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コラム

変化を楽しむ:曖昧さ耐性を高める要因

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技術の進歩、グローバルなつながり、そして予期せぬ危機。これらが複雑に絡み合い、ビジネスの環境は日々変化しています。こうした状況で、組織や個人が適応するためには、「曖昧さ耐性」が大切になってきています。

曖昧さ耐性とは、はっきりしない複雑な状況に直面しても、過度の不安を感じずに効果的に対応する能力です。しかし、この能力は生まれつき備わっているものではありません。では、どうすれば高められるのでしょうか。

本コラムでは、研究知見をもとに、曖昧さ耐性に影響を与える要因について探ります。環境による変化の可能性、個人が感じる制御感との関係、そして組織への愛着や仕事の満足度が及ぼす影響など、いくつかの角度から曖昧さ耐性がどのように形成されるかを解き明かしていきます。

変化の波に振り回されるのではなく、その波に乗って新しい機会を生み出す。そんな組織や個人になるためのヒントが、曖昧さ耐性には詰まっています。不確実なことを恐れるのではなく、それを受け入れ、活用する方法を探っていきましょう。

環境によって変化しうる

曖昧さ耐性は、個人の固定的な特徴ではなく、環境によって変化し得ます。ある研究では、大学生を対象に、異なる曖昧さの条件下で曖昧さ耐性がどのように変化するかを調べました[1]

研究では、学生たちを3つのグループに分け、それぞれ曖昧さの度合いが異なるインタビューを行いました。曖昧さの高い自由な形式のインタビュー、中程度の曖昧さを持つインタビュー、そして曖昧さの低い決まった形式のインタビューの3つの条件を設定しました。

研究の結果、曖昧さの低い決まった形式のインタビューを受けた学生は、曖昧さの高い自由な形式のインタビューを受けた学生よりも、曖昧さ耐性が高くなることがわかりました。明確な指示や構造が与えられた環境では、人々はあいまいな状況に対してより柔軟に対応できるようになります。

この結果は、曖昧さ耐性が環境によって影響を受けることを示しています。構造化された情報や明確な指針がある状況では、人々は不確実なことに対してより強く対処できるようになります。明確な手がかりがあることで不安が軽減され、結果として曖昧さに対する対応力が向上するからでしょう。

さらに、研究では自分の能力に対する自信(自己効力感)についても調べました。そうしたところ、曖昧さが少ない環境ほど、自己効力感が高まる傾向が確認されました。明確な指示や構造がある環境では、人々は自分の能力に対する自信を持ちやすくなり、それが曖昧さへの対処能力を高めることにつながっています。

一方で、曖昧さが高い環境では、自己効力感の向上は見られませんでした。はっきりしない状況に直面すると、人々は自信を失い、曖昧さに対する対応力も低下することを意味しています。

これらの結果は、曖昧さ耐性を高めるためには、環境を適切に設計することが重要であることを示しています。例えば、新しいプロジェクトを始める際には、明確な目標や手順を示し、徐々に自由度を高めていくようなアプローチが効果的かもしれません。チームメンバーの曖昧さ耐性を段階的に高めていくことができるでしょう。

制御感がないと対応が難しくなる

曖昧さ耐性に大きな影響を与える要因として、個人が感じる「制御感」の重要性が指摘されています。制御感とは、自分の環境や状況をコントロールできているという感覚のことです。研究によると、制御感が低下すると、人々は曖昧な状況に対して対応が難しくなります。

ある研究では、人々の認識された制御(perceived control)と曖昧さへの不寛容(Intolerance of Ambiguity)の関係について調査しました[2]。認識された制御とは、ここで制御感と呼んでいるものです。

研究を通じて、制御感が低い人ほど、曖昧さに対する不寛容が高まることが明らかになりました。自分の環境をコントロールできないと感じている人は、曖昧な状況に直面した際に、より強い不安やストレスを感じやすいわけです。

さらに、制御感が低い人は、構造化された環境をより好むこともわかりました。彼ら彼女らは、明確なルールやガイドライン、役割分担が定められた環境を求めます。構造化された環境が予測可能性を高め、制御感の喪失を補うように機能するためでしょう。

この傾向は、実際の職場環境においても観察されました。例えば、ある実験では、参加者にインターンシップの広告を見せ、その魅力度を評価してもらいました。その結果、制御感が低い参加者ほど、明確な指示や期待がある構造化されたインターンシップを好み、一方で自由度の高い曖昧なインターンシップには否定的な反応を示しました。

これらの結果は、人が自分の環境に対する制御感を失うと、秩序や明確さを求めるようになることを表しています。制御感の喪失は、曖昧な状況や自由度の高い環境に対する嫌悪感を引き起こす可能性があるということです。

近年、多くの企業が柔軟な働き方や自由度の高い職場環境を推進していますが、これらの取り組みが必ずしもすべての従業員にとって魅力的ではない可能性があります。特に、制御感が低い従業員にとっては、むしろストレスの要因となる可能性があります。

組織への愛着が逆効果に

組織への愛着と曖昧さ耐性の関係について、興味深い結果が報告されています。一般的に、組織への愛着は従業員の帰属意識を高め、組織の業績向上につながると考えられています。しかし、曖昧さ耐性という観点から見ると、組織への愛着が逆効果をもたらす可能性があります。

ギリシャの銀行の中間管理職を対象とした調査では、組織への愛着が強い管理職ほど、曖昧さ耐性が低くなりました[3]。組織に強く帰属意識を持つ管理職ほど、組織の変化や不確実性に対して抵抗感が強くなるということです。

