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コラム

「諦めない心」の落とし穴:意思決定を歪めるサンクコスト効果

コラム

このプロジェクトはもう限界かもしれない。ただ、ここまで時間とお金をかけてきたのだから・・・。誰もが一度は経験したことのある心理ではないでしょうか。失敗が見えているのに、これまでの投資が無駄になることを恐れて、さらなる投資を続けてしまう。非合理的な意思決定は、ビジネスの世界でも私生活でも見られます。

例えば、行き詰まった研究開発プロジェクトに追加予算を投じたり、不振の店舗の立て直しに膨大な人員を投入したり、あるいは、読んでも面白くない本を最後まで読み切ったり。こうした行動の背後には、「すでに投資したものを無駄にしたくない」という気持ちが潜んでいます。

この現象は「サンクコスト効果」と呼ばれ、経営学や心理学の分野でも注目を集めています。一見すると「諦めない精神」や「コミットメント」のように思えるかもしれません。しかし実際には、冷静な判断を妨げ、状況をさらに悪化させる要因となることが少なくありません。

なぜ私たちは「もう戻ってこない過去の投資」に囚われてしまうのでしょうか。学術研究から見えてきた心理メカニズムに迫ってみましょう。それは、単純な「成功への期待」や「計算の難しさ」では説明できない、人間の認知や感情の複雑な相互作用を明らかにしてくれるはずです。

成功確率の過大評価が原因ではない

サンクコスト効果が生じる理由として、「すでに投資をしているから成功する可能性が高いはず」という楽観的な見方が定説とされてきました。しかし、実際にはそうではないことを示す研究結果も報告されています。

ある実験では、劇場の改装プロジェクトに多額の投資をした状況で、参加者に追加投資の判断を求めました[1]。その際、一部の参加者には成功確率が34%と明確に提示されました。もし成功確率の過大評価が原因なら、確率が明示された場合にはサンクコスト効果は弱まるはずです。

しかし実験の結果は異なりました。成功確率が示されても、すでに投資している人は追加投資を選ぶ傾向が続いたのです。要するに、サンクコスト効果は成功確率の見積もりとは別の要因で生じていることが分かりました。

さらに、投資の判断前後で成功確率の評価がどう変化するかも調べられました。すると興味深いことに、投資を決めた後に成功確率を高く見積もる傾向が見られました。例えば、投資前の評価が50%だったのに対し、投資後は57%に上昇するという具合です。

また、資金提供が90%進行している場合は、新規の投資案件でも成功確率が51%と高めに評価される傾向も確認されました。高額の投資が行われているという事実自体が、成功の見込みを楽観的に歪めてしまう可能性を示唆しています。

このような結果は、サンクコスト効果における因果関係を見直すきっかけとなります。「成功確率を高く見積もるから投資を続ける」のではなく、「投資を続けることを正当化するために成功確率を高く見積もる」という逆の因果関係が存在するのです。

人は投資を決定した後、その判断を合理化するために認知を歪めるということです。自分の選択が間違っていなかったと信じたい気持ちの表れとも解釈できます。成功確率の上方修正は、この心理的な自己防衛メカニズムの一部として機能しています。

計算の難しさにあるのではない

次に検討されたのは、「時間の価値を金銭的に換算するのが難しいから、非合理的な判断をしてしまうのではないか」という仮説です。この仮説を検証するため、サンクコスト効果を時間と金銭で比較する実験が行われました。

実験では、プロジェクトへの投資を「お金」で表現するケースと「時間」で表現するケースが用意され、参加者の判断が比較されました[2]。参加者には「時間は金銭と同じように考えられる」という指導も行われました。もし計算の難しさが原因なら、指導によってサンクコスト効果は弱まるはずです。

しかし、実験結果は予想と異なりました。指導を行っても、時間的なサンクコスト効果は変化しませんでした。これは、人々が時間投資を合理的に評価できているためだと考えられます。

この実験では参加者の属性による違いも明らかになりました。平均年齢44歳の一般サンプルでは、大学生を対象とした従来の研究と比べて、サンクコスト効果が弱まる傾向が見られました。経験を積むことで投資判断が合理的になることを示唆しています。

