2024年11月28日
企業の未来を切り拓く倫理的リーダーシップ:職場文化と従業員の行動を変える力
近年、企業が持続可能な成長と競争力を維持するためには、業績の向上だけでなく、組織全体の倫理観や職場文化を見直すことが重要視されています。そうした状況の中で注目されているのが、すべての人が平等に扱われ、道徳的な原則に従いながら行動する考え方である「倫理的リーダーシップ」(Ethical Leadership)です。
「倫理的リーダーシップ」とは、リーダーが高い倫理基準を持ち、正直、公正、信頼などの価値観を実践するリーダーシップのスタイルを指します。上司が示す倫理的リーダーシップは、部下の心理的な安心感や職務満足度の向上につながり、部下の行動の模範となるため、部下との信頼関係の構築や職場の道徳的な風土の醸成に大きく寄与します。本コラムでは、倫理的リーダーシップの定義とその特徴を整理し、理解を深めるとともに、職場での具体的な活用方法や留意点についても考察します。
倫理的リーダーシップとは?
ここでは、倫理的リーダーシップの定義と特徴について簡単に説明します。
倫理的リーダーシップとは、リーダーが自身の行動や決断を通じて正直で公平な態度を示し、組織全体を高い倫理観を持って運営するスタイルと定義されます。これにより、従業員はリーダーに対して信頼と尊敬を抱き、リーダーの行動は部下の反応に強い影響を与えます。このようなリーダーシップは、職場環境を良好に保ち、従業員が道徳的に正しい行動を取るよう促すとともに、仕事に対するポジティブな態度を育むとされています[1]。
倫理的リーダーシップにはいくつかの特徴が示されています。ここでは、倫理的リーダーシップの代表的な研究者であるBrownらの理論に基づき、倫理的リーダーとはどのような倫理的行動をとる人かについて紹介します。
モデリング倫理的行動
自身の行動を通じて倫理的基準を示し、観察可能な行動モデルとなります。これには、透明性、公正性、誠実さなどが含まれます。例えば、従業員が昇進を希望している場合、リーダーはその従業員の過去の業績や能力、チームへの貢献を客観的に評価し、偏見なく昇進を検討することが求められます。
透明性の強調
意思決定プロセスにおいて高い透明性を保持し、決定がどのように行われたかを公開し、その理由を説明します。例えば、リーダーが四半期ごとの財務報告を従業員と共有し、売上や利益の現状、課題について正直に伝えることが含まれます。また、業績が悪化している場合には、その原因を説明し、改善策を明確に示します。一方、業績が好調な時にはそれを称賛しつつ、次のステップや潜在的なリスクについても話す行動が求められます。
公正な意思決定
公正な意思決定を重視し、すべての関係者に対して公平な扱いを保証します。具体的には、従業員が昇進を希望している場合、他の候補者も同様の実績を持っているなら、リーダーはそれぞれの業績を客観的に評価します。
評価基準には、職務遂行能力、チームへの貢献度、業務に対する姿勢、組織の価値観との整合性などが含まれます。これらの基準に基づき、公平なプロセスを経て最終的な判断を下し、選ばれなかった候補者にはその理由を丁寧に説明します。
コミュニケーションの強化
倫理的リーダーはオープンで正直なコミュニケーションを奨励し、部下や他のステークホルダーとの間で倫理的問題について話し合う機会を設けます。
関心とケア
倫理的リーダーは、部下の幸福に真剣に取り組み、彼らの成長と福祉をサポートします。
Brownらの研究は、倫理的リーダーシップが組織内でどのように機能し、どのように部下の行動や組織全体の倫理的基準に影響を与えるかについて貴重な洞察を提供しています。
倫理的リーダーシップは、単なる指示や規範の設定にとどまらず、模範を示すことで組織全体にポジティブな影響を与えることを目的としています。つまり、倫理的リーダーシップは、単にルールを守るだけでなく、組織文化と従業員の福祉に深く関与しています。
これらの特徴を持つ倫理的リーダーは、部下との信頼関係を強化し、その結果、協力関係が促進され、組織全体の長期的な成功と持続可能性を実現します。倫理的リーダーシップは、高い道徳的価値観を実践することにより、組織とそのメンバーの成長を支えると考えられます。
倫理的リーダーシップの質が職場行動を左右する
ここでは、倫理的リーダーシップが実際にどのような影響をもたらすのか、学術的な知見を報告します。
倫理的リーダーシップの高さと、そのリーダーの下で働く従業員の行動について、さまざまな研究が行われています[2]。従業員の職場における行動の要素として、組織の効率的かつ効果的な機能をサポートする自発的な行動である「組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior)」と、不正行為や手抜き、無断欠勤など、組織の効率や同僚間の関係に悪影響を及ぼす「職場逸脱行動(Workplace Deviance)」に焦点が当てられています。
職場逸脱行動に関する研究では、Aquinoらが報告した9つの具体的な側面から測定されることが多いようです。職場逸脱行動は、職場全体にとって大きな問題であり、このような逸脱行動を行う従業員がいると、他の従業員や部下にも悪影響を及ぼすと考えられます。
Resickの研究によると、高いレベルの倫理的リーダーシップを示すリーダーの下で働く従業員は、職場逸脱行動に対して厳しい評価を下し、組織市民行動に対して肯定的な評価を下す傾向があることが示されました2。対照的に、倫理的リーダーシップのレベルが低いリーダーの下では、職場逸脱行動に対してあまり厳しく評価せず、組織市民行動もあまり肯定的に評価しない傾向が示されています。
つまり、リーダーの倫理的リーダーシップが高まることで、従業員は組織に対する愛着や一体感を強め、従業員の倫理的行動が向上し、組織に対する否定的行動の減少につながる可能性があるといえます。
