2024年12月18日
モラルライセンシング:良い行いの意外な結末
私たちは日常生活で、様々な良い行いを心がけています。環境に配慮したり、募金をしたり、同僚を助けたりと、道徳的な行動を実践しています。ところが、こうした良い行いが思いもよらない結末をもたらすことがあります。
例えば、朝に同僚を手助けした人が、その日の午後に別の同僚に冷たい態度をとることがあります。あるいは、エコバッグで買い物をした後に、大量のプラスチック製品を買ってしまうこともあります。このような一見矛盾する行動の背景には、「モラルライセンシング」という仕組みがあります。
モラルライセンシングとは、道徳的な行動をした後、その良い行いを理由に、道徳的に問題のある行動をとってしまう現象です。良い行いをしたという実績が、その後の非倫理的な行動を自分の中で許してしまうのです。
本コラムでは、モラルライセンシングについて、いくつかの研究成果をもとに解説します。良い行いが予想外の結末をもたらす仕組みを理解することで、私たちの行動や組織のマネジメントに新しい視点を提供します。
仕事への真面目な態度が引き起こす反作用
良い行いが道徳的な許可証となる典型例が、職場での仕事への取り組みです。一般に、仕事への真面目な態度は高く評価されます。しかし、その熱心さが予期せぬ形で非倫理的な行動につながることがあります。
驚くべきことに、仕事に熱心に取り組んだ従業員が、その後、組織のために不正を行う可能性が高まることが判明しました[1]。調査では、参加者を「仕事に熱心なグループ」と「そうでないグループ」に分けて観察しました。結果、仕事に熱心なグループは、不正を行う確率が上がりました。
この仕組みを調べるため、研究者たちは従業員の行動を観察しました。すると、従業員には「仕事を頑張っているのだから、少しの不正は許されるだろう」という考えがあることが分かりました。仕事への熱心な態度が道徳的な預金のようになり、その預金で不正を正当化してしまうのです。
この傾向は、組織に忠実な従業員に多く見られました。組織に愛着を持つ従業員は、自分の仕事を組織への貢献と強く考えるため、その後の不正も「組織のため」という理由で正当化しやすくなります。
また、この問題には、上司の価値観が関連しています。倫理や規範を大事にする上司の下では、従業員の仕事熱心さが不正につながりにくいことが分かりました。上司の価値観が従業員の倫理観に作用し、不正を防ぐためです。
職場の文化によっても、仕事への熱心さがもたらすモラルライセンシングの効果は異なります。倫理的な行動が職場に根付いている場合、仕事への熱心さが不正を正当化する要因になりにくいのです。反対に、成果を強調する職場では、仕事への熱心さがモラルライセンシングとして働きやすく、不正の可能性が高まります。
未来の良い行いが現在の問題行動を許してしまう
モラルライセンシングには、不思議な傾向も見つかっています。これから行う予定の良い行いが、現在の問題行動を許してしまうことがあるのです。
将来のボランティアや募金を約束した人と、そうでない人の行動を比べました。その結果、将来の良い行いを予定している人の方が、現時点で非倫理的な判断をする傾向が強まりました[2]。
調査は様々な形で実施されましたが、結果は一致していました。例えば、将来の献血を予定している人は、そうでない人と比べて、差別的な判断をする傾向が強まりました。将来の募金活動への参加を約束した人も、採用面接で偏見に基づく判断をしやすくなりました。
このような結果の背景には、「道徳的な信用」という考えが関係しています。人は将来の良い行いを予定することで、その時点で既に道徳的な点数を得たような感覚になります。そして、この点数を使って、現在の非倫理的な行動を許してしまうのです。
特徴的なのは、この効果が実際の約束だけでなく、良い行いへの関心を示しただけでも起きることです。募金活動に興味があると答えただけの人でも、その後の判断で偏見的な態度を見せる傾向が強まりました。良い行いについて考えるだけでも、道徳的な点数として働くことを表しています。
将来の良い行いの内容と、現在の非倫理的な行動の種類が異なる場合でも、この効果は起きます。環境保護活動への参加を予定している人が、その後の人事判断で差別的な態度を見せるように、良い行いと問題行動の分野が異なる場合でも、モラルライセンシングは発生します。
このことは、道徳的な信用が特定の分野に限らず、広く一般的な「道徳的な財産」として働くことを表しています。将来の良い行いは、いわば「全般的な道徳的許可証」として働き、様々な分野での非倫理的な行動を許す根拠になってしまうのです。
他人の良い行いでもモラルライセンシングは起きる
モラルライセンシングは、自分の行動だけでなく、他人の行動によっても起きることが分かっています。これを「代理的モラルライセンシング」と呼びます。
