2024年12月20日
充実した余暇がもたらす効果:レジャークラフティングのすすめ
仕事の進め方や職場の環境の改善など、仕事時間を充実させ業績の向上を目指すことについては意識をしている人が多いでしょう。では仕事以外の自由時間の過ごし方についてはどうでしょうか。自由時間に充実感や満足感を得られるような活動をしているでしょうか。それとも何となくスマホで動画を眺めて時間が過ぎていってしまっている状態でしょうか。
自由時間にただ休息したり、楽しいと感じることをしたりするのではなく、自由時間に行う余暇活動を積極的・意識的に計画することを「レジャークラフティング」と呼びます。レジャークラフティングは自由時間だけでなく、人生全体の満足感を高め、仕事のパフォーマンスにもポジティブな影響を与えることから、近年研究が進んできています。
本コラムでは、まだあまり知られていないレジャークラフティングとは何か、仕事にどのような影響があるのかを説明していきます。
レジャークラフティングとは何か?普通の余暇活動と何が違うのか?
レジャークラフティングは、「目標設定、人間関係、学習、個人の成長を目的とした余暇活動を積極的に追求すること」と定義されます[1]。真剣なものであり、目標を設定するため、その場で終わるものというよりも長期的な活動になります。
またレジャークラフティングは新しいことを学んだり、何かに挑戦したりすることによって自分の成長につながるものでもあります。友人や家族と余暇活動を通じて人間関係が構築・維持されるため、日々の生活の支えが得られるということも重要な側面です。
レジャークラフティングと普通の余暇活動の違いを、音楽、運動、食事・料理を例に具体的に見てみましょう。
ただの暇つぶしやその時に楽しむためのものではなく、自身の能力の向上や、人間関係という社会的な資本を得るための真剣な取り組みがレジャークラフティングなのです。
レジャークラフティングは情緒的疲労を軽減する
レジャークラフティングは情緒的疲労に対して効果的であることが研究で明らかにされており、特にCOVID-19パンデミック時期の情緒的疲労との関係について研究が行われています。
テレワークが盛んになったこの時期に、社会的な孤立や、仕事とプライベートの境界があいまいなことによる仕事の激化、新しい仕事形態に何の準備もなく適応しなければいけないことへのストレスなどによる心理的・感情的な疲労が大きな問題となりました。
ドイツの在宅勤務者を対象に、テレワーク中の仕事や家庭からの要求と感情的疲労との関係を調べた研究では[2]、レジャークラフティングの取り組みが情緒的疲労を減少させることが示されました。
感情的疲労は職務遂行能力の低さと関連しており、レジャークラフティングは仕事のパフォーマンスに悪影響を与える感情的疲労に対抗する効果的な取り組みであることを示しています。
中国の従業員を対象に、レジャークラフティングが睡眠の質や、COVID-19パンデミックにどれだけ意識がとらわれてしまっているかということや、感情的疲労とどのように関係しているかを検討した研究も行われています[3]。
この研究では、レジャークラフティングは、睡眠の質を改善し、COVID-19パンデミックからの心理的距離を改善することで、個人の情緒的疲労の軽減につながることが示されています。
レジャークラフティングは社会的資源である人間関係の構築・維持を要素としてもちます。社会的資源を獲得していることは不安やストレスの低下につながるため睡眠の質を向上させ、その結果、情緒的疲労が軽減されたと考えられます。
またレジャークラフティングには学習や個人の成長という要素もあるため、獲得した知識やスキルに向き合うことで、COVID-19パンデミックのような望ましくない状況について考え続けることを止めることができ、情緒的疲労が軽減につながったと考えられます。
COVID-19パンデミック中にテレワークを行っていたパキスタンのIT部門の従業員を対象に行った調査では[4]、レジャークラフティングはテレワークのパフォーマンスにポジティブに影響することも示されています。
この関係の間には、メッセージや電子メールをチェックし、返信することに対して必要以上に意識してしまうテレプレッシャーの影響も確認されました。レジャークラフティングは仕事のパフォーマンスの向上に直接的にはたらきかけるとともに、仕事と仕事以外の自由時間を分けられたことがテレプレッシャーを緩和し、結果として仕事のパフォーマンスが向上するという間接的な効果も示されたのです。
レジャークラフティングがなぜ仕事に影響を与えるのか
なぜレジャークラフティングは自由時間だけでなく仕事をはじめとする生活の他の領域にまでポジティブな影響を及ぼすのでしょうか。この理由として、「レジャークラフティングは私たち人間の基本的な欲求を満たしてくれるものだから」ということが考えられています。
人が持つ基本的な欲求について、基本的欲求充足理論[5]では、3種類の欲求を取り上げてまとめています。
