2025年1月21日
褒め言葉の功罪:意欲を高める褒め方、下げる褒め方
誰かに褒められたとき、私たちはどのような気持ちになるでしょうか。心が温かくなり、やる気が湧いてくる経験をしたことがあるはずです。一方で、心ない褒め方をされて、かえってやる気を失ってしまった経験もあるかもしれません。
人を褒めることは、一見すると簡単なことのように思えます。しかし実際には、褒め方によって相手の成長を後押しすることも、逆に意欲を損なうこともあります。そのため、ポジティブ・フィードバックの方法については、長年にわたって研究が重ねられてきました。
本コラムでは、褒めることの多様な側面について、研究知見をもとに解説します。周囲の人を褒めることは、職場や面談など、様々な場面で求められるスキルです。褒めることの効果や、その複雑なメカニズムについて理解を深めることで、相手の成長を支援するための新しい視点が得られるでしょう。
褒めはプラスにもマイナスにもなる
私たちは通常、褒めることをポジティブな行為だと考えています。実際、褒められることで人は自信を持ち、やる気を高めることができます。しかし、褒め方によっては思わぬ逆効果を招くことがあります[1]。
褒められたとき、そこには認知的な反応、感情的な反応、そして動機づけの反応が生じます。認知的な反応では、褒められた事柄に意識が集中し、自己概念が変化する場合があります。例えば、数学のテストで「計算が速い」「論理的に考えられている」と褒められると、その経験を通じて自分の数学的な能力を再評価します。そして、徐々に「私は数学が得意だ」という自己認識を形成していきます。
この変化は、その後の学習態度や成績にも良い変化をもたらすことがあります。自分の得意分野として数学を認識し、より積極的に取り組むようになるのです。
感情面での反応は、複数の層で構成されています。まず、褒められた直後には喜びや達成感といった即時的な感情が生まれます。これは脳内で快感物質が分泌されることとも関係しています。その後、「自分にはこういう力があるのだ」という自信が芽生え、それが新たな挑戦への意欲につながります。
しかし、褒められることには別の側面もあります。特に、周囲からの期待が高まることで生じるプレッシャーです。例えば、「数学の成績がいつも優秀」と褒められ続けると、「次も良い点を取らなければならない」という強迫的な思いに駆られることがあります。
このプレッシャーは、テスト中の緊張や不安を増大させ、本来の実力を発揮できない原因となります。高すぎる期待やプレッシャーによって、テストの点数が低下するケースが報告されています。
動機づけの面では、適切な褒め方をすることで、活動そのものへの興味や関心が高まります。例えば、「絵を描くのが楽しそう」と褒められた子どもは、絵を描くこと自体の面白さを再確認し、より自発的に絵を描くようになります。これが内発的な意欲の高まりです。絵を描くことが、報酬や評価を得るための手段ではなく、それ自体が目的となるのです。
ただし、褒め方を間違えると、この内発的な意欲が損なわれることがあります。例えば、「絵を描くと褒めてもらえる」という意識が強くなると、褒められることが目的となり、絵を描く活動自体への興味が薄れてしまいます。過度に評価的な褒め方をされると、自由時間に絵を描く時間が減少することが確認されています。
また、褒める人と褒められる人の関係性も、褒めの効果を左右します。例えば、教師や指導者など、専門的な知識を持ち、日頃から接している人からの褒めは、行動や意欲に強い影響を与えます。これは、その人の評価に信頼性があり、具体的な根拠を伴っているためです。一方、初対面の人や、その分野についてよく知らない人からの褒めは、「お世辞を言われただけ」と受け取られ、行動の変化にはつながりにくいことが分かっています。
さらに、褒められる内容と自己認識の一致度も重要です。例えば、音楽が得意な人が演奏を褒められた場合、その褒めは自然に受け入れられ、さらなる向上心につながります。これは、褒められた内容が自己認識と一致しており、その評価に説得力があるためです。反対に、音楽が苦手だと感じている人が安易に褒められると、「本当は下手なのに」という否定的な感情が生まれ、かえってやる気を失ってしまう可能性があります。
褒めても逆効果になる態度もある
褒め言葉は、その内容や方法によって、学習意欲に異なる効果をもたらします。特に、報酬的な性質を持つ褒めは、意外な結果をもたらすことがあります[2]。
事前に報酬が約束されている場合、その後の内発的な意欲が低下することが確認されています。例えば、「この課題を終えたら褒美をあげる」と伝えられると、課題終了後に自由時間が与えられたとき、同じ課題に取り組む時間が顕著に減少します。
これは、報酬が約束されることで、課題への取り組みが「褒美を得るための手段」として認識されるためです。その結果、課題自体の面白さや魅力が二次的なものとなり、報酬がなくなると課題への興味も失われてしまうのです。
褒め言葉の種類によっても、効果は異なります。言語による褒め(「よくできました」など)は、通常は内発的な意欲を高めます。
しかし、支配的な態度で褒めた場合は異なります。「私の言う通りにできた」「期待通り」といった褒め方をされると、自分の行動が他者にコントロールされていると感じます。その結果、行動の主体性が失われ、内発的な意欲が低下してしまいます。このような支配的な褒め方をされた生徒は、その後の自由選択場面で課題に取り組む時間が減少します。
報酬としての褒めが内発的な意欲を損なう理由は、認知評価理論によって説明されます。この理論によれば、外部からの報酬は、自己決定感を低下させることがあります。
最初は純粋に「やりたい」という気持ちで始めた活動が、報酬の存在によって「やらなければならない」という義務的な性質を帯びていきます。例えば、読書が好きな人が、読書カードの達成スタンプのために本を読むようになると、読書本来の楽しさが薄れていきます。実験でも、報酬を期待して活動に取り組んだ参加者は、その後、報酬がない状況では同じ活動に興味を示さなくなることが確認されています。
働き者という褒め方は悪影響
努力を褒めることは、一般的に推奨される方法です。しかし、「働き者ですね」といった人物特性に焦点を当てた褒め方は、意外にも悪影響を及ぼす可能性があります[3]。
成人を対象とした実験において、参加者たちは最初に簡単なパターン認識課題に取り組み、その後、より難しい課題に挑戦しました。
「働き者」と褒められたグループは、課題が難しくなると、他のグループと比べて早い段階で諦める傾向が見られました。難しい課題に費やす時間が短く、正答率も低かったのです。また、課題後のアンケートでは、課題に対する楽しさの評価が他のグループより有意に低くなりました。
このような結果が生じる理由は、褒め方と個人の特性との関係にあります。「働き者」という褒め方は、その人の行動や結果ではなく、人としての属性に言及しています。これは、一見するとポジティブな評価に思えますが、実は危険な側面を持っています。なぜなら、この褒め方は「あなたはこういう人だ」というラベルづけとして機能するからです。
このラベル付けが問題となるのは、特に失敗を経験した時です。「働き者」と褒められた人が失敗すると、「本当に自分は働き者なのだろうか」という疑念が生じます。これは単なる行動の失敗ではなく、自分の人としての価値や特性への疑いとなります。例えば、課題が上手くいかなかった時、「自分は思っていたほど働き者ではない」「人々の期待に応えられない人間だ」といった否定的な自己評価につながりやすいのです。
対照的に、「頑張った」というプロセスに焦点を当てた褒め方は、このような問題を引き起こしません。この種の褒め方は特定の行動や取り組みに対する評価だからです。失敗した場合でも、「今回は十分な努力ができなかった」と、行動レベルでの改善点として捉えることができます。
これは、次回の挑戦に向けて建設的な姿勢を保つことを可能にします。努力は可変的なものであり、次は「もっと頑張ろう」という意欲につながりやすいのです。
実験における発見の一つは、褒め方による帰属の違いです。「能力が高い」という褒め方をされた参加者は、失敗の原因を自分の能力の限界として解釈する傾向が強く見られました。失敗すると「自分にはそこまでの能力がなかった」と考え、それ以上の挑戦を避けようとします。これは固定的なマインドセット、すなわち「能力は変えられない」という考え方を強化することにつながります。
一方、「頑張った」と褒められた参加者の場合、失敗を異なる形で解釈します。失敗の原因を「今回の努力が足りなかった」「異なる学習方法を試してみる必要がある」といった、改善可能な要因に帰属させる傾向にありました。この解釈の違いは、その後の行動に影響を与えます。努力に帰属させた人々は、新しい戦略を試したり、より多くの時間を投資したりすることで、次回の成功を目指そうとします。
さらに、「働き者」というラベルは、人々の行動選択にも影響を与えます。このラベルを与えられた人は、そのイメージを維持することに注意を向けるようになります。これは、「働き者」としての評判を失うことへの不安から生じます。
その結果、確実に成功できる容易な課題を選び、失敗のリスクがある挑戦的な課題を避ける行動パターンが形成されます。実験でも、「働き者」と褒められた参加者は、難しい選択問題に挑戦する機会が与えられた際、易しい問題を選ぶ割合が高くなることが検証されています。
ロボットに褒められることも有効
現代のテクノロジーの進歩により、人工的なシステムによる褒めも注目を集めています。特に、実体を持つロボットによる褒めは、意外な効果を発揮することが分かってきました[4]。
大学生を対象とした実験では, ロボットが褒める動作を行うことで、学生の学習意欲が維持されることが分かりました。このシステムでは、Wi-Fi接続情報を用いて学生の滞在時間を自動的に計測し、目標を達成するとロボットが祝福の動作を行います。
実験の結果、ロボットによる褒めの効果が示されました。実験参加者は同じ内容の褒めを、スマートフォンアプリのキャラクターとロボットの両方から受けました。
評価では、ロボットからの褒めの方が高いスコアを獲得しました。「本当に褒められている」という実感度においても、ロボットが有意に高い評価を得ました。これは、物理的な実体を持つロボットが、画面上の二次元的な表示よりも、社会的な存在として認識されやすいことを表しています。
褒め方の種類による違いも興味深い結果を示しました。実験では、短時間のシンプルな動作(両腕を上げて「バンザイ」をする、笑顔を表示するなど)と、長時間の複雑な動作(音楽に合わせてダンスをする、複数の動きを組み合わせた演出を行うなど)を比較しました。
予想に反して、シンプルな動作の方が高い評価を得たのです。シンプルな動作の方が「褒められている」という意図が伝わり、素直に受け入れられました。一方、複雑な動作は「見世物」的な印象を与え、褒めの真摯さが薄れてしまいます。
ロボットによる非言語コミュニケーションの効果も注目に値します。実体のあるロボットは、腕の動きや表情の変化、体の向きなど、多様な方法で感情を表現できます。実験参加者は、これらの物理的な動作を通じて、褒めの意図をより直接的に受け取ることができました。
例えば、ロボットが参加者の方に体を向け、両腕を広げて褒める動作は、画面上の文字やアニメーションよりも強い共感を生み出すでしょう。この結果は、非言語コミュニケーションが、褒めの効果を高める上で重要な役割を果たすことを示しています。
人間同士の褒め合いには、時として複雑な社会的要因が介在します。例えば、褒める側の意図を詮索したり、褒められた内容の真偽を疑ったりすることがあります。また、相手との関係性や過去の経験によって、褒めの受け取り方が変化することもあります。
しかし、ロボットによる褒めは、このような社会的な複雑さから比較的自由です。ロボットからの褒めは「純粋な評価」として受け取られます。ロボットには隠された意図や打算がないと考えられるため、その褒めを素直に受け入れやすいのです。
ロボットによる褒めには、継続性と一貫性という利点もあります。人間の場合、その時々の気分や状況によって褒め方が変化することがありますが、ロボットは一定の基準で褒めることができます。この安定性は、学習者が自身の進歩を客観的に認識する上で役立つのでしょう。
脚注
[1] Delin, C. R., and Baumeister, R. F. (1994). Praise: More than just social reinforcement. Journal for the Theory of Social Behaviour, 24(3), 219-241.
[2] Deci, E. L., Koestner, R., and Ryan, R. M. (2001). Extrinsic rewards and intrinsic motivation in education: Reconsidered once again. Review of Educational Research, 71(1), 1-27.
[3] Reavis, R. D., Miller, S. E., Grimes, J. A., and Fomukong, A. N. N. (2018). Effort as person-focused praise: “Hard worker” has negative effects for adults after a failure. The Journal of Genetic Psychology, 179(3), 117-122.
[4] 藤本啓一, 伊藤淳子, & 宗森純. (2017). ロボットの褒める動作を用いたモチベーション維持システム“富士丸”. 情報処理学会研究報告, 平成29年6月, 1251-1258.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。