自分の集団が道徳的な行動をしたという情報を受けた人は、その後、非倫理的な判断をする傾向が強まることが分かりました[3]。例えば、所属する組織が公平な採用を行ったという情報を得た人は、その後の採用判断で偏見的な態度を見せやすくなりました。
代理的モラルライセンシングの効果は、自分と集団の一体感が強いほど大きくなります。自分の集団との結びつきが強いほど、集団の良い行いを自分の道徳的な財産と考え、その後の非倫理的な行動を許してしまいやすくなるのです。
このことは、組織の大きさや特徴によっても異なる形で現れます。小規模な組織や、メンバー間のつながりが強い組織では、他人の道徳的な行動が自分の行動に強く影響します。これは、組織への所属感が強いほど、他人の行動を自分のものとして受け入れやすいためです。
組織の評判や社会的な位置づけも、代理的モラルライセンシングの強さに関係します。評判の高い組織に所属する人々は、その組織の道徳的な行動をより強く自分の財産と考えます。組織の高い評判が個人の自尊心を高め、結果として道徳的な優越感につながるためと考えられています。
時間の経過による変化も確認されています。他人の道徳的な行動から時間が経つほど、その行動が自分の道徳的な財産として働く強さは弱まります。しかし、組織との一体感が強い場合は、この時間による減少が小さくなることも分かっています。
行動は一貫するのか、矛盾するのか
人の道徳的な行動には、大きく分けて二つの方向があることが分かっています。一つは、過去の道徳的な行動に沿って、同じように良い行いを続けようとする方向です。もう一つは、過去の良い行いを許可証として、道徳的に問題のある行動をとってしまう、これまで見てきたモラルライセンシングという方向です。
この二つの方向は、一見すると反対のように見えます。なぜ、同じ人の行動が、ある時は一貫し、ある時は矛盾するのでしょうか。研究によると、この違いには、人が自分の行動をどのように理解するかが関係しています[4]。
行動の理解には、大きく分けて「抽象的な理解」と「具体的な理解」があります。抽象的な理解とは、行動の背景にある価値観や信念に注目する見方です。例えば、募金を「他人を助ける行為」という大きな価値観から考えることです。このような理解をする場合、人は自分の価値観に沿って一貫した行動をとる傾向があります。
一方、具体的な理解とは、行動の直接的な成果や結果に注目する見方です。例えば、募金を「1000円を寄付した」という具体的な行為として考えることです。このような理解をする場合、その行為は「良い行いの実績」として記録され、その後の非倫理的な行動を許す根拠になりやすいのです。
行動を「目標への達成度」と考えるか、「価値への献身」と考えるかによっても、その後の行動は大きく変わります。目標への達成度として考える場合、「これだけやれば十分」という感覚が生まれやすく、その後の行動がおろそかになる可能性があります。これに対し、価値への献身として考える場合は、その価値に沿った行動を続ける傾向が強まります。
個人のアイデンティティの強さも、行動の一貫性に大きな関係があります。例えば、「環境保護活動家」としての自己意識が強い人は、環境に配慮した行動を一貫して続けます。これは、その行動が自分のアイデンティティと強く結びついているためです。
行動の一貫性や矛盾は、その人の理解の仕方や自己意識によって大きく変わってきます。同じ良い行いでも、それを価値やアイデンティティの表れとして考えるか、達成された目標として考えるかで、その後の行動は大きく分かれるということです。
他人の視点ではモラルライセンシングが起きにくい
モラルライセンシングには、それを防ぐ方法があります。自分の行動を他人の視点から見直すことです。
研究によると、人が自分の行動を「自分の目」で見る場合と、「他人の目」で見る場合では、その後の行動に大きな違いが生まれます[5]。自分の目で見る場合、道徳的な行動が許可証となり、その後の非倫理的な行動を許してしまいやすくなります。
一方、他人の目で見る場合、道徳的な行動は手本として働き、その後も道徳的な行動を続けようとします。これは、他人の視点をとることで、自分の行動をより客観的に評価できるようになるためです。
この視点の違いがもたらす効果は、様々な場面で確認されています。例えば、自分の道徳的な行動を日記のように主観的に記録する場合と、他人に報告するように客観的に記録する場合では、その後の行動に顕著な違いが現れます。
主観的な記録では、その行動が道徳的な財産として積み重なる感覚が強まり、モラルライセンシングが起きやすくなります。一方、客観的な記録では、その行動が自分の道徳的な基準として働き、一貫した倫理的行動を促す効果があります。
面白いことに、この他人の視点の効果は、想像上の観察者でも働くことが分かっています。例えば、「誰かに見られている」と想像するだけでも、モラルライセンシングを抑える効果があります。人間の行動が社会的な関係の中で形作られることを表す証拠と言えるでしょう。
