2025年1月6日
組織における感情の役割:感情イベント理論から紐解く人材マネジメント(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2024年12月にセミナー「組織における感情の役割:感情イベント理論から紐解く人材マネジメント」を開催しました。
職場における「感情」の役割が、いま注目を集めています。上司からの一言で社員のモチベーションが大きく変わったり、些細な職場の出来事が離職につながったりする。私たちは日々、感情が組織に及ぼす影響を目の当たりにしています。
しかし、これまでの人材マネジメントでは、感情の問題は「個人の資質」や「メンタルヘルス」の枠組みで捉えられがちでした。
本セミナーでは、90年代に提唱され、近年急速に研究が進む「感情イベント理論」を基に、職場における感情の新しい捉え方を紹介します。感情イベント理論は、日々の職場での出来事が従業員の感情を通じて、どのように仕事の成果や組織への貢献度に影響するのかを科学的に解き明かしています。
例えば、上司の何気ない一言が記憶に残り続ける理由、職場の小さな出来事が従業員の幸福感に与える影響、同僚間の支え合いがパフォーマンスを高める仕組みなど、誰もが経験している現象の背景にあるメカニズムを、研究知見から解説します。
人材の採用・定着が課題となる中、従業員の感情に着目した新しいマネジメントの視点は、組織開発に示唆を与えてくれるはずです。社員の感情を「活用すべき資源」として捉え直すことで、より生産的で人間らしい職場づくりの道が開けます。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
はじめに
感情的になってはいけない。仕事に私情を持ち込んではいけない。これまで多くの職場において、感情は排除されるべきものとして扱われてきました。確かに、感情は時として非合理的な判断や行動を引き起こすかもしれません。しかし、私たちは職場から感情を完全に切り離すことができるのでしょうか。また、そうすることは本当に望ましいことなのでしょうか。
上司からの高評価に喜びを感じ、同僚との良好な関係に充実感を覚え、時には予期せぬトラブルに不安や焦りを抱く。私たちは職場で日々さまざまな感情を経験しています。そして、そうした感情は私たちの仕事の質や生産性に影響を与えています。時には想像以上に大きな影響を及ぼしているかもしれません。
近年、こうした職場における感情の役割に注目が集まっています。感情は本当に組織にとってマイナスの存在なのか。それとも、むしろ積極的に活用すべき要素なのか。この問いに対する答えを探るために、「感情イベント理論」という新しい視点が生まれてきました。
本講演では、この感情イベント理論に着目します。この理論は、これまで経営学の分野で軽視されてきた感情の問題に、新たな光を当てるものです。感情を非合理的な要素として排除するのではなく、組織の重要な資源として捉え直すことで、より効果的な組織マネジメントの在り方が見えてくるはずです。
職場における感情の持つ意味とは何か。私たちはどのように感情と向き合い、活用していけばよいのか。本講演を通じて、皆さんとともに考えていきたいと思います。
感情イベント理論とは
職場における感情の問題は、長らく経営学の分野で軽視されてきました。その背景には、感情は非合理的なものであり、効率的な経営の妨げになるという考え方があったのかもしれません。
しかし、実際の職場では日々様々な感情が生まれ、それが仕事の質や生産性に影響を与えています。例えば、上司からの叱責で落ち込んだり、チームでの成功体験に喜びを感じたりすることは、誰もが経験することです。
このような感情の影響を無視して、効果的な経営を実現することは困難です。むしろ、感情をうまく理解し、活用することが、現代の組織マネジメントにおいて重要な課題となっています。
感情イベント理論は、このような職場における感情の役割を説明しようとする理論です。この理論によれば、職場で起こる様々な出来事が従業員の感情を引き起こし、その感情が仕事への態度や行動に影響を与えるというプロセスがあります。
例えば、上司からの褒め言葉という出来事が喜びという感情を生み、それが仕事への前向きな態度につながるといった具合です。この理論の特徴は、感情を単純な結果としてではなく、出来事と行動をつなぐ媒介要因として捉えている点です。感情は、職場における出来事をどのように受け止め、それにどう反応するかを決める要素となっているのです。
実際、職場における感情の役割について、フランスのマネジャーを対象にした研究が興味深い結果を示しています[1]。マネジャーたちに過去1か月間に経験した仕事上のマネジャーしてもらった結果、マイナスな出来事(上司との対立や仕事の失敗など)は全体的に強い感情的な反応、特に怒りや疲れといったマイナスな感情を引き起こすことが分かりました。
