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コラム

従業員の「感情」を考える:感情がもたらす影響とその活用方法

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私たちは日々の生活の中でいろいろな感情を感じています。感情は「嬉しい」「楽しい」などの、いつでも感じていたいようなものもあれば、「悲しい」「恥ずかしい」など、できるだけ経験したくないような感情までさまざまですが、私たちの日常を彩り、行動を始める原動力にもなる、人間にとって重要なものです。

感情を経験し、それが重要となるのはプライベートに限ったことではありません。職場においても、私たちは多くの感情を経験します。思ったように進まない仕事に苛立ったり、そんなときの同僚からのサポートに嬉しさや安心を感じたり、仕事の場面でも感情は常に私たちの中にあるものです。

そんな当たり前の存在で、普段あまり意識していない私たちの感情ですが、実は想像以上に、仕事の場面で影響力があるものだということが研究で実証されています。個人の仕事の成功にも、良好な職場環境の形成にも感情はつながっているのです。

身近でいつでも誰にでもあるものだからこそ、その影響力を把握し、活用して、さまざまな問題の改善とより働きやすい職場の形成を目指していきましょう。

職場で私たちはどのような感情を感じているのか

根本的に感情というものは定義が複雑なものですから、正確な個数や種類を述べるのは難しいものです。そんな中、仕事中に感じる感情として55種類も挙げられたことを報告している研究もあります[1]

例えば、喜びや不安といった個人的な感情だけでなく、知的なことに関する感情である好奇心や退屈、人との関係に関わる感情である帰属感や同情、自分のイメージに関する感情である優越感や無力感、他者のイメージに関する感情である尊敬や軽蔑などが挙げられています。

私たちはさまざまな場面で、多彩な感情を職場で経験しているのです。

ネガティブな感情は何に影響するか

感情がネガティブかポジティブかは状況や立場によって変わるものです。例えば、怒りという感情は、感じている本人にとっては、あまり感じたくないネガティブな感情ですが、不正行為に対処するための改善行動を起こさせるという点では、組織においては良い結果につながるポジティブな感情であるとも言えます。

ここからは、職場で良い出来事を経験した時に感じるようなポジティブ感情と、嫌な出来事を体験した時に感じるようなネガティブ感情、それぞれの影響を見ていきましょう。

まず、ネガティブな感情については、日々のストレス要因と非生産的職務行動をつなげるものであることを示す研究があります[2]。非生産的職務行動とは、組織やそのメンバーに危害を加える行動のことです。

香港で行われた調査では、仕事の役割があいまいであることのストレスが、組織に対する非生産的職務行動(業務時間をごまかすなど)と関係するという結果が報告されました。

そのメカニズムは、役割のあいまいさがネガティブな感情を引き起こし、そのネガティブな感情が非生産的職務行動を引きおこすという、ネガティブな感情を間に挟んだものでした。

また、顧客や上司の従業員への失礼な態度に対するストレスも、それによってネガティブな感情が高まった結果、組織に対する非生産的職務行動や個人に対する非生産的職務行動(職場で暴言を吐くなど)を生じさせていました。

オランダの従業員を対象に、職場での日常的な葛藤とパフォーマンスとの関係を調べた研究でも、ネガティブな感情が重要な役割を担っていることが示されています[3]

個人的なことで他の人と意見が合わない人間関係の葛藤や、仕事の進め方で意見が合わないプロセスの葛藤が、悲しみと罪悪感というネガティブな感情の増加と関係し、その悲しみと罪悪感が翌日のパフォーマンスに悪い影響を与えるという結果が示されました。

この結果から、ネガティブな感情がネガティブな出来事を繰り返し考えるきっかけになるため、翌日の仕事に支障をきたす可能性が考えられます。この研究のパフォーマンス指標には、自分の仕事の成果だけでなく同僚の仕事を手伝うなどの役割外行動も含まれるため、職場環境の良さにも影響してしまっています。

またイスラエルで行われた、モチベーションの種類と仕事満足感、パフォーマンスの関連を調べた研究でも、感情を考慮することの必要性が示されています[4]。その研究では、仕事に対するモチベーションの種類とパフォーマンスの関係性は、感情と仕事満足感がカギとなることが示されました。

「自分が重要だと思うからやる」という自律的なモチベーションはポジティブな感情を高めてくれますが、その一方で、「やらないといけないからやる」という強制的なモチベーションはネガティブな感情を高めてしまいます。それによって、仕事満足感が低下し、パフォーマンスにも悪影響を与えてしまうのです。

紹介した3つの研究に共通することは、仕事における望ましくない要素と、仕事のパフォーマンスや職場環境の状態は直接つながっているのではなく、ネガティブな感情が橋渡しをしているということです。

