2025年1月8日
善意が燃え尽きを招く:利他的な人ほど陥る自己危険行動の問題
私たちの働き方は、変化しつつあります。例えば、在宅勤務やフレックスタイム制の導入により、以前にも増して柔軟に仕事を進められるようになった人もいるでしょう。しかし、その一方で新たな健康上の問題が密かに広がっています。それが「自己危険行動」です。
例えば、こんな経験はないでしょうか。休日出勤の依頼を断れず引き受けてしまう。夜遅くまで仕事を続け、睡眠時間を削る。体調が悪くても「迷惑をかけられない」と出勤する。休憩時間も「少しだけ」と仕事を続ける。そして気づけば、心身ともに疲れ果てている。
このような行動は、一見すると「仕事熱心」「責任感が強い」として評価されることもあります。実際、多くの職場で「休まず出勤する社員」「残業をいとわない社員」が「模範的な従業員」として扱われているのではないでしょうか。
しかし、最近の研究からは、こうした自己危険行動が従業員の健康に悪影響を及ぼすことが分かってきました。本コラムでは、自己危険行動の実態とその影響について、研究知見をもとに見ていきます。
積極的な対処の一種とみなされてしまう
テレワークや柔軟な労働時間といった働き方が広がってきています。従業員の自律性を重視する傾向が強まり、仕事の進め方や時間の使い方に関する裁量が増えた企業もあるのではないでしょうか。この変化は従業員の満足度やワーク・ライフ・バランスを改善する可能性がある一方で、自己管理の負担が増加し、ストレスや健康リスクを高める要因にもなっています。
こうした状況において、従業員は高い労働要求に対して「自己危険行動」という形で対応することがあります[1]。次のような行動が自己危険行動に該当します。
- 個人的な時間を削って長時間働くことです。例えば、遅くまで仕事を続けたり、休日に仕事をしたりすることで、本来なら家族と過ごすはずの時間や趣味の時間を犠牲にします。
- 休憩を取らずに仕事を続けることです。昼食時間を短縮したり、休憩時間中も仕事の電話やメールに対応したりすることで、心身をリフレッシュする機会を逃しています。
- 体調が悪くても出勤する行動も該当します。発熱や体調不良があっても「仕事が溜まる」「同僚に迷惑をかけられない」と無理をして出勤することで、結果的に症状を悪化させてしまいます。
これらの行動は、一時的には仕事の進捗や目標達成に寄与するように見えます。実際、締め切りに間に合わせることができたり、プロジェクトを完遂できたりすることもあるでしょう。しかし、そこには代償が伴います。
慢性的なストレスが蓄積していきます。休息を十分に取れないことで、心身の疲労が日々積み重なっていくのです。バーンアウトのリスクも高まります。過度な労働や休息の不足が続くことで、仕事への意欲が低下し、心身ともに疲弊した状態に陥ります。そして、様々な健康上の問題が発生します。睡眠障害、慢性的な疲労感、頭痛や胃痛といった身体症状、不安やイライラといった精神症状など、多岐にわたる健康問題が徐々に表面化してくるのです。
注意すべきは、自己危険行動が「積極的な対処」として組織内で評価されてしまう点です。多くの職場では、締め切りに間に合わせるために残業する、体調不良でも出勤する、休憩時間を削って仕事を進めるといった行動が、「責任感が強い」「仕事に熱心である」「組織に貢献している」として高く評価される傾向にあります。
管理職からも「頼りになる社員」として認識され、昇進や評価にプラスの影響を与えることもあります。このため、従業員自身も自己危険行動を「望ましい行動」として内面化してしまい、そのような行動を継続・強化してしまう悪循環に陥りやすいのです。
しかし、こうした働き方は長期的には持続できません。休息や回復の機会が十分に確保されないまま、心身に負担をかけ続けることになるからです。その結果、従業員の健康状態は徐々に悪化し、病気休暇の増加や離職につながるリスクが高まります。
さらに、このような事態は個人の問題にとどまらず、組織全体の生産性にも悪影響を及ぼします。例えば、病気休暇の増加は業務の遅延や他の従業員への負担増加を引き起こし、離職は人材の損失とそれに伴う採用・育成コストの発生につながります。従業員の健康状態の悪化は、サービスの質の低下やミスの増加、創造性の低下といった形で、組織のパフォーマンスを低下させる要因となるのです。
労働負荷が自己危険行動を増やし、情緒的消耗へ