一方、プラスな出来事(プロジェクトの成功や同僚からのほめ言葉など)は主に喜びという感情に影響を与えることが示されました。これらの感情的な状態は、仕事満足度や会社への帰属意識に強く関連していました。例えば、喜びという感情を頻繁に経験しているマネジャーは、全体的に仕事に満足し、会社に対して強い愛着を持っていました。
ところで、感情と職務満足度の関係には重要な違いがあります。研究によれば、感情は主にその日の行動に影響を与えるのに対し、職務満足度は長期的な態度や行動に影響を与えることが分かっています[2]。
例えば、ポジティブな感情を感じている従業員は、その日により協力的になったり、創造的なアイデアを出したりします。マイナスな感情を感じている従業員は、その日は仕事への意欲が低下したり、ミスを起こしやすくなったりします。一方、職務満足度は会社への定着意思や組織市民行動といった長期的な行動に影響を与えます。
つまり、日々の感情体験は主に短期的な行動の変化を引き起こし、仕事への満足度は主に長期的な組織行動に影響を与えるという、異なる役割を果たしているのです。このことは、組織が従業員の感情と満足度の両方に注意を払う必要があることを示唆しています。
出来事と感情の関係性
職場における感情は、二段階の評価プロセスを経て生まれます[3]。まず一次評価では、ある出来事が自分にとってどれほど重要か、どのような意味を持つかを瞬間的に判断します。例えば、新しいプロジェクトを任されたとき、そのプロジェクトが自分のキャリアにとってどれほど重要かを判断します。
次に二次評価では、その出来事に対して自分がどの程度対処できるかを評価します。必要なスキルや時間、サポートを持っているかを判断するのです。
これら2段階の評価を経て、最終的な感情が形成されます。例えば、新しいプロジェクトが重要で(一次評価)、自分には十分な能力があると感じれば(二次評価)、喜びや期待といったポジティブな感情が生まれます。
反対に、プロジェクトは重要だが、自分には対処する能力が不足していると感じれば、不安や恐れといったネガティブな感情が生じます。このように、感情は外部の刺激に対する自動的な反応ではなく、個人の認知的な評価プロセスを経て生まれてくるものなのです。
職場でポジティブな感情を呼び起こす出来事には、主に四つのタイプがあります[4]。一つ目は目標達成や問題解決で、重要なプロジェクトの成功などが該当します。二つ目は社会的な成功で、同僚や顧客との良好なやりとりが含まれます。三つ目は称賛や高評価で、上司や同僚からの評価が該当します。四つ目は外部からのポジティブな経験で、昇進や新たな役割の付与などです。
一方、ネガティブな感情を呼び起こす出来事は七つのタイプに分類されます。一つ目は過度な仕事負担で、時間が足りない、タスクが重なりすぎているなどの状況です。二つ目は目標達成の妨げで、プロジェクトが遅れたり、進行が止まったりする場合です。三つ目は人間関係の問題で、同僚との意見対立や上司とのコミュニケーション不全が該当します。
四つ目は技術的なトラブルで、システムの故障やインターネットの問題などです。五つ目はマネジメントの問題で、上司からの不公平な評価や不明確な指示が含まれます。六つ目は職場の雰囲気の悪化で、人間関係の悪化や同僚の退職などが該当します。七つ目は仕事の中断で、頻繁な問い合わせや顧客からの苦情による業務の妨げなどです。
実際の職場における感情の動きを捉えるため、経験サンプリング法を用いた研究も行われています[5]。この方法では、従業員に一日数回、その時点での感情状態を記録してもらいます。研究の結果、ポジティブな性格を持つ人は職場でもポジティブな感情を経験しやすい傾向が確認されましたが、その関連は弱いものでした。
むしろ、従業員の感情は職場での具体的な出来事によって強く形作られることが分かりました。例えば、上司からの建設的なフィードバックや、同僚との協力的な関係といった職場環境の要因が、感情状態に影響を与えています。また、仕事における自律性の程度や、業務の進め方に関する裁量権の有無なども、感情体験を左右する要因となっています。
ポジティブ/ネガティブ感情の影響
職場における日常的な出来事は、従業員の感情を通じて幸福感やパフォーマンスに影響を与えます[6]。例えば、上司から成果を認められ褒められることは、従業員に喜びや達成感をもたらします。この感情体験は、その日の仕事への取り組み方を改善し、創造的なアイデアの提案や、同僚との積極的な協力関係の構築につながります。
一方、クレームの多い顧客への対応は、強いストレスや不安を引き起こします。このネガティブな感情体験は、その後の業務効率を低下させ、他の顧客対応にも影響を及ぼす可能性があります。
このような感情の影響を調整する上で、マインドフルネスが重要な役割を果たすことが分かっています。マインドフルネスとは、今この瞬間に意識を集中させ、物事をあるがままに受け入れる心の状態を指します。
マインドフルネスが高い従業員は、日常の出来事による感情の揺れを上手く処理できます。例えば、困難な状況に直面しても、その経験から学びを得ようとしたり、感情を落ち着かせるために意識的に呼吸を整えたりすることができます。その結果、良い出来事も悪い出来事も、幸福感への影響が限定的になります。一方、マインドフルネスが低い従業員は、日常の出来事の影響を受けやすく、感情の波に左右されやすいことも明らかになっています。
