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コラム

組織の先延ばしを当事者に寄り添って考える:学術研究を課題解決へつなぐ書籍として

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私(黒住嶺)は、ビジネスリサーチラボ 代表取締役の伊達洋駆と共に、『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか? 職場で起こる「先延ばし」を科学する』(日本能率協会マネジメントセンター)を上梓しました。初めての執筆機会で慣れないながらも、編集者の方に企画構想から校了まで丁寧に伴走いただいたこともあり、無事出版までたどり着けたことを嬉しく思います。本コラムでは、拙著に対する著者としての想いや、職場にありふれた課題である「先延ばし」という現象へのアプローチについて拙著の特徴を紹介します。

タイトルに込めた想い;個人の対策には限界がある

個人要因に注目が集まることのリスク

まず、本書のタイトルにこめた想いについて紹介します。日常的な理解だけでなく、学術的な定義としても先延ばしは様々に捉えられていますが、その共通する中心的な特徴とされているのは次の2点です[1]。一点目は、やらなくてはいけないということを理解しつつ、その行動やタスクを遅らせてしまうこと。二点目は、その遅らせる行為が適切ではないと本人も理解していることです。

例えば、ちょっとした息抜きでデスクを離れたものの、気の合う同僚と鉢合わせて井戸端会議に花を咲かせてしまった、といったことないでしょうか。あるいは、「まだ余裕があるから」とタスクを寝かせてしまい、後になって後悔した経験も、多くの人がお持ちかと思います。このように、仕事や職場の場面でも、先延ばしのケースは様々に想定できます。

一方で、その原因については、特に先延ばしをする本人に注目した要因を指摘することが多いと、私は考えてきました。例えば、多くの先延ばしに関する研究の土台となっている論文[2]があります。この論文では、先延ばしが発生するメカニズムを、タスクに対する本人の動機づけの高さや、その動機づけを下げてしまう要因に注目することで説明しています。

一例として、「衝動性」という個人の傾向が関連することが指摘されています。衝動性とは、ある行動に着手したり、タスクを完了することによる報酬を早く欲しがる傾向です。例えば、仕事や試験勉強と比べると、SNSや癒しの動画の方が、即時的な興味・関心を満たしたり、快適な時間を提供してくれるという点で、早く報酬をもたらしてくれるものと言えます。そのため、衝動性が高いと、「取り組むべきだが報酬を得るまでに時間のかかる」ような仕事を先延ばしさせることにつながる、ということです。

確かに個人の傾向は、先延ばしの発生に影響しています。また、そうした傾向について、本人が何らかの対策をとることは必要で、実際に有効でもあります。ただ、そういった個人の傾向に注目すると、先延ばしを取り巻くタスクの特徴や環境要因の影響を、見落とすことがあるのです[3]

再び、先ほど衝動性を例にとって説明します。衝動性が高い人は、完了するまでに時間のかかるタスクを先延ばしにしがちです。しかし、「あの人は衝動性が高いから」と見ると、本人が自らを変える努力や、そうした衝動性を抑えるような環境整備を行う以外にはありません。

対して「完了までに時間がかかるタスクだから」というタスクの特徴にも注目すると、他の対策も提案できます。例えば、最終的な締め切りの手前にいくつかのサブゴールを設けます。さらに、各サブゴールの達成を評価したり、リマインドを送るなど、達成支援をするといった具合です。

こうした背景を踏まえて、本書では個人の要因だけではなく、本人を取り巻くタスクや環境の要因にも目を向けてもらうため、「組織」や「職場」というキーワードを、タイトルに含めることにしました。本書でも、先延ばしの原因となるような個人の要因を取り上げています。しかし、「それが職場の中ではどのように現れるのか」という環境の視点に立って説明しています。

組織が取れる対策への注力

さらに、先延ばしへの対策については、本人が自分で実施できることだけでなく、周囲の同僚や上司、あるいは職場の仕組みを通じた取り組みを提案することを重視しています。この意図については、先延ばしの当事者が持つ特徴として、「本人が後悔を感じること」と「他人に害を与えようとする意図がない」という2つの点に基づいています。

一点目について、先延ばしをしてしまった本人が後悔の念を抱くことは、多くの研究で報告されています。「なぜ自分は先延ばしをしてしまったのだろう」「もっと早く取り組んでいれば、この状況にはならなかったのではないか」といった感情です。このように、自身の行動に対する後悔があるため、先延ばしに対する対策には感度が高くなる傾向があります。

また、後悔の感情をもつということは、「先延ばしをしてしまうのは自分のせいだ」と強く思い込んでいる可能性もあります。先述のように、現象の原因として「自分」に注目しすぎる傾向が、先延ばしをしてしまう本人にも生じていると考えられるということです。

一方、先延ばしの原因には、本人の努力だけでは解決できないような、環境やタスクの特性も関係していることがわかっています。これは、どれだけ自分の行動を変える努力しても、特定の状況では先延ばしが起きやすい場合があるということです。つまり、「自分の悪い癖を直さなければならない」というプレッシャーを感じていながら、環境的な要因により先延ばしが改善しづらい場合、挫折感や自己評価の低下につながる可能性があります。

