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コラム

職場の善意が暴走するとき:なぜ”いいこと”が思わぬ問題を生むのか

コラム

職場では、日々多くの善行が行われています。同僚の仕事を手助けし、環境保護に取り組み、地域に貢献する活動など、組織も個人も様々な善意の行動をとっています。上司は部下の成長を支え、同僚は業務を分担し合い、新入社員の適応を助けるなど、人々は互いを支えながら働いています。

このような組織内における善意の行動は、一見すると職場の雰囲気を良くし、組織の発展につながると考えられます。しかし、近年の研究では、善行を行うことが思わぬかたちで問題を引き起こす可能性が見えてきました。

善行を行った後に、人は自分に「免罪符」を与え、その後の不適切な行動を正当化する傾向が出てくるのです。この現象は「モラルライセンシング」と呼ばれ、職場において深刻な問題となり得ます。善行が、不適切な行動のきっかけとなるという矛盾する事態が生じます。

良い行動がモラルライセンシングを生む

職場における自発的な貢献行動、いわゆる組織市民行動は、組織を円滑に運営するための基本的な要素です。同僚のサポート、業務プロセスの改善提案、職場環境の整備など、職務として定められていなくても、組織のために自発的に行う行動は数多く存在します。

しかし、この善行が予想外の副作用を生むことがあります。組織市民行動を行った従業員が、その後に組織に損害を与えるような行動をとりやすくなるのです[1]。例えば、他者への手助けを行った後に、職場の備品を私的に使用したり、機密情報の取り扱いが不適切になったりする現象があり得ます。同僚への悪口を言ったり、仕事を適当に済ませたりするケースもあるかもしれません。

このメカニズムは次のように説明できます。従業員が組織市民行動を行うと、自分は「道徳的な人間である」という認識が強まります。「私は組織に貢献している良い人間だ」という自己認識が高まることで、その後の不適切な行動への心理的な抵抗が弱まってしまうのです。人は自分の善行を「道徳的な信用」として蓄え、それを根拠に不適切な行動を自己正当化してしまいます。

この現象は、個人の動機や性格によっても異なります。内発的な動機、つまり自分の意思で組織市民行動を行う場合、道徳的な信用が蓄積されやすく、その後の不適切な行動も起きやすくなります。例えば、純粋に同僚を助けたいという気持ちで行動する場合、自分の行動を強く「善行」として認識するため、その後の不適切な行動も許容しやすくなります。

対して、外部からの報酬を期待して行動する場合は、このような現象は生じにくいことが判明しています。例えば、評価や昇進を意識して組織市民行動を行う場合、その行動は「善行」というよりも「投資」として認識されるため、道徳的な信用の蓄積にはつながりにくいのです。

自己志向の強い従業員と他者志向の強い従業員では、モラルライセンシングの発生パターンが異なることも指摘されています。自己志向の強い従業員は、善行を行っても道徳的な信用を得にくく、その結果として不適切な行動も抑制される傾向にあります。他者志向の強い従業員は、善行によって道徳的な信用を得やすいものの、他者への配慮から不適切な行動を控える可能性があります。

組織市民行動が無礼な行動を増やす

職場における善行は、意図せずに無礼な行動を引き起こす原因となることがあります。サービス業の従業員を対象とした調査では、従業員が組織市民行動を行った後、その週のうちに同僚に対する無礼な行動が増加することが判明しました[2]

調査では、一週間にわたって従業員の行動を追跡しました。週の初めに同僚を助けたり、業務改善に取り組んだりした従業員は、週の終わりに向けて無礼な行動をとる傾向が見られたのです。例えば、同僚の会話に割り込む、他者の意見を無視する、相手の話を遮るといった行動です。

また、同僚のプライバシーを侵害したり、他者を意図的に会議や打ち合わせから排除したりするような行動、さらには、メールや電話への返信を意図的に遅らせたり、必要な情報共有を怠ったりすることも出てくるかもしれません。

このような事態が生じる背景には、やはり道徳的なクレジットの蓄積があります。従業員は善行を行うことで道徳的なクレジットを得ます。「私は良いことをした」という自己認識が高まることで、その後の行動に対する倫理的な判断が緩くなってしまうのです。道徳的なクレジットが、後の無礼な行動を許容する心理的な根拠となります。

