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コラム

信頼と成長を育むフィードバック:効果的な褒め方とは

コラム

私たちの日常生活において、他者からの評価や反応は意味を持ちます。特に職場では、上司や同僚からのポジティブ・フィードバックが、個人の成長や組織の発展に欠かせない要素となっています。単に「良い仕事をした」と褒めるだけでなく、具体的な内容を伴うフィードバックは、個人の自信を高め、新しい挑戦への意欲を引き出す力を持っています。

本コラムでは、ポジティブ・フィードバックが持つ効果について、研究知見をもとに多角的に検討します。とりわけ、フィードバックが個人の心理や行動にどのような作用を及ぼすのか、そしてそれが組織全体にどのような波及効果をもたらすのかに焦点を当てます。フィードバックの価値を理解することで、職場におけるコミュニケーションの質を高め、より良い組織づくりにつなげることができるでしょう。

信頼と愛着を通じた革新的行動の促進

ポジティブ・フィードバックは、組織における革新的な行動を引き出すために重要です。韓国の地方政府職員を対象とした調査では、上司からのフィードバックが職員の革新的職務行動を促進することが実証されました[1]。このプロセスには、上司への信頼と組織への感情的コミットメントが関わっています。

上司のフィードバックには、業務の成果に対する評価だけでなく、その過程における工夫や努力を認める姿勢が含まれます。例えば、「この提案はサービスの向上に大きく貢献しました。特に、顧客の声を丁寧に聞き取り、それを施策に反映させた点が素晴らしいです」というように、具体的な行動とその価値を示すことで、部下は自分の仕事が組織に貢献していることを実感します。

具体的な評価を受けることで、部下は自分の努力や能力が正当に認められていると感じ、組織の中で自分が果たすべき役割をより明確に理解するようになります。それは、組織の一員としての誇りや責任感を育むことにつながります。

上司との信頼関係が築かれると、部下は新しい取り組みにも積極的になります。例えば、従来の方法を見直して業務の効率化を図ったり、サービスの質を向上させるための提案を行ったりするようになります。たとえ提案が採用されなかったり、実施過程で問題が生じたりしても、上司が建設的な助言やサポートをしてくれるという確信があるためです。上司との信頼関係があることで、失敗を恐れずにチャレンジできます。

組織への愛着も、革新的な行動を生み出す重要な要素です。上司からのフィードバックを通じて、部下は組織の目標や価値観を深く理解し、それを自分の行動指針として内在化していきます。例えば、「あなたの提案は、私たちの組織が目指すサービスの向上という目標に合致しています」といったフィードバックを受けることで、部下は組織の方向性と自分の行動が一致していることを確認できます。

この過程で、部下は組織の発展に主体的に関わろうとする意識を持つようになります。それはアイデアの提案や、業務改善への積極的な参加といった形で表れます。組織の成長に貢献したいという意欲が、創造的な問題解決や革新的な取り組みを生み出す原動力となるのです。

褒められることで高まる被受容感

職場において褒められる経験は、個人の心理状態に影響を及ぼします。被受容感、すなわち自分が受け入れられているという感覚は、評価や承認を通じて形成されます[2]。例えば、「このプロジェクトで、あなたが粘り強く交渉を重ねたことで、クライアントとの良好な関係を築くことができました」というように、行動とその成果が評価されれば、その人は自分の存在価値を実感できます。

このような評価は、その人の職務上のスキルだけでなく、仕事に対する姿勢や取り組み方も認められているという実感をもたらします。職場における自分の存在意義を確認する機会となり、自尊心を高めることにつながります。

所属感の向上も、褒められることの効果です。これは組織の一員であるという形式的な認識を超えて、職場の仲間たちと共に目標に向かって進んでいるという実感を指します。例えば、チームでのプロジェクトにおいて、メンバー一人一人の貢献が認められ、互いに感謝の言葉を交わすような経験は、所属感を育みます。