- 自律性の欲求:周りに流されず、自分のことは自分でコントロールしたい欲求
- 有能感の欲効:成功につながる効果的な行動を自分ができていると感じたい欲求
- 関係性の欲求:人とつながっていたい、誰かを必要とし、誰かに必要とされたい欲求
このうち、レジャークラフティングは自律性の欲求と関係性の欲求を満たすものであると考えられます。余暇活動を積極的・意識的に計画することを含むレジャークフティングは、自律性の欲求を満たすことができます。加えて、レジャークラフティングは人間関係の構築・維持という機能をもっているため、関係性の欲求充足を満たすことにもつながります。
3週間に渡って週ごとのレジャークラフティングを調べた研究では1、レジャークラフティングを多く行ったと報告した週は、自律性と人間関係の欲求満足度も高いことが示されています。
自分で仕事のやり方をコントロールすることができなかったりなど、仕事においてストレスが多いときは、余暇活動で仕事では満たされなかった欲求を充足させることができます。それにより、欲求が満たされ安定した心理状態となり、仕事にもポジティブな影響をもたらすのでしょう。
仕事へのかかわり方とレジャークラフティングの関係を調べた研究では、自分の経験に対して意味を見出し、それが人生全体にどうかかわるのかを理解するプロセスである「意味づけ」とレジャークラフティングに関係が検証されています[6]。
そこでは、特に従業員が仕事のやり方を工夫したり、自分の役割に対する認識を深めたりして能動的に仕事に関わることができない場合に、意味付けとレジャークラフティングにポジティブな関連があることが示されています。
仕事にやりがいを見いだせない場合、代替策として、余暇活動などの別の生活領域でやりがいを求め、生活全体でバランスを保つのです。
仕事は常に自分がコントロールできるわけではありませんし、仕事を自分で組み立てていくことが難しい職種もあります。レジャークラフティングは仕事では得られない機会を補い、仕事をはじめとする生活の満足度を高めることができる取り組みと言えます。
レジャークラフティングを促進するものは何か
仕事の責任や忙しさから解放された時間に、うまくレジャークラフティングに取り組むためには何が必要なのでしょうか。どのような場合に、私たちはレジャークラフティングに取り組みやすくなるのでしょうか。
まず仕事の状況とレジャークラフティングの取り組みの関係を見てみましょう。
仕事に対してやりがいを感じられるような取り組み方ができている場合に、レジャークラフティングが促進されると言われています。仕事におけるポジティブな経験は自由時間でも繰り返されるため、仕事に能動的に取り組めている人は、余暇活動に対しても能動的に取り組みます。仕事の状態が余暇活動にも波及するのです。
しかし逆に、仕事に対してやりがいを感じられるような取り組み方ができていない場合にも、レジャークラフティングが促進されることも分かっています。仕事に自律性がなかったりしてやりがいが感じられない場合でも、これまで見てきたように、仕事で足りていないものを余暇活動で補償しようとするため、レジャークラフティングが促進されます。
ポジティブな状況が波及するか、ネガティブな状況を補償しようとするか、この2つのプロセスはどちらが優勢というものではなく、2つのプロセスが補完的にはたらくものだと言えます。
先ほどの意味づけとレジャークラフティングにポジティブな関係があることが示した研究では6、従業員が自分の仕事をやりがいあるものにできないと考えている場合に、レジャークラフティングの意味づけへの貢献が高くなる結果が示されました。
しかし、仕事をやりがいのあるものにする機会が多いと考えている場合にも、弱くはあるもののレジャークラフティングと意味づけにポジティブな関係が認められ、仕事のポジティブさが余暇活動に波及する可能性が示されています。
家庭の状況もレジャークラフティングの実施に影響を与えることを示した研究があります1。仕事の自律性が低く、しかし家庭における自律性が高くやるべきことをどうやるかを家では自分で決められる場合に、仕事が多いことがレジャークラフティングへの取り組みにつながることが示されました。
この結果は、仕事においてストレスが大きな状況を経験している中でも、家庭の状況が余暇活動を自由に作り上げることを可能にしているときに、レジャークラフティングが行われることを示唆しています。レジャークラフティングに取り組むためには、仕事以外の領域である家庭において、物事を自分でコントロールできる状況を作ることが必要なのです。
従業員のレジャークラフティングへの取り組みには、終業後の時間帯における仕事とのつながりに対して、上司がどのような期待をもっているかということも影響してくると考えられます。勤務時間後のスマートフォンの使用頻度や通知への敏感さが高い場合に、仕事での役割と家庭での役割がぶつかってしまう状態である「仕事と家庭の干渉」が強くなってしまうことを調べている研究があります[7]。
