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コラム

小さな火花が大きな炎に:少数派が切り開く組織の未来

コラム

組織は、多様な意見や価値観が交錯する中で変化し続けています。その中で、少数派の存在と影響力は、組織のダイナミズムを理解する上で欠かせない要素となります。一見すると弱い立場に見える少数派が、どのようにして組織変革の原動力となり得るのか。この問いは、組織の本質に迫るものです。

1970年代にモスコヴィチが少数派影響に関する研究の扉を開いて以来、この分野は研究者たちの注目を集めてきました。それらの研究は、少数派が持つ潜在的な力を明らかにし、組織変革における少数派の役割を浮き彫りにします。

本コラムでは、少数派影響に関する研究知見を紹介しながら、その特徴や働きについて探求します。少数派の意見がメンバーの思考プロセスにどのような変化をもたらすのか、どのような条件下で少数派影響が効果を発揮するのか、そして時間の経過とともに少数派影響がどのように組織を変えていくのか。これらに対する答えは、私たちの組織のあり方に新たな視点を提供してくれるでしょう。

発散的思考を促し、潜在的に作用

少数派影響の特徴の一つは、受け手の思考プロセスに変化をもたらす点にあります。特に、少数派の意見に触れることで、人々の思考が発散的になる傾向が見られます。これは、多数派の影響とは異なる特徴だと言えます。

研究によると、多数派の意見にさらされた場合、人々は既存の考え方や解決策に固執しがちになります[1]。これを「収束的思考」と呼びます。一方、少数派の意見に触れると、人々はより多様な視点から問題を捉え、新しいアイデアを生み出す「発散的思考」が促進されます。

発散的思考が促されるメカニズムとして、少数派の意見が受け手に葛藤をもたらすことが挙げられます。多数派とは異なる意見に接すると、人々はその意見の妥当性を慎重に吟味します。この過程で、既存の考え方を見直し、新たな視点を取り入れる機会が生まれるのです。

実験では、少数派の意見にさらされた被験者が、多様で創造的な解決策を考え出せることが明らかになりました。例えば、ある課題に対して、多数派の意見を聞いた群よりも、少数派の意見を聞いた群のほうが、多くの新しいアイデアを提案できました。

このように、少数派影響は発散的思考を促進し、創造性や革新性を高める効果があります。少数派の存在が、組織に新たな視点をもたらし、変革の原動力となる可能性を秘めています。

柔軟な思考が必要な場合に効力を発揮

少数派影響は、柔軟な思考が求められる状況において効果を発揮します。この点について興味深い洞察を提供する研究があります[2]

実験では、参加者に異なる条件下でストループ課題を行わせました。ストループ課題とは、色の名前と実際のインクの色が一致しない単語を読む課題です。例えば、「赤」という単語が青インクで書かれている場合、参加者は単語の意味ではなく、インクの色を答えなければなりません。

実験では、「柔軟性の低い条件」と「柔軟性の高い条件」が設定されました。柔軟性の低い条件では、参加者は単一の側面(単語の意味かインクの色のどちらか)に集中するよう求められました。一方、柔軟性の高い条件では、単語の意味とインクの色を頻繁に切り替えて回答する必要がありました。

結果として、柔軟性の低い条件では、多数派の影響を受けた参加者が最も速く課題を解決しました。多数派の影響が単一の視点に集中することを促すためです。多数派の意見は、特定の解決策に焦点を当てる「収束的思考」を強化します。

対照的に、柔軟性の高い条件では、少数派の影響を受けた参加者が最も優れたパフォーマンスを示しました。少数派の影響は、複数の視点を同時に考慮する能力を高めます。この「発散的思考」により、参加者は異なる次元(単語の意味とインクの色)を素早く切り替えることができました。

この結果は、少数派影響が柔軟性を要する複雑な課題に対して有効であることを意味しています。現実世界に当てはめると、例えば急速に変化する市場環境や、多面的なアプローチが必要な問題解決などの場面で、少数派の意見が大切な役割を果たす可能性があります。

少数派の意見は、人々に多角的な視点を提供し、固定観念にとらわれない柔軟な思考を促します。イノベーションが求められる分野や、従来のアプローチでは対処できない新たな課題に直面した際に、少数派影響が発揮されやすいと言えます。

