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コラム

「褒め上手」になるには:組織活性化のために

コラム

私たちは日々、他者とのコミュニケーションを通じて仕事を進めています。その中でも、「褒める」という行為は、相手のモチベーションを高め、良好な関係を築く上で欠かせないものです。しかし、褒め方には様々な側面があり、状況や相手によって異なるアプローチが必要になることが、学術研究によって明らかになってきました。

本コラムでは、職場における「褒め方」について、研究知見をもとに考察を深めていきます。褒めることは単純な行為のように思えますが、その背後には複雑な心理メカニズムが働いています。上司と部下の関係、チームのパフォーマンス、職場の雰囲気など、様々な要素に変化をもたらす可能性があるのです。

褒めが生み出す満足度と生産性

職場における「褒め」は、従業員の職務満足度と関係があることが分かっています。医療、教育、企業など、約500名の従業員を対象とした調査が行われ、その結果、毎週定期的に褒められている従業員は、月1回程度しか褒められない従業員と比べて、職務満足度のスコアが高いことが分かりました[1]。調査では、職務満足度を5段階で評価し、褒められる頻度と満足度の関係を統計的に分析しています。

この結果には心理的メカニズムが働いています。褒められることで、まず「自分の努力が周囲に認められている」という実感が生まれます。この認識は自己効力感を高め、仕事に対する前向きな姿勢を引き出します。

さらに、褒めは一種の社会的な報酬として機能し、喜びや達成感といったポジティブな感情を引き起こします。これらの感情は、仕事への意欲を自然と高める効果があります。

生産性の面でも、褒めは効果を示しています。同じ調査において、頻繁に褒められるグループは、そうでないグループと比較してタスクの達成率が高くなっていました。この背景には、複数の要因が関係しています。

褒められることで自己肯定感が高まり、「自分はこの仕事をできる」という確信が生まれます。自信は集中力を向上させ、タスクに向き合う際の心理的エネルギーを増加させます。結果、仕事の処理速度が上がり、より効率的な業務遂行が可能になるわけです。

職場の人間関係における褒めの効果も注目に値します。上司から部下への褒めは、部下の業務意欲を高めるだけでなく、上司への信頼感も醸成します。

さらに、同僚同士の褒め合いは、職場の雰囲気を協力的なものに変える力があります。調査では、同僚間で褒め合いが活発な職場ほど、メンバー間の相互理解が深まり、自発的な助け合いの行動が増加することが確認されています。

断定的な褒めが行動を促す

褒め方には、効果的な方法とそうでない方法があります。注目すべきは、「断定的な褒め」の効果です。ある研究では、大学職員を対象に、リタイアメントプランに関する教育動画の視聴を促す実験を行いました[2]。実験において、400名の職員に対して異なるトーンのメッセージを送り、その反応を比較しています。

断定的な褒めを含むメッセージ(例えば、「あなたはリタイアメントを大切にしています。この教育動画を必ず見てください」)を送った場合、動画リンクのクリック率は21%に達しました。

一方、非断定的な表現(「リタイアメントについて考えてみませんか。よろしければ動画をご覧ください」)では12%、断定的な叱責(「リタイアメントへの準備が不十分です。すぐに動画を見なければなりません」)では0%というデータが得られています。

断定的な褒めの効果が高い理由は、受け手の心理に関係しています。断定的なトーンを伴う褒めは、「あなたの行動は間違いなく正しい」というメッセージを強く伝えます。確信的な評価を受けることで、人は自分の行動に自信を持ち、その方向性で努力を継続しようという意欲が高まります。

また、断定的な表現(「必ず」「間違いなく」など)は、行動の方向性を明確に示す指針として働き、「これからもこの行動を続けるべきだ」という内的動機づけを生み出します。

相手が防衛的になる場合は褒めが有効

中国の企業を対象とした調査では、チームメンバーの性格特性によって、フィードバックの効果が異なることが明らかになりました[3]。特に、積極的な性格が低いメンバーの反応に着目してみましょう。このようなメンバーは、他者からの評価に対して繊細で、自己防衛的な反応を示しやすい特徴があります。

