手に取ってみたくなるきっかけを提供できればと思います。
先延ばしが生まれる「非対称性」の罠
先延ばしは、タスクの曖昧さや難易度の高さによって引き起こされます。そこに輪をかけて、職場における先延ばしは複雑な背景を持っています。その一つが「非対称性の罠」です。
例えば、情報の非対称性があります。あるプロジェクトを進める際、上司が期待する成果物のイメージが明確でなかったり、指示が不十分であったりすることが原因となり、部下はどこから手をつけてよいかわからないまま時間が過ぎてしまうことがあります。
この場合、タスクを先延ばしにすることで、むしろ部下にとっては「曖昧さへの不安」から一時的に解放される感覚を得ることができます。こうした曖昧さが解消されない限り、部下の行動は遅延し続け、プロジェクト全体の進行に悪影響を及ぼすことになります。
評価の非対称性もあります。成果が明確に評価される業務に優先的に取り組む一方で、評価が見えにくいタスクは後回しにされがちです。例えば、チーム全体の進捗管理や情報共有のような「目立たないが重要な仕事」は、短期的には放置されやすい領域です。
このような状況では、社員は目に見える成果に焦点を当て、長期的な価値を持つ業務を軽視してしまうかもしれません。結果的に、組織全体で基盤となる仕事が積み上がらないまま、表面的な業務にリソースが偏ることになります。
権限の非対称性も挙げられます。例えば、タスクの遂行に必要な決定権が部下に委ねられていない場合、意思決定を仰ぐ時間が遅延の原因となります。このような状況では、部下は「自分には進める権限がない」と考え、タスクに取り掛かる意欲を失ってしまうことがあります。
一方で、部下が不十分な情報のもとでタスクを進めると、誤解や手戻りが発生する可能性が高まります。上司やチームリーダーが関与し、情報の透明性を確保していかなければなりません。
これらの非対称性を解消するためには、具体的な行動が必要となります。例えば、プロジェクトの初期段階で関係者全員が共通の理解を持つことを目的としたキックオフミーティングを実施し、タスクの範囲や優先順位、評価基準を確認することが有効でしょう。
また、情報の透明性を高めるために、タスク管理ツールを活用して進捗を可視化する取り組みも大事です。例えば、タスクの進捗状況をリアルタイムで把握できるシステムを導入することで、メンバー間での情報共有が円滑になります。これによって、非対称性が減少し、チーム全体の効率が向上するでしょう。
とはいえ、非対称性の解消には時間がかかる場合もあります。一時的な対策として、部下が「不完全でも良いからまずは手を付ける」文化を醸成することもあり得ます。タスクの停滞を防ぎ、遅延の連鎖を断ち切ることができます。上司が部下に対してフィードバックをこまめに行い、タスクの進捗を確認することで、曖昧さを減らす努力をすることが必要です。
心理的安全性の不足と先延ばし
職場において心理的安全性が不足している場合、先延ばしは深刻な問題となります。心理的安全性とは、チームメンバーが自由に意見を述べたり、ミスをしても責められたりしない環境を指します。この要素が欠けていると、ミスや不完全なアウトプットを恐れて、タスクに着手すること自体が遅れます。
例えば、新人社員が「自分の提案が批判されるかもしれない」と感じていると、上司への報告や同僚への相談をためらい、その結果、タスクが停滞するケースがあります。加えて、職場内で「ミスを許さない」という風潮が強い場合、社員は「完璧な状態になるまで着手しない」という心理に陥りやすくなります。
心理的安全性を欠いた職場では、結果としてメンバー間の協力も妨げられます。例えば、ある社員が困難なタスクを抱えている場合でも、助けを求めることができず、結果的にタスクの遅延が発生することがあります。
このような状況を防ぐには、上司やリーダーが「助けを求めることは弱さではない」というメッセージを明確に伝えることが重要です。これによって、メンバー間でのサポートが促進され、タスクの遅延を最小限に抑えることができます。
心理的安全性を高めるためには、上司が率先してオープンなコミュニケーションを行う必要があります。例えば、会議の場で自分自身の失敗談を共有することで、チーム全体に「失敗を共有しても良い」というメッセージを送ることができます。
社員同士が相互に感謝や称賛を伝え合う文化を醸成することも有効です。こうした取り組みによって、心理的安全性の不足による先延ばしが減少し、業務の円滑な進行が促進されます。
心理的安全性を高めるもう一つの手法として、チームビルディングを行うことが挙げられます。例えば、日常業務とは異なる場で対話や意見交換を通じて、メンバー間の信頼感を育む機会を設けます。互いの理解が深まり、協力関係が強化されます。