過去に少数派の経験があることの意義

少数派としての経験は、その後の影響力行使にどのような効果をもたらすのでしょうか。企業の取締役会における少数派の取締役の影響力に焦点を当て、この問いに対する洞察を提供する研究を取り上げましょう[3]

調査によると、過去に他の取締役会で少数派としての役割を経験した取締役は、現在の取締役会でより大きな影響力を持つ傾向があります。この発見は、少数派としての経験が、その後の意思決定プロセスにおける効果的な影響力の行使につながることを示唆しています。

なぜ、過去の少数派としての経験が現在の影響力を高めるのでしょうか。一つの理由として、少数派の立場にいた経験を通じて、自分の意見をうまく伝える方法を学んだことが考えられます。少数派としての経験は、多数派を説得するための戦略や、反対意見を提示するためのコミュニケーションスキルを磨く機会となるのです。

例えば、ある取締役が過去に少数派として、環境への配慮を重視する立場を取っていたとします。その経験を通じて、環境問題の重要性を経済的な観点から説明する方法や、長期的な企業価値との関連性を示す説得の仕方を学んだかもしれません。こうしたスキルは、現在の取締役会での議論においても活かされ、より大きな影響力につながるということです。

また、少数派としての経験は、組織内での対人スキルを向上させる機会にもなります。少数派の立場では、多数派の取締役との関係構築や、自分の意見を受け入れてもらうための交渉力が求められます。こうしたスキルは、その後の取締役会の活動においても有効に機能し、影響力の増大につながります。

一方で、過去に多数派として多くの経験を積んだ取締役は、現在の取締役会での影響力が低下する可能性があることも示されています。多数派の立場に慣れすぎると、少数意見を提示するスキルが形成されない可能性があります。

過去の少数派としての経験は、将来的な影響力行使に意味を持ちます。多様性のある組織づくりにおいて、異なる背景や経験を持つ人材を登用することの重要性を、この研究結果は示唆しているのです。

時間と競争の中で変革をもたらす

少数派影響が変革をもたらすプロセスは、時間をかけて徐々に進行します。変革は一夜にして起こるものではありません。長年にわたる少数派の継続的な活動の結果として実現してきました。こうした時間の経過とともに少数派影響がどのように変化し、組織を動かしていくのかを理解することの必要性が指摘されています[4]

少数派影響が時間とともに強まるメカニズムとして、「双方向性」の捉え方が大切です。少数派と多数派は互いに影響を与え合い、半ば競争しながら社会的影響力を発揮します。例えば、少数派が新しい考え方を提唱すると、多数派はそれに対して反応し、場合によっては部分的に取り入れることもあります。そうすると少数派は更に主張を洗練させ、より説得力のあるものにしていきます。

研究では、社会的立場の逆転が起こるプロセスを追跡しています。実験において、少数派から多数派に転換したグループは、最初は新しい立場に不安を感じていましたが、時間とともにその立場に自信を持ち、グループへの愛着を示すようになりました。これは、変革のプロセスが段階的に進行することを示唆しています。

また、少数派影響が時間とともに強まる背景には、少数派の持つ動機づけの強さも関係しています。少数派の動機は「社会的妥当性」「社会的統制」「社会的受容」に分類することが可能です。例えば、自分たちの立場が正しいという信念(社会的妥当性)に基づいて、少数派は粘り強く活動を続けることができるのです。

少数派影響は時間をかけて徐々に組織に浸透し、最終的には大きな変革をもたらし得ます。変革のプロセスを理解する上で、この時間的視点と少数派・多数派の相互作用を考慮することが大切です。

公的な影響より私的な影響をもたらす

少数派影響の特徴として、公的の場面よりも私的な場面で強く表れることが挙げられます。これまでの研究を統合的に分析した論文によると、少数派影響は「公的な変化」や「直接的な私的変化」よりも、「間接的な私的変化」において顕著に見られることがわかりました[5]。少数派の意見は、表立っては受け入れられなくても、間接的な形で個人の考え方や態度に作用する可能性が高いということです。

例えば、ある組織で少数派の従業員が新しい業務手法を提案したとします。この提案は公式の会議では却下されるかもしれません。しかし、他の従業員たちは個人的にその提案について熟考し、関連する別の場面で似たようなアイデアを採用するかもしれません。これが「間接的な私的変化」のイメージです。

