2025年1月14日
サンクコスト効果:「無駄にしたくない」が損を生む
私たちは日常生活の中で、様々な意思決定に迫られています。その中で、過去に投資した時間やお金が、現在の判断に作用することがあります。例えば、つまらないと分かっている映画でも、高額なチケットを購入したために最後まで見続けてしまうことがあるでしょう。このような現象は「サンクコスト効果」と呼ばれ、私たちの意思決定にある種の歪みをもたらします。
サンクコスト効果は、ビジネスの場面でも観察されます。失敗が見えているプロジェクトに追加投資を続けたり、使用頻度の低い定期購読サービスを解約できなかったりするのは、この効果の表れです。こうした非合理的な意思決定は、個人や組織に予期せぬ損失をもたらす可能性があります。
本コラムでは、サンクコスト効果について深堀し、その特徴を検討していきます。実験や調査から得られた知見を基に、この効果がどのように作用し、人々の行動にどのような特徴をもたらすのかを考察します。
エンダウメント効果より強い心理的影響
サンクコスト効果は、「すでに投資した資源は取り戻せない」という合理的な判断を妨げる心理的な現象です。ある実験では、宝くじを用いた検証が行われました[1]。
参加者を3つのグループに分け、宝くじの交換に関する意思決定を調べました。第一のグループは努力を経て宝くじを獲得し、第二のグループは努力なしで宝くじを受け取り、第三のグループは最初から宝くじを選択できる立場でした。
実験の結果、努力を経て宝くじを得たグループの23パーセントが、より価値の高い宝くじへの交換を拒否しました。一方、努力なしでの獲得グループでは7パーセント、選択可能グループでは0パーセントでした。
この結果が意味するのは、サンクコスト効果がエンダウメント効果(所有することで価値を感じる心理)以上の強さを持つということです。所有するだけでなく、労力を投じることで、人は非合理的な選択をする傾向が強まります。
さらに、個人の認知能力とサンクコスト効果の関係も調べられました。認知反射能力が高い人や結晶性知能が高い人は、この効果を受けにくいことが分かりました。これは、熟考や経験の蓄積が、非合理的な意思決定を抑制する可能性を表しています。
一方で、流動性知能や開放性といった他の個人特性は、サンクコスト効果との間に有意な関連を示しませんでした。新しい問題への対応能力や経験への開放性が、必ずしもこの効果を軽減する要因とはならないことを示唆しています。
エスカレーションとはメカニズムが異なる特徴
サンクコスト効果は、「エスカレーション」と似た現象に見えますが、そのメカニズムは異なります。実験では、初期投資額と追加投資の関係が調査されました[2]。
実験参加者は、プロジェクトの初期投資額として5ドル、20ドル、35ドルのいずれかを選択し、その後、追加投資を行うか、新しいプロジェクトを開始するかを決定しました。結果、半数程度の参加者がサンクコスト効果を示し、新しいプロジェクトよりも多額の追加投資を選択しました。
この行動パターンが繰り返し行われる中で変化する点は特筆すべきでしょう。サンクコスト効果を示した参加者は、タスクを繰り返すうちに、より保守的な選択をするようになりました。実際の経験を通じて学習が行われることを示唆しています。
実験ではまた、初期投資額が高いほど、より高額な追加投資(95ドル)を選択する傾向が確認されました。この傾向は、サンクコスト効果を示した参加者において統計的に有意でした。初期投資が心理的に「無駄にできない」と感じさせ、さらなる投資を正当化するバイアスが働くためと考えられます。
初回ラウンドでサンクコスト効果を示した参加者は、その後のラウンドでも同じ効果を示す可能性が高いことも分かりました。意思決定パターンに一定の一貫性があることを示しています。同時に、学習効果により、過去の選択を基に意思決定の慎重さが増すことも確認されました。
実験では、意外な関連性も見出されました。初回の実験でサンクコスト効果を強く示した参加者は、平均的に高いBMI値を示す傾向がありました。この関連性の原因は明確ではありませんが、リスクやコストに対する感受性が異なる可能性が指摘されています。この発見は、個人の身体的特性と意思決定パターンの間に、予期せぬ関係が存在する可能性を示唆しています。
メタ分析でもサンクコスト効果は確認
サンクコスト効果の存在は、多くの個別研究で確認されてきましたが、メタ分析によってもその実在性が裏付けられています。98件の研究を用いた包括的な分析により、この効果の特徴が明らかになりました[3]。
