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コラム

イノベーション実現の道標:『イノベーションを生み出すチームの作り方』活用ガイド

コラム

『イノベーションを生み出すチームの作り方』(すばる舎)を上梓しました。本書は、イノベーションの実現に向けて組織が直面する数々の課題について、コンパッションという新しい視点から解決の道筋を示すものです。

特に、組織の中でイノベーションを推進し、実現していく過程で生じる様々な障壁や抵抗に対して、自分自身や他者への思いやりの心であるコンパッションを活用することで、持続可能な形でイノベーションを実現する方法を提示しています。

本書は体系的に理論を散りばめた一冊であると同時に、実践的なガイドブックとしての性格も持ち合わせています。読者の皆様が、現在置かれている立場や直面している課題に応じて、必要な箇所から読み進めていただくことができます。

本コラムでは、本書の読み方についていくつかご提案させていただきますが、これらは提案であって、決して制約ではありません。自身の状況や課題に応じて、自由に読み進めていただければと思います。本書を最大限に活用していただけるよう、主に7つの観点から読み方を提案させていただきます。

実践を通じた学び:セルフ・コンパッションの体験

本書では、イノベーションの推進者がセルフ・コンパッションを高めるための手法を多数紹介しています。これらの手法は、読み物として理解するだけでなく、実際に体験することで、より深い学びが得られます。

例えば、第4章では、「二つの椅子」という手法を解説しています。この手法では、実際に二つの椅子を用意し、一方の椅子では自己批判的な声を表現し、もう一方の椅子では思いやりのある声を表現します。このような物理的な移動を伴う対話を通じて、自分の中にある異なる声に気づき、建設的な自己対話の方法を学ぶことができます。

実践を通じた学びは、知識の獲得に留まらず、実際の職場において困難な状況に直面した際に、自然と活用できるスキルの獲得につながります。

例えば、プロジェクトの提案が否定されたとき、自己批判的な思考に陥るのではなく、自分自身に対する思いやりの声を意識的に活用し、うまく対応できるようになっていきます。実践的なスキルは、日々の業務の中で繰り返し活用することで、徐々に身についていきます。

また、実践の過程を通じた変化を記録していくことをお勧めします。例えば、セルフ・コンパッションの実践を始めてから、提案が否定されたときの反応がどのように変化したか、以前なら数日間落ち込んでいた出来事に対して、どのように対応できるようになったか、あるいは同僚との関係がどのように変化したかなど、変化のエピソードを記録していきます。この記録は、自身の成長の軌跡を確認する上で資料となるとともに、実践を継続するモチベーションにもつながります。

プロジェクト運営のためのチェックリスト作成

本書では、イノベーションの「推進」と「実現」の段階において必要となるものを解説しています。これらの内容を実務に活かすために、各段階でのポイントをチェックリスト化するという読み方があり得ます。

例えば、「推進」段階では、同僚からの支持を得ることや、上司の理解を獲得することなどがポイントとなるでしょう。「実現」段階では、部門間の連携や、リソースの確保、組織の慣性への対処などが鍵となるかもしれません。

これらの要素を、自組織の特性や文化に合わせた形でチェックリスト化することで、日々のプロジェクト運営における行動指針として活用することができます。例えば、本書で「同僚からの支持を得ることが重要」と説明されている箇所について、自組織ではどのような方法で同僚の支持を得ることができるのか、どのようなタイミングで働きかけると効果的か、といった行動レベルまで落とし込んでチェックリストを作成します。

チェックリストを作成する際は、各ポイントについて検討しましょう。例えば、「部門間の連携」という項目であれば、なぜその連携が重要なのか(例えば、技術部門と営業部門の連携がないと、顧客ニーズに合った製品開発ができない)、どのような行動が必要か(例えば、月1回の定例ミーティングの開催、情報共有の仕組みづくり)、予想される課題は何か(例えば、部門間の優先順位の違い、コミュニケーションスタイルの違い)といった点について記述していきます。

チーム全体での読み合わせと議論

本書は、イノベーション推進者個人の内面に焦点を当てた内容が多く含まれています。とりわけ、周囲からの反対や批判に直面した際の心理的な対処法や、セルフ・コンパッションを通じた回復力の育成について紹介しています。

これらの内容をチーム全体で共有し議論することで、個人の学びにとどまらず、組織としての対応力を高めることができます。例えば、あるメンバーが経験した困難な状況とその克服方法について共有することで、他のメンバーも同様の状況に備えることができます。

「推進」段階でのチーム内の対立や、「実現」段階での部門間の軋轢などについて、チームメンバー各自の経験を共有するのも良いでしょう。例えば、ある提案に対して反対意見が出たとき、どのように対応したか、その結果はどうだったか、今振り返ってみてより良い対応方法はなかったか、といった経験を共有し、議論することで、組織特有の課題や対応方法についての理解が深まります。このような対話を通じて、チームメンバー間の相互理解や信頼関係も強化されていきます。

2章で解説されているコンパッションの概念や実践方法についても、チーム全体での読み合わせをお勧めします。例えば、セルフ・コンパッションの三つの要素(セルフ・カインドネス、コモン・ヒューマニティ、マインドフルネス)について、それぞれのメンバーがどのように理解し、実践しているかを共有することで、チーム全体としてのコンパッション能力を高めることができます。チーム内で実践方法を共有することで、お互いに学び合い、支え合う関係性を築くことができます。

自分の経験との照合と考察

本書を読み進める際は、これまでの自身の経験と照らし合わせながら読むと味わい深いものになります。例えば、過去にイノベーションを推進しようとして困難に直面した場面を思い出してみましょう。その時、どのような反対意見や障壁に直面したか、自分はどのような感情を抱き、どのように対応したか、その結果はどうだったかを、できる限り詳細に思い起こします。

そして、本書で紹介されているコンパッションの考え方を用いて、その経験を新たな視点から見直してみましょう。例えば、当時の自分に対して、今ならどのような思いやりの言葉をかけることができるでしょうか。また、反対意見を述べた相手の立場に立って、その人の考えや感情を理解しようとすることで、当時とは異なる対応の可能性が見えてくるかもしれません。

このような振り返りを行う際は、初めに自分自身に対する深い思いやりの心を持つことが大切です。過去の出来事について「あの時の対応は間違っていた」「もっと上手く対応できたはず」といった自己批判的な思考に陥るのではなく、「当時の自分は精一杯努力していた」「その経験から多くのことを学ぶことができた」といった思いやりのある視点で振り返るということです。

ケーススタディを通じた学習

本書で紹介されている17のケースにおいては、4つの観点から検討を行うことが効果的です。

  • 第一に、各ケースにおいてイノベーション実現を妨げている本質的な障壁について考察します。例えば、組織の慣性なのか、リソースの制約なのか、部門間の対立なのかを明確にします。
  • 第二に、関係者それぞれの立場や心理状態を理解します。例えば、反対者がなぜその立場を取らざるを得ないのか、どのような不安や懸念を抱えているのかを想像します。
  • 第三に、コンパッションの視点から、どのようなアプローチが可能かを検討します。例えば、自分自身へのコンパッション、反対者へのコンパッション、チーム全体へのコンパッションをどのように活用できるかを考えます。
  • 第四に、その状況で必要となるコンパッションの実践方法を検討します。例えば、「二つの椅子」の手法をどのように活用するか、思いやりのある対話をどのように展開するかを考えます。

こうした検討を通じて得られた知見は、実際の職場で直面する様々な課題への対応に直接活用することができます。例えば、ある部門から強い反対を受けた場合、類似のケースでどのようなアプローチが効果的だったかを参照し、自分の状況に適用することができます。また、これまでとは異なる視点からアプローチを考えることで、新たな打開策が見えてくることもあります。

セルフ・コンパッション評価の活用

4章に掲載されているセルフ・コンパッションの評価は、定期的に実施することで、自身のコンパッション能力の変化を客観的に把握するツールとして活用できます。例えば、月に1回程度の頻度で評価を行い、その結果の推移を記録していくことで、自身の成長の過程を可視化することができます。

この評価をチーム全体で実施し、その結果について率直に話し合うことで、組織としての課題や強みを明らかにすることもできます。例えば、チーム全体として「自己批判的な傾向が強い」という課題が見えてきた場合、それに対する改善策を話し合うことができます。

あるいは、「困難な状況でも冷静さを保てる」といった強みが見えてきた場合、その強みをさらに伸ばし、活用していく方法を検討することができます。

評価の結果、特定の項目で低い点数が出た場合は、その項目に関連する本書の内容を重点的に読み返してみましょう。例えば、「自己批判が強い」という結果が出た場合、第2章のセルフ・コンパッションの基本概念や、第4章の実践方法を参照しながら、自分に合った改善方法を検討することができます。チーム内で類似の課題を持つメンバーと一緒に学習会を開催するなど、組織的な取り組みにつなげることもできます。

改善に向けた取り組みにおいては、行動計画を立てることが重要です。例えば、「毎朝10分間のセルフ・コンパッション実践を行う」「週に1回、自己対話の時間を設ける」といった目標を設定し、その実践状況を確認します。また、行動計画の進捗を振り返り、必要に応じて計画を修正することで、効果的な実践につなげることができます。

イノベーションの道標として

本書は、イノベーション推進者の方々に、理論と実践の両面からサポートを提供することを目指しています。読者の皆様には、自身が現在直面している課題や、組織の状況を踏まえて、本書の内容を柔軟に解釈し、必要な部分から実践していただきたいと考えています。

例えば、まずはセルフ・コンパッションの基本的な実践から始め、徐々にチーム全体での取り組みに広げていくといった段階的なアプローチも有効です。

イノベーションの実現に向けた道のりには、様々な困難が待ち受けているかもしれません。しかし、コンパッションの実践を通じて、自分自身への思いやりを深め、他者との建設的な関係を築き、組織全体の対応力を高めていくことで、これらの困難を持続可能な形で乗り越えていくことができます。

コンパッションは、一時的な対処法ではなく、個人とチームの本質的な変容をもたらす力を持っています。例えば、反対意見に直面した際も、それを障害としてではなく、アイデアを洗練させチームの結束を強める機会として捉えられるようになります。

また、失敗や挫折の経験も、自己否定ではなく成長の機会として受け止められるようになります。このように、コンパッションの実践を通じて、イノベーションの実現プロセス自体が、組織と個人の持続的な成長につながる豊かな学びの機会となることを願っています。

本書が、読者の皆様のイノベーション実現への道のりにおいて、信頼できる道標となれば幸いです。皆様がコンパッションの力を活かしながら、一歩一歩、着実にイノベーションを実現していかれることを心より願っています。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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