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コラム

柔軟な働き方の隠れたリスク:なぜ自ら健康を損ねるのか

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こんな経験はありませんか。体調が優れないのに会社に行く、遅くまで仕事を続ける、休日出勤が増える。近年、労働環境の柔軟化が進む中、皮肉にも従業員が自発的に健康を損なうような行動を取るケースが出てきています。

この「自己危険行動」と呼ばれる現象は、個人の意思による選択のようにも見えます。しかし、その背景には、柔軟な働き方がもたらす予期せぬ影響が潜んでいます。働き方の自由度が高まることは、従業員にとって望ましい変化のはずです。ところが実際には、その自由さゆえに、かえって心身の健康を損なうリスクが生まれているのです。

例えば、在宅勤務で通勤時間が不要になった分、仕事時間が延びてしまう。フレックスタイム制で好きな時間に働けるはずが、結果的に夜遅くまで仕事を続けてしまう。柔軟な働き方は私たちの働き方や健康に思わぬ影響を及ぼしています。

本コラムでは、研究知見をもとに、自己危険行動が生まれる仕組みと、それが従業員の心身に及ぼす影響を探ります。働き方の柔軟化が進む中で、どのように従業員の健康を守っていけば良いのか、その方向性を考えます。

感情的な疲弊と身体的な不調

柔軟な労働環境下における従業員の対処行動を調べた研究では、フレキシブルな勤務が心身の健康に複雑な影響を及ぼすことが明らかになっています[1]。調査によって確認された対処行動は、大きく三つのパターンに分類されます。

第一に挙げられるのが、問題解決型の対処行動です。この対処行動を取る従業員は、業務上の課題に直面した際、建設的なアプローチを心がけます。上司や同僚に相談して協力を仰いだり、仕事の進め方を見直して効率化を図ったり、タイムマネジメントを工夫したりといった行動が含まれます。

この対処行動を取る人々は、心身ともに良好な状態を保ちやすいことが判明しました。その理由として、問題に対して前向きに取り組むことで、ストレスの蓄積を防げることが挙げられます。加えて、他者との協力関係を築くことで、精神的なサポートも得られやすくなります。その結果、疲労感が少なく、健康的な状態を維持できる可能性が高まるのです。

第二のパターンは、回避型の対処行動です。直面する問題から目を背け、その場しのぎの対応を取ろうとする行動を指します。例えば、締め切りの迫った仕事を後回しにする、困難な課題を無視する、問題の存在自体を否定するといった行動が該当します。

この種の対処行動は、短期的には心理的な負担を軽減できるように見えます。実際、一時的にはストレスから解放され、楽になったような感覚が得られるかもしれません。しかし、問題の根本的な解決を先送りにすることで、むしろ状況は悪化していきます。

回避的な対処を続けることで、感情的な疲労が徐々に蓄積されていく過程が確認されています。問題を直視せず、解決を先延ばしにすることで、心理的な負担は増大します。それに伴い、不眠や食欲不振、頭痛といった身体的な不調も現れやすくなります。回避的な対処は、長期的には従業員の健康を損なう要因となるのです。

第三のパターンが、自己危険行動です。高い業務要求に応えるために、自分の健康を二の次にして働く行動を指します。その特徴は、従業員が自発的に、自身の健康を危険にさらす選択をすることにあります。

例えば、発熱や体調不良があっても無理して出勤する、休憩時間を削って仕事を続ける、遅くまで残業する、休日出勤を繰り返す、といった行動です。疲労を紛らわすために過度にカフェインを摂取したり、睡眠時間を削って仕事を優先したりする例もあります。

自己危険行動が従業員の心身に及ぼす影響について、実証研究は憂慮すべき結果を示しています。自己危険行動を取る従業員は、感情的な疲労度が顕著に高くなります。特に、労働時間の延長と感情的疲労の間には強い関係が認められています。

自己危険行動がもたらす心身への悪影響は、回復機会の不足という観点から説明することができます。人間の身体には、活動と休息のバランスが欠かせません。しかし、自己危険行動により、このバランスが損なわれることになります。

精神的なリソースの消耗も深刻な問題です。仕事への集中力や判断力、創造性といった能力を発揮するためには、精神的なエネルギーが必要です。しかし、自己危険行動により、このエネルギーが過度に消耗されると、心身の不調という形で表れてきます。

柔軟な働き方がもたらす二面性

柔軟な勤務形態で働く従業員は、固定的な勤務形態の従業員と比較して、疲労感や自己危険行動の発生率が高いことが分かりました[2]