職場全体で「挑戦を奨励する文化」を築くことも求められます。具体的には、上司が部下の提案やアイデアを積極的に評価し、それが実現可能でない場合でも感謝の意を示しましょう。社員が自信を持って業務に取り組む姿勢を強化できます。失敗を許容するだけでなく、それを学びの機会と捉える仕組みを導入することで、心理的安全性はさらに高まります。
組織文化の変革も鍵
職場における先延ばしを抑制するには、組織文化そのものを見直す必要があります。成果だけでなく、プロセスを評価する文化を醸成し、個々の社員が自身の役割やタスクの重要性を理解できる環境を整えます。
組織文化を変える第一歩として、リーダーが「模範」となる行動を示しましょう。リーダー自身が透明性を持って業務に取り組み、計画や進捗を公開することで、チーム全体に良い影響を与えることができます。
リーダーが積極的にフィードバックを提供し、社員の努力や進捗を認める姿勢を見せることも重要です。社員が自分の行動に責任を持ちやすくなり、タスクの先延ばしが減少します。
組織全体でのコミュニケーションの仕組みを見直すことも求められます。例えば、部門間の連携を強化するために、部門横断ミーティングを開催することがあり得ます。その場を活用して、各部門が直面している課題や進捗を共有することで、全社的な視点で問題解決を図ることができます。
評価制度の見直しもポイントです。個々の成果だけでなく、チームへの貢献や協力的な行動を評価する仕組みを導入することで、社員同士がサポートし合う文化を醸成することができるかもしれません。
失敗を過度に責めるのではなく、その経験から得た教訓を評価する姿勢を組織全体で共有することが大切です。これによって、社員が積極的にアイデアを試すことができる環境が整います。
社員一人ひとりが「なぜこの仕事をするのか」を理解できるようにするため、業務の目的や意義を明確化することも欠かせません。経営層から現場まで一貫したメッセージを伝える努力をしましょう。例えば、各プロジェクトのゴールやチームの使命について話し合いの場を設けることで、社員が自身の役割を再確認することができます。
組織文化の変革は一朝一夕には実現しませんが、持続的な努力によって、職場全体の生産性や社員のエンゲージメントを向上させることができます。リーダーが率先して文化改革に取り組むことで、先延ばしの抑制につながっていきます。
組織と個人の成長に向けて
先延ばしは、個人の問題ではなく、職場環境や組織文化の影響を受ける現象です。拙著『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか?職場で起こる「先延ばし」を科学する』は、この点に着目し、実践的な解決策を提示しています。本コラムを通じて、職場での先延ばしの原因に気づき、その解決に向けた第一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
もし、これまで「先延ばしは個人の問題だ」と考えていた方がいれば、本書を手に取ることで、職場全体の改善につながる新たな視点を得られるでしょう。組織の構造やコミュニケーションの在り方が、個人の行動にどのような影響を与えているのかについて、具体的な事例とともに理解を深めることができます。
本書の提案は理論にとどまらず、実際の職場で適用できる施策に満ちています。例えば、チームメンバーとの進捗確認や、タスクの優先順位を明確化する方法など、日常業務に取り入れやすいアイデアを数多く紹介しました。これらの施策を通じて、読者の皆さんが職場で直面する課題に対して解決策を見つけられることを願っています。
先延ばしの解消は、個人の成長だけでなく、職場全体の改善にも寄与します。組織全体が協力し、課題解決に向けた取り組みを進めることで、働きやすい環境が構築され、社員一人ひとりが意欲的に仕事に取り組めるようになります。職場全体の効率性を向上させるためには、こうした取り組みが有効です。
さらに、先延ばしへの取り組みは、組織の文化変革のきっかけにもなり得ます。例えば、情報共有の促進やフィードバックの充実、心理的安全性の向上など、先延ばし対策として実施する施策は、結果として組織全体のコミュニケーションや信頼関係の強化につながっていきます。これは、社員のエンゲージメントや職場満足度の向上にも貢献するでしょう。
本書で提案している方法は、一朝一夕に成果が出るものばかりではありません。しかし、小さな変化から始めることで、徐々に組織全体に良い影響が波及していくはずです。まずは身近なチームや部署から、できることから始めていただければと思います。その積み重ねが、最終的には組織全体の変革につながっていくのです。
先延ばしを解消するために、個人の努力だけでなく、組織全体での取り組みを進めていきましょう。本書が、その実現に向けたガイドとなり、読者の皆さんの職場をより良い方向に導く一助となれば、著者としてこの上のない喜びです。
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。