金銭的なサンクコスト効果と時間的なサンクコスト効果を比較すると、両者の差は従来の研究で報告されていたほど大きくありませんでした。時間の価値評価が必ずしも困難ではないことを意味しています。

むしろ、時間コストの評価は金銭コストよりも主観的で柔軟な面があります。例えば、過去に費やした時間をどのように価値づけるかは個人の判断に委ねられており、それゆえに合理的な評価が可能になるケースもあります。

実験ではCOVID-19パンデミック後のデータも収集されており、時間の価値に対する認識が変化している可能性があるかもしれません。人々が時間の価値を重視するようになった結果、金銭コストと時間コストの評価の差が縮まった可能性があります。

認知的不協和が高い場合に強くなる

サンクコスト効果を強める要因は何なのでしょうか。一つの要素として浮かび上がってきたのが「認知的不協和」です。自分の信念や行動が矛盾することで生じる心理的な不快感を指します。

実験では、プロジェクトへの投資を続けるかどうかの判断を求められた参加者が、認知的不協和の強さによって異なる反応を示すことが分かりました[3]。認知的不協和が強い場合、サンクコスト効果がより顕著になったのです。

具体的には、認知的不協和が低いグループでは、過去の投資額に関係なく比較的合理的な判断を下す傾向が見られました。その一方で、認知的不協和が高いグループでは、過去の投資額が大きいほど、さらなる投資を選択する確率が上昇しました。

このような結果が生じる理由として、認知的不協和を解消したい心理が考えられます。「これまでの投資が無駄になる」という不快な認識を避けるため、追加投資によって成功の可能性を追求しようとするのです。

認知的不協和の作用が投資の「調整要因」として機能するという点は注目に値します。認知的不協和は投資継続の原因というよりも、サンクコスト効果を増幅させる条件として働きます。

認知的不協和が高まる状況では、人は自己防衛的な反応を強めます。例えば、投資の失敗を認めることは自尊心を傷つける可能性があるため、それを避けようとして非合理的な投資継続を選択してしまうのです。

このメカニズムは、組織の意思決定においても意味を持ちます。個人の認知的不協和が高まりやすい状況、例えば責任が特定の個人に集中している場合などでは、サンクコスト効果がより強く作用する可能性があります。

責任を感じると強まる

サンクコスト効果をさらに強める要因として、「責任」の存在も明らかになっています。自分で決定を下した場合、その結果に対する責任感から、非合理的な投資継続を選びやすくなるわけです。

これを示す実験では、航空会社の研究開発プロジェクトに関するシナリオが用いられました[4]。すでに多額の投資が行われているプロジェクトについて、追加投資の判断を求められた参加者は、自身が責任者の立場にある場合により強くサンクコスト効果の影響を受けました。

同様の結果は、劇場のシーズンチケット購入に関する実験でも確認されています。3種類の価格帯(通常価格、2ドル割引、7ドル割引)でチケットを販売したところ、割引価格でチケットを購入した人よりも、定価で購入した人の方が、観劇頻度が高くなりました。高い金額を支払った決定に対する責任感が、「元を取らなければ」という心理を生み出したためと解釈できます。

自己資産と他者の資産では判断が異なることも分かっています。他者の資産を扱う場合は冷静な判断が可能ですが、自己資産の場合は感情的な要素が強く働き、サンクコスト効果が顕著になりやすいのです。

この傾向は、投資における損失と利益の状況でも確認されました。確定的な損失がある場合、人はリスクを取る傾向が強まります。損失を回避したいという心理が、責任感と結びついて非合理的な判断を引き起こすのです。

浪費感の認知も重要な役割を果たすことが分かっています。浪費感が低い場合(例えば利益の見込みが高い場合)は投資を続け、浪費感が高い場合(利益が薄い場合)は投資を控える傾向が見られます。責任を感じる状況下での合理化メカニズムの一つと考えられます。

すなわち、責任感とサンクコスト効果の関係は、個人の自尊心と密接に結びついていました。失敗を認めることは自尊心を傷つける可能性があるため、責任を感じる立場にある人ほど、投資継続という選択に傾きやすくなるのです。