例えば、「この部分は改善が必要です」といった否定的なフィードバックを受けると、それを自己否定として受け止め、自信を失ってしまう傾向が見られました。実際、このようなメンバーが否定的なフィードバックを受けた場合、その後の業務パフォーマンスが低下することが報告されています。

一方で、防衛的な姿勢を示すメンバーに対して褒めを活用した場合、効果が確認されています。褒められることで、「自分は受け入れられている」という基本的な安心感が生まれます。この安心感は、自己防衛的な姿勢を緩和し、より開放的な態度を引き出します。

「自分の能力が認められている」という認識は、課題に対する前向きな姿勢を生み出します。調査では、褒めを中心としたフィードバックを受けた防衛的なメンバーは、その後の業務において、通常よりも努力を示すことが分かっています。

チーム全体への影響も興味深いところです。防衛的な傾向のあるメンバーを含むチームでは、褒めを中心としたコミュニケーションを採用した場合、チーム全体の創造的なパフォーマンスが向上することが確認されました。新しいアイデアの提案数が増加し、それらのアイデアの質も従来と比べて高い評価を得ています。

この理由として、褒めによって生まれた心理的安全性が、メンバー全員の発言や提案を促進したことが挙げられます。防衛的なメンバーが心を開くことで、チーム内の情報共有が活発化し、多様な視点からの議論が可能になったことも要因とされています。

重要性の高い箇所を褒める

褒めるときは、ただ漠然と褒めるのではなく、重要性の高い部分に焦点を当てることが効果的です。これについて、教育現場での研究が示唆に富む知見を提供しています[4]

ライティングセンターにおける指導場面を分析した研究によると、文章の評価における褒めの82%が「高次の関心事(文章全体の構造や論旨など)」に関連していました。

この部分の褒めが効果的である理由は、学習過程に関係しています。学習者は具体的な褒めを受けることで、自分の成果のどの部分が優れているのかを理解できます。例えば、「この文章は論理展開が巧みで、読者を自然な流れで結論へと導いています」といった褒めは、文章構成のポイントを示します。

具体的な認識は、学習者の中で「成功の方程式」として定着し、他の課題にも応用可能な知識となります。特に、文章全体に関わる重要な要素への褒めは、技術的なスキルではなく、思考方法そのものの向上につながります。結果、学習者は新しい課題に直面した際も、同様のアプローチを自発的に採用できるようになります。

企業における実践でも、同じ原理が当てはまるでしょう。例えば、プロジェクトリーダーが「このプロジェクトは、市場分析から施策の立案まで一貫した戦略的思考に基づいている点が素晴らしい」と褒めた場合、それは個別の作業の出来栄えではなく、ビジネス全体を俯瞰する能力を評価していることになります。

あるいは、「各部署との調整において、相手の立場を理解した上で建設的な提案ができている」という褒めは、組織における協働の本質を捉えています。本質的な部分への褒めは、受け手に「仕事の核心」を意識させ、高度な視点からの思考と行動を促します。

こうした褒めを受けた従業員は、その後の業務においても戦略的思考や組織間連携を意識するようになり、結果として大きな成長を遂げるということです。

良好な関係を意識しすぎた褒め

カリフォルニアの大学で行われた研究では、8名のスーパーバイザーによる15名の教師候補生へのフィードバックを詳細に分析しました[5]

分析の結果、全フィードバックの内訳は、褒めが560単位(約50%)、中立的な記述が399単位(約36%)、改善点の指摘が150単位(約14%)という偏りが明らかになりました。建設的な改善点の指摘が少ない状態だったのです。

この背景には、スーパーバイザーの心理状態が関係しています。第一に、スーパーバイザーは候補生との対立を避けたいという思いを持っています。これは、良好な指導関係を維持したいという欲求から生まれるものです。第二に、自分の権威的な立場に不安を感じていました。「指導者として適切なのか」「批判的な指摘をする資格があるのか」といった疑問が、建設的な指摘を躊躇させる要因となっていました。