メタ分析では、サンクコスト効果が中程度の大きさで存在することが確認されました。特に興味深いのは、この効果が「利用決定」と「進行決定」という二つの異なる文脈で観察されたことです。利用決定の効果量は進行決定よりも高い傾向にありましたが、統計的な有意差は見られませんでした。
時間的要因の影響も詳細に検証され、利用決定では時間経過とともに効果が弱まる一方、進行決定では時間とともに効果が強まることが分かりました。これは、支払いの痛みが時間とともに薄れる一方で、投資期間が長くなることでコミットメントが強まるためと解釈されています。時間経過がサンクコスト効果に異なる影響を及ぼすことを示す結果です。
年齢による違いも見出されました。年齢が高いほどサンクコスト効果が弱まることが確認され、高齢者がより合理的な意思決定を行う傾向が示されました。年齢を重ねることで得られる経験や知恵が、非合理的な意思決定を抑制する可能性を示唆しています。一方で、経済的な専門知識を持つ人でも、この効果から完全に自由になることは難しいことも判明しました。
実験デザインによる違いも明らかになり、フィールドスタディでは効果が弱まることが分かりました。これは、実際の状況ではサンクコストが明示的に認識されにくいためと考えられています。
自分以外の他人のコストでも発生
サンクコスト効果は、自分が投資したコストだけでなく、他人が投資したコストに対しても発生することが分かっています。この「対人サンクコスト効果」は、人間の意思決定の非合理性をさらに複雑にしています。
実験では、4つの異なるシナリオ(スポーツ観戦、映画、テニス、ケーキ)を用いて、他者の投資が意思決定に及ぼす影響が詳細に調査されました[4]。結果、他人が多くのコストを投資した場合でも、自分が投資した場合と同様の効果が観察されました。この発見は、サンクコスト効果が個人的な経験を超えて、社会的な文脈でも機能することを示しています。
しかも、この効果は社会的な親密性に依存しませんでした。実験では、友人、知人、見知らぬ人など、異なる親密度の人物が投資したケースを比較しましたが、いずれの場合でも同様の効果が確認されました。
実験はさらに、チェロレッスンやビジネス投資といった異なる文脈でも検証を行いました。配偶者の視点や前任者の視点からの判断でも、高コスト条件では「継続」を選ぶ傾向が強まることが分かりました。対人サンクコスト効果が自己中心的な文脈に限定されない現象であることを示しています。
実験では、選好の矛盾も検証されました。自分が負担した場合と同様に、他者が負担した場合にも選好が変化し、特に投資が高額である場合には「合理的でない選択肢」を選びやすくなりました。対人サンクコスト効果が意思決定者の選好に一貫性を欠かせる要因となることを示唆しています。
行動的リソースでも起きる心理的効果
サンクコスト効果は、金銭的な投資だけでなく、時間や努力などの行動的リソースにおいても観察されます。異なる労力条件下での意思決定が検証されました[5]。
高い労力を要するタスクと低い労力で済むタスクを比較したところ、高労力条件の参加者は選択肢に対する満足度が高く、現状を維持する傾向が強まりました。この効果は、機会費用(新しい選択肢の魅力)が小さい場合に特に顕著でした。この発見は、行動的リソースの投資が、金銭的な投資と同様のメカニズムで意思決定に影響を与えることを表しています。
実験は、より現実的な状況でも検証されました。参加者が実際に受け取るペンの選択を通じて、行動的サンクコスト効果が調べられました。高い労力をかけた参加者は初期選択肢への満足度が上昇し、新しい選択肢への切り替えを躊躇する傾向が見られました。実際の報酬が関係する状況でも、行動的サンクコスト効果が作用することを意味しています。
ただし、この効果には限界があることも分かりました。新しい選択肢の価値が十分に高い場合、労力による満足感は相対的に弱まり、切り替えが選択されました。行動的サンクコスト効果が機会費用とのバランスで変化することを指しています。新しい選択肢の魅力が十分に大きい場合には、過去の労力投資による影響が相対的に小さくなるということです。
実験の結果は、努力の正当化メカニズムが行動的サンクコスト効果に寄与していることを示唆しています。人は費やした労力を無駄にしたくないという心理から、その労力を正当化するために現状維持を選択する傾向があります。
動物や幼児では起きないが、大人では起きる特徴
サンクコスト効果の特徴は、この現象が人間の大人に特有のものであることです。動物や幼児との比較研究から、この効果の独特な性質が明らかになっています[6]。
動物は、過去の投資に関係なく、現在のコストと利益に基づいて行動します。例えば、ある巣の防衛に多大な労力を費やしていても、その場所が危険だと判断すれば、すぐに放棄して新しい巣を作り始めます。これは、進化的に最適化された行動パターンと考えられます。過去の投資に囚われずに現在の状況に適応する能力は、生存に有利に働きます。
同様に、幼児(3~5歳)も過去のコストに囚われることなく、現在の状況に応じた選択をします。実験では、幼児が「無駄にしない」というルールに従わず、より合理的な判断を下すことが示されました。幼児がまだ社会的な規範や価値観を十分に内面化していないためでしょう。
一方、大人は「無駄にしない」という社会的ルールを学習しており、このルールを過剰に適用する傾向があります。これは、高度な認知能力が逆説的に非合理的な選択を引き起こす例と言えます。動物界では親が子に対して生存率を高める投資を行うことを示していますが、人間の場合、この投資の概念が社会的・文化的な文脈で複雑化していると考えられます。
意思決定の際には注意する
サンクコスト効果は、職場のマネジメントに多くの課題を投げかけています。組織の意思決定において、過去の投資や努力に囚われすぎると、非効率な選択が継続される可能性があります。他者のコストに対しても同様の効果が働くことは、組織的な意思決定をさらに複雑にしています。
メタ分析の結果からは、この効果が一般的に存在することが確認されており、単純な個人の偏りではなく、人間の認知の特性として理解する必要があります。ただし、年齢や経験によってその強さは変化し、特に高齢者ではより合理的な判断が可能になることも分かっています。
組織のリーダーには、メンバーの感情に配慮しつつ、合理的な判断を促す環境づくりが求められます。過去の投資を無駄にしないことよりも、将来に向けた最善の選択を導き出すことに焦点を当てることで、より健全な意思決定が可能になるでしょう。個人の投資だけでなく、他者の投資に対する配慮も必要です。ただし、この配慮が非合理的な判断につながらないよう、バランスの取れたアプローチが必要とされます。
脚注
[1] Ronayne, D., Sgroi, D., and Tuckwell, A. (2021). Evaluating the sunk cost effect. Journal of Economic Behavior & Organization, 186, 318-327.
[2] Sofis, M. J., Jarmolowicz, D. P., Hudnall, J. L., and Reed, D. D. (2015). On sunk costs and escalation. The Psychological Record, 65(4), 487-494.
[3] Roth, S., Robbert, T., and Straus, L. (2015). On the sunk-cost effect in economic decision-making: A meta-analytic review. Business Research, 8(1), 99-138.
[4] Olivola, C. Y. (2018). The interpersonal sunk-cost effect. Psychological Science, 29(7), 1072-1083.
[5] Cunha, Jr, M., and Caldieraro, F. (2009). Sunk‐cost effects on purely behavioral investments. Cognitive Science, 33(1), 105-113.
[6] Arkes, H. R., and Ayton, P. (1999). The sunk cost and Concorde effects: Are humans less rational than lower animals?. Psychological Bulletin, 125(5), 591-600.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。