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コラム

境界を溶かす:共通内集団アイデンティティモデルの真価

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私たちは日々、様々な集団に属しながら生活しています。家族、職場、地域社会など、複数の集団の中で自分の立場を見出し、他の人々との関係を築いています。しかし、こうした集団の間で対立や偏見が生じることも少なくありません。そこで注目されているのが「共通内集団アイデンティティモデル」(common ingroup identity model)です。

このモデルは、異なる集団に属する人々が、より大きな共通の集団の一員であると認識することで、集団間の対立や偏見を減らせるのではないかという考え方に基づいています。例えば、異なる部署の社員が「同じ会社の一員」という意識を持つことで、部署間の対立が和らぐといった具合です。

しかし、共通内集団アイデンティティモデルは単純に適用すれば良いというものではありません。集団の特徴や状況によって、その効果は異なります。本コラムでは、共通内集団アイデンティティモデルの基本的な考え方や、それがもたらす影響、さらには適用する際の注意点について、研究知見を踏まえながら解説します。

集団の境界があいまいになる

共通内集団アイデンティティモデルの核心は、異なる集団間の境界をあいまいにすることで、対立や偏見を減らす点にあります[1]。このモデルを提唱したガートナーらの研究によると、人々が自分たちをより大きな共通の集団の一員として再認識することで、元々の集団の違いによる対立が和らぎます。

例えば、ある実験では、被験者を異なるグループに分けた後、共通のアイデンティティを持つよう促しました。その結果、共通のアイデンティティを意識したグループでは、そうでないグループに比べて、他のメンバーへの敵対的な態度が減少しました。

なぜこのような効果が生まれるのでしょうか。それは、人間には「内集団」(自分が属する集団)のメンバーを好意的に扱い、「外集団」(自分が属さない集団)のメンバーを排除しがちな傾向があるためです。共通のアイデンティティを持つことで、それまで「外集団」と見なしていた人々を「内集団」のメンバーとして認識するようになり、結果として偏見や敵意が減少します。

さらに、この効果は態度の変化にとどまらず、行動にも表れます。共通のアイデンティティを持つことで、以前は対立していた集団のメンバー同士が協力し合うようになったり、互いに支援を提供し合ったりする様子が観察されています。

このように、共通内集団アイデンティティモデルは、集団間の境界をあいまいにすることで、人々の認識や行動を変える可能性を秘めています。しかし、これはあくまでも理想的な状況での話です。現実の社会では、様々な要因がこのプロセスに影響を与えており、必ずしも単純には機能しません。

対等な関係を形成できる

共通内集団アイデンティティモデルの効果は、集団間の関係性によって左右されます。特に重要なのは、集団間の地位や力関係が対等であるかどうかです。

この点について興味深い研究が、カリフォルニア大学の研究チームによって行われました[2]。大学生を対象に、エスニック・アイデンティティと大学アイデンティティの関係を調査しました。

研究の結果、白人学生とそれ以外の学生では、これらのアイデンティティの関係性が異なることが分かりました。白人学生の場合、エスニック・アイデンティティが強いほど、階層的な不平等を支持する傾向が強まりました。一方、ラテン系やアフリカ系の学生では、そのような関連は見られないか、むしろ逆の関係が見られました。

白人学生の場合、自分たちのエスニック・グループに強い帰属意識を持つことが、社会的な優位性を維持したいという欲求につながっていると考えられます。一方、マイノリティの学生たちは、自分たちのエスニック・アイデンティティを強く意識することで、むしろ不平等に対する批判的な姿勢を強めています。

しかし、大学アイデンティティに関しては、エスニック・グループにかかわらず、支配的なイデオロギーとの関連はほとんど見られませんでした。これは、大学という環境が比較的平等な関係を築く場として機能していることを示唆しています。

共通内集団アイデンティティが効果を発揮するためには、そのアイデンティティが対等な関係性の中で形成される必要があるということです。大学という環境は、異なる背景を持つ学生たちが、平等な立場で交流できる場を提供しています。そのため、「同じ大学の学生」という共通のアイデンティティが、エスニック・グループ間の対立を和らげる効果を持ちます。

より大きい集団のアイデンティティに

共通内集団アイデンティティモデルを実践に移す際のアプローチとして、「ASPIReモデル」が提案されています[3]。このモデルは、組織における社会的・個人的アイデンティティ資源を活用して、組織の成果を向上させることを目指しています。

