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コラム

心に響く褒め方:研究知見が示すメカニズム

コラム

職場におけるコミュニケーションにおいて、ポジティブ・フィードバックが持つ力が見直されています。部下の成長を支援し、チームの一体感を高め、職場の雰囲気を明るくする。そんな効果が期待されるポジティブ・フィードバックですが、その本質は意外なところにあるのかもしれません。

学術研究では、通説を覆すような発見が出てきています。相手を褒める言葉は、褒める側の心理状態にも影響を及ぼすことが分かってきました。また、褒め言葉の効果は、タイミングや伝え方によって変化します。時には、善意の褒め言葉が逆効果になることさえあるのです。

では、職場で効果的なポジティブ・フィードバックを行うには、どのような点に気をつければ良いのでしょうか。研究知見をもとに、褒め言葉の持つ力と、その活用方法を探ってみましょう。

ポジティブ・フィードバックのほうが心に届く

職場におけるフィードバックの方法について、アメリカの研究グループが実験を行いました。447名の参加者を対象に、マネジャーからのフィードバックを、内容やタイミング、伝達手段を変えて部下に伝え、どのような方法が最も効果的かを検証したのです[1]

実験では、マネジャーの「コミュニケーション能力」と「信頼性」が、フィードバックを受けた部下の心にどう響くのかを調べました。

ここでいう「コミュニケーション能力」は、状況に合った伝え方ができているか、目標達成につながる伝え方ができているかという2つの観点から評価されました。また、「信頼性」は、情報の正確さと知識の深さを示す「専門性」、誠実さと真摯さを示す「信頼性」、受け手への配慮を示す「善意」という3つの要素から構成されています。

調査の結果、ポジティブ・フィードバックを行ったマネジャーは、これらすべての評価指標において、ネガティブ・フィードバックを行ったマネジャーよりも高い評価を獲得しました。具体的には、ポジティブ・フィードバックを行ったマネジャーは、コミュニケーション能力の面でより適切かつ効果的だと評価され、信頼性の面でもより専門的で誠実、そして配慮があると評価されたのです。

このような結果が得られた理由として、ポジティブなメッセージがもたらす心理的効果が挙げられます。人は肯定的な評価を受けると、自己肯定感が高まり、心理的安全性を感じます。

「自分の仕事が認められている」という実感は、職務への自信につながり、さらなる成長への意欲を引き出します。また、上司が自分の良い点に注目してくれているという認識は、「この人は私の成長を本気で考えてくれている」という信頼感を生み出します。こうした複合的な心理的効果が、マネジャーへの高い評価につながったと考えられます。

さらに、フィードバックの伝え方も大きな要素でした。電話でフィードバックを伝えた場合、テキストメッセージよりも評価が高くなりました。これは、電話というコミュニケーション手段が持つ特性によるものです。

電話では、言葉の内容だけでなく、声の高低やスピード、話す際の間といった非言語的な要素が豊富に含まれています。例えば、同じ「よく頑張りましたね」という言葉でも、温かみのある声のトーンで伝えられれば、その真摯さがより強く伝わります。

また、相手の反応に応じて話すスピードを調整したり、適切な間を取ったりすることで、メッセージの受け取りやすさが向上します。電話を通じたコミュニケーションは、こうした微細な調整を可能にし、結果としてフィードバックの効果を高めるのです。

一方で、フィードバックのタイミングについては興味深い発見がありました。調査では、フィードバックをリアルタイムで伝えた場合と、時間を置いて伝えた場合で、マネジャーへの評価に大きな違いは見られませんでした。

部下がフィードバックを受け取る際、そのタイミングよりも内容や伝え方に注目していることが現れています。フィードバックの受け手は、いつ伝えられたかということよりも、何が伝えられ、どのように伝えられたかを重視しているのです。

また、この結果は、フィードバックが持つ価値は時間の経過によって大きく減じないことも示唆しています。適切な内容と方法で伝えられれば、多少時間が経過していても、フィードバックは十分に効果を発揮できるのです。

機械学習が解き明かした褒め方の秘密

褒め方の研究は、最新の技術によってさらに進化しています。日本の研究チームは、機械学習モデルを使って「上手な褒め方」を分析しました[2]

研究では、34名の大学生(17組のペア)が対面で会話する様子を記録し、褒め言葉とその受け取られ方を分析しました。そして、機械学習を用いて、効果的な褒め方のパターンを探り出しました。

結果、褒め言葉の効果を左右する要素として、褒める前後の会話の流れが浮かび上がってきました。研究チームは、褒める直前の相手の発言と、褒めた後の4つの発言に特に注目しました。これらの発言が、褒め言葉全体の評価に影響を与えることが判明したのです。