他人の視点の効果は、行動の種類によっても異なります。個人的な決定より、組織や他人に関係する決定において、他人の視点がより強く働くことが分かっています。他人への影響を考えることで、より慎重な判断が促されるのでしょう。
オンラインでは異なる結果に
デジタル化の進む現代では、オンラインでのやりとりが増えています。そこで注目に値するのが、オンライン環境におけるモラルライセンシングの研究です。
なんと、オンライン上では、モラルライセンシングの効果がほとんど見られないことが分かりました[6]。オンラインで道徳的な行動をした人と、そうでない人の間で、その後の行動に大きな違いは見られなかったのです。
この結果には、オンライン環境の特徴が関係していると考えられます。オンラインでは他人からの評価や観察が直接的でないため、道徳的な行動が「預金」として働きにくいのです。オンラインでは行動が匿名的であり、自分の道徳性への意識が薄れやすいことも理由の一つと考えられます。
この発見は、デジタル社会における倫理的な行動を考える上で、新たな知見をもたらしています。オンライン上での良い行いは、対面での良い行いとは異なる心理的な影響を持つことが分かりました。
調査では、他人への思いやりが強い人々は、オンライン上でも一貫して道徳的な行動をとる傾向が確認されました。これは、個人の基本的な価値観が、環境の違いを超えて行動に関係することを表しています。
オンライン上での道徳的な行動は、現実世界での行動とは異なる判断基準で評価される可能性も指摘されています。例えば、SNS上での良い意思の表明は、実際の寄付行動とは異なる文脈で受け止められ、その結果、モラルライセンシングを引き起こさないということです。
オンライン上での評価の仕組みも、モラルライセンシングの発生を防ぐ要因となっています。多くのオンラインの場には、利用者の行動を評価する仕組みが組み込まれています。このような継続的な評価の仕組みがあることで、一時的な良い行いによる道徳的な満足感が抑えられ、一貫した倫理的な行動が促される可能性があります。
脚注
[1] Kong, M., Xin, J., Xu, W., Li, H., and Xu, D. (2022). The moral licensing effect between work effort and unethical pro-organizational behavior: The moderating influence of Confucian value. Asia Pacific Journal of Management, 39(2), 515-537.
[2] Cascio, J., and Plant, E. A. (2015). Prospective moral licensing: Does anticipating doing good later allow you to be bad now? Journal of Experimental Social Psychology, 56, 110-116.
[3] Kouchaki, M. (2011). Vicarious moral licensing: The influence of others’ past moral actions on moral behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 101(4), 702-715.
[4] Mullen, E., and Monin, B. (2016). Consistency versus licensing effects of past moral behavior. Annual review of psychology, 67(1), 363-385.
[5] Hu, T.-Y., and Tao, W.-W. (2021). The influence of visual perspective on moral licensing effect. Basic and Applied Social Psychology, 43(6), 341-355.
[6] Rotella, A., and Barclay, P. (2020). Failure to replicate moral licensing and moral cleansing in an online experiment. Personality and Individual Differences, 161, 109967.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。