また、従業員がリーダーの倫理的リーダーシップを高く評価する場合、リーダーの業績についても高く評価することが報告されています[3]。この研究では、リーダーの意思決定や行動の信頼性、合理性が、従業員のパフォーマンスや組織に対する態度にどのように影響するかを調査しています。
その結果、倫理的リーダーシップは、従業員の信頼、組織コミットメント、パフォーマンスを向上させる効果があることが示されました。特に、リーダーの合理的な判断や透明性のある行動は、従業員が自身の仕事に意味を見出し、組織の目標達成に貢献するための重要な要素であると示唆されています。
まとめると、倫理的リーダーシップが従業員に良い影響を与える理由は、リーダーが示す高い倫理的な態度とその評判により、従業員が組織に対して強い愛着や信頼感を抱くからです。その結果、従業員は積極的に組織に貢献しようとする行動をとります。
つまり、リーダーが倫理的な姿勢を強化することで、従業員の行動がよりポジティブになり、組織全体に良い影響をもたらすことができるのです。
組織逸脱行動が従業員の幸福度を下げる
従業員は、身近な存在であるリーダーの行動から学び、それを模倣する傾向があります。倫理的リーダーシップの高いリーダーは、正直さ、公正さ、責任感といった倫理的価値を自ら示すため、従業員もその価値を反映した行動を取るようになります。リーダーが倫理的に行動すれば、従業員も職場で倫理的な行動を取る確率が高まり、結果として従業員の逸脱行動が減少すると考えられます。
しかし、現実には、職場で逸脱行動が頻繁に報告されています[4]。この矛盾の原因として、組織逸脱行動は職場における倫理的な指針や基準が欠如している状況から生じることが挙げられます。このような倫理的指針の曖昧さが職務ストレスを高めることが報告されています[5]。
さらに、職場環境の問題は従業員の行動や心理状態にも影響を与えます。例えば、組織市民行動が過度に期待される環境下では、従業員がプレッシャーや不安を感じる可能性があります。このような状況下で従業員が不安を抱いている場合、従業員の幸福度が低下するという報告があり、これは注意を要する問題と考えられています。
倫理的リーダーシップの質が、従業員の逸脱行動を増加し、従業員の幸福度の低下に至るメカニズムについて、いくつかの可能性が示されています[6]。
期待とプレッシャー
倫理的リーダーシップが高いリーダーは、従業員に対して高い道徳的基準を期待することがあります。これが、従業員に「正しい行動をしなければならない」というプレッシャーを与える場合もあります。特に、複雑な状況や競争の激しい職場環境では、従業員が常に倫理的な判断を求められることで、心理的な負担が増加することがあります。
このような過剰な期待やプレッシャーは、自己効力感の低下を引き起こすことがあります。従業員が「自分はリーダーの期待に応えられない」と感じるようになると、自己効力感が低下し、業務に対する自信やモチベーションを失う可能性があります。つまり、従業員が組織市民行動を過剰に期待される環境では、それに応えようとするプレッシャーがストレスを引き起こす可能性があるため、注意が必要です。
リソースの消耗
倫理的リーダーシップが過度に強調されると、従業員は常に組織市民行動を意識し続け、これが精神的リソースの消耗を引き起こす可能性があります。具体的には、従業員が倫理的リーダーシップの高いリーダーから完璧を求められていると感じると、判断に対して過剰なストレスや不安を抱くことになります。これが長期的には燃え尽き症候群の原因となり、リソースの消耗につながるといえるでしょう。
報酬や評価に対する不公平感
倫理的リーダーシップの特徴の一つは、公正で透明性のある意思決定を行うことです。リーダーが倫理的に行動することで、組織市民行動を頻繁に行う従業員は、公平さを感じやすくなります。
しかし、倫理的リーダーシップが従業員に公正感を与える一方で、報酬の分配が実力や貢献に見合っていない場合や、評価基準や報酬決定プロセスが不透明である場合には、従業員が報酬や評価に対して不公平感を抱くことがあります。
特定の従業員に対する贔屓を避け、全員に対して一貫した対応を取ることや、従業員に自分の意見を述べる機会を与えることで、従業員の納得感が高まります。
高い倫理的リーダーシップの下で従業員の幸福度を下げない対策
これまでの報告をまとめると、組織のリーダーは高い倫理的リーダーシップを獲得・維持することが重要です。また、従業員に対しては、組織市民行動に対する期待やその範囲を明確にし、従業員の健康を損なわない範囲で奨励する文化を育てることが求められます。
さらに、従業員全体に対して、努力が見過ごされないように適切な認知と報酬の仕組みを設けることや、従業員がリソースを適切に管理し、バランスの取れた職場環境を維持するための支援も考慮する必要があります。
組織のリーダーの倫理的リーダーシップを高める方法として、ロールプレイングが注目されています[7]。倫理的リーダーシップを高めるためのロールプレイは、組織内での倫理的意思決定と行動を促進する教育的な手法の一つです。
ロールプレイでは、参加者に具体的なシナリオを提供し、それに基づいてどのように行動するかを模索させることで、現実の複雑な倫理的ジレンマに直面した際の対応能力を養います[8]。以下は、倫理的リーダーシップを高めるためのロールプレイの例とその進め方です。
1. ロールプレイの目的の設定
まず、ロールプレイの目的を明確にします。例えば、「困難な顧客への対応」や「内部告発の扱い」など、リーダーが直面する可能性のある倫理的な問題をテーマに設定することができます。
2. シナリオの作成
具体的なシナリオを作成します。例として、製品に欠陥が見つかったが、それを公表すると会社の評判が落ちる可能性がある、という状況が考えられます。このシナリオでは、リーダーの役割、部下の役割、顧客の役割など、異なる立場が想定されます。
3. 役割の割り当てと準備
参加者に役割を割り当て、それぞれの役割に応じた情報を提供します。各参加者は、与えられた背景情報をもとにそのキャラクターの立場や動機を理解し、シナリオに臨みます。
4. ロールプレイの実施
シナリオを実際に演じます。この過程で、リーダー役の参加者は倫理的な判断を下し、他の役割の参加者と対話を行います。この対話は、リーダーがどのようにして倫理的な問題を解決するかを探る機会となります。
5. ディブリーフィング
ロールプレイが終了した後、参加者全員でディブリーフィングを行います。この段階では、各参加者の行動や選択がどのように倫理的な問題に影響を与えたか、またどのような代替の解決策が考えられたかを議論します。
6. フィードバックと反省
最後のフィードバックセッションでは、参加者全員で、倫理的リーダーシップの観点から、どのような判断が適切だったか、改善点は何かを議論し、学びを深めます。この目的は、ミスや改善点を指摘することではなく、リーダーシップの質を向上させるために何がうまくいったか、どこを改善できるかを発見することにあります。事前に参加者全員に、この前向きな目標を共有し、安心して意見交換ができる環境を整えることが重要です。これにより、参加者は倫理的リーダーシップのスキルをさらに磨くことができます。
このようなロールプレイは、リーダーが倫理的判断を下す過程を体験的に学ぶことができるため、実際の職場で直面する倫理的問題に対してより効果的に対処できるようになる可能性があります。
脚注
[1] Brown, M. E., Treviño, L. K., & Harrison, D. A. (2005). Ethical leadership: A social learning perspective for construct development and testing. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 97(2), 117-134.
[2] Resick, C. J., Hargis, M. B., Shao, P., & Dust, S. B. (2013). Ethical leadership, moral equity judgments, and discretionary workplace behavior. Human Relations, 66(7), 951-972.
[3] Neves, P., & Story, J. (2015). Ethical leadership and reputation: Combined indirect effects on organizational deviance. Journal of Business Ethics, 127(1), 165-176.
[4] Bennett, R. J., & Robinson, S. L. (2000). Development of a measure of workplace deviance. Journal of Applied Psychology, 85(3), 349–360.
[5] Schwepker, C. H., Dimitriou, C. K., & Schwepker, D. J. (2021). Developing and validating a scale for measuring ethical leadership in the hospitality industry. International Journal of Hospitality Management, 93, 102751.
[6] Fu, H. (2020). The impact of organizational citizenship behavior on employee well-being: The mediating role of role ambiguity and job stress. Journal of Business Research, 117, 620-629.
[7] Schwartz, M. S. (2016). Ethical decision-making theory: An integrated approach.
Journal of Business Ethics, 139(4), 755-776.
[8] Schwepker, C. H., Jr., & Dimitriou, C. K. (2021). Using ethical leadership to reduce job stress and improve performance quality in the hospitality industry. International Journal of Hospitality Management, 94, 102860.
執筆者
井上 真理子 株式会社ビジネスリサーチラボ アソシエイトフェロー
大阪樟蔭女子大学心理学部心理学科卒業、富山大学大学院人間発達科学研究科 修士課程修了(教育学)、富山大学大学院医学薬学教育部 博士課程終了(医学)。主な研究分野は、認知心理学・発達心理学・公衆衛生学などである。心理学分野では、主に金銭報酬と遅延時間を用いて人の衝動性を測定する遅延価値割引課題から、人の衝動性を測定し、実行機能と様々な行動の関連について実験調査を行なっている。公衆衛生学分野では、子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)のビックデータを用いて、妊婦や子どもの健康に関わる要因について観察研究を行っている。公認心理師・臨床発達心理士・保育士の資格を持っており、スクールカウンセラーなど教育現場での活動に加え、得られたデータの論文化を行なっている。