この傾向は、軽微な無礼な行動において顕著に現れることが特徴です。深刻なハラスメントや明確な反社会的行動ではなく、日常的な無礼さのレベルで現象が観察されます。これは、人々が道徳的クレジットを「使用」する際、大きな不正よりも小さな逸脱行動を選択することを示しています。

無礼な行動は職場の雰囲気を悪化させ、組織の生産性低下にもつながります。些細な無礼な行動が積み重なることで、職場のコミュニケーションが阻害され、チームワークが損なわれていく可能性があるのです。

組織市民行動が利他的規則違反行動を促す

職場では、組織や同僚のためを思って規則を破る行動が見られることがあります。業務の効率化のために手順を省略したり、顧客サービス向上のために規定外の対応を行ったりするケースです。このような利他的な規則違反行動は、組織市民行動と密接な関係があることが見えてきました。

中国の企業を対象とした調査では、従業員が組織市民行動を行うと、その後に利他的な規則違反行動が増加することが確認されました[3]。例えば、他部署の業務を手伝った従業員が、その後に期限を守るために安全手順を省略したり、顧客満足度を上げるために社内規定を無視したりするような行動をとるイメージです。

他にも、規定された確認手順をスキップする、承認を得ずに業務を進める、予算の使用規定を曲げるといった行動も、利他的規則違反行動の一部です。これらの行動は、一見すると組織や顧客のためという善意に基づいているものの、長期的には組織にリスクをもたらします。

従業員は組織市民行動を通じて自分の道徳的なイメージを高め、それを根拠に規則違反を正当化します。「私は組織のために貢献している」という自己認識が、「多少のルール違反は許される」という考えにつながってしまうのです。

こうした結果は、内発的な動機で行動する従業員に顕著に見られます。自発的に組織市民行動を行う従業員は、その行動によって道徳的な自己イメージが高まり、その結果として規則違反への心理的な抵抗が弱まってしまいます。純粋な善意で行動する従業員ほど、道徳的な信用を蓄積しやすく、その後の規則違反も正当化しやすくなるということです。

逆に、外部からの評価や報酬を期待して組織市民行動を行う従業員は、この傾向が弱いことも分かっています。これは、行動の動機が外発的である場合、道徳的な自己イメージの向上につながりにくいためです。

このような規則違反行動は組織内で連鎖的に広がる可能性もあります。ある従業員の規則違反が他の従業員に広がり、結果として組織全体のコンプライアンス意識が低下するリスクがあるのです。

自発的な市民行動が知識隠蔽につながる

従業員が同僚に自発的な支援を提供する行動は、組織にとって望ましい市民行動と評価されます。しかし、この善意の行動が予想外のかたちで、組織内での知識の隠蔽を引き起こすことがあります。

ある研究において、同僚への自発的な支援行動が、後に知識を隠す行動につながることが判明しました[4]。従業員は同僚を手助けすることで道徳的な信用を蓄積し、その後に知識共有の要請を拒否したり、不完全な情報しか提供しなかったりする傾向が観察されたのです。

例えば、業務上の知識を求められた際に、曖昧な回答しか与えない、特に必要な部分を意図的に省略する、回答を遅らせるといった行動です。「自分も詳しくない」と装ったり、「時間がない」という理由で説明を避けたりするケースもあり得ます。

このような知識隠しは、善行による道徳的クレジットの蓄積と関係しています。従業員は自発的な支援行動によって「自分は十分に協力的だ」という自己認識を持ち、それを根拠に知識共有を拒否することを正当化します。「私はすでに十分な貢献をしている」という意識が、知識を隠す行動への心理的な抵抗を弱めてしまいます。

一方で、この傾向は職場の協力的な雰囲気によって抑制されることが分かっています。チーム全体が学習や成長を重視する文化を持つ職場では、自発的な支援行動が知識隠しにつながりにくいのです。協力的な環境では、道徳的クレジットを使って知識を隠す行動が抑制されます。

CSRが不正行為をもたらし得る

企業の社会的責任(CSR)活動は、組織の倫理性を高める取り組みとして評価されています。環境保護活動、地域貢献、社会福祉支援など、企業が社会に対して行う善行は、組織の評判を高め、従業員の誇りを生み出すと考えられています。

しかし同時に、CSR活動が組織的な不正行為を引き起こす可能性があることが分かってきました[5]CSR活動を行うことで、組織やリーダーは道徳的な信用を獲得します。「私たちは社会に貢献している」という自負が生まれ、この道徳的な信用が、後の不正行為を正当化する根拠として機能することがあるのです。

例えば、環境保護活動に熱心に取り組む企業が、その他の分野での法令遵守に甘くなってしまうことがあります。地域貢献活動に力を入れている企業が、内部での不正行為に対して寛容になってしまうかもしれません。

CSR活動に熱心な企業での経理処理の不適切さ、人事評価の恣意性、情報開示の不十分さなどが指摘されています。これらの企業では、CSR活動での成果が組織の道徳的な評価を高め、それが他の分野での不正行為を見過ごす要因となっています。

この問題は、リーダーの立場が高いほど複雑になります。高い地位にあるリーダーがCSR活動で得た道徳的な信用を利用して不正行為を正当化すると、その考え方が組織全体に浸透していく危険性があります。リーダーが「私たちは十分な善行を行っている」と考えることで、不正行為への抵抗感が組織全体で薄れていくのです。

CSR活動に熱心な企業ほど、ステークホルダーからの信頼も厚くなります。この信頼が、皮肉にも組織の不正行為を見逃す要因となり得ます。ステークホルダーが「この企業は倫理的だ」という印象を持つことで、不正行為の発見が遅れたり、問題が小さく扱われたりする可能性があるのです。

倫理的行動の後に侮辱的行動が起こる

リーダーの倫理的な行動は、時として部下への侮辱的な行動に変化することがあります[6]。この矛盾する現象の背景には、二つの心理的メカニズムが存在しています。

一つは、倫理的な行動を続けることによる精神的な消耗です。リーダーが倫理的な行動をとり続けるには、高い自己制御が必要となります。公平な判断を心がけ、部下の立場に配慮し、組織の規範を遵守する。このような自己制御を続けることで精神的なエネルギーが消耗し、その結果として部下への対応が荒くなってしまうことがあるのです。

ある調査では、リーダーが倫理的な行動を続けた日の夕方になると、部下への厳しい言動が増加する傾向が見られました。疲労が蓄積することで感情的になりやすくなり、些細なミスに対しても強い叱責を行ったり、部下の意見を一方的に否定したりするような行動が出やすくなるのです。

会議での発言を遮る、メールでの返信が強い口調になる、人前で部下を批判する、といった行動もあり得ます。こうした行動は、組織の士気を下げ、部下の成長を妨げる要因となります。

もう一つは、道徳的な信用の蓄積です。倫理的な行動を続けることで、リーダーは自分に道徳的な信用を与えます。「私は良いリーダーだ」という自己認識が強まることで、時には厳しい対応も必要だという考えが生まれます。この信用が、部下への侮辱的な行動を正当化する根拠となってしまいます。

普段から部下の育成に熱心なリーダーが、時として過度に厳しい指導を行うことがあります。「私は部下のためを思って接している」という認識が、侮辱的な言動を正当化する理由となるのです。

脚注

[1] Klotz, A. C., and Bolino, M. C. (2013). Citizenship and counterproductive work behavior: A moral licensing view. Academy of Management Review, 38(2), 292-306.

[2] Hughes, I., Levey, Z., Lee, J., and Jex, S. (2023). Doing good to be (subtly) bad: A moral licensing view on the relations between organizational citizenship behavior and instigated incivility. Human Performance, 36(5), 201-218.

[3] Liu, T., Liu, C. E., and Zhou, E. (2019). Influence of organizational citizenship behavior on prosocial rule breaking: Moral licensing perspective. Social Behavior and Personality: An International Journal, 47(6), 1-9.

[4] He, P., Anand, A., Wu, M., Jiang, C., and Xia, Q. (2023). How and when voluntary citizenship behaviour towards individuals triggers vicious knowledge hiding: The roles of moral licensing and the mastery climate. Journal of Knowledge Management, 27(8), 2162-2193.

[5] Bouzzine, Y. D., and Lueg, R. (2023). CSR, moral licensing and organizational misconduct: A conceptual review. Organization Management Journal, 20(2), 63-74.

[6] Lin, S. H. J., Ma, J., and Johnson, R. E. (2016). When ethical leader behavior breaks bad: How ethical leader behavior can turn abusive via ego depletion and moral licensing. Journal of Applied Psychology, 101(6), 815-830.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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