教育現場における調査からは、労働負荷と自己危険行動、そして情緒的消耗の関係が明らかになっています。教師を対象とした実証研究において、高い労働負荷が自己危険行動を引き起こし、それが情緒的消耗につながるという連鎖が確認されました[2]。
教師たちの実態をイメージしてみましょう。授業の準備や採点、生徒指導、保護者対応など、多岐にわたる業務を抱えています。その業務量は一日の勤務時間内では終わらないほど多く、仕事を家庭に持ち帰ることになります。例えば、遅くまで次の日の授業準備をしたり、週末に試験の採点をしたり、生徒の提出物のチェックを深夜までしたりといった状況が発生しています。
このような状況では、教師たちは十分な休息を取ることができません。夜遅くまで仕事をすることで睡眠時間が削られ、休日も仕事に費やされることで、家族との時間や趣味の時間が確保できません。運動不足になりがちで、食事も不規則になりやすい状態です。心身をリフレッシュするための余暇時間も十分に確保できないため、ストレス解消の機会も失われていきます。
こうした「仕事を持ち帰る」行動は、短期的には業務をこなすための方策として機能するかもしれません。しかし、長期的に見ると、問題を引き起こします。睡眠不足や運動不足により、身体的な疲労が蓄積します。不規則な生活により、胃腸の調子を崩したり、頭痛に悩まされたりすることも増えていきます。精神面でも、常に仕事のことを考えている状態が続くことで、心理的な疲労が蓄積されていきます。リラックスする時間が確保できないことで、ストレスも解消されずに溜まっていく一方です。
実証研究では、この問題の深刻さが統計的にも裏づけられています。労働負荷の増加は、直接的に情緒的消耗を引き起こすだけでなく、自己危険行動を介して間接的にも情緒的消耗を悪化させることが分かりました。
これは次のような仕組みで起こります。まず、増加した労働負荷に対処するために、教師たちは休息時間を削って仕事に充てるようになります。自己危険行動により、十分な休息が取れなくなり、心身の回復が妨げられます。その結果、疲労が蓄積され、情緒的消耗が悪化していくのです。労働負荷→自己危険行動→休息不足→心身の疲労蓄積→情緒的消耗の悪化、という連鎖が存在することが確認されました。
同僚をサポートするために自己危険行動をとる
看護師が同僚をサポートするために自己危険行動を取ることで、バーンアウトのリスクが高まることが分かりました[3]。看護師は「患者のため」という意識が強く、自分よりも他者の必要性を優先する傾向があります。
例えば、同僚が急に休んだ場合、自分の休憩時間を削ってでもその同僚の担当患者のケアを引き受けようとします。勤務時間が終わっても、次の勤務者への申し送りが十分でないと感じれば、時間外でも残って情報共有を行おうとします。こうした行動の背景には、強い使命感や、同僚からの期待に応えたいという気持ち、そして「自分が頑張らなければ」という責任感があります。
看護師は患者の生命と健康を預かる専門職です。その責任の重さは非常に大きいと言えます。医療現場では、患者のケアを後回しにすることは許されません。点滴の管理、バイタルサインのチェック、投薬管理など、すべての業務を確実に実施されなければならないのです。こうした職業の特性が、看護師たちの強い責任感と自己犠牲的な行動を生み出す土壌となっています。
さらに、看護師たちは、セルフケアの重要性を理解しているにもかかわらず、業務の中でそれを実践することが困難な状況に置かれています。理由はいくつかあります。まず、看護師の勤務体系そのものが、規則的な生活リズムの維持を難しくしています。夜勤と日勤の交代制勤務により、睡眠時間が不規則になりがちです。急な呼び出しも珍しくありません。不規則な勤務形態の中で、運動や趣味の時間を確保することは容易ではありません。
加えて、看護師たちは重い責任を背負っています。患者の状態は刻々と変化し、その変化を見逃さないよう注意を払い続けなければなりません。休憩時間であっても完全にリラックスすることが難しく、気が抜けない状態が続きます。たとえ疲れていても休憩を取ることに後ろめたさを感じ、必要な休息を取ることができなくなってしまいます。結果として、疲労が蓄積され、バーンアウトのリスクが高まっていくのです。
利他的であるほど自己危険行動が増える
看護師の利他的な性質と自己危険行動との間に関連があることが明らかになっています。具体的には、利他的な動機が強い看護師、すなわち他者への思いやりや奉仕の精神が強い看護師ほど、自己危険行動や自己犠牲的な認知パターンが増加することが見えてきました[4]。
この傾向は、様々な場面で確認されることでしょう。例えば、患者の容態が急変した際、自分の休憩時間を返上して対応する。夜勤明けでも、申し送りが十分でないと感じれば残って情報共有を行う。同僚が体調不良の際は、自分の勤務時間を延長してでもサポートする。このように、他者への思いやりが強い看護師ほど、自身の健康や休息を二の次にして働く傾向が強いのです。
看護師は「患者の命と健康を守る」という使命を担う専門職です。この職業に就く人々の多くは、「困っている人を助けたい」「人の役に立ちたい」という使命感を持っています。医療現場では、このような利他的な価値観が重視され、称賛されます。
そのため、利他主義の強い看護師は、この職業的な価値観に共鳴し、時には自分の健康状態や疲労度を無視してでも、患者や同僚のニーズに応えようとするのです。例えば、体調が悪くても「患者さんのために」と出勤したり、疲労が蓄積していても「チームの一員として」と残業を引き受けたりします。
自尊感情の問題も、この状況をより複雑にしています。看護師の中には、自分自身の価値や能力に対して自信が持てない人も少なくありません。自尊感情の低さは、独特の行動パターンを生み出します。他者からの評価や承認を得ることで、自己価値を確認しようとする傾向です。
例えば、「この人なら頼りになる」と患者や同僚から認められることで、自己価値を感じようとします。また、「誰よりも患者さんのことを考えている」と評価されることで、自尊心を保とうとします。このため、「助けを求められたら断れない」「自分が犠牲になってでも他者のニーズに応えなければならない」という強い思い込みが形成されます。そして、この思い込みが自己犠牲的な行動をさらに強化する要因となるのです。
そして、「自己危険認知」と呼ばれるものも作用します。これは単に「自分が犠牲にならなければならない」と考えることが、それ自体で大きな心理的負担となることを指します。この認知的な負担は、実際の行動以上に影響を及ぼす可能性があります。
例えば、患者のケアや同僚のサポートのために自分の休憩を諦める時、その行動自体よりも「自分が頑張らなければ誰も助けてくれない」「自分が休んでしまうと患者さんに迷惑がかかる」といった考えが、より大きなストレスとなるのです。このような認知は、心の中で重圧となって存在し続け、休息時間であっても完全にリラックスすることを妨げます。その結果、精神的な疲労が蓄積され、情緒的消耗につながっていくのです。
脚注
[1] Dettmers, J., Deci, N., Baeriswyl, S., Berset, M., and Krause, A. (2016). Self-endangering work behavior. In M. Wiencke, S. Fischer, & M. Cacace (Eds.), Healthy at Work: Interdisciplinary Perspectives (pp. 37-51). Springer International Publishing.
[2] Baeriswyl, S., Krause, A., and Mustafic, M. (2021). Teacher’s emotional exhaustion: Self-endangering work behavior as novel concept and explanatory mechanism. Clinical Psychiatry, 7(3), 96.
[3] Eder, L. L., and Meyer, B. (2022). Self-endangering: A qualitative study on psychological mechanisms underlying nurses’ burnout in long-term care. International Journal of Nursing Sciences, 9(1), 36-48.
[4] Eder, L. L., and Meyer, B. (2023). The role of self-endangering cognitions between long-term care nurses’ altruistic job motives and exhaustion. Frontiers in Health Services, 3.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。