ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

なぜ褒められても嬉しくない?ポジティブ・フィードバックの使い方

コラム

誰もが経験したことがあるはずです。上司や同僚から褒められた時の喜びを。そして、その言葉がきっかけとなって、さらに仕事への意欲が湧いてきた経験を。ポジティブ・フィードバックは、多くの職場でモチベーション向上の作用をもたらし得ます。しかし、ポジティブ・フィードバックは必ずしも期待通りの効果を生むとは限りません。むしろ、場合によっては従業員の意欲を低下させることすらあります。

では、ポジティブ・フィードバックはどのような条件で機能し、どのような状況では効果を発揮できないのでしょうか。また、受け手の立場からすると、どのようにフィードバックを受け止めることで、それを自己成長に活かせるのでしょうか。

本コラムでは、職場におけるポジティブ・フィードバックについて、教育現場での実践や企業での調査結果を参考にしながら、その効果と条件について考察します。

褒めることが効果を生む条件とは

教育現場での研究から、ポジティブ・フィードバックの効果には一定の条件が必要だということが分かってきました[1]。小学校での調査結果によると、教師からのポジティブ・フィードバックは期待されているほどには行動の強化につながっていない状況が見られます。

調査では、教師が生徒を褒める頻度を計測しましたが、その頻度は予想以上に低いものでした。さらに問題だったのは、教師が同じような行動を見せた生徒に対して、ある時は褒め、別の時は褒めないというように、一貫性のない対応をしていたことです。

例えば、宿題を丁寧に仕上げた生徒に対して、ある時は「とてもよくできていますね」と褒めますが、別の機会には同じように丁寧な宿題を提出しても何も言わないといった具合です。

このような状況では、生徒は自分のどのような行動が評価されているのかを理解することができません。例えば、提出物の丁寧さなのか、締め切りを守ったことなのか、内容の質なのか、何が評価の対象となっているのかが曖昧なままです。そのため、生徒は次回どのような行動を取ればよいのかの指針を得ることができず、行動の改善につながりにくくなっていました。

さらに調査では、教師の言葉と非言語的な表現との不一致が問題として浮かび上がりました。例えば、「素晴らしい発表でした」と言いながら、表情は無関心であったり、姿勢は前を向いていなかったりするケースが観察されました。

教師の声のトーンや表情、身振り手振りといった非言語的な要素が、言葉の内容と矛盾している場合、生徒はそのフィードバックを心からの評価として受け止めることができません。その結果、教師の言葉が形式的なものとして捉えられ、生徒の行動改善への動機づけとはならないのです。

調査ではまた、教師が生徒の実際の達成度とは無関係に、過剰なほめを行うケースも観察されました。特に学業成績が振るわない生徒に対して、些細な進歩に対しても大げさな褒め言葉をかけるような場面が見られました。

この場合、生徒は「自分は能力が低いから、ちょっとのことでも褒められている」と解釈する傾向がありました。その結果、「自分にはこの程度しかできない」という低い自己評価が強化され、高い目標に挑戦しようとする意欲が失われてしまいます。

生徒の側の心理にも興味深い発見がありました。クラスの中には、教師からほめられることに強い抵抗を感じる生徒が存在していたのです。特に、クラスメートとの関係を重視する生徒にとって、教師から公の場で褒められることは、「先生のお気に入り」というレッテルを貼られることを意味しました。

そうした生徒は、クラスメートからの視線や反応を気にして、むしろほめられることを避けようとする行動を取るようになりました。例えば、本来なら手を挙げて発言できる場面でも、あえて控えめな態度を取るといった具合です。このように、教師の褒め言葉が、意図せずして生徒の積極的な参加を妨げる要因となっていたのです。

関係ができていないと効果が出にくい

企業での調査からは、上司と部下の関係性がポジティブ・フィードバックの効果を左右することが分かってきました[2]。特に、上司と部下の関係が希薄な場合、ポジティブ・フィードバックは期待される効果を発揮できないばかりか、逆効果となることさえあるのです。

実験では、大学生を対象に企業訪問者への電話案内という課題を設定し、上司役からのフィードバックがどのように受け止められるかを調査しました。

上司と部下の関係が良好な場合、部下は上司からのポジティブ・フィードバックを「自分の成長を願う真摯な評価」として受け止めました。その結果、部下は仕事に対して責任感を持つようになり、自発的に業務の質を高めようとする姿勢が見られました。

同時に、「この上司なら自分の成長を支援してくれる」という信頼感も深まり、上司からの今後のフィードバックにも前向きに耳を傾けるようになりました。

これに対して、上司との関係が疎遠な場合、部下は異なる反応を示しました。部下は上司からのポジティブ・フィードバックを受けても、仕事に対する責任感が低下する傾向が見られたのです。

普段からコミュニケーションが少なく、互いの考えや価値観を理解し合えていない状況では、部下が上司のフィードバックを表面的なものとして捉えてしまうわけです。特に考えさせられるのは、関係性が希薄な場合、部下は上司のポジティブ・フィードバックに対して不信感や不安を抱くことです。

例えば、「本当は自分の仕事に問題があるのに、直接指摘するのを避けているのではないか」「形式的に褒めているだけで、実は評価していないのではないか」といった疑念を持つようになります。この心理的な負担は、部下の仕事への集中力を低下させ、結果的に責任感の喪失につながってしまうのです。

調査では、上司からフィードバックが全くない状況についても分析が行われました。この場合、部下は不安と不満を抱えることが明らかになりました。部下は「自分の努力や工夫が上司に届いていないのではないか」「仕事の成果を認めてもらえていないのではないか」といった思いを募らせていきます。

特に、質の高い仕事を目指して努力している部下ほど、フィードバックの欠如に敏感に反応することが分かりました。彼らは上司の沈黙を「自分の仕事が期待に達していない」というサインとして解釈し、それが強いストレスとなって、仕事への意欲を低下させる要因となっていました。

促進焦点の人には有効

中国企業での調査から、ポジティブ・フィードバックの効果は、受け手の個人特性によって異なることが分かってきました。目標に向かって自分を高めようとする「促進焦点」を持つ従業員に対して、ポジティブ・フィードバックは強い効果を発揮することが明らかになりました[3]

調査では、上司からのポジティブ・フィードバックが、従業員の二つの異なる行動面に与える影響を分析しました。一つは通常の職務内容、すなわち与えられた仕事をきちんとこなすという側面です。

もう一つは自発的な貢献活動、職務として定められてはいないものの、組織にとって有益な行動を自ら進んで行うという側面です。例えば、同僚の支援や業務改善の提案、職場の雰囲気づくりへの貢献などが、自発的な貢献活動に含まれます。

分析結果によると、上司のポジティブ・フィードバックは、これら両方の側面においてプラスの効果をもたらすことが確認されました。

職務内容については、上司からの肯定的な評価を受けた従業員は、より正確かつ効率的に仕事を進めるようになりました。自発的な貢献活動においても、ポジティブ・フィードバックを受けた従業員は、組織や同僚への貢献に積極的な姿勢を見せるようになったのです。

特に取り上げたいのは、従業員の持つ「促進焦点」という個人特性との関係です。促進焦点とは、自分の成長や目標達成に関心を持ち、新しい挑戦を積極的に求める傾向を指します。この特性を強く持つ従業員は、上司からのポジティブ・フィードバックに対して、敏感に、そして建設的に反応することが分かりました。

促進焦点を持つ従業員は、上司からの肯定的な評価を「自己の成長を確認できる機会」として捉えます。ポジティブ・フィードバックを、自分の取り組みが正しい方向に向かっているという確認のシグナルとして受け止めるのです。

そのため、そこから更なる改善のヒントを得て、より高い目標に向かって自分を高めていく傾向があります。例えば、ある業務で良い評価を得た場合、その成功要因を分析し、他の業務にも応用しようとする姿勢が見られるようなイメージです。