具体的には、直前の発言は褒め言葉の対象に関する情報を提供し、直後の発言は褒め言葉の受け入れ度合いを反映していました。これらの発言が褒め言葉の文脈を形成し、その効果を決定づける役割を果たしています。

例えば、相手が「最近、新しい企画に取り組んでいます」と話した後に、「その発想力はすごいですね」と褒める場合、この褒め言葉は相手の具体的な取り組みや成果に基づいています。

このような褒め方が効果的である理由は、相手の実際の行動や達成に根ざしているからです。相手は自分の経験と褒め言葉を結びつけることができ、その結果、褒め言葉の説得力と信頼性が高まります。

また、褒め言葉の後の相手の反応パターンについても、例えば、相手が「ありがとうございます」と返答し、その後も前向きな発言が続く場合、褒め言葉の効果は高まることが分かりました。

相手が褒め言葉を心から受け入れ、その評価に納得していることを示しています。さらに、その後の前向きな発言は、褒め言葉によって自己肯定感が高まり、コミュニケーションがより活発になったことを表しています。良好な反応の連鎖が、褒め言葉の効果を持続的なものにします。

加えて、研究によれば、単なる「すごいですね」といった一般的な褒め言葉よりも、具体的な理由を伴う褒め方のほうが効果的であることが示されています。例えば、「このプロジェクトでの提案は、とても斬新な視点を含んでいます」といった褒め方は、何が評価されているのかが明確です。

こうした具体的な褒め方が効果的な理由として、3点が挙げられます。第一に、具体的な理由がある褒め言葉は説得力があり、真摯さが伝わります。第二に、相手は自分の何が評価されているのかを理解でき、その経験を今後の行動に活かすことができます。第三に、具体的な評価は、漠然とした褒め言葉に比べて、深い信頼関係の構築につながります。

タスクの与え方が重要になる

教育分野における研究から、ポジティブなフィードバックの効果を引き出すためには、そもそものタスクの与え方が鍵となることが分かってきました。注目すべきは、「ポジティブ対ネガティブな相互作用の比率」(PN比)に関する知見です[3]

従来、教育現場では「51の法則」として、ネガティブな指摘1回に対して、5回のポジティブ・フィードバックを与えることが推奨されてきました。

しかし、この比率が本当に最適なのかどうかについては、十分な実証的根拠がないことが明らかになってきました。この「51」という比率は、もともと夫婦関係の研究から導き出されたものであり、教育や職場環境にそのまま適用できるかどうかは疑問が残ります。

実際の研究では、4111の比率でも良好な結果が得られることが確認されています。単純に褒める回数を増やせば良いというわけではないことを示唆しています。むしろ、相手が成功体験を得られるような環境をいかに設計できるかが、より本質的な課題となっています。

例えば、「スコアを保持する」「優れた生徒を褒める」「基準を下げる」といった方法で形式的にPN比を高めようとする試みは、却って逆効果となる可能性があります。これらの方法は教師側の都合を優先させており、学習者の本質的な成長につながらないためです。

研究者たちが有望視しているのは、「環境を成功に向けて設計する」というアプローチです。これは、タスクの難易度や進め方を工夫することで、自然と成功体験が得られるような状況を作り出す方法です。相手が「5回の成功に対して1回の失敗」という比率を自然に経験できるよう、タスクを適切に設計するのです。

このアプローチの利点は、ポジティブ・フィードバックが形式的なものではなく、実際の成功体験に基づいたものとなることです。相手は自分の達成を実感でき、それに対する褒め言葉も説得力を持ちます。また、こうした環境設計は、相手の自律的な成長も促進します。

自己評価と他者評価の関係

褒め言葉の効果は、それを受け取る側の心理状態によっても変わってきます。日本の女子大学生を対象とした研究では、自己評価と他者からの評価の関係について検討しています[4]

学生たちに自分の「強み」を3つ挙げてもらい、それをペアの相手と共有する実験を行いました。その結果、自己評価と他者評価の内容は、必ずしも一致しないことが分かりました。

自己評価では「思いやり」「感謝の気持ち」「愛情」といった内面的な特徴が多く挙げられました。一方、他者評価では「ユーモアのセンス」「誠実さ」「思いやり」といった、外から見える特徴が多く挙げられたのです。

自己評価と他者評価の違いは、評価の視点と基準の違いを反映しています。自己評価の場合、人は自分の内面的な思考や感情、価値観に基づいて判断を行います。自分の心の中で何を考え、何を感じているのかを知ることができるため、内面的な特徴を重視する傾向があります。