先延ばし当事者の二点目の特徴として、結果的に周囲に迷惑をかけることはあっても、本人がそれを望んでいるわけではない、という点も重要です。この点について、先延ばしは、職場への不満や反抗心から業務を意図的に滞らせる行為とは、質的に異なるものであるという研究結果があります[4]。つまり、本人はタスクをスムーズに進めることの重要性を理解しており、他人に迷惑をかけることを本意としているわけではないのです。

こうした背景を考慮せずに、組織が先延ばしを「本人の能力不足」と結びつけ、罰則などの制度で縛ると、どうなるでしょうか。従業員が罰を恐れることで、即時的な効果は見られるかもしれません。しかし、そのような対応は本人にさらなるプレッシャーを与え、精神的な負担を増大させてしまう可能性があります。

実は、私自身も過去、先延ばしによる苦い経験をしたことがあります。そして、その対策に取り組むことが、当事者にとって負担が大きいことも、身をもって体験しました(その詳細については、本書の「はじめに」で赤裸々に記しています)。こうした経験から、本人ができる取り組みを促すだけでなく、周囲のサポートを加えることで、双方の負担を軽減しながら先延ばしの解決に近づいていくことが理想だと考えています。

構成に込めた想い;学術研究を現場の対策につなげる

エピソードを主軸に据えた構成

ここからは、本書の構成についてご紹介します。本書では、全部で19個のエピソードを取り上げています。それぞれのエピソードで、どのような先延ばしが起きているのか、そして、そこにどのような対策が可能なのかを、個人と組織の視点で解説しました。

これらのエピソードは、学術研究で報告された先延ばしの原因や結果を基に、独自に作成したものです。実際に起きた事例ではないものの、非常にリアルで、「これは自分にも起こりそうだ」と思わせる内容が含まれています。読み返した私自身も、思わず眉間にしわが寄ったり、背筋に汗をかいたりするエピソードもあります。つまり、どのような方にも1つ以上は共感できる、あるいは聞き覚えのあるエピソードが含まれているのではないかと思います(この点については、編集協力者の方々のご助力も多くいただきました)。

本書で取り上げたエピソードは、先ほど述べた通り、環境的要因に注目するという全体のテーマを重視して選定しています。そのため、学術論文の中でも、職場や上司などの環境的な要因と先延ばしの関係を検討したものを中心に構成しています。本人の性格や特性といった要因が先延ばしの原因となるケースも取り上げていますが、その場合も必ず、組織的な対策を合わせて提案しています。ご自身の経験と近いエピソードから読み進めていただければ、より効果的な対策への近道となるでしょう。

「複雑な」現象から「明瞭な」ターゲットの抽出

学術研究をもとに19個のエピソードを作成したと紹介しましたが、先延ばしに関する論文は、実際には膨大な量が発表されています。これは、先延ばしが日常的な問題であるだけでなく、学術研究としても高い関心を集めている現象であることを示しています。

また、これらの研究の積み重ねにより、先延ばしは非常に複雑な現象であることが明らかになっています。その一例を簡単に紹介します。

例えば、先延ばしをする本人が抱く、さまざまな意識や感情について検討した研究があります[5]。先延ばしに至る際の意図や、先延ばし中に考えること、それらを経て実際にタスクに取り掛かる際の意識など、各段階で様々な感情が生じることがわかっています。加えて、これらの感情が連動するパターンにより、個人が陥りやすい先延ばしの傾向にも、複数のタイプがあることも確認されています。

さらに、先延ばしの頻度や程度が、そのタスクがどの領域にあたるのかによって、個人内でも異なることも報告されています[6]。大学生にとっての学業や、社会人にとっての仕事が代表的な例ですが、ダイエットや食事制限といった健康に関する活動、自分の趣味に関する行動でも先延ばしが起きることが確認されています。

上述の内容を踏まえると、一言で「先延ばし」とはいってもその内容が多様であることを、改めて理解いただけたのではないでしょうか。言い換えれば、万能薬のような1つの対策で、すべてを解決することは難しいとも言えます。そこで、リアリティのあるエピソードを挙げることで、ターゲットとなる先延ばしを定めたうえで、それぞれに解決策を提案するようにしたのです。

研究知見から場面の具体化

エピソードを設定して対策を提案するという方針に関しては、もう一つ、場面を「具体化」するという狙いもあります。その意図についても説明します。

一長一短があると理解された前提で行われていることですが、学術研究では、特に量的な分析を行う場合に、事例や個別のケースを抽象化することが一般的です。先述した「衝動性」や「タスクの特徴」などのように、複雑な現象から特定の要素を抽出して整理することは、学術研究として知見を蓄積するためには欠かせない手法です。