少数派影響がこのような形で現れる背景には、社会的な圧力が関係しています。公の場では、多数派の意見に同調することが社会的に望ましいと感じられるため、人々は少数派の意見を表面上は受け入れにくい傾向があります。しかし、私的な場面では、そうした社会的圧力から解放され、少数派の意見を冷静に検討することができます。

研究では、少数派影響が強まるメカニズムとして、「一貫性」「情報的圧力」「規範的圧力」の3つの要素が大切であることが指摘されています。

一貫性とは、少数派が同じメッセージを繰り返し発信することで、受け手の中に葛藤が生まれ、最終的にはその意見を考慮せざるを得なくなる現象を指します。情報的圧力は、少数派が新たな情報や視点を提供することで、受け手の認知構造に変化をもたらすプロセスです。規範的圧力は、少数派の意見に公然と同調することを避けつつも、私的には影響を受けるという現象を説明しています。

これらのメカニズムにより、少数派影響は、表面的には見えにくくても、個人の内面で徐々に浸透していくのです。この過程において、人々は少数派の意見を精査し、自分の考えを見直す機会を得ます。その結果、創造的な問題解決や新しいアイデアの創出につながる可能性があります。

少数派影響は持続的だが時間がかかる

少数派影響には、時間がかかるものの持続的な効果があることが明らかになっています。少数派と多数派の影響力の違いが、その持続性と内面化の程度から分析されています[6]

研究では、「リーニエンシー」という枠組みが提示されています。これは、少数派の意見が詳しく検討されるものの、最初は直接的な態度の変化を引き起こさないという考え方です。人々は少数派の意見を即座に拒絶せず、時間をかけて慎重に評価するのです。

例えば、ある企業で少数派の従業員が新しい戦略を提案したとします。この提案は、すぐには採用されないかもしれません。しかし、他の社員たちはその提案を頭の片隅に置き、時間をかけて検討します。そして、その過程で徐々に思考が変化し、やがてその提案の一部が採用されるかもしれません。

研究では、多数派の影響は短期的には強いものの、時間が経つにつれて薄れていくことが分かりました。一方、少数派の影響は、初めは目立たなくても、時間の経過とともに強まり、より持続的な効果を示しました。

この違いは、人々が少数派と多数派の意見を処理する際の認知プロセスの違いに起因しています。多数派の意見は、社会的な同調圧力により表面的に受け入れられやすいのですが、深い内面化を伴いません。対して、少数派の意見は、初めは受け入れられにくくても、人々がその内容を詳細に吟味することで、徐々に内面化されていきます。

少数派影響が持続的である理由の一つは、その意見が新しい視点や批判的な内容を含んでいることです。これによって、人々は既存の考え方を見直し、新たな観点から問題を捉え直す機会を得ます。この過程で、少数派の意見が徐々に内面化され、長期的な態度変容につながります。

少数派影響は時間がかかるものの、持続的な変化をもたらします。組織の変革において、少数派の意見を即座に退けるのではなく、時間をかけて検討することの意義が、この研究から示唆されています。

脚注

[1] Nemeth, C. J. (1988). Differential contributions of majority and minority influence. Journal of Personality and Social Psychology, 54(5), 740-752.

[2] Peterson, R. S., and Nemeth, C. J. (1996). Focus versus flexibility: Majority and minority influence can both improve performance. Personality and Social Psychology Bulletin, 22(1), 14-23.

[3] Westphal, J. D., and Milton, L. P. (2000). How experience and network ties affect the influence of demographic minorities on corporate boards. Administrative Science Quarterly, 45(2), 366-398.

[4] Prislin, R. (2022). Minority influence: An agenda for study of social change. Frontiers in Psychology, 13, 911654.

[5] Wood, W., Lundgren, S., Ouellette, J. A., Busceme, S., and Blackstone, T. (1994). Minority influence: A meta-analytic review of social influence processes. Psychological Bulletin, 115(3), 323-345.

[6] Crano, W. D., and Chen, X. (1998). The leniency contract and persistence of majority and minority influence. Journal of Personality and Social Psychology, 74(6), 1437-1450.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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