これに対して他者評価は、外部から観察可能な行動や表現を手がかりに行われます。他者は相手の内面を直接見ることはできないため、目に見える行動やコミュニケーションの様子から、その人の特徴を判断するのです。このように、評価の視点と利用可能な情報の違いが、異なる評価結果をもたらしています。

また、研究では評価のしやすさについても結果が得られました。多くの参加者が、自分自身を評価することに困難を感じる一方で、他者からの評価は比較的スムーズに受け入れられる傾向が見られました。

この結果の背景には、日本文化における自己評価の難しさと、他者評価の受容しやすさという特徴があります。日本文化では、自分を積極的に評価することへの謙虚さや遠慮が働きやすく、自分の長所を明確に表現することに心理的な抵抗を感じる人が多いのです。

一方で、他者からの評価は、自分では気づかなかった視点や特徴を教えてくれる貴重な情報として、比較的素直に受け入れられます。

その意味で、他者からの評価は自己理解を深める重要な機会となっているのかもしれません。他者評価は、自分では気づいていなかった長所や特徴を発見する機会を提供し、自己認識の幅を広げる働きをします。

また、他者からの評価を通じて、自分の行動が周囲にどのように受け止められているのかを知ることができ、それによって自己理解がより客観的で多面的なものになっていきます。他者評価を受け入れることで、自己評価の視野も広がり、建設的な自己理解が可能になります。

褒める側への意外な影響

ここまで、褒められる側の視点から見てきましたが、実は褒める側にも影響があることが分かってきました。褒め方によって褒める側の心理状態やパフォーマンスが変化することが明らかになっています[5]

研究によると、「頭がいい」「才能がある」といった能力を褒める言葉を使うと、褒める側の人は後のタスク遂行において楽しみを感じにくくなることが分かりました。この現象は、特にタスクの内容が知的な要素を含む場合に顕著に現れます。

実験では、能力を褒める言葉を使った後、参加者は問題解決や創造的な課題に対して、より強い心理的プレッシャーを感じ、タスクへの没入度が低下する傾向が見られました。

この現象が生じるのは、能力を褒めることが褒める側の認知的枠組みにも影響を与えるためです。能力を褒める言葉を発することで、褒める側も「能力は生まれつきの固定的なものである」という考え方に影響されてしまいます。

固定的なマインドセットは、自分自身の能力に対する見方も固定的なものにしてしまい、結果として「失敗してはいけない」「能力の限界を露呈してはいけない」といったプレッシャーを生み出します。このプレッシャーが、タスクへの楽しみや挑戦意欲を低下させる要因となっているのです。

一方で、「よく頑張った」「粘り強く取り組んだ」といった努力を褒める言葉を使った場合は、異なる結果が得られました。努力を認める言葉を使った参加者は、その後のタスクにおいても楽しみや意欲を維持することができ、パフォーマンスの低下も見られませんでした。

努力を認める言葉が「能力は努力によって向上できる」という成長マインドセットを活性化させるためでしょう。自分が他者の努力を認め、それを言葉にすることで、褒める側自身も「努力すれば成長できる」という信念を強化されます。その結果、タスクに対するプレッシャーが軽減され、自然な形で課題に取り組むことができます。

この研究結果は、褒め言葉の効果が双方向的であることを示しています。適切な褒め方を選ぶことは、褒められる側だけでなく、褒める側のパフォーマンスや心理状態にも影響を与えるのです。

脚注

[1] Kingsley Westerman, C. Y., Reno, K. M., and Heuett, K. B. (2018). Delivering Feedback: Supervisors’ Source Credibility and Communication Competence. International Journal of Business Communication, 55(4), 526-546.

[2] Ogushi, A., Onishi, T., Tahara, Y., Ishii, R., Fukayama, A., Nakamura, T., and Miyata, A. (2022). Analysis of praising skills focusing on utterance contents. Proceedings of the 23rd Annual Conference of the International Speech Communication Association (INTERSPEECH 2022), 2743-2747.

[3] Sabey, C. V., Charlton, C. T., and Charlton, S. R. (2019). The “magic” positive-to-negative interaction ratio: Benefits, applications, cautions, and recommendations. Journal of Emotional and Behavioral Disorders, 27(3), 154-164.

[4] 平野真理 (2019). 他者をほめること・他者からほめられることを通した自己の肯定的評価:日本人女子大学生に効果的なレジリエンス教育に向けて.東京家政大学研究紀要人文社会科学,59(1), 61-70.

[5] Kakinuma, K., Nakai, M., Hada, Y., Kizawa, M., and Tanaka, A. (2022). Praise affects the “Praiser”: Effects of ability-focused vs. effort-focused praise on motivation. The Journal of Experimental Education, 90(3), 634-655.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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