しかし、抽象化には、情報を簡略化する側面もあります。このことが、現実の場面で具体的な対策を考える際のハードルになることもあります。

例えば、今、自分があるタスクを先延ばししていたと気づき、繰り返さないための対策を考えるとしましょう。この場合、目の前のタスクの達成基準や期日、周囲の環境、体調や気分など、細かい要素をすぐに参照できます。自分にとっての有効な対策につながらない要素もあるでしょうが、参考にできる情報量は非常に多くあります。

一方、学術研究から対策を考える場合はどうでしょうか。論文の中で取り上げられた要素と先延ばしの関連は、厳密な検討結果として確認ができます。しかし、対策のために参照できる情報としては、その論文から提供される情報量に限定されてしまいます。その結果、「このケースは自分には当てはまらない」「他の要因を踏まえるとどうなるか」と感じた場合には、別途論文を確認するコストが生じやすいのです。

そこで本書では、先延ばしの場面を具体化できるように、エピソードを作りました。これにより、自身の体験や職場の事例との類似点や相違点に気づきやすくなります。さらに、エピソード間に何らかの関係がある場合は、相互に参照しやすいようリンク先を明示しました。複数の別のエピソードを関連付けながら参考にしていただくことで、目の前の先延ばしに対して有効な対策を見つけられる可能性が高まるので、本書の活用方法としておすすめです。

先延ばし対策を「先延ばし」しないために

最後に、本書が皆さん自身や皆さんの職場で起きている先延ばしの解決につながることを、心から願っています。本書では、先延ばしの原因として、さまざまな要因を紹介しています。その中には必ず、ご自身の体験と結びつくものがあると考えています。

また、すべての対策を実行することは、個人のリソースや組織の制約から、難しい場合もあるかもしれません。しかし、その中のどれか一つでも実行することで、先延ばしの解決に一歩近づくことができるはずです。つまり、先延ばしの対策を先延ばしせずに取り組むという点において、本書が少しでも役立てば幸いです。

本書にとどまらず、私はこれからも仕事の先延ばしに関する研究を続けていきます。実は、日本における仕事の先延ばし研究は、まだ発展途上の分野なのです。

本書の執筆に先立ち、私と共著者の伊達は、従業員の仕事の先延ばしを測定するための心理尺度を作成しました[7]。この尺度は、今後の研究の土台となるものですが、その研究自体がここ数ヶ月で行われたばかりです。裏を返せば、日本ではまだ、仕事の先延ばしに関する検討が十分にされていないことを示しています。

また、このことを踏まえると、本書で示した対策が、全ての先延ばしの問題を解決するうえで十分だとは、残念ながら言い切れないでしょう。そこで、私は今後も引き続き、仕事の先延ばしのメカニズムをより精緻に解明し、さらに実効的な対策を模索していく所存です。皆さまにも是非、本書を手に取っていただき、仕事の先延ばしの解決に向けて共に歩んでいただければと思います。ご自身の、あるいは職場での先延ばしに対して、チームや組織の視点で向き合い、一緒に解決への道を探していきましょう。

脚注

[1] 金子泰徳・池田寛人・藤島雄磨・梅田亜友美・小口真奈・高橋恵理子(2022).Pure Procrastination Scale日本語版の作成および信頼性と妥当性の検討.パーソナリティ研究, 31, 1-11.

[2] Steel, P. (2007). The nature of procrastination: A meta-analytic and theoretical review of quintessential self-regulatory failure. Psychological Bulletin, 133(1), 65–94.

[3] こうした特徴は「基本的な帰属のエラー」と呼ばれ、多くの人に生じうるバイアスであることが知られています。例えば、右記の論文が参考になります;外山みどり(2001).社会的認知の普遍性と特殊性--態度帰属における対応バイアスを例として--.対人社会心理学研究, 1, 17-24.

[4] Metin, U. B., Taris, T. W., & Peeters, M. C. (2016). Measuring procrastination at work and its associated workplace aspects. Personality and Individual Differences, 101, 254–263.

[5] 様々な研究の中から、ここでは、私を先延ばし研究へと導いた日本の論文を紹介します;小浜駿・松井豊(2007).先延ばし過程における意識の変化の探索的検討.筑波大学心理学研究, 34, 27-35.

[6] Klingsieck, K. B. (2013). Procrastination in different life-domains: Is procrastination domain specific? Current Psychology, 32, 175–185.

[7] 黒住嶺・伊達洋駆(2024).日本語版仕事の先延ばし尺度の作成.パーソナリティ研究, 33, 100-102.


執筆者

黒住 嶺 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー

学習院大学文学部卒業、学習院大学人文科学研究科修士課程修了。修士(心理学)。日常生活の素朴な疑問や誰しも経験しうる悩みを、学術的なアプローチで検証・解決することに関心があり、自身も幼少期から苦悩してきた先延ばしに関する研究を実施。教育機関やセミナーでの講師、ベンチャー企業でのインターンなどを通し、学術的な視点と現場や当事者の視点の行き来を志向・実践。その経験を活かし、多くの当事者との接点となりうる組織・人事の課題への実効的なアプローチを探求している。

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