他に、従業員の感情に影響を与えるものとして、職場における情報交換の遅れがあります[7]。重要な情報が適切なタイミングで共有されないと、従業員は自分の仕事の進め方をコントロールできないと感じます。
例えば、プロジェクトの方針変更が遅れて伝えられると、それまでの作業が無駄になったり、新たな対応に追われたりすることになります。また、上司の意思決定が遅れて伝わることで、部下は次の行動を決められず、不安やイライラが蓄積していきます。このような状況が続くと、従業員は仕事への意欲を失い、生産性が著しく低下する可能性があります。
このネガティブな感情は、職場の人間関係にも悪影響を及ぼします。情報の遅れによって生じた怒りやイライラは、同僚とのコミュニケーションを妨げます。例えば、必要な情報を得られないストレスから、他者への非協力的な態度が生まれたり、攻撃的な言動が増えたりする可能性があります。
さらに、上司とのやりとりにおいても感情は関わってきます。従業員は特にネガティブな出来事に対して敏感に反応し、それを長く記憶に留める傾向があります[8]。例えば、上司からの一方的な叱責や、不適切なタイミングでの厳しい指摘は、従業員の心に傷跡を残します。部下の意見を十分に聞かずに決定を下したり、努力を評価せずに批判したりする場合も、強く記憶に残ります。
このような記憶の非対称性は、上司の行動がもたらす影響の違いにも表れます。例えば、上司から受けた曖昧な指示は、従業員に不安や戸惑いをもたらし、その感情は長期間にわたって仕事への取り組み方に影響を与えます。
一度受けた不当な評価の記憶は、その後の上司とのコミュニケーションにおいて防衛的な態度を生み出す原因となります。反対に、上司からの適切な評価や励ましといったポジティブな出来事は、一時的な喜びや意欲の向上をもたらすものの、その効果は比較的短期間で薄れていきます。これは、人間の心理において、ネガティブな経験がより強く、より長く記憶に残るという特性を反映しています。
職場における悲しみの感情にも注意を払う必要があります。なぜなら悲しみは、従業員の心理状態に大きな影響を与えるからです。研究によれば、職場での悲しみは一時的な感情の落ち込みではなく、より深い心理的な意味を持っています[9]。
例えば、自分の努力や能力が適切に評価されないと感じることで生じる失望感、組織の方針や決定に対する深い不満、目標を達成できないことによる無力感など、様々な要因が重なって悲しみという感情が形成されます。
このような感情状態に陥ると、従業員は将来に対する希望を失い、仕事に意味を見出せなくなります。その結果、日々の業務への意欲が著しく低下し、業務の質も悪化していきます。同僚との関係性も希薄になり、職場での孤立感が深まることで、悲しみの感情がさらに強まるという悪循環に陥ることもあります。このような状態が続くと、最終的には職場を去るという決断につながっていくのです。
他方で、怒りの感情は悲しみとは異なる影響を職場にもたらします。怒りは通常、出来事や状況に対する一時的な反応として生じます。例えば、理不尽な要求をする顧客への対応や、同僚との意見の対立、上司からの不適切な扱いなどが、怒りの感情を引き起こす典型的な状況です。
しかし、このような怒りは必ずしも直接的な離職意思には結びつきません。怒りには問題解決につながる建設的な側面もあるからです。従業員は怒りを感じることで、むしろ状況を改善しようとする動機づけが高まることがあります。例えば、職場の制度や慣行の改善を提案したり、コミュニケーションの方法を見直したりするきっかけとなることもあるのです。
感情との向き合い方
感情との向き合い方を考える上で、まず大事なのは、職場において、どのような出来事が従業員の感情反応を引き起こしているかを理解することです。感情イベント理論によれば、仕事上で経験する大小さまざまな出来事が従業員の感情を動かし、その感情が行動や成果に影響を及ぼします。
そのため、マネジャーは、例えば、部下が最近どんな成功体験を味わい、どのような困難な状況に直面したかを、日々の対話を通じて把握することが求められます。定期的なミーティングを行い、マネジャーが部下に対して仕事上の心境を尋ねる場を設けることで、部下自身も自分の感情に気付きやすくなります。
次に、職場でポジティブな感情が育まれるような仕組みを検討しましょう。例えば、成功体験や称賛が従業員に喜びや満足感をもたらし、やる気を引き出します。上司や同僚が与える迅速かつ具体的なフィードバックは、従業員に「自分の努力が正しく評価されている」という感覚を与えます。さらに、キャリア成長に関する支援策として新たな役割を用意すれば、従業員は自分が組織にとって価値ある存在であると再確認でき、前向きな感情が喚起されます。
一方で、ネガティブな感情が生じた場合には、その原因を見極め、対処することが肝要です。職場における不公平な評価や過剰な負担は、従業員に不満や不安、怒りといった感情を引き起こします。こうしたネガティブな感情が放置されれば、業務効率の低下や離職意向の高まりにつながりかねません。
そのため、組織としては従業員が安心して感情を表現できる文化を育む必要があります。心理的な支援を受けられる相談体制やカウンセリング制度を整えるとともに、問題が顕在化した際には、その根本原因を特定し、実務負担の見直しや評価基準の改善などを迅速に行うことが望まれます。
このような職場における感情面への取り組みを効果的に進めるには、マネジャー自身の感情に対する理解や、部下の感情を正しく読み解く力も不可欠です。感情をうまく扱う能力、すなわちエモーショナル・インテリジェンスはトレーニングによって強化することが可能です。管理者が感情面でのリーダーシップを発揮すれば、従業員はより安心して気持ちを表現できるようになります。
さらに、感情イベント理論が示すように、職場環境そのものが感情状態に影響を及ぼします。情報共有が不十分で混乱が生じる場面が多いほど、従業員は不安感や苛立ちを覚えやすくなります。こうした事態を回避するには、必要な情報を適切なタイミングで発信する仕組みを整えることが求められます。
こうした取り組みの積み重ねによって、従業員は自分自身の感情や他者の感情に対する理解を深め、マネジャーや組織もまた感情面のサポートを行いやすくなります。その結果、生産性や創造性が向上し、ひいては職場全体に肯定的なエネルギーが波及します。
おわりに
感情イベント理論を通じて見えてきたのは、職場における感情の持つ深い意味です。感情は決して、排除すべき非合理的な反応ではありません。それは、私たちの仕事への取り組み方や、同僚との関係性、さらには組織への帰属意識にまで影響を与える要素なのです。
日々の職場で生じる出来事は、私たちにさまざまな感情を喚起します。それは時にポジティブなものであり、時にネガティブなものです。しかし、どちらの感情も、私たちの行動や判断に影響を与えます。
感情を「制御すべきもの」「排除すべきもの」として扱ってきた組織もあるかもしれません。しかし、それは果たして正しいアプローチだったのでしょうか。本講演で見てきたように、感情は組織にとって避けられない、そして避けるべきではない要素です。
これからの組織には、従業員の感情に真摯に向き合い、それを組織の力として活かしていく姿勢が求められています。そして、そのような取り組みこそが、より健全で生産的な職場を実現する鍵となるのではないでしょうか。感情イベント理論は、そのための示唆を私たちに与えてくれています。
Q&A
Q:従業員の感情表現を促すことで、かえってネガティブな感情が組織全体に広がってしまうリスクはないでしょうか。
感情表現は推奨されますが、その際は適切な場の設定が重要です。例えば、プライバシーが守られた場所での一対一の面談から始めるのはどうでしょうか。そのような場で、マネジャーと部下が少しずつ感情を共有しながら信頼関係を築いていくことが望ましいでしょう。
感情を表現する目的を明確にすることも大切です。例えば、問題解決のために感情を表現するという目的があれば、より建設的な対話が可能になります。
Q:感情が生まれる一次評価、二次評価のプロセスを踏まえて、社員の感情をポジティブなものにするアプローチの例を教えてください。
一次評価においては、出来事の重要性を認識してもらうことが大切です。ただし、多忙な状況では重要な出来事であっても、その意味を十分に考える余裕がない場合があります。ある出来事が起きた際には、その出来事が自分にとってどのような意味を持つのか、特にポジティブな意味合いについて考える時間を設けると良いでしょう。
二次評価については、出来事に対処するための支援体制の存在が影響を与えます。すなわち、出来事をポジティブに評価する機会を提供し、サポート体制を整えることで、ポジティブな感情を喚起しやすい環境を作ることができます。
Q:個人の感情は、個人の性格に起因しないとはいえ、出来事の認知の仕方に影響があるように感じています。出来事を変えるだけでは感情の部分にアプローチしきれないのではないでしょうか。
性格は確かに感情に影響を与えますが、出来事の影響力の方が相対的に強いと考えられます。とはいえ、もちろん性格も一定の影響力を持つため、特にネガティブに物事を捉えやすい性格の人に対しては、手厚いフォローが必要になります。性格そのものを変えようとすることは本人への負担が大きいため、むしろフォローを行うことに注力すべきでしょう。
Q:ネガティブな感情を含め、安心して感情表現できることが大切だと感じているのですが、人によってはネガティブな感情を発露してしまったことに落ち込んでしまったりする人もいると感じています。こういった人に対してのフォローとしてはどういうことができると良いのでしょうか。
重要なのは、感情表現が意図的なものかどうかです。意図せず感情が表出してしまった場合、本人が後悔やショックを感じる可能性があります。ネガティブな感情の場合、この傾向が強くなるかもしれません。