この研究では、勤務時間外に仕事関連のメッセージに返信することを上司から期待されていると従業員が感じている場合に、スマートフォンの使用状況と仕事と家庭の干渉の関係がより強くなることが示されました。
レジャークラフティングは余暇活動ですから、仕事とそれ以外の時間がきちんと区別され、自由時間が得られていないと実施は難しくなります。レジャークラフティングに取り組む時間を確保できる環境を組織が作ることも大切です。
組織として従業員の仕事外での挑戦を促進することは、組織の目標とは一見矛盾しているように見えるかもしれません。仕事以外にやりがいを見出して、それに熱中するあまり仕事に対する情熱がなくなってしまっては困ります。
しかし、仕事ではどんなときでも従業員の自律性を尊重し、従業員が自分の仕事の内容や進め方を自分らしく組み立てていくことができるという状況は難しいかもしれません。
長期的に見れば、レジャークラフティングは従業員の健康と良好なパフォーマンスを維持することができ、組織はそこから利益を得ることができます。そのため、組織としてレジャークラフティングを促進していくことが大切だと言えるでしょう。
脚注
[1] Petrou, P., & Bakker, A. B. (2016). Crafting one’s leisure time in response to high job strain. Human relations, 69(2), 507-529.
[2] Abdel Hadi, S., Bakker, A. B., & Häusser, J. A. (2021). The role of leisure crafting for emotional exhaustion in telework during the COVID-19 pandemic. Anxiety, Stress, & Coping, 34(5), 530-544.
[3] Chen, I. S. (2023). Using leisure crafting to reduce emotional exhaustion at home during the COVID‐19 pandemic through better sleep and not thinking about the pandemic. Stress and Health, 39(5), 1047-1057.
[4] Wang, J., Xiong, Y., Murad, M., Chaudhary, N. I., & Waqar, H. (2023). Role of Online Time-Spatial Job Crafting and Leisure Crafting on Remote Work Performance through Tele-Pressure and Techno-Self-Efficacy. Sustainability, 15(15), 11936.
[5] Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The” what” and” why” of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological inquiry, 11(4), 227-268.
[6] Petrou, P., Bakker, A. B., & van den Heuvel, M. (2017). Weekly job crafting and leisure crafting: Implications for meaning‐making and work engagement. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 90(2), 129-152.
[7] Derks, D., Van Duin, D., Tims, M., & Bakker, A. B. (2015). Smartphone use and work–home interference: The moderating role of social norms and employee work engagement. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 88(1), 155-177.
執筆者
西本 和月 株式会社ビジネスリサーチラボ アソシエイトフェロー
早稲田大学第一文学部卒業、日本大学大学院文学研究科博士前期課程修了、日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。修士(心理学)、博士(心理学)。暗い場所や狭い空間などのネガティブに評価されがちな環境の価値を探ることに関心があり、環境の性質と、利用者が感じるプライバシーと環境刺激の調整のしやすさとの関係を検討している。環境評価における個人差の影響に関する研究も行っている。