偏ったフィードバックが、候補生の成長に影響を与えす。改善点の指摘が少ないフィードバックを受けた候補生は、授業スキルの向上が遅れるでしょう。バランスの取れたフィードバックを受けた候補生と比べて、授業運営能力が低い水準に留まることもあり得ます。

建設的な批判を通じて得られるはずの気づきや改善の機会を逃してしまっているためです。また、褒めに偏ったフィードバックは、候補生に「現状で十分」という誤った認識を植え付けてしまい、向上心の低下にもつながります。

褒めの効果を組織に広げる

ここまで紹介した研究知見は、職場のマネジメントに多くの示唆を与えています。

初めに、褒めることは生産性や創造性に直接的な影響を与える要素だと認識すべきでしょう。調査結果が示すように、定期的に褒める機会を設けることで、チーム全体のパフォーマンスを向上させることができます。

続いて、褒め方には工夫が必要です。断定的な褒めは行動を促す効果があり、防衛的な姿勢を見せるメンバーには特に有効です。確信的な表現を用いることで、相手の行動変容を効果的に促すことができます。

また、業務の本質的な部分に焦点を当てた褒め方が、相手の成長を加速させます。例えば、個別の作業の出来栄えではなく、プロジェクト全体の戦略的思考や組織間連携といった要素を評価することで、深い学びと成長を促進できます。

チーム全体の観点からも、褒めの効果は注目に値します。同僚間での積極的な褒め合いは、職場の心理的安全性を高め、創造的なアイデアの創出や自発的な協力行動を促進します。防衛的な傾向を持つメンバーが含まれるチームでは、褒めを中心としたコミュニケーションがチーム全体の創造性向上につながります。

一方で、良好な関係を保つために褒めに偏ってしまうことは避けなければなりません。過度に褒めに依存したフィードバックは、かえって相手の成長機会を奪ってしまう可能性があります。

建設的な改善点の指摘を含めたバランスの取れたフィードバックが、組織の発展には求められます。重要な業務局面では、率直な改善提案と褒めをうまく組み合わせることで、効果的な助言が可能となります。

褒めることは、職場におけるコミュニケーションの基本的なスキルです。その効果を最大限に引き出すためには、状況や相手に応じた使い分けが求められます。

例えば、防衛的な傾向が強いメンバーには褒めを中心としたアプローチを、積極的な性格のメンバーにはより直接的なフィードバックを行うなど、個々の特性に応じた行動が重要です。

さらに、上司から部下への一方的な褒めだけでなく、同僚間や部下から上司への褒めも含めた多方向のポジティブ・フィードバックを促進することで、開放的で創造的な職場環境を実現できます。

このような環境づくりには、経営層の理解と支援も欠かせません。褒めの効果に関する研究知見を組織全体で共有し、効果的な実践につなげていくことが、これからのマネジメントには求められているのです。

脚注

[1] Salmore, R. (1990). Praise as a means to increase job satisfaction. Journal of Nursing Administration, 20(3), 17-18.

[2] Grinstein, A., and Kronrod, A. (2016). Does sparing the rod spoil the child? How praising, scolding, and an assertive tone can encourage desired behaviors. Journal of Marketing Research, 53(3), 433-441.

[3] Xiao, Y. C., Liu, S. W., and Dai, T. (2021). Positive and negative supervisor development feedback, team harmonious innovation passion and team creativity. Frontiers in Psychology, 12, 681910.

[4] Rambiritch, A., and Carstens, A. (2021). Positive politeness in writing-centre consultations with an emphasis on praise. Language Matters, 52(2), 72-95.

[5] Vertemara, V., and Flushman, T. (2017). Emphasis of university supervisor feedback to teacher candidates. Journal of Student Research, 6(2), 45-55.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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