ASPIReモデルは、3つの段階で構成されています。まず「AIRing(アイデンティティ資源の特定)」の段階では、組織内の各個人やグループが持つアイデンティティを明らかにします。次の「Sub-Casing(サブグループの目標設定)」では、それぞれのグループが独自の目標を設定します。最後の「Super-Casing(全体目標の合意形成)」で、組織全体としての共通目標を設定します。

このプロセスの面白さは、個々のグループのアイデンティティを尊重しながら、より大きな組織全体のアイデンティティを形成していく点にあります。例えば、ある会社で営業部門と技術部門が対立関係にあるとします。ASPIReモデルを適用すると、まず各部門の独自性や強みを認識し、それぞれの目標を設定します。その上で、会社全体としての共通目標を見出していきます。

このアプローチが効果的なのは、個々の集団のアイデンティティを否定せずに、より大きな共通のアイデンティティを形成できる点にあります。各集団は自分たちの独自性を保ちながら、同時に組織全体の一員としての意識も持つことができるのです。

実際、このモデルを採用した組織では、部門間の協力が促進され、組織全体のパフォーマンスが向上したという報告があります。個々の集団の強みを生かしつつ、組織全体としての一体感を醸成することで、創造性や生産性が高まるわけです。

しかし、このプロセスは必ずしも容易ではありません。各集団の目標と組織全体の目標を調整する際には、慎重な議論と合意形成が必要です。また、組織の規模や文化によっては、このプロセスに時間がかかることもあります。

それでも、ASPIReモデルは共通内集団アイデンティティを形成する上で有効なアプローチだと言えるでしょう。個々のアイデンティティを尊重しながら、より大きな集団のアイデンティティを形成するという考え方は、多様性を重視する現代社会において、ますます重要になってくるはずです。

集団そのものが愛着の中心

共通内集団アイデンティティモデルを考える上で、重要な視点がもう一つあります。それは、集団への愛着が、個々のメンバーへの愛着とどのように関連しているかという点です。

プリンストン大学の研究チームは、この点に着目した研究を行いました[4]。具体的には、「共通アイデンティティ・グループ」と「共通絆グループ」という2つのタイプの集団を比較しました。

共通アイデンティティ・グループでは、メンバーは集団そのものに強い愛着を持ちます。例えば、ある会社の従業員が「この会社の一員であること」に強い誇りを感じるような場合です。一方、共通絆グループでは、メンバーは他のメンバー個々との関係性に強い愛着を持ちます。例えば、仲の良い友人グループなどがこれに当たります。

研究の結果、共通アイデンティティ・グループのメンバーは、グループ全体に強い愛着を持つ一方で、個々のメンバーへの愛着は相対的に弱いことが分かりました。対照的に、共通絆グループのメンバーは、個々のメンバーへの愛着が強く、グループ全体への愛着はそれほど強くありませんでした。

この違いは、どのように生まれるのでしょうか。共通アイデンティティ・グループでは、メンバーは「自分がこの集団に属している」という事実そのものに価値を見出します。集団の目的や理念、歴史などが、メンバーの帰属意識の源となるのです。そのため、個々のメンバーとの関係性よりも、グループ全体への愛着が強くなります。

一方、共通絆グループでは、メンバー同士の個人的な関係性が重視されます。集団に所属する理由が「他のメンバーと仲が良いから」というような場合です。そのため、集団全体よりも、個々のメンバーとの関係性に強い愛着を感じます。

この研究をもとにすれば、例えば、大規模な組織では、共通アイデンティティ・グループの特徴を生かし、組織の理念や目的を強調することで、メンバーの帰属意識を高められる可能性があります。一方、小規模なチームやプロジェクトグループでは、メンバー間の個人的な絆を重視する共通絆グループの特徴を生かすことで、チームの結束力を高められるかもしれません。

しかし、どちらのアプローチが優れているというわけではありません。重要なのは、集団の性質や目的に応じて、適切なアプローチを選択することです。時には、両方のアプローチを組み合わせることも効果的かもしれません。

共通内集団アイデンティティモデルを適用する際には、このような集団への愛着の形成メカニズムを理解し、それぞれの集団の特性に合わせたアプローチを取ることが重要です。

マイノリティには逆効果に

共通内集団アイデンティティモデルは、集団間の対立や偏見を減らす方法として注目されてきました。しかし、このモデルを現実社会に適用する際には、慎重な配慮が必要です。特に、マイノリティに対しては、逆効果になる可能性があるというのです。