明確な目的を持って感情を表現できる場を設定することが重要です。ただし、それだけでは十分ではありません。感情表現は深い自己開示を伴うものであり、これには相互性が必要です。例えば、マネジャーが部下の感情を聞き取りたい場合、まず自身の感情を開示することで、相手も安心して感情を表現できるようになります。
Q:出来事の積み重ねで悲しみに陥っており、上司にこちらの思いや考えを伝えても話がかみ合わず、もうわかり合えないとまで感じているときに、部下側で取れる対処やアプローチ等はありますでしょうか。
この状況では、上司と部下の一対一の関係性の中では解決が難しいと考えられます。そのような試みは無力感をより強める可能性があります。そこで、感じている悲しみの感情を相談できる第三者を見つけるのが良いかもしれません。
社内外を問わず、信頼できる第三者との対話を通じて、様々な出来事を整理し、対応可能なものと難しいものを区別していきます。このプロセスを通じて状況を客観的に把握し、建設的な対処方法を見出すことができるかもしれません。
脚注
[1] Mignonac, K., and Herrbach, O. (2004). Linking work events, affective states, and attitudes: An empirical study of managers’ emotions. Journal of Business and Psychology, 19(2), 221-240.
[2] Wegge, J., Van Dick, R., Fisher, G. K., West, M. A., and Dawson, J. F. (2006). A test of basic assumptions of affective events theory (AET) in call centre work. British Journal of Management, 17(1), 237-254.
[3] Ashton-James, C. E., and Ashkanasy, N. M. (2005). What lies beneath? A process analysis of affective events theory. Research on Emotion in Organizations, 1, 23-46.
[4] Ohly, S., and Schmitt, A. (2015). What makes us enthusiastic, angry, feeling at rest or worried? Development and validation of an affective work events taxonomy using concept mapping methodology. Journal of Business and Psychology, 30(1), 15-35.
[5] Fisher, C. D. (2002). Antecedents and consequences of real-time affective reactions at work. Motivation and Emotion, 26(1), 3-30.
[6] Junca-Silva, A., and Lopes, E. (2023). Testing the affective events theory in hospitality management: A multi-sample approach. Sustainability, 15(9), 7168.
[7] Guenter, H., Van Emmerik, I. J. H., and Schreurs, B. H. J. (2014). The negative effects of delays in information exchange: Looking at workplace relationships from an affective events perspective. Human Resource Management Review, 24(3), 283-298.
[8] Dasborough, M. T. (2006). Cognitive asymmetry in employee emotional reactions to leadership behaviors. The Leadership Quarterly, 17(2), 163-178.
[9] Grandey, A. A., Tam, A. P., and Brauburger, A. L. (2002). Affective states and traits in the workplace: Diary and survey data from young workers. Motivation and Emotion, 26(1), 31-55.
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。