ネガティブ・フィードバックに対する反応も興味深い結果を示しました。上司からの批判や改善点の指摘は、従業員の通常の職務内容については一定の改善効果をもたらしました。指摘された問題点に対して、従業員はきちんと向き合い、必要な修正や改善を行ったのです。

しかし、自発的な貢献活動に関しては、ネガティブ・フィードバックは逆効果となることが分かりました。従業員は、上司から批判的なフィードバックを受けると、職務として定められた範囲内での改善は行うものの、それ以上の積極的な行動は控えめになるということです。

この現象について、研究では従業員の自己効力感の低下が主な要因として指摘されています。自己効力感とは、「自分にはこのような行動ができる」という確信の度合いを指します。ネガティブ・フィードバックは、時としてこの自己効力感を損なう可能性があります。

その結果、従業員は失敗を恐れるようになり、必要最低限の業務にとどまろうとする心理が働くのです。特に、自発的な貢献活動は、その性質上、失敗のリスクと隣り合わせです。自己効力感が低下した状態では、挑戦的な行動を避ける傾向が強まってしまいます。

受け手のフィードバック・リテラシー

教育研究では、フィードバックを受ける側の能力、いわゆる「フィードバック・リテラシー」の重要性が指摘されています[4]。フィードバックを理解し、それを学習や成長に活かすためのスキルや態度を指す概念です。

フィードバック・リテラシーには、四つの要素があります。一つ目は「フィードバックの価値の理解」です。フィードバックを通じて自分の成長が促されるという認識を持ち、それを前向きに活用しようとする姿勢を指します。

例えば、上司からのコメントを、自分の目標達成に向けた貴重な情報として捉えます。具体的には、フィードバックの内容を記録し、定期的に振り返ることで、自分の成長の道筋を確認したり、新たな課題を発見したりする行動が含まれます。

また、フィードバックの中から自分の強みと弱みを検討し、それを今後の行動計画に活かそうとする姿勢も、この要素の重要な部分です。

二つ目は「判断力」です。自分や他者の仕事ぶりを客観的に評価し、その良し悪しを見極める力を指します。例えば、自分の成果が組織の目標や基準にどの程度合致しているかを冷静に吟味したり、同僚の優れた取り組みから学ぶべき点を見出したりする能力です。

この判断力は、上司からのフィードバックを適切に解釈し、自分の改善に結びつける上で不可欠です。また、他者に対して建設的なフィードバックを提供する際にも、判断力が重要な役割を果たします。

三つ目は「感情の管理」です。とりわけ批判的なフィードバックを受けた際に生じる感情的な反応をコントロールし、そこから学びを引き出す能力を指します。

多くの人は、批判を受けると自然と防衛的になったり、否定的な感情を抱いたりします。しかし、成長のためには、そうした感情をコントロールし、フィードバックの内容を冷静に受け止める必要があります。

例えば、批判的なフィードバックを受けても、それを個人攻撃として受け止めるのではなく、「どのような点を改善すれば良いのか」という視点で捉え直すことが求められます。これには、自分の感情パターンを理解し、ネガティブな反応を建設的な思考に変換するスキルが含まれます。

四つ目は「行動への移行」です。フィードバックの内容を具体的な改善行動に結びつける能力を指します。フィードバックを受けた後、多くの人は「改善しなければ」という認識を持ちますが、実際の行動変容までには至らないことが少なくありません。

この「行動への移行」は、フィードバックの内容を検討し、改善計画を立て、それを実行に移す一連のプロセスを含みます。例えば、上司から「報告書の構成をもっと分かりやすくする必要がある」というフィードバックを受けた場合、優れた報告書の事例を研究したり、新しい構成方法を試したりするといった行動を起こすことが求められます。

フィードバック・リテラシーを高めるための方法として、他者との評価活動や典型事例の分析が挙げられます。例えば、同僚との相互評価セッションを通じて、異なる視点からのフィードバックを経験することで、フィードバックの受け取り方や活用方法について学ぶことができます。