注目すべきは、これらの従業員が同時に、仕事に対する高い熱意も示していた点です。柔軟な勤務形態で働く従業員の仕事への熱意スコアは、固定的な勤務形態の従業員と比べて高い値を示しました。これは、従業員が仕事に対して強い意欲と責任感を持っていることを表しています。

この一見矛盾する結果には、柔軟な勤務制度の性質が関係しています。柔軟な勤務制度は、従業員に時間管理の裁量権を与えることで、仕事への主体的な取り組みを促進します。これによって、従業員は自分のペースで仕事を進められ、仕事への意欲や満足度が高まる効果があります。

しかし同時に、この自由度の高さが、従業員に過度な責任感をもたらす要因にもなっています。仕事の進め方を自分で決められる分、成果に対する責任も重くのしかかります。その結果、従業員は自発的に長時間労働を選択したり、休息を削って仕事を優先したりする傾向が強まるのです。

年齢層による違いも表れています。20代から30代前半の若手従業員は、他の年齢層と比較して、バーンアウトが高いことが判明しました。また、仕事に関連するストレス度も、若手層で高い数値を示しています。

一方、40代以降の従業員では、年齢が上がるにつれて仕事への意欲が増加し、同時にストレス度は低下する傾向が見られました。50代の従業員は、20代の従業員と比べて、ストレス度が低く、仕事への意欲スコアは高い値を示しています。

年齢による差異が生じる背景には、経験の蓄積による効果があります。長年の職務経験を通じて、従業員は効率的な仕事の進め方や適切な時間配分を学んでいきます。例えば、優先順位の付け方、締切管理の方法、他者との協力関係の構築など、様々なスキルが磨かれていくのです。

心理的な成熟も重要でしょう。経験を重ねることで、仕事上のストレスへの対処法や、自身の限界の見極め方を身につけていきます。無理のない範囲で仕事に取り組む判断力が養われ、結果的に健康的な働き方が実現できるようになります。

自主性と自己危険行動の関係

ドイツの大学生を対象とした調査では、学業における自主性と自己危険行動の関係について、興味深い発見がありました。分析の結果、両者の間にはU字型の関係が存在することが明らかになったのです[3]

自主性が低い場合と、高い場合の両方で、自己危険行動が高まることが確認されました。これに対し、中程度の自主性を持つ学生では、自己危険行動が最も低くなっています。

学業における要求水準についても分析が行われました。課題の量や難易度、提出期限といった定量的要求が高まるにつれて、学生の自己危険行動が増加することが確認されました。

こうした状況が生まれる背景には、学業達成へのプレッシャーが関係しています。多くの課題をこなすために、学生たちは睡眠時間を削ったり、体調不良を押して授業に出席したりするなど、健康を二の次にした行動を選択してしまいます。成績評価への影響を懸念する学生ほど、自己危険行動を取る可能性が高いでしょう。

感情調整の能力については、注目に値する結果が得られました。研究では、感情調整能力を測定する複数の指標を用いて、学生の心理状態と行動の関係が分析されました。そうしたところ、感情をうまくコントロールできる学生は、自己危険行動が低いことが見えてきました。

この結果が示唆するのは、ストレス状況下における感情管理の重要性です。感情調整能力が高い学生は、学業上のプレッシャーに直面しても、冷静に状況を判断し、適切な対処行動を選択できます。例えば、無理な学習計画を立てるのではなく、実現可能な目標を設定したり、必要に応じて休息を取り入れたりする判断ができるのです。

他方で、自己動機づけと自己危険行動の関係については、予想に反する結果が得られました。当初の仮説では、自己動機づけの高い学生ほど、健康に配慮した適切な学習行動を取るのではないかと考えられていました。しかし実際には、自己動機づけスコアが高い学生は、低い学生と比較して、学習時間の延長が見られたのです。

自己動機づけの高さは、学業への強い意欲や目標達成への願望となって表れます。しかし、その意欲が逆に、過度な学習行動を引き起こす要因となっているのでしょう。

労働時間の自律性が及ぼす影響

仕事の過負荷が家庭生活に及ぼす影響(スピルオーバー)について分析が行われました。特に着目されたのが、労働時間の自律性がこの関係にどのような影響を与えるか、です。分析の結果、労働時間の自律性が高い従業員ほど、仕事の過負荷による悪影響が顕著に表れることが分かりました[4]

この結果の背景には、労働時間の自律性がもたらす予期せぬ影響があります。従業員が自由に時間を決められる環境では、働きやすさが向上するように思えます。しかし実際には、この自由度の高さが、従業員に予想以上の負担をかけることになります。