他人に害が及ぶ状況では弱まる

ここまで見てきたように、サンクコスト効果は様々な要因によって強まります。しかし、逆に弱まる場合もあります。その例が、決定が他者に悪影響を及ぼす可能性がある場合です。

病院のプロジェクトに関する実験では、継続によってスタッフに負担がかかるケースと、投資家の損失につながるケースが比較されました[5]。すると、スタッフへの負担が生じるケースでは、サンクコスト効果が弱まることが判明しました。

実験では、参加者は投資判断に加えて、成功確率の見積もりも求められました。結果、他者への害を含む状況では、「投資を無駄にしたくない」という心理よりも、「他者を傷つけたくない」という倫理的な判断が優先されることが確認されました。

興味深いことに、この効果は参加者の視点(自己視点か他者視点か)に関係なく観察されました。「自分が決断する」場合でも「他の人が決断する」場合でも、他者への害を含む状況ではサンクコスト効果が弱まったということです。

ただし、他者への悪影響があってもサンクコスト効果が完全には消失しないことも分かっています。道徳的な判断と投資回収への執着が並存する可能性を示唆しています。

人は複数の価値観を同時に持ち合わせており、それらが競合する場合があります。道徳的な配慮と経済的な利益の追求は、時として相反する判断を要求します。この実験結果は、そうした価値の対立における意思決定のプロセスを明らかにしています。

道徳的判断の強さは状況によって変化することも示唆されました。例えば、他者への害が直接的で明確な場合には強く働く一方で、間接的あるいは不明確な場合には、サンクコスト効果による判断バイアスが優勢になる可能性があります。

倫理的な要素がサンクコスト効果を抑制する現象は、人間の意思決定における道徳的な判断の重要性を浮き彫りにしています。ただし、その効果は完全ではなく、状況や個人の価値観によって変動することにも注意が必要です。

仲間を意識して意思決定を下す

サンクコスト効果の研究から得られた知見は、職場のマネジメントに示唆を与えます。例えば、プロジェクトの継続判断において、「これまでの投資」に囚われすぎることは避けるべきでしょう。むしろ、将来の見通しに基づく意思決定を心がける必要があります。また、意思決定に感情が介入しすぎないよう、チーム内で客観的な評価を共有することも有効です。

自分の判断に対する責任感が強まりすぎないよう、適切な分散を図ることも大切です。特に大きな投資判断については、複数の視点からの検討を経ることで、より合理的な判断が可能になるでしょう。認知的不協和を緩和するためにも、オープンな議論の場を設けることが推奨されます。

最後に忘れてはならないのは、決定が他者に及ぼす影響への配慮です。経済的な損失を避けたい気持ちは理解できますが、それによって職場の人々が過度な負担を強いられることは望ましくありません。経営判断においては、人的資源の持続可能性を考慮に入れる必要があり、そのほうがサンクコスト効果を抑制できるのです。

こうした視点に立って意思決定プロセスを見直すことで、健全な組織運営が可能になるはずです。サンクコスト効果は人間の特性の一つかもしれませんが、その影響を理解し、深刻にならない範囲にコントロールすることも可能となるでしょう。

脚注

[1] Arkes, H. R., and Hutzel, L. (2000). The role of probability of success estimates in the sunk cost effect. Journal of Behavioral Decision Making, 13(3), 295-306.

[2] Petrov, N. B., Chan, Y. K. M., Lau, C. N., Kwok, T. H., Chow, L. C. E., Lo, W. Y., Song, W., and Feldman, G. (2023). Sunk cost effects for time versus money: Replication and extensions registered report of Soman (2001). International Review of Social Psychology, 36(1), 17.

[3] Chung, S. H., and Cheng, K. C. (2018). How does cognitive dissonance influence the sunk cost effect? Psychology Research and Behavior Management, 37-45.

[4] Arkes, H. R., and Blumer, C. (1985). The psychology of sunk cost. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 35(1), 124-140.

[5] Hamzagic, Z. I., Derksen, D. G., Matsuba, M. K., Asfalg, A., and Bernstein, D. M. (2021). Harm to others reduces the sunk-cost effect. Memory & Cognition, 49, 544-556.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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