この問題について、詳細な研究が行われています[5]。マジョリティとマイノリティの集団が、共通のアイデンティティに対してどのように反応するかを調査しました。

研究の結果、マジョリティのメンバーは、共通のアイデンティティを強調することに対して概ね肯定的な反応を示しました。例えば、「私たちは皆、同じ会社の一員だ」というメッセージは、マジョリティのメンバーにとっては受け入れやすいものでした。

しかし、マイノリティのメンバーの反応は異なりました。共通のアイデンティティの強調に対して、しばしば抵抗や不安を示したのです。なぜでしょうか。

その理由の一つは、マイノリティが自分たちの独自のアイデンティティを失うことへの懸念です。例えば、ある民族的マイノリティのメンバーが、「私たちは皆、同じ国民だ」というメッセージに抵抗を感じるのは、自分たちの文化的アイデンティティが無視されたり、軽視されたりすることを恐れるためです。

また、マイノリティにとって、共通のアイデンティティの強調は、マジョリティの価値観への同化を強いられるように感じられることがあります。「共通」とされるアイデンティティが、実際にはマジョリティの基準に基づいているという問題です。これは、マイノリティの立場や経験を軽視することにつながりかねません。

共通のアイデンティティを強調することで、社会に存在する不平等や差別の問題が見えにくくなるという懸念もあります。「私たちは皆同じだ」という考えは、現実に存在する社会的格差や不公平を覆い隠してしまう可能性があります。

これらの理由から、マイノリティのメンバーは、共通のアイデンティティを強調するアプローチに対して警戒心を抱くことがあります。場合によっては、このアプローチがかえって集団間の緊張を高めてしまう可能性さえあるのです。

では、このような問題にどう対処すればよいのでしょうか。研究では、「二重アイデンティティ」という概念が提案されています。これは、マイノリティのメンバーが、自分たちの独自のアイデンティティを保持しながら、同時に大きな共通の集団の一員でもあるという感覚を持つことを意味します。

例えば、ある会社で働く民族的マイノリティのメンバーが、「私は○○民族の一員であり、同時にこの会社の従業員でもある」という二重のアイデンティティを持つような状況です。このアプローチは、マイノリティの独自性を尊重しつつ、より大きな共通の目標に向けて協力する余地を残すことができます。

研究によると、二重アイデンティティのアプローチは、単に共通のアイデンティティだけを強調するよりも効果的であることが分かっています。マイノリティのメンバーは、自分たちの独自性が尊重されていると感じることで、より積極的に大きな集団に参加し、協力する傾向が見られました。

ただし、二重アイデンティティのアプローチを成功させるには、組織や社会全体の努力が必要です。マジョリティのメンバーが、マイノリティの独自性を理解し尊重する姿勢を持たなければなりません。組織の方針や制度においても、多様性を認め、各集団の声を平等に扱う仕組みが求められます。

共通内集団アイデンティティモデルを適用する際には、マイノリティの立場や感情に十分な配慮をする必要があります。単純に「皆同じだ」と主張するのではなく、多様性を尊重しながら共通の目標に向かって協力する方法を見出すということです。

もちろん、これは決して容易な課題ではありませんが、多様性が増す現代社会において、重要な課題だと言えるでしょう。共通のアイデンティティを形成しつつ、各グループの独自性も尊重するという難しいバランスを取ることが、今後の組織には不可欠です。

 脚注

[1] Gaertner, S. L., Dovidio, J. F., Anastasio, P. A., Bachman, B. A., and Rust, M. C. (1993). The common ingroup identity model: Recategorization and the reduction of intergroup bias. European Review of Social Psychology, 4(1), 1-26.

[2] Levin, S., Sinclair, S., Sidanius, J., and Van Laar, C. (2009). Ethnic and university identities across the college years: A common in-group identity perspective. Journal of Social Issues, 65(2), 287-306.

[3] Haslam, S. A., Eggins, R. A., and Reynolds, K. J. (2003). The ASPIRe model: Actualizing social and personal identity resources to enhance organizational outcomes. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 76(1), 83-113.

[4] Prentice, D. A., Miller, D. T., and Lightdale, J. R. (1994). Asymmetries in Attachments to Groups and to Their Members: Distinguishing Between Common-Identity and Common-Bond Groups. Personality and Social Psychology Bulletin, 20(5), 484-493.

[5] Dovidio, J. F., Gaertner, S. L., and Saguy, T. (2007). Another view of “we”: Majority and minority group perspectives on a common ingroup identity. European Review of Social Psychology, 18(1), 296-330.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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