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コラム

仕事が遅れる職場の盲点:先延ばしを組織課題として捉え直す

コラム

この度、私(伊達洋駆)は、ビジネスリサーチラボ フェローの黒住嶺と共著で『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか? 職場で起こる「先延ばし」を科学する』(日本能率協会マネジメントセンター)を上梓しました。

先延ばしは、多くの職場で日常的に発生している現象です。例えば、営業部門では商談資料の作成が後回しになり、開発部門では進捗報告が遅れ、管理部門では書類の処理が滞る。こうした状況は、規模や業種を問わず、様々な組織で見られます。

先延ばしの影響は個人の業務効率だけでなく、チームの生産性や組織全体のパフォーマンスにまで及びます。特に近年は、リモートワークの浸透やデジタル化の進展により、業務の進捗管理が複雑になり、先延ばしの問題は一層深刻化しているように感じられます。

本コラムでは、拙著の内容を紹介することを目的に、先延ばしに関する研究知見と、それに基づく実践的な対策について簡単に解説します。先延ばしを単純な個人の問題としてではなく、組織全体で取り組むべき課題として理解することで、新たなアプローチが開けてくるでしょう。

先延ばし研究との出会い

私が経営するビジネスリサーチラボに、黒住が社員として入社したことが、私にとっては先延ばし研究との出会いです。黒住は大学院生時代から先延ばしを研究テーマとしており、現在は当社のフェローとして、主にセミナーやコラムなどの情報発信を担当しています。当社では組織・人事に関する調査研究を行なっていますが、黒住の参画により、先延ばしという新しい切り口での知見を得ることができました。

入社後の黒住と一緒に、仕事の先延ばしに関するセミナーを行ったり、黒住が単著でコラムを執筆したりしました。セミナーでは、予想を上回る参加者が集まり、先延ばしという現象への関心の高さを実感することができました。また、コラムも多くの読者から反響をいただき、そうした反響が本書の出版につながりました。具体的には、セミナーやコラムを目にした編集者の方から声をかけていただいたのです。

さらに、黒住と私は共著で日本語版の仕事の先延ばし尺度を開発し、学術論文として発表しました。論文執筆と並行して、先延ばしという現象が単純な個人の問題ではなく、組織的な要因との関連について考察を深めていきました。上司のマネジメントスタイルや職場の人間関係、業務の設計方法、評価制度など、組織における様々な要素と先延ばしの関係性について検討を重ねました。先延ばしの組織的な要因に注目し、その影響について理解を深めていきました。

組織現象としての先延ばし

先延ばしを個人の性格や努力の問題として捉えがちです。「締め切りを守れないのは自己管理が甘いから」「真面目に取り組まないから遅れる」といった具合です。従来の研究でも、個人の性格特性(完璧主義傾向や衝動性など)や、自己管理能力(時間管理スキルやストレス耐性など)に注目が集まってきました。こうした個人特性に着目したアプローチは、確かに一定の効果は認められるものの、組織全体の問題解決には十分とは言えません。

実際の職場では、個人の特性以外にも様々な要因が先延ばしを引き起こしています。例えば、過度に厳しい上司のもとでは、ミスを指摘されることへの恐れから、部下は相談や報告を躊躇します。必要な確認ができないまま業務を進めることで、手戻りが発生したり、最終的な提出が遅れたりすることになります。「この程度なら自分で何とかすべき」という雰囲気があると、簡単な質問さえもできなくなってしまいます。

職場の人間関係が希薄な場合、「聞けば分かることも聞けない」という状況が生まれ、必要な情報共有や協力が得られず、業務の進行に支障をきたすことになります。部署間の連携が必要な業務では、コミュニケーション不足が深刻な遅延を引き起こすことがあります。職場内の人間関係が希薄だと、困ったときに気軽に相談できる相手がおらず、問題を一人で抱え込んでしまう傾向も強まります。

業務の設計方法も先延ばしの要因となります。指示が曖昧なまま業務を任されると、どこから手をつければよいのか分からず、着手が遅れやすくなります。「とりあえずやってみて」という指示は、一見自由度が高いように思えますが、実際には多くの手戻りを生む原因となります。あるいは、無理な締め切り設定は、「どうせ間に合わない」という諦めを生み、かえって先延ばしを助長します。現実的な見積もりに基づかない締め切りは、チーム全体のモチベーション低下にもつながりかねません。

複雑すぎる業務プロセスも、「この承認を得てから、次の確認を取って・・・」という具合に、一つひとつの作業に時間がかかり、全体として遅延を引き起こします。複数の部署が関わる業務では、承認プロセスが複雑になりがちです。その結果、簡単な決定にも時間がかかり、業務全体の進行が滞ってしまいます。

評価制度も影響を与えるでしょう。成果を重視し、そこに至るプロセスを適切に評価できていない場合、社員は「とにかく結果を出せばよい」と考えるようになり、計画的な業務遂行への意識が低下します。失敗に対する評価が厳しすぎると、完璧を求めるあまり、着手を躊躇したり、必要以上に時間をかけたりする傾向が強まります。特に若手社員は、失敗を過度に恐れるあまり、必要な挑戦を避けるようになってしまいます。

こうした要因があるにもかかわらず、多くの議論では「個人の特性や努力」に焦点が当てられています。例えば、時間管理のスキルアップとして、ToDoリストの作成方法や優先順位の付け方が指導されます。目標設定の方法として、短期・中期・長期の計画立案の仕方が教えられます。自己管理能力の向上として、規律ある生活習慣の確立が推奨されます。これらのアプローチは確かに重要です。けれども、それだけでは組織全体の問題解決には不十分です。

組織の仕組みや文化が変わらない限り、同じような問題が繰り返し発生するのです。例えば、複雑な承認プロセスが簡素化されなければ、新入社員が入社してきても同じように書類作成で躓きます。部門間の連携不足が改善されなければ、どんなに個人が頑張っても情報の行き違いは解消されません。組織の問題を放置したまま、個人の努力だけに頼ることには限界があります。

さらに、ある個人が時間管理のスキルを向上させたとしても、別の人が同じ問題を抱えることになります。その職場特有の問題(曖昧な指示、過度な権限集中、非効率な業務プロセスなど)が解決されていないからです。結果、組織全体としての生産性は向上せず、同じ課題が繰り返されることになります。こうした悪循環を断ち切るためには、組織レベルでの取り組みが不可欠です。

組織としての取り組み

本書の特徴は、先延ばしを「組織として取り組むべき課題」として位置づけ、具体的な対策を提示している点です。個々人の努力や責任に帰結させるのではなく、チーム全体で支援体制を整え、組織の仕組みを改善していくことで、根本的な解決を目指すアプローチを重視しています。個人の行動を変えるだけでなく、その行動を引き起こす要因にも目を向けることで、より持続的な改善を実現しようとする試みです。

例えば、業務プロセスの見直しでは、「誰がどの段階で何をするのか」を明確にし、必要な権限を委譲していく必要があるでしょう。承認プロセスの簡素化は施策の一つです。不必要に複雑な承認手続きは、業務の遅延を引き起こすだけでなく、社員のモチベーション低下にもつながります。部門をまたぐ業務の場合、関係者が早い段階から協議する場を設けることで、後々の手戻りを防ぐアプローチもあります。

コミュニケーションの促進についても施策を提示しています。定期的な進捗共有の場を設定することで、問題の早期発見と対策を可能にします。この際、メンバー間で建設的な意見交換ができる場とすると良いでしょう。部門間の情報共有を促進するため、定例の連絡会議や合同での勉強会の開催などもあり得ます。

評価に関しては、チームとしての成果を重視する仕組みの導入が有効かもしれません。チームへの貢献や協力関係の構築なども評価の対象とすることで、部門を超えた協力体制が生まれやすくなります。失敗を過度に責めることなく、そこからの学びを評価する文化づくりも重要です。これによって、社員は必要以上に慎重になることなく、スピード感を持って業務に取り組むことができます。

これらの対策は、必ずしも大規模な組織改革を必要とするものばかりではありません。日々の業務の中で実践できる小さな工夫の積み重ねこそが大事です。例えば、朝のショートミーティングを導入し、その日の課題や懸念事項を共有します。そのことで、問題が大きくなる前に対処することが可能になります。チーム内で互いの業務状況を把握し、必要に応じて支援し合える関係を築いていきます。経験の浅いメンバーでも気軽に質問できる雰囲気づくりは重要です。さらに、週次や月次で振り返りの機会を設け、改善点を継続的に見直していきます。地道な取り組みの積み重ねが先延ばしを防ぎ、組織全体の生産性向上につながります。

先延ばしを「克服すべき個人の欠点」としてではなく、「組織として改善すべき課題」として捉え直しましょう。なぜその人が先延ばしせざるを得ない状況に追い込まれているのか、組織としてどのような支援や仕組みの改善が必要なのかを、冷静に検討し対応していく必要があります。

例えば、特定の部署や個人に業務が集中していないか、必要な情報や権限が共有・委譲されているか、コミュニケーションの障壁はないかなど、組織の構造や仕組みを見直していくことが望ましいでしょう。その過程で、職場の問題が明らかになり、より本質的な解決につながっていくのです。

良い職場づくりとの関係

本書で提案している組織的な先延ばし対策は、実は良い職場づくりのための要素と大きく重なっています。先延ばしを防ぐための組織的な取り組みは、結果として職場全体の生産性向上や、働きがいの創出、さらには従業員のウェルビーイング向上にもつながっていくのです。これは、先延ばし対策が問題解決以上の価値を持つことを意味しています。

例えば、適切な業務設計は、作業の効率化を図るだけでなく、社員一人ひとりが自身の役割や責任を明確に理解し、やりがいを持って仕事に取り組める環境を整えることでもあります。業務の目的や意義が明確で、必要な権限が委譲され、自律的に判断・行動できる環境では、社員は主体的に業務に取り組むことができます。業務の優先順位や期限がうまく設定され、無理のない工数で仕事を進められることで、ワークライフバランスの実現にもつながります。

職場における良好な人間関係の構築は、仲の良さを超えて、専門性や経験を活かした意見交換や、互いの成長を支援し合える関係性を築くことを意味します。例えば、先輩社員が後輩に対してアドバイスを提供したり、部門を超えて専門知識を共有したりする文化は、組織全体の学習と成長を促進します。困ったときに気軽に相談できる関係性は、問題の早期発見と解決を可能にします。

効果的なコミュニケーションは、必要な情報が必要な人に必要なタイミングで届く状態を作り出します。問題の早期発見・解決が可能になるだけでなく、チーム全体の一体感や信頼関係も醸成されていきます。情報共有の場や、部門を超えた対話の機会は、組織の風通しを良くし、活力ある職場づくりに貢献するでしょう。

そして、公正な評価制度は、社員の努力や成果が認められ、それが次の成長につながるような仕組みを意味します。数値目標の達成度だけでなく、チームへの貢献や、困難な課題への挑戦なども評価されることで、社員のモチベーション向上と持続的な成長が促されます。

これらの要素は、先延ばし対策としても、働きやすい職場づくりとしても重要な役割を果たします。先延ばしへの組織的な取り組みは、結果として職場全体の質を向上させ、社員一人ひとりの成長と組織の発展を両立させる基盤となるのです。

本書を手に取っていただきたい

本書は、職場で仕事が遅れることに悩むすべての方に読んでいただきたいと考えています。現場のマネジャーの方々には、日々の業務運営やチームマネジメントの改善のヒントとして、人事担当者の方々には、効果的な制度設計や組織づくりの参考として、先延ばしに悩む社員の方々には、自身の状況を客観的に理解し、組織に働きかけるためのガイドとして活用していただけるはずです。

それぞれの立場から、先延ばしという現象を組織的な視点で捉え直すことで、新たな気づきや改善のアイデアが得られるはずです。先延ばしを個人の問題として片付けるのではなく、組織全体で取り組むべき課題として認識することで、効果的な解決が可能になります。

本書が、先延ばしの解消だけでなく、より良い職場づくりのきっかけとなることを願っています。一人ひとりが生き生きと働ける職場、互いの成長を支え合える組織づくりに向けて、本書が少しでもお役に立てれば幸いです。先延ばしという日常的な課題に向き合うことが、実は組織変革の重要な一歩となるかもしれません。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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