所属感は、職場における協力関係やコミュニケーションを円滑にします。メンバー同士が互いの価値を認め合い、支え合う関係が構築されることで、組織全体の一体感が強まります。共に成長し、成功を分かち合える仲間としての絆を育むことにつながります。

褒められることを通じて高まった被受容感と所属感は、その職場で継続して働きたいという意欲を生み出します。自分の存在や貢献が認められ、仲間との絆を感じることで、その職場に愛着が生まれ、長期的なキャリアを築きたいという希望が芽生えます。

このプロセスの中で、個人は組織の価値観や目標を深く理解し、それを自分のものとして受け入れるようになります。例えば、「私たちの会社は顧客第一を考えています。あなたの対応は、まさにその理念を体現していましたね」といったフィードバックを受けることで、組織の価値観と自分の行動が一致していることを確認できます。

人には生来的に、他者からの承認を求める性質があります。社会的な存在として認められたいという欲求です。職場におけるポジティブ・フィードバックは、承認欲求を満たす機会となります。承認は、職場での人間関係を深いものにします。上司からの承認は、信頼関係を築く基礎となります。同僚からの承認は、互いを理解し、支え合う関係性を強化します。

承認による規範の維持と発展

承認は、組織における望ましい行動を強化する機能を果たします[3]。例えば、期限を厳守して質の高い仕事を納めた社員が上司や同僚から評価されると、その行動は組織内で「模範的な仕事の進め方」として認識されます。他のメンバーもその行動を参考にし、同様の行動を取ろうとするようになります。

一方、非承認も組織の規範を維持する上で重要な役割を果たします。例えば、安全規則を無視した行動に対して上司が注意を与えることで、その行動が組織の規範に反することが明確になります。組織の安全と健全性を守るための必要な指導として機能します。

人は幼い頃から、周囲の反応を通じて「望ましい行動」と「望ましくない行動」を学びます。例えば、親から褒められる行動は繰り返され、叱られる行動は避けられるようになります。この学習パターンは成長後も継続し、職場での行動規範の習得にも同じメカニズムが働きます。

組織メンバーは、日々の業務の中で上司や同僚の反応を観察し、それを自分の行動基準として内在化していきます。例えば、「クライアントの要望に丁寧に耳を傾ける」という行動が上司から評価されると、それは「顧客対応の基準」として組織内に定着していきます。

承認を通じた規範の維持には、学習効率を高めるという利点があります。例えば、新入社員が一から試行錯誤で行動を学ぶのではなく、先輩社員の行動とそれに対する評価を観察することで、より効率的に組織の規範を習得できます。

承認は組織内の協力関係を強化する触媒としても作用します。他者から認められることで、その人は組織における自分の役割と価値を明確に認識します。それは他のメンバーとの協力を積極的にする動機となり、チームワークの向上につながります。

フィードバックの質と効果

メタ分析による研究では、フィードバックの内容によって学習効果に差が生じることが明らかになっています[4]。特に高い効果を示したのは、具体的な理由や改善方法を含むフィードバックでした。例えば、「このレポートは、データの分析が綿密で説得力がありますが、結論部分で具体的な提案があれば、さらに実用的な内容になるでしょう」といった、具体的な評価と改善点を示すフィードバックは、学習者の理解と成長を促進するということです。

対照的に、「がんばったね」「もう少し頑張りましょう」といった抽象的な褒め言葉や叱責は、限定的な効果しか得られていません。そのようなフィードバックからは学びや改善のヒントが得られにくいからです。学習者は何が良かったのか、何をどう改善すべきかが分からず、次の行動に活かすことが難しくなります。

フィードバックの提供方法については、口頭でのフィードバック、書面によるフィードバック、コンピュータを通じたフィードバックの間で、効果に有意な差は見られませんでした。これは、フィードバックの効果が、伝達手段ではなく、その内容の質に依存することを示しています。

特に注目すべきは、生徒間のフィードバックが教師からのフィードバックよりも高い効果を示したことです。同じ立場の仲間からのフィードバックのほうが、より理解しやすく受け入れやすい形で提供されるのでしょう。例えば、似たような困難を経験した仲間からのアドバイスは、実践的な示唆を含むことが多く、また心理的な抵抗も少ないのです。