また、高い評価を受けた仕事の事例を掘り下げることで、「優れた成果とは何か」についての理解を深め、自分の改善に向けた指針を得ることができます。さらに、他者の仕事を評価する機会を通じて、フィードバックの提供の仕方も学ぶことができます。

タスクを明確化する介入が効果あり

介護スタッフを指導する上司を対象とした研究から、ポジティブ・フィードバックを効果的に行うには、タスクの明確化が鍵となることが分かってきました。研究では、上司と部下の間でポジティブ・フィードバックと建設的フィードバックの比率を41にすることを目指しました[5]

タスクの明確化とは、フィードバックを提供する場面や状況を定義し、それぞれの状況でどのようなフィードバックが望ましいかを明確にすることです。例えば、「部下が期限内に仕事を終えた時」「部下が困難な状況で創意工夫を見せた時」「部下がチームに良い影響を与える行動を取った時」といった場面を特定し、それぞれの場面で適切なフィードバックの内容や表現方法を事前に整理します。

このように、フィードバックの機会とその内容を明確化することで、上司は「いつ」「どのような」フィードバックを提供すべきかの判断がしやすくなります。

タスクの明確化により、上司はポジティブ・フィードバックを提供すべき機会を見逃すことなく捉えられるようになりました。例えば、部下が通常の業務をきちんとこなした時、新しい取り組みにチャレンジした時、同僚との協力を積極的に行った時など、様々な場面でタイミングを逃さずにフィードバックを提供できるようになったのです。

さらに、セルフモニタリングという手法も導入されました。これは、上司が自分のフィードバック行動を記録し、その内容を定期的に振り返るというものです。例えば、1日のうちで何回ポジティブ・フィードバックを行ったか、どのような場面でフィードバックを提供したか、その内容は具体的で部下の行動に即したものだったかなどを記録します。

この記録を通じて、上司は自分のフィードバックのパターンや傾向を把握し、改善が必要な点を特定することができました。また、記録を継続することで、フィードバックの質や頻度が徐々に向上していく様子も確認できました。

実際に、ある上司は、タスクの明確化だけで目標とする41の比率を達成することができました。フィードバックの機会と内容が明確になったことで、適切なタイミングでポジティブ・フィードバックを提供できるようになったためと考えられます。

一方、別の上司は、タスクの明確化に加えてセルフモニタリングを行うことで、はじめて目標比率に到達することができました。この違いは、各上司の特性や学習スタイルの違いを反映していると考えられます。タスクの明確化だけで十分な改善が見られる人もいれば、セルフモニタリングという追加的な方法が必要な人もいるのです。

これらの介入がもたらした効果は持続的でした。タスクの明確化とセルフモニタリングを通じて、上司はフィードバックの量を増やすだけでなく、その質も向上させることができました。具体的で、タイミングの良い、部下の行動に即したフィードバックを提供できるようになったのです。

脚注

[1] Brophy, J. (1981). Teacher Praise: A Functional Analysis. Review of Educational Research, 51(1), 5-32.

[2] 山浦一保, 堀下智子, & 金山正樹. (2013). 部下に対する上司のポジティブ・フィードバックが機能しないとき. 心理学研究, 83(6), 517-525.

[3] Su, W., Yuan, S., and Qi, Q. (2022). Different effects of supervisor positive and negative feedback on subordinate in-role and extra-role performance: The moderating role of regulatory focus. Frontiers in Psychology, 12, 757687.

[4] 瀬崎颯斗, 渡邊智也, & 小野塚若菜. (2023). フィードバック・リテラシーに関する研究動向. 日本教育工学会研究報告集, JSET2023-3-C3, 152-159.

[5] Schulz, A., and Wilder, D. A. (2022). The use of task clarification and self-monitoring to increase affirmative to constructive feedback ratios in supervisory relationships. Journal of Organizational Behavior Management, 42(3), 244-254.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています