ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

組織を強くする「称賛の方程式」:効果的フィードバックの実践

コラム

職場におけるフィードバックは、仕事の成果や組織の雰囲気に関係します。特に、ポジティブ・フィードバックは個人の成長や組織の発展に欠かせない要素となっています。しかし、日常的な業務の中で、どのようなフィードバックがどのような効果をもたらすのかについては、まだ十分に理解されていない部分もあります。

本コラムでは、ポジティブ・フィードバックに関する研究を紹介し、その効果について考えてみましょう。職場での人間関係や業務の効率性において、フィードバックは重要な役割を果たします。

特に、ポジティブ・フィードバックについては、その重要性が指摘されながらも、実際の職場では十分に活用されていません。ここでは、研究知見をもとに、フィードバックの効果と、それが職場にもたらす変化について検討していきます。

具体的な褒めのほうが少ない

イリノイ州で実施された教育現場の調査は、興味深い結果を示しています。調査では、中学校7校と高校8校から計66名の教師を対象に、20分間の授業観察を行い、教師がどのような種類の褒め方を行っているかを記録しました[1]

結果、教師1人あたりが使用する褒め方の種類(カテゴリ数)は平均でわずか1.7種類であることが判明しました。これは、教師が限られたパターンの褒め方しか用いていないことを表しています。

研究では、褒め方を二つの大きなカテゴリに分類しています。一つは一般的な褒め方で、もう一つは具体的な行動を指摘した褒め方です。

一般的な褒め方とは、「よくできました」「すばらしい」「がんばりましたね」といった、どのような場面でも使える汎用的な表現を指します。この種の褒め方は教師1人あたり平均1.1種類使用していました。

一方、具体的な行動を指摘した褒め方は、「静かに座って話を聞いてくれてありがとう」「計算の途中式もきちんと書けていますね」といった、特定の行動や成果を具体的に言及するものを指します。このタイプの褒め方は平均0.6種類と、一般的な褒め方の約半分程度でした。

一般的な褒め方が多用される背景には、いくつかの要因があります。教師は授業中、様々な場面で瞬時の判断と対応を求められます。そのため、状況を選ばず、すぐに使える簡単な表現を選択する傾向があるのです。

「よくできました」という言葉は、テストの成績が良かった時にも、授業中の発言が的確だった時にも、宿題を丁寧に仕上げてきた時にも使えます。このような汎用性の高さが、一般的な褒め方が好まれる理由の一つとなっています。

対照的に、具体的な行動を指摘した褒め方が少ない理由は、その実施に必要な心理的・時間的コストの高さにあります。教師は生徒の行動をよく観察し、そこから褒めるべき具体的な点を見出し、それを適切な言葉で表現しなければなりません。

例えば「グループ活動で他のメンバーの意見をよく聞いて、建設的な提案ができていましたね」といった褒め方をするためには、教師は生徒の行動を注意深く観察し、記憶し、それを的確な言葉で表現する必要があります。このプロセスには相応の時間と労力が必要となり、多忙な授業の中では実践が難しくなりがちです。

与える側と受ける側では報酬の認識が違う

テキサス州ダラスで実施された調査では、報酬に対する教師と生徒の認識の違いが鮮明になりました。調査では、生徒が本当に望む報酬について、まず高校生218名を対象にブレインストーミングを実施し、そこで挙げられた意見をもとに15項目の調査票を作成しました[2]

生徒たちが高く評価した報酬は、四つでした。

  • 第一に個人目標の達成です。これは例えば、自分で設定した成績目標を達成することや、部活動での目標記録を更新すること、自主的に取り組んでいる課題を完遂することなどを指します。
  • 第二に奨学金の獲得機会です。これは将来の進学や学習機会の拡大につながる実質的な支援として高く評価されました。
  • 第三に友人からの称賛と励ましで、仲間から認められることに大きな価値を見出しています。
  • 第四に個人としての意見や考えの尊重です。これは教師や周囲の人々が自分の考えに耳を傾け、一人の人間として扱ってくれることを意味します。

一方、教師側は生徒の希望を異なる形で理解していました。教師は、生徒がトロフィーや表彰状、賞状といった物理的な形のある報酬を求めていると考える傾向が強く見られました。これは教師が、目に見える形での評価や認定が生徒の動機づけになると考えていたためです。

しかし、生徒たちの実際の評価では、トロフィーや表彰状といった物理的な報酬は優先順位の低いものでした。生徒たちにとって、形として残る報酬よりも、日々の学習や活動の中で感じられる達成感や、周囲との関係性の中で得られる承認のほうが価値あるものとされていたのです。

教師と生徒の認識の違いは、統計的な分析でも明確に表れました。両者の評価には負の相関が見られたのです。これは、教師が高く評価する報酬ほど生徒の評価は低く、逆に生徒が高く評価する報酬ほど教師の評価が低いという関係を示しています。

このような認識のずれは、教師が考える「効果的な報酬」と、生徒が実際に求めている「価値ある報酬」の間に大きな隔たりがあることを表しています。

称賛を増やして叱責を減らすほど効果は高まる

米国の28の中学校で実施された調査では、教師による称賛と叱責の関係性について分析が行われました[3]。調査の特徴は、通常の生徒に加えて、感情や行動のリスクのある生徒も対象に含めた点です。

調査から明らかになったのは、教師による称賛の割合が増加するにつれて、授業中の生徒の集中度が段階的に向上するという事実です。具体的には、生徒たちは授業内容により注意を向け、課題に取り組む時間が増加し、私語や居眠りといった授業に無関係な行動が減少しました。教師が前向きな言葉かけを増やすことで、教室全体の学習環境が改善されていったのです。

称賛と叱責の比率が変化することで、生徒の行動にどの程度の変化が生じるのかについても、詳細なデータが得られました。調査結果では、称賛と叱責の比率が1標準偏差上昇するごとに、生徒全体の授業への集中度が約0.78標準偏差増加することが判明しました。これは、称賛の増加が確実に生徒の行動改善につながることを示しています。

さらに、感情や行動のリスクのある生徒に対する称賛の効果も認められました。称賛の比率が1標準偏差上昇すると、こうした生徒たちの授業への集中度は0.85標準偏差増加し、授業を妨げる行動は0.94標準偏差減少しました。

称賛と叱責は51がうまくいく

教育現場やビジネスの場における称賛と叱責の関係性について、「51」という比率が注目を集めています[4]。これは、称賛が叱責の5倍程度存在することで、効果的な結果が得られるというものです。

この「51」という比率が効果的である理由の一つは、称賛が人々の自己効力感を高める働きを持つことです。自己効力感とは、自分には目の前の課題を達成する能力があるという信念のことを指します。

教師や上司から称賛を受けることで、「自分は正しい方向に進んでいる」「自分の努力は認められている」という確信が生まれます。この確信は、新しい課題に挑戦する意欲や、困難に直面した際の持続力を高めることにつながります。また、学習や仕事に対する内発的な動機づけも強化され、自主的に課題に取り組む姿勢が育まれます。

一方で、叱責が過度に多くなると、人々の心理に否定的な影響を及ぼすことが知られています。叱責を多く受けることで、不安感が高まり、自分の能力に対する疑念が生じやすくなります。

また、失敗を恐れるあまり、新しいことに挑戦する意欲が低下したり、最低限の努力で課題をこなそうとしたりする傾向が強まります。このように、過度の叱責は自己効力感を低下させ、結果として学習や仕事のパフォーマンスにも悪影響を及ぼす可能性があります。

しかしながら、叱責が全く存在しないというのも問題のようです。適度な叱責には、行動の問題点を指摘し、改善の方向性を示すという役割があります。また、叱責があることで、称賛の価値がより際立つという効果も期待できます。

51」という比率のもう一つの利点は、この割合であれば称賛による肯定的な感情が優位を保ちつつ、叱責による建設的な改善効果も期待できる点です。

5倍の称賛があることで、基本的に肯定的な心理状態が維持されます。そのため、1回の叱責を受けても、それを建設的に受け止め、改善のきっかけとして活用することができます。称賛が十分にあることで、叱責に対する心理的な耐性も高まるのです。

この比率には称賛の「飽和」を防ぐという効果もあります。称賛だけが際限なく続くと、その価値が薄れ、動機づけとしての効果が低下してしまう可能性があります。しかし、「51」という比率を保つことで、称賛は特別な意味を持つフィードバックとして認識され続けます。1回の叱責が5回の称賛と組み合わさることで、称賛自体の価値が維持され、その効果が持続的なものとなるのです。