例えば、従業員は仕事の成果に対する責任感から、長時間の労働を選択しがちになります。「自分で時間を決められるのだから、きちんと結果を出さなければ」という意識が働き、必要以上に仕事を抱え込んでしまうのです。

職場の自律性、すなわち働く場所を選べる自由度については、異なる結果が得られました。研究では、職場の自律性の高低によって、仕事の過負荷による影響に有意な差は見られませんでした。オフィスで働くか在宅で働くかという選択は、過負荷のストレスを軽減する効果を持たないことが明らかになったのです。

働く場所の選択は、通勤時間の削減や快適な環境での作業という点でメリットをもたらします。しかし、仕事の量や質に関する負担そのものは変わりません。

セルフリーダーシップ(仕事の自己管理能力)の効果についても発見がありました。セルフリーダーシップは仕事の質的な負荷に対しては有効である一方、量的な負荷には限定的な効果しか持たないことが明らかになりました。

質的な負荷とは、複雑な判断や高度な集中力を要する業務を指します。この種の負荷に対しては、セルフリーダーシップの高い従業員は、ストレス度が低く、業務パフォーマンスも高いことが確認されました。

これは、セルフリーダーシップのスキルが、業務の優先順位付けや効率的な時間配分、集中力の維持といった面で効果を発揮するためと考えられます。例えば、複雑な問題に直面した際に、適切なタイミングで休憩を取り入れたり、最も集中力が高い時間帯に重要な判断を行ったりといった工夫ができるのです。

一方、量的な負荷、すなわち単純に仕事量が多い状況に対しては、セルフリーダーシップの効果は限定的でした。いくら自己管理能力が高くても、物理的な処理能力には限界があるためです。この結果は、仕事量の適正化には、個人の努力だけでなく、組織的な取り組みが必要であることを示唆しています。

組織として支援体制を作る

これらの研究は、職場のマネジメントに対して示唆を投げかけています。特に、健康管理の観点からは、働き方の自由度を高めるだけでは不十分であることが明らかになったといえるでしょう。

必要なのは、柔軟な働き方を支える支援体制の構築です。従業員の自律性を尊重しながらも、その自由が過度な負担とならないよう、組織的なサポートが求められます。

例えば、従業員の労働時間を定期的にモニタリングし、過度な長時間労働を防ぐ仕組みの整備が必要です。時間管理だけでなく、業務の質や量にも注目する必要があります。

また、ストレス管理のためのサポート体制も重要となります。従業員の感情調整能力はストレス対処に影響を及ぼします。そのため、ストレスマネジメント研修の実施や、メンタルヘルスカウンセリングの提供など、心理的なサポート体制を整備することが求められます。

さらに、職場の文化や価値観の見直しも求められます。長時間労働や休暇を取らないことが美徳とされる傾向が依然として残っていないでしょうか。こうした文化は、従業員の自己危険行動を助長する要因となります。

文化を変えるためには、持続可能な働き方を重視する価値観の醸成が不可欠です。短時間で成果を上げる働き方を評価する、休暇取得を積極的に推奨する、健康管理を人事評価の要素に含めるといった取り組みが考えられます。

若手の従業員への支援も重要な課題です。若手従業員は特に自己危険行動のリスクが高い傾向にあります。例えば、仕事の進め方や時間管理のスキルを育成する機会を提供することが有効です。研修を通じて、効率的な業務遂行の方法、優先順位の付け方、ストレス管理の技術などを学べます。

脚注

[1] Deci, N., Dettmers, J., Krause, A., and Berset, M. (2016). Coping in flexible working conditions? Engagement, disengagement and self-endangering strategies. Psychology of Everyday Activity, 9(2), 49-65.

[2] Yokoyama, K., Nakata, A., Kannari, Y., Nickel, F., Deci, N., Krause, A., and Dettmers, J. (2022). Burnout and poor perceived health in flexible working time in Japanese employees: the role of self-endangering behavior in relation to workaholism, work engagement, and job stressors. Industrial health, 60(4), 295-306.

[3] Mulder, L. M., Deci, N., Werner, A. M., Reichel, J. L., Tibubos, A. N., Heller, S., … & Rigotti, T. (2021). Antecedents and moderation effects of maladaptive coping behaviors among German university students. Frontiers in Psychology, 12, 645087.

[4] Mander, R., and Antoni, C. H. (2022). Work overload and self-endangering work behavior: The amplifying and buffering role of work autonomy and self-leadership. Zeitschrift fur Arbeits- und Organisationspsychologie A&O, 66(3), 123-135.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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