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コラム

危機をチャンスに変える:危機管理チームの重要性と今後の進化

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現代のビジネス環境は、テクノロジーの進化や国際的な経済変動、自然災害、パンデミックといった多様で急速な変化や予期せぬ出来事に満ちています。これらの要因は企業にとって大きな脅威となり得ます。特に、昨今のCOVID-19パンデミックや気候変動による自然災害が、企業のサプライチェーンやオペレーションに深刻な影響を及ぼしたことは記憶に新しいところです。

このような状況では、企業が危機に直面した際に迅速かつ適切に対応できるかどうかが、その存続と成功を大きく左右します。こうした状況において重要な役割を果たすのが危機管理チーム(Crisis Management Team, CMT)です。

危機管理チームとは、組織が予期せぬ危機的状況に直面した際に、迅速かつ効果的に対応するために編成された専門チームです。このチームは、企業や組織が直面する危機の影響を最小限に抑え、事業の継続や迅速な再建を支援することを目的としています。多くの企業では、危機管理チームを編成し、リスクに迅速に対応できる体制を整えています。

本コラムでは、危機管理チームの役割や特徴について解説するとともに、現代のビジネスにおいてなぜ不可欠であるのか、またその運用における留意点についても考察します。

危機管理チームの主要な役割

はじめに、危機管理チームの役割や特徴について簡単に説明します。危機管理チームの主要な役割は、企業や組織が予期しない危機に直面した際に、状況に応じて柔軟かつ迅速、そして効果的に対応することです。このチームは、組織が危機を乗り越え、ステークホルダーからの信頼を守る上で、極めて重要な役割を果たします。

ここでは危機管理の役割の代表的な研究者であるイアン・I. ミトロフ(Ian I. Mitroff)の理論に基づいて紹介します。ミトロフの理論では、組織全体で危機に対応するための全社的なアプローチが重要であるとされています[1]。特に、危機管理を組織文化の一部として組み込むことにより、持続可能で効果的な危機対応体制を構築できると強調されています。

以下では、危機管理の具体的な流れについて順を追って説明いたします。

  1. 事前準備と予防: 組織が潜在的なリスクを特定し、そのリスクが実際に発生するのを防ぐための措置を講じる段階です。これには、リスク評価や予防策の設計、社員教育などが含まれます。
  2. 危機の封じ込め: 危機が発生した場合に、その影響が最小限に抑えられるようにする段階です。早期発見と迅速な対応が求められ、危機の拡大を防ぐための初動対応が重要です。
  3. 回復: 危機の影響を受けた組織の機能を回復し、通常の状態に戻すためのフェーズです。これは、危機の影響を完全に消し去るだけでなく、影響を受けた要素を復旧させるためのリソースの調整も含まれます。
  4. 学習: 危機から学ぶことで、将来的に同様の事態が発生した際により効果的に対応できるようにする段階です。組織は、危機からの教訓をもとに、改善や再発防止のための策を講じます。
  5. 成長: 危機を経験することで、組織がより強く、より適応力を高めることを目指す段階です。このフェーズでは、組織の文化や構造が見直され、将来の成長に向けた持続的な発展が促進されます。

効果的な危機管理のために必要なこと

効果的な危機管理を実現するためには、組織内でのチームの結束や知識の強化、そして危機発生時におけるリーダーシップが不可欠です。

まず、危機管理の重要性を組織全体で共有し、チームの知識を向上させるとともに、組織的価値を高めることが重要です。また、チーム間の調和や結束を強化することで、危機に直面した際の対応力を高めることが求められます。さらに、想定されるシナリオを事前に構築し、危機対応ガイドラインを作成することも、効果的な危機管理に大きく寄与するとされています。

以下では、特にチームの結束に関するTokakisらの研究と、危機対応ガイドラインの重要性について紹介します。

Tokakisらの研究では、ヨルダンの電力会社で働くチームにおいて、危機対応力を高めるための要因が調査されました[2]。この調査では、17のチームに所属する142人のメンバーを対象にアンケートを実施し、チームが持つ影響力や役割の重要性、独自の判断力が危機対応力に大きく影響することが示されました。

また、メンバーが意思決定を自主的に行う力や、チーム内のコミュニケーション、リーダーの感情面でのサポートも重要であり、チーム内で明確なコミュニケーション方法が確立されていることが示されました。

一方、危機対応ガイドラインについての先行研究では、ガイドラインの明確さ、役割分担、実践的訓練、そして柔軟性が効果的な危機管理のための鍵となるとされています。

Kimら (2023)の研究は、災害時に具体的なマニュアルが即時対応能力を向上させると示し、ガイドラインの見直しの重要性を指摘しています[3]。Kimらは、COVID-19パンデミック中におけるチーム内部の危機コミュニケーションと指示情報が、従業員の信頼や組織との関係性に与える影響について検討しました。

米国全域の企業で働く従業員378名を対象に実施したオンライン調査では、従業員が必要とする具体的な指示情報(パンデミックに関する基本情報、組織の準備・計画、影響)が、従業員の信頼を高める上で重要であることが明らかになりました。

また、対話型コミュニケーション能力が、従業員の帰属意識(組織への感情的な結びつき)や関係満足度(組織との関係への満足感)の向上、さらに組織の意思決定への支持を促進することも確認されています。

また、Coomb らの研究では、危機管理の重要性とその実践的アプローチについて詳述されています[4]。危機対応ガイドラインには、連絡先情報や対応手順、文書フォーマットなどを明文化することで、迅速かつ一貫した対応が可能になるとされています。

さらに、ガイドラインは年に1回以上の更新が推奨されており、事前にテンプレートを準備することで初動対応の迅速化が図られると述べられています。役割分担の明確化も重要で、危機管理チーム内の責任を明確にするとともに、広報、法務、運営、ITなどの各部門間での連携を強化する必要があります。

特に、広報担当者にはメディア対応訓練が必要とされており、危機時に統一されたメッセージを提供できるよう、定期的なシミュレーションや訓練の実施が推奨されています。これにより、組織は公衆の安全を確保しつつ、評判や財務への影響を最小限に抑える効果的な危機対応が可能になるとされています。

役割の明確化は、組織全体の効率性を高めるとされており、特に指揮系統の整備が効果的な対応を実現する上で不可欠とされています。Grunnan(2017)の研究では、シミュレーション訓練が意思決定力を強化する効果があると報告されています[5]

これらの先行研究から、ガイドラインを構築する際には多角的な視点が求められ、明確でありながら柔軟性を備えた危機管理体制が組織の対応力を強化することが示唆されています。また、チームメンバー全員が自分の役割と責任を明確に理解していることが重要です。誰がどのタスクを担当するのか、どのような意思決定プロセスが採用されるのかが明確であれば、危機発生時の混乱を防ぎ、迅速かつ効果的な対応が可能になります。

さらに、チームメンバーは自分の職務範囲を理解するとともに、危機対応計画に基づいた行動を適切に取る必要があります。

危機管理の成功事例と失敗事例

企業や組織にとって、危機管理の重要性は、これまでのさまざまな事例からも十分に明らかです。特に、重大な事故や社会的な信頼の失墜といった状況が発生した際、適切に危機へ対応できるかどうかによって、その後の評判や信頼、さらには組織の成長に大きな違いが生じます。

本コラムでは、いくつかの代表的な事例を取り上げるとともに、適切な危機管理が行われなかった場合に発生するリスクについて解説します。これにより、危機管理の重要性を再認識し、組織がより効果的に対応できるための指針を示します。

危機管理が成功した事例

ジョンソン・エンド・ジョンソンのタイレノール事件(1982年)

ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は、毒物混入による死亡事故が発生した際、迅速なリコールと誠実な対応を実施しました。同時に、新しい安全キャップを開発し、製品を市場に再導入するという徹底した対応を行いました。この迅速かつ顧客重視の姿勢により、J&Jは消費者からの信頼を回復し、ブランド価値を守ることに成功しました。

新型コロナウイルスへの対応(2020年~現在)

新型コロナウイルスのパンデミックに際して、多くの企業が感染防止策を講じるとともに、テレワークを導入するなど柔軟な対応を行いました。さらに、マスクメーカーや医療機器メーカーは、需要の急増に対応して生産体制を拡大し、社会の安全と安定に大きく貢献しました。こうした危機管理における迅速かつ効果的な対応により、多くの企業が消費者や社会からの信頼を維持することに成功しました。

BPのメキシコ湾原油流出事故(2010年)

BP(British Petroleum)はメキシコ湾で大規模な原油流出事故を起こした際、迅速に賠償金を設定し、被害者や地域住民に対する補償を行いました。さらに、流出の制御や再発防止策を徹底することで、環境への責任を果たす姿勢を示しました。これらの対応を通じて、BPは企業としての信頼を取り戻す努力を行いました。

危機管理が不十分だった場合に起こりうるリスク

評判・信頼の失墜

危機管理が不十分だと、顧客や取引先、投資家からの信頼が失われ、企業価値が大きく下がる恐れがあります。SNSで情報が広がりやすい現代では、対応の遅れが致命的なダメージに繋がります。

経済的損失の拡大

危機管理が不足しているとリカバリーコストが増加し、破産や事業売却を迫られる可能性もあります。製品リコールやサービスの停止、設備の修理などのコストが嵩むためです。

生産・供給の中断

サプライチェーンへの備えが不十分だと、自然災害、戦争、紛争、貿易制裁などが原因で、原材料の供給や物流が途絶える危機発生時に生産や供給が停止する可能性があり、これが顧客からの信頼喪失に繋がることもあります。

従業員の安全リスク

危機管理が不十分で従業員の安全が確保されないと、労災や事故の発生率が高まり、訴訟や補償支払いの増加も招くことになります。

以上をまとめると、企業における危機管理は、信頼の維持と長期的な成長に不可欠です。成功事例は迅速な対応と透明性により信頼を回復しましたが、対策が不十分な場合は、評判の低下や経済的損失、顧客からの信頼喪失、従業員の安全リスクなどが発生し、企業価値に深刻な影響を及ぼします。危機を想定した準備と行動が企業の持続可能な成長の鍵となります。

危機管理がもたらす効果と今後の展望

現代社会では、自然災害や技術的トラブル、さらには企業の不祥事など、予測不可能な危機が頻繁に発生しています。これらの危機にいかに迅速かつ効果的に対応するかは、企業や組織の生存と信頼の維持に大きな影響を与えます。

まず、効果的な危機管理は、企業や組織が信頼を守り抜くための力となります。問題が発生した際、迅速で透明性のある対応を行うことで、顧客や取引先、一般社会からの信頼を早期に回復することが可能になります。また、組織内部においては、従業員が安心して働ける環境を整えることにつながり、モチベーションやパフォーマンスの向上を促進します。

さらに、危機管理体制を整備することで、経済的損失も最小限に抑えることができます。たとえば、リスク発生時のリカバリーコストを事前に見積もり、必要な備えを行っておけば、実際の被害が発生した際にもコストを削減し、事業への影響を軽減することが可能です。

今後の展望として、危機管理のデジタル化や自動化の進展が期待されます。特に、サイバーセキュリティの強化や、ESG(環境・社会・ガバナンス)の視点を取り入れた危機管理の重要性が高まると予想されます。

また、ビッグデータを活用してリスクを早期に検知するシステムや、人工知能(AI)を活用したリスクモニタリングの導入も注目されています。加えて、グローバルな連携や協力も、危機管理における重要な要素となっています。

現代のビジネス環境において、危機への備えは組織の存続と成功を左右する極めて重要な要素です。危機管理チームの役割を最大限に引き出すためには、明確なガイドライン、効果的な役割分担、そして実践的な訓練が不可欠です。これらの取り組みを通じて、企業は予期せぬ事態にも柔軟に対応し、信頼を維持しながら持続可能な成長を遂げることができると考えられます。

脚注

[1] Mitroff, I. I., & Pauchant, T. C. (1992). The essential guide to managing corporate crises: A step-by-step handbook for surviving major catastrophes. Oxford University Press.

[2] Tokakis, V., Polychroniou, P., & Boustras, G. (2018). Managing conflict in the public sector during crises: The impact on crisis management team effectiveness. International journal of emergency management, 14(2), 152-166.

[3] Kim, Y., Basnyat, I., & Meganck, S. (2023). The role of base crisis response and dialogic competency: Employee response to COVID-19 internal crisis communication. Journal of Public Relations Research35(1), 37-61

[4] Coombs, W. T. (2007). Crisis management and communications. Institute for public relations4(5), 6.

[5] Grunnan, T., & Fridheim, H. (2017). Planning and conducting crisis management exercises for decision-making: the do’s and don’ts. EURO Journal on Decision Processes5(1-4), 79-95.


執筆者

井上 真理子 株式会社ビジネスリサーチラボ アソシエイトフェロー
大阪樟蔭女子大学心理学部心理学科卒業、富山大学大学院人間発達科学研究科 修士課程修了(教育学)、富山大学大学院医学薬学教育部 博士課程終了(医学)。主な研究分野は、認知心理学・発達心理学・公衆衛生学などである。心理学分野では、主に金銭報酬と遅延時間を用いて人の衝動性を測定する遅延価値割引課題から、人の衝動性を測定し、実行機能と様々な行動の関連について実験調査を行なっている。公衆衛生学分野では、子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)のビックデータを用いて、妊婦や子どもの健康に関わる要因について観察研究を行っている。公認心理師・臨床発達心理士・保育士の資格を持っており、スクールカウンセラーなど教育現場での活動に加え、得られたデータの論文化を行なっている。

#井上真理子

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