組織の施策を考える際は、単純に「○○をすると良い」「△△は良くないものだ」と考えるのではなく、それが従業員にどのような感情を抱かせるのかに留意することが大切なのです。

ポジティブな感情は何に影響するか

次に、ポジティブな感情の影響を見てみましょう。多種多様な良い影響が示されています[5]

  • 自己効力感を高めたり、高い目標を持てたりする
  • 創造性を促進する
  • ワークエンゲージメントにつながる
  • 効果的なストレス対処法をとれる
  • 心血管系のリスクを低下させ、健康につながる
  • 協力行動につながりチームワークを促進する
  • 良好なコミュニケーションにつながる
  • 顧客のポジティブな感情を引き出す
  • 部下に良い影響を与えるリーダーシップにつながる
  • パフォーマンスの向上につながる

なぜポジティブな感情は仕事において好ましい結果をもたらすのでしょうか。この関係には、ポジティブな感情が直接仕事に影響する直接的なプロセスと、ポジティブな感情が周囲の人に効果を発揮し、それが仕事に影響する間接的なプロセスの2つのルートがあると考えられています。

直接的なプロセス

  • ポジティブな感情は成功を信じる傾向を強め、それが仕事への取り組みや持続性を高める
  • ポジティブな感情は、より広い情報や視点などに目を向け、それらを組み合わせることを促進する

間接的なプロセス

  • ポジティブな感情を持つ人は他の人から魅力的に見えるため、支援を提供してもらえて、良い結果につながる
  • 感情は人から人へと伝わっていくため、ポジティブな感情が相手にも移っていくことで協力行動が促進され、良い結果につながる

加えて、ポジティブな感情が好影響を及ぼす期間についても検討が行われています。ポジティブな感情は今現在だけでなく、長期での好ましい結果につながることを示した研究があります。

アメリカで行われた研究では、ポジティブな感情は、1年半も先の職場での良い結果につながることが示されています[6]。具体的には、ポジティブな感情が高かった人は、1年半後の調査における上司からの評価が高く、上司や同僚からのサポートも多いことが示されています。

長い目で見てもポジティブな感情は仕事にポジティブな影響を与える可能性があります。

ポジティブな感情を職場で活かす上司の働きかけ

ポジティブな感情を感じていることは、従業員個人にとって幸せなだけでなく、組織にとっても良いことだと言えます。では、ポジティブな気持ちで働くためにはどうすればいいのでしょうか。

個人がポジティブな感情を持てるように自分に働きかけることももちろん大切でしょうが、研究では、上司による感情面での働きかけの重要性が指摘されています。

上司が親しみを態度で表すことが、部下の感情と、コミュニケーションへ意欲につながる

職場というものは、正社員にとっては18時間近くを過ごす重要な生活の場でもあるため、部下が上司に求めているコミュニケーションは業務に関連した情報を得ることについてだけではないでしょう。職場で受け入れられていると感じられるような関係を築くためのコミュニケーションや、励ましやサポートを求めるためのコミュニケーションも大切なものです。

コミュニケーションにもさまざまな方法がありますが、話すときの表情や声のトーン、ジェスチャーなど、言葉以外の要素の重要性も指摘されています。

例えば上司が親しみを態度で示してくれていると部下が感じている場合には、感情的なサポートをより多く受けていると感じ、上司の前で自分の本当の気持ちを表現しやすくなることを示している研究があります[7]

言葉以外からのサインは感情を伝えるための重要な手段であるため、上司からの親しみのこもった表情や行動は感情的なサポートだと受け取られるのです。またそのことによって緊張感が緩和されるため、上司の前で自分の感情を厳しくコントロールして取り繕う労力も減らすことができるわけです。

さらに、労いなどの感情的なサポートを感じることは、上司とコミュニケーションをとってポジティブな関係を築きたいという動機につながり、職場の人間関係の構築と維持につながることも示されています。

上司による部下の感情ケアがパフォーマンスの向上につながる

上司の感情面での働きかけは、職場環境の良好さにつながるだけでなく、パフォーマンスに影響を与えることも発見されています。部下のネガティブな感情をそのままにせず、上司が適切にケアすることが、部下の仕事のパフォーマンスの向上につながることが研究で示されています[8]

しかも、感情ケアの方法は何でもいいわけではなく、部下の状態によって、仕事のパフォーマンスを向上させるのに効果的な上司のアプローチは異なってきます。

プロジェクトがうまくいかないときに、悲観的になってしまう人もいれば、他者から責められて怒りを感じる人もいるでしょう。この異なる感情を抱いている人に対して、対応の仕方を変えなければいけないことが指摘されています。