フィードバックの異なるレベルとその効果

タスクレベルのフィードバックは、学習者の現在の達成状況を示す機能を持ちます[5]。例えば、「この報告書では、データの分析が正確で、グラフも見やすく作成されています。ただし、考察部分では、もう少しデータに基づいた説明があると良いでしょう」といったフィードバックは、現状の達成度と改善点を示しています。学習者は自分の強みと弱みを正確に把握し、次の学習や課題に向けて改善策を立てることができます。

プロセスレベルのフィードバックは、課題に取り組む方法や戦略に焦点を当てます。「この問題では、まず全体的な枠組みを整理してから詳細に入るというアプローチが効果的でした。次回も同じような手順で取り組んでみましょう」といったフィードバックは、効果的な問題解決の方法を学ぶ機会を提供します。学習者は結果だけでなく、そこに至るプロセスの重要性を理解し、有効な学習方略を身につけることができます。

自己調整レベルのフィードバックは、学習者の自己評価能力と自己効力感の向上を促します。例えば、「自分で課題の重要度を判断し、優先順位をつけて取り組めていますね。この能力は今後さらに重要になってきます」といったフィードバックは、学習者の自己管理能力を認識し、強化する機会となります。学習者は自分の学習プロセスを主体的にコントロールできるようになり、自律的な成長が促進されます。

一方、「あなたは優秀です」「素晴らしい人ですね」といった人格に対する評価は、具体的な学習内容や行動の改善につながりにくいことが分かっています。そのようなフィードバックは、特定の学習課題や行動と結びついておらず、次の行動に活かせる具体的な情報を含んでいないのです。

効果的なフィードバックには、三つの重要な要素が必要です。

  • 第一に、「この課題では、顧客のニーズを正確に把握し、それに応える提案を作成することが目標です」といった形で、目標を示すことです。
  • 第二に、「現時点で、顧客情報の収集は十分にできていますが、提案内容の具体性にはまだ改善の余地があります」のように、現在の進捗状況を確認することです。
  • 第三に、「次は、収集した情報を基に、行動計画を立ててみましょう」というように、次のステップを提示することです。

これらの要素が揃うことで、学習者は自分の位置を正確に把握し、次の行動を適切に選択できるようになります。

ポジティブ・フィードバックの意義を整理

ポジティブ・フィードバックの研究から得られた知見は、職場のマネジメントに示唆を与えます。上司や同僚からの承認は、評価以上の意味を持ち、組織の発展に重要な要素となります。

フィードバックを通じて信頼関係を構築することで、従業員は新しい挑戦に前向きになります。また、具体的で情報量の豊かなフィードバックは、個人の成長を促し、組織全体の学習文化を育みます。さらに、所属感と被受容感を高めることで、従業員の定着率向上にも貢献します。

マネジメントにおいては、フィードバックの質に注意を払う必要があります。タスクに関連した具体的なフィードバックを心がけ、個人の成長を支援する姿勢が求められます。このような取り組みを通じて、個人と組織の持続的な発展が実現できるでしょう。

脚注

[1] Bak, H. (2020). Supervisor feedback and innovative work behavior: The mediating roles of trust in supervisor and affective commitment. Frontiers in Psychology, 11, 559160.

[2] 浦上昌則・榊原由奈 (2013). 職場において「ほめ」はどのような効果を持つのか. 人間関係研究(南山大学人間関係研究センター紀要), 12, 108-121.

[3] Cadenas, H. (2023). The role of social reinforcement in norm transmission and cultural evolution. Biology & Philosophy, 38(47). https://doi.org/10.1007/s10539-023-09934-w

[4] Wisniewski, B., Zierer, K., and Hattie, J. (2020). The power of feedback revisited: A meta-analysis of educational feedback research. Frontiers in Psychology, 10, 3087.

[5] Hattie, J., and Timperley, H. (2007). The power of feedback. Review of Educational Research, 77(1), 81-112.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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