称賛の割合が高いと反応速度が高まる

108名の大学生を対象とした実験研究では、称賛と建設的なフィードバックの比率が、パフォーマンスにどのような影響を与えるかが調査されました[5]。実験では、称賛と建設的フィードバックの比率を10:08:25:52:80:105段階に設定し、それぞれの条件下での反応時間や正確性を測定しました。

実験の結果、称賛フィードバックの割合が高いグループ、特に8:2の比率のグループでは、課題に対する反応時間が短縮されることが分かりました。実験参加者は、提示された課題に対してより迅速に判断を下し、回答を示すことができるようになりました。

反応時間の短縮が生じた理由として、称賛が「ポジティブな促進」として機能することが挙げられます。称賛を受けることで、実験参加者の中に「迅速な対応が望ましい結果につながる」という認識が形成されます。

さらに、称賛によって自信が高まることで、次の課題に対してより積極的に取り組む姿勢が生まれます。「自分の判断は正しい」という確信が強まることで、躊躇することなく次の行動に移れるようになるのです。

一方、建設的フィードバックが多いグループでは、異なる特徴が観察されました。建設的フィードバックを多く受けた参加者は、エラーをなくすことに意識が向きます。そのため、一つ一つの課題に対して慎重な態度で臨み、答えを出す前に十分な検討を行うようになりました。

例えば、提示された情報をより注意深く確認し、複数の観点から判断の妥当性を吟味するといった行動が増加しました。これによって、反応時間は延びるものの、回答の正確性は向上する傾向が見られました。

実験ではさらに、称賛フィードバックを多く受けたグループにおいて、フィードバックに対する満足度が高まることも判明しました。称賛を受けることで、参加者は自分の行動が評価されていると感じ、実験そのものに対する前向きな姿勢が強化されました。

また、称賛は参加者の自己効力感を高め、「自分にはこの課題をうまくこなす能力がある」という確信を強めることにもつながりました。このような心理的な変化が、パフォーマンスの向上を支える基盤となったと考えられます。

ただし、実験が進むにつれて、称賛に対する満足度には微妙な変化が見られました。実験の後半になると、称賛を受けた際の満足度が若干低下する傾向が観察されたのです。これは、同じような称賛が繰り返されることで、その新鮮さや特別感が薄れていくためと考えられます。

人は新しい称賛を受けた時に最も強い満足感を得ますが、同じ内容の称賛が続くと、その効果は徐々に減少していきます。これを「馴化」と呼びます。このような現象は、称賛の与え方にも工夫が必要であることを示唆しています。

職場での褒め方への含意

これまで紹介してきた研究結果から、職場マネジメントにおける含意を考えてみましょう。

  • 第一に、フィードバックを行う際は、相手が実際に何を評価として求めているかを理解することが大事です。物理的な報酬や形式的な評価よりも、個人の成長や貢献が認められることを望む人が多いことを念頭に置く必要があるでしょう。
  • 第二に、称賛を増やし叱責を減らすという基本方針は、職場の雰囲気改善にも有効です。特定の比率にそこまでこだわる必要はありませんが、称賛を意識的に増やすことで、チームメンバーの行動や業績が段階的に改善される可能性があります。
  • 第三に、フィードバックの方法を目的に応じて使い分けることが有効です。即時の行動を促したい場合は称賛を多用し、正確性を高めたい場合は建設的なフィードバックを増やすといった使い分けが考えられます。

マネジメントの立場にある人は、フィードバックの効果は一時的なものではなく、組織全体の生産性や職場環境に長期的な影響を及ぼすことを理解しておく必要があります。日々の小さな称賛の積み重ねが、組織の発展につながるのです。

脚注

[1] Toosley, A. (2020). Teachers’ use of diverse praise: A middle and high school sample (Master’s thesis). Eastern Illinois University.

[2] Ware, B. A. (1978). What rewards do students want? The Phi Delta Kappan, 59(5), 355-356.

[3] Caldarella, P., Larsen, R. A. A., Williams, L., and Wills, H. P. (2023). Effects of middle school teachers’ praise-to-reprimand ratios on students’ classroom behavior. Journal of Positive Behavior Interventions, 25(1), 28-40.

[4] Flora, S. R. (2000). Praise’s magic reinforcement ratio: Five to one gets the job done. The Behavior Analyst Today, 1(4), 64-69.

[5] Mentzer, A. (2017). The effects of parametrically manipulating the ratio of complimentary to constructive feedback statements on performance (Doctoral dissertation). City University of New York.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています