2025年1月7日
強い印象が歪める判断:錯誤相関のメカニズムを探る
私たちは、様々な判断を行う際に、事象と事象の間にある関係性を理解しようと試みています。例えば、「この商品の評判が良いのは品質が高いからだろう」「あの部署の業績が良いのは優秀な人材が多いからに違いない」など、原因と結果を結びつけているのです。
しかし、このような判断の中には、実際には存在しない関係性を誤って認識してしまう場合があります。これが「錯誤相関」と呼ばれる現象です。
私たちの周りには、錯誤相関が引き起こす認識の歪みが存在します。例えば、ある社員が一度ミスを起こすと、その人の他の業務能力まで低く評価してしまうことがあります。また、特定の部署で起きた問題を、その部署全体の特徴として一般化してしまうこともあります。このような認識の歪みは、時として偏見やステレオタイプの形成につながり、公平な判断や人間関係の形成を妨げます。
錯誤相関は、なぜ、どのように発生するのでしょうか。本コラムでは、研究知見をもとに、錯誤相関の発生メカニズムを見ていきます。情報量の多寡、集団間の認識の違い、感情状態、そして個人的な経験といった要因に焦点を当て、それぞれが錯誤相関の形成にどのように関わっているのかを解き明かしていきます。
情報量が多いと極端な印象が形成される
人は多くの情報に接すると、その対象に対して極端な印象を抱きやすくなります。この現象を検証するため、研究者たちは実験を行いました[1]。
参加者に2つの異なる集団(仮にAグループとBグループ)に関する情報が提示されました。両グループとも同じような性質を持っているにもかかわらず、提供される情報量に意図的な差が設けられました。
Aグループについては、メンバーの性格や行動パターン、業績など、数多くの具体的なエピソードが提示されました。一方、Bグループについては、同様の性質を持つ情報が提供されたものの、その量は限定的でした。
結果、情報量の多いAグループに対して、参加者たちは極端な評価を下す傾向が見られました。例えば「非常に優れた集団である」「極めて高い能力を持つ」などといった高い評価が下された一方で、「深刻な問題を抱えた集団である」「能力が著しく低い」などといった低い評価が下されたということです。
情報量の少ないBグループに対しては、参加者たちは控えめに評価を行いました。同じ内容の情報が提示されているにもかかわらず、「まあまあ良い集団かもしれない」「少し問題があるかもしれない」などといった穏当な評価に留まったのです。
人は多くの情報を持っていると、その対象について十分な理解があると感じ、確信を持って判断しようとします。実験の文脈で言えば、Aグループについて多くの情報を得た参加者は、「このグループについて十分に理解できた」と考え、それが極端な評価を正当化する根拠として機能したのかもしれません。
さらに、多くの情報を持っている場合、人は自分の判断を支持する情報を選択的に重視する傾向があります。例えば、ある参加者がAグループに対してポジティブな印象を持つと、その印象を裏付ける情報により注目し、それ以外の情報は軽視してしまうのです。
「協力的な行動」という情報に注目すると、その後は協力的な行動の事例を特に記憶に留め、非協力的な行動の事例は見過ごしてしまうといった具合です。このような選択的な情報処理が、極端な評価をさらに強化する要因となり得ます。
集団間の違いがあると期待すると強まる
人は集団間に違いがあると期待すると、錯誤相関がより強く形成されることが分かっています。実験において、参加者を2つのグループに分け、それぞれに異なる教示を与えました[2]。
第一のグループには、「これから見ていただく2つの集団には、明確な違いがあります。それぞれの集団が持つ特徴的な性質をよく観察してください」という方向性の教示が与えられました。一方、第二のグループには、「2つの集団について見ていただきます」という中立的な教示のみが与えられました。ここで重要なのは、実際に提示される情報は両グループとも同じだったという点です。
実験の中で、「違いがある」と期待させられた参加者たちは、実際には存在しない差異を積極的に見出そうとしました。
また、実験結果は、両集団が同じような行動を取った場合でも、その解釈が異なることを示しました。例えば、同じ「締め切り前に資料を再確認する」という行動に対して、「違いがある」と期待している参加者は、一方の集団では「慎重で綿密な仕事ぶり」として肯定的に評価し、もう一方の集団では「優柔不断な態度」として否定的に評価するといった判断の違いがあるということです。
これらの結果は、人が持つ「期待」が、実際の観察や判断に影響を与えることを表しています。「違いがあるはずだ」と思い込むと、違いを積極的に探し求め、たとえ同じような行動や特徴であっても、異なる文脈で解釈し、その解釈を通じて「違い」を作り出してしまうのです。
期待による解釈の違いが、一度形成されると、その後の観察でも同様の解釈パターンが繰り返され、最終的に強固な錯誤相関として定着する可能性があります。
感情が高まると起きない
錯誤相関の形成は、人の感情状態によって左右されることが明らかになっています。参加者を3つのグループに分け、それぞれに異なる種類の映像を視聴してもらった実験があります[3]。
第一のグループにはポジティブな感情を誘発する映像を、第二のグループにはニュートラルな感情を維持する映像を、第三のグループにはネガティブな感情を誘発する映像を視聴してもらいました。その後、各グループの参加者に、2つの集団に関する同一の情報を評価する課題が与えられました。
結果として顕著だったのは、ニュートラルな感情状態の参加者が形成する錯誤相関の強さでした。このグループの参加者は、提示される情報を細かく、注意深く処理しました。参加者が各情報を確認し、通常とは異なる特徴的な情報、例えば「普段と違う行動」や「予想外の反応」といった情報に強く反応する様子が観察されました。
そして、このような特異な情報に注目することで、それを集団全体の特徴として一般化してしまう傾向が現れました。まさに錯誤相関です。例えば、ある集団のメンバーが示した特異な行動が、その集団全体の特徴として認識され、その後の判断に影響を与えるのです。
対して、ポジティブな感情状態にある参加者の情報処理パターンは、これとは異なっていました。幸せな気分やリラックスした状態にある参加者は、個々の情報の細かな違いにこだわることなく、広い視点で情報を捉えました。
ある行動の特異性や個別の事例よりも、全体的な傾向や共通点に注目したのです。そのため、特定の特異な情報に引きずられることが少なく、包括的で偏りの少ない判断を行うことができました。
ネガティブな感情状態にある参加者も、錯誤相関を形成しにくい傾向を示しましたが、そのメカニズムはポジティブな感情状態の場合とは異なります。不安や心配といったネガティブな感情状態にある参加者は、提示される情報をより慎重に、批判的に分析しました。
表面的な関連性に簡単には納得せず、深い水準で情報を精査しようとします。例えば、ある行動とその背景にある要因との関係を検討したり、複数の視点から情報を吟味したりするのです。慎重な情報処理の結果、誤った関連づけを行うことが少なくなりました。
印象的な経験ほど生じる
人は印象的な経験をした際、その経験に基づいて錯誤相関を形成しやすくなります。感情的にインパクトの強い経験が、その後の判断にどのような影響を与えるかが調査されました[4]。
実験の結果、印象的な経験は、その経験と直接関係のない領域の判断にまで影響を及ぼすことが明らかになりました。例えば、参加者がある製品で非常に良い体験をすると、その製品に直接関係のない企業の評判や社会貢献活動についても、根拠がないにもかかわらず高く評価するということです。
さらに、印象的な経験による錯誤相関の強さは、その経験が持つ感情的な強さに比例して増大することも確認されました。参加者が経験する出来事の感情的な強度を段階的に変化させ、その後の判断への影響を測定しました。結果的に、感情的なインパクトが強ければ強いほど、その後の関連のない判断においても、強い錯誤相関が形成されることが明らかになりました。
「印象的な経験」による錯誤相関と、先に述べた「感情が高まると起きない」という現象は、一見矛盾するように見えるかもしれません。しかし、これらは異なるメカニズムで作用しています。
感情状態による影響は、情報を受け取り、処理する際の心理的な状態に関するものです。実験では、その時点での感情状態が、情報をどのように取り入れ、分析するかという処理方法自体に影響を与えることが示されました。
一方、印象的な経験による影響は、その経験自体が持つ強い感情価が、後の判断の基準や参照点として機能することを指しています。強い感情を伴う経験が、その後の判断において無意識の「ものさし」として使われ、関連のない事象の評価にまで影響を与えることが確認されました。
感情状態は情報処理の「方法」に影響を与え、印象的な経験は判断の「基準」として機能するという、異なる次元での作用を持つことが明らかになったということです。
錯誤相関の特徴を理解して行動する
職場のマネジメントにおいて、錯誤相関の理解と対処は実践的な意味を持ちます。マネジャーは、部下の評価や意思決定において、無意識のうちに錯誤相関に基づいた判断を下してしまう可能性があることを認識する必要があります。
情報量の差による判断の歪みは、職場において注意が必要な問題です。例えば、上司は普段から密接に接している部下については多くの情報を持っているため、その評価が極端になりやすい傾向があります。「とても優秀な社員だ」あるいは「問題のある社員だ」といった具合に、極端な判断を下してしまいがちです。
一方、接する機会の少ない部下については、情報が限られているために慎重な評価を行い、その結果、昇進や重要な仕事の割り当てなどの機会を逃してしまう可能性もあります。
部署や職種の違いに過度に注目することで、実際には存在しない集団間の差異を見出してしまう問題も深刻でしょう。例えば、「営業部は積極的で、技術部は慎重だ」といったステレオタイプ的な判断が形成されやすい傾向があります。
このような部署間の特徴の違いが強調される背景には、各部署で見られる個々の行動を、その所属部署全体の特徴として過度に一般化してしまう心理が働いていることが明らかになっています。
例えば、営業部のある社員が積極的な提案を行った場合、それが「営業部の特徴」として一般化され、技術部の社員が同様の提案を行っても、それは個人の特性として扱われるといった判断の歪みが生じやすいのです。
また、印象的な出来事による判断の歪みにも注意が必要です。例えば、ある社員が一度でも大きな成功を収めると、その後の小さな失敗も見過ごされやすくなり、逆に、一度大きな失敗をすると、その後の優れた実績も正当に評価されにくくなります。
印象的な出来事による判断の歪みは、その後の長期にわたって影響を及ぼし続けるかもしれません。感情的なインパクトの強い出来事ほど、その影響は持続的で広範囲に及び得ます。
より公平で効果的なマネジメントを実現するためには、錯誤相関のメカニズムを十分に理解し、意識的に対処していくことが求められます。情報量の差による極端な評価を避け、すべての部下に対してバランスの取れた評価を行うよう心がける必要があります。
部署や職種による固定観念にとらわれることなく、個々の社員の特性や実績を客観的に評価することも重要です。そして、印象的な出来事に過度に影響されることなく、長期的な視点で社員の成長や貢献を見守り、評価していく姿勢が求められます。
脚注
[1] Shavitt, S., Sanbonmatsu, D. M., Smittipatana, S., and Posavac, S. S. (1999). Broadening the conditions for illusory correlation formation: Implications for judging minority groups. Basic and Applied Social Psychology, 21(4), 263-279.
[2] Berndsen, M., Spears, R., Van der Pligt, J., and McGarty, C. (1999). Determinants of intergroup differentiation in the illusory correlation task. British Journal of Psychology, 90(2), 201?220.
[3] Stroessner, S. J., Hamilton, D. L., and Mackie, D. M. (1992). Affect and stereotyping: The effect of induced mood on distinctiveness-based illusory correlations. Journal of Personality and Social Psychology, 62(4), 564-576.
[4] Denrell, J., and Le Mens, G. (2011). Seeking positive experiences can produce illusory correlations. Cognition, 119(3), 313-324.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。