例えば、ある出来事や状況に対する捉え方や評価を変えることによって、出来事が引き起こす感情の反応を変える方法である「再評価戦略」は、怒っている人と悲観的になっている人では、効果が異なることが研究で示されています。

問題解決のための計画を立てるという、さまざまな要素を検討する必要がある複雑なタスクにおいて、パフォーマンスの向上に効果のある上司のアプローチを検証している研究があります。

上司が再評価戦略を用いて怒りを感じている部下の感情に対応することは効果的であることが明らかになっています。他者から責められて怒りを感じている人には、「他の人がどうして自分を責めるなんて行動をとったのか?」「他の人には状況がどう見えているのか?」ということを考え、気持ちを整理してみることを勧めることが効果的です。

怒りの状態にある人は、物事を深く考えたり慎重に情報を集めたりすることが難しくなっています。怒りを感じさせた出来事に対する認識が変わるような行動をとるようにアプローチすることで、より複雑で多面的な方法で状況を考えることができるようになり、パフォーマンスが向上するのです。

しかし、悲観的になってしまっている人は、自分自身や他者の行動の有効性に対する疑いをもっているので、慎重に十分に情報を集め検討します。これはさまざまな要素を検討する必要がある複雑なタスクにおいてパフォーマンスを向上させる要素です。

状況に対する評価を変えて、悲観的な気持ちを消してしまうことによって、このパフォーマンスにとっては良い要素を消してしまうのはもったいないことになります。しかも、状況に対する評価を変えて感情を変えるという再評価戦略は簡単にできることではありません。

そのため、すでに状況の把握にエネルギーを使ってしまっている悲観的な人には負担が大きいものになってしまい、うまくいかないと考えられます。

悲観的になってしまっている部下には、再評価戦略よりも、自分より恵まれない人と自分の状況を比較する「下方比較戦略」のほうが有効である可能性が示されています。

感情とうまくつきあっていく

「仕事に感情を持ち込む」「自分の感情のコントロールを他の誰かに頼る」というのは、眉をしかめてしまうようなことに思われるかもしれません。

しかし、古今東西、感情というのはままならないものです。「恋に落ちる」や「怒りにとらわれる」など、感情を表す言葉には受け身な表現が用いられることが多々あることが、その証拠ではないでしょうか。

感情を無視するのではなく、よく知り、それを仕事や職場環境の改善に活かしていく方法を模索して、感情を有効活用していきましょう。

脚注

[1] Ramachandran, D., Sudish, R. C., & Bansal, S. (2023). Qualitative review on emotions in workplace: A new challenge for managers. Journal of Organizational Behavior, 45(3), 125-140.

[2] Yang, J., & Diefendorff, J. M. (2009). The relations of daily counterproductive workplace behavior with emotions, situational antecedents, and personality moderators: A diary study in Hong Kong. Personnel Psychology62(2), 259-295.

[3] Rispens, S., & Demerouti, E. (2016). Conflict at work, negative emotions, and performance: A diary study. Negotiation and Conflict Management Research9(2), 103-119.

[4] Reizer, A., Brender-Ilan, Y., & Sheaffer, Z. (2019). Employee motivation, emotions, and performance: a longitudinal diary study. Journal of Managerial Psychology34(6), 415-428.

[5] Diener, E., Thapa, S., & Tay, L. (2020). Positive emotions at work. Annual review of organizational psychology and organizational behavior7(1), 451-477.

[6] Staw, B. M., Sutton, R. I., & Pelled, L. H. (1994). Employee positive emotion and favorable outcomes at the workplace. Organization science5(1), 51-71.

[7] Jia, M., Cheng, J., & Hale, C. L. (2017). Workplace emotion and communication: Supervisor nonverbal immediacy, employees’ emotion experience, and their communication motives. Management Communication Quarterly31(1), 69-87.

[8] Thiel, C. E., Connelly, S., & Griffith, J. A. (2012). Leadership and emotion management for complex tasks: Different emotions, different strategies. The Leadership Quarterly23(3), 517-533.


執筆者

西本 和月 株式会社ビジネスリサーチラボ アソシエイトフェロー
早稲田大学第一文学部卒業、日本大学大学院文学研究科博士前期課程修了、日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。修士(心理学)、博士(心理学)。暗い場所や狭い空間などのネガティブに評価されがちな環境の価値を探ることに関心があり、環境の性質と、利用者が感じるプライバシーと環境刺激の調整のしやすさとの関係を検討している。環境評価における個人差の影響に関する研究も行っている。

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