この一見矛盾した結果は、どのように説明できるでしょうか。

組織への愛着が強い人は、現在の組織の方針や価値観に強く同化しています。そのため、組織の変化や新しい不確実な状況に直面すると、それを脅威として認識しやすくなります。彼ら彼女らは、慣れ親しんだ環境や方法が変わることに対して、不安や抵抗感を抱くのです。

また、組織への愛着が強い人は、組織の成功に自分の成功を強く結びつけています。そのため、組織の将来が不確実になると、自分自身の将来も不安定になると感じ、そのような状況を避けようとします。

さらに、組織への愛着の強さは、時として組織の現状に対する批判的な視点を失わせます。「組織のやり方は正しい」という信念が強すぎると、変化の必要性を認識しにくくなり、結果として曖昧さや不確実性に対する対応力が低下するのです。

したがって、従業員の組織への愛着を高めるだけでは、変化の激しい現代のビジネス環境に適応することは難しいかもしれません。むしろ、組織への愛着と同時に、柔軟性や変化への適応力を育成することが重要です。

例えば、変化が起こりうることを前提とし、それを脅威ではなく機会として捉える文化を育てたり、さまざまな背景や視点を持つ人材を活用し、組織内の多様性を高めることで、変化に対する柔軟性を向上させたり、従業員に新しいスキルや知識の習得を奨励し、変化に適応する能力を継続的に高めたり、組織の変化や不確実性について、率直に議論できる環境を作り、従業員の不安を軽減したり、従業員に適度な挑戦を与え、曖昧な状況に対処する経験を積ませたりすることが有効でしょう。

重要なのは、組織への愛着と曖昧さ耐性のバランスを取ることです。従業員の帰属意識を大切にしながらも、同時に変化や不確実性に対する適応力を育成する。それこそが、現代の環境で成功を収めるための鍵となるのかもしれません。

仕事の満足が曖昧さ耐性を高める

仕事の満足度と曖昧さ耐性の関係について研究がなされています。ギリシャのIT企業のCEOを対象とした調査によると、仕事の満足度が高いほど、曖昧さ耐性が高まることがわかりました。

研究では、CEOの感情的態度を3つの要因で分析しています。喜び、覚醒、支配感です[4]。喜びは、仕事に対する楽しさや満足感を指します。CEOが仕事に満足し、前向きな感情を持っている場合、曖昧な状況でもそれを前向きに捉えます。例えば、仕事での成功体験や達成感があれば、たとえ不確実な状況に直面しても、それを挑戦として受け入れる姿勢が強まります。

覚醒は、興奮や刺激、熱意などを指し、良くも悪くも作用し得るものです。研究によると、覚醒が高すぎると、状況を冷静に判断できなくなり、不安やストレスを引き起こすため、曖昧さ耐性が低下します。過度の覚醒が精神的な混乱や過剰反応を引き起こし、冷静さを失わせるためです。

支配感は、自分が周囲や状況をコントロールしている感覚です。CEOが職場や業務の変化に対してコントロールできていると感じる場合、その状況の不確実性に対する対応力が高まります。逆に、コントロールを失っていると感じる場合、曖昧さに対する不安やストレスが増加します。

この研究で注目すべき点は、仕事の満足度が曖昧さ耐性に与える影響です。仕事の満足度が高いCEOは、仕事に対する前向きな感情を抱いているため、曖昧な状況に対しても前向きに捉え、ストレスを感じることなく対応することができます。満足度が高いと、曖昧さを受け入れる余裕が生まれ、柔軟な対応が可能になります。

例えば、新しいプロジェクトが始まり、その詳細がまだ明確でない状況を考えてみましょう。仕事の満足度が高いCEOは、このような曖昧な状況を、創造性を発揮できる機会や新しい挑戦として捉えるかもしれません。一方、仕事の満足度が低いCEOは、同じ状況をストレスの源や失敗のリスクとして認識する可能性が高くなります。

また、仕事の満足度が高いと、困難な状況でも冷静でいられるため、結果として業績や組織運営においても良好な結果をもたらします。満足度の高いCEOが、変化に対して柔軟に対応し、チームの意欲を高く保つことができるからです。

単に知識やスキルを持っているだけでなく、仕事に対する満足感や喜びを感じられるリーダーが、変化の激しい環境で成功を収める可能性が高いことを意味しています。

しかし、この研究にはいくつかの留意点もあります。この調査はギリシャのIT業界のCEOを対象としており、文化的背景や業界特性が結果に影響を与えているかもしれません。ギリシャは不確実性を避ける傾向が高い文化であり、曖昧さに対する態度が他の文化圏とは異なります。また、CEOという特定の役職に焦点を当てているため、従業員にもこの結果が当てはまるかどうかは、さらなる研究が必要です。

それでも、この研究は、組織のマネジメントに示唆を与えています。仕事の満足度を高めることが、従業員の幸福度を上げるだけでなく、組織の変化適応力や競争力の向上にもつながり得るのです。

例えば、個人の成長や目標達成を促進することで、仕事への満足度を高める。能力に応じた適度な挑戦を与えることで、達成感と満足感を得られるようにする。快適で生産性の高い職場環境を整備し、仕事への満足度を向上させる。適切な評価とフィードバックを提供し、従業員の努力が認められていると感じられるようにする。仕事と私生活のバランスを取りやすい環境を整えることで、総合的な満足度を高める。

これらの取り組みにより、従業員の仕事の満足度を高め、結果として組織全体の曖昧さ耐性を向上させることができるでしょう。

変化の激しい現代のビジネス環境において、曖昧さ耐性は重要です。この結果は、そうした対応力を高める一つの方法として、仕事の満足度の向上が有効であることを表しています。組織のリーダーは、業務効率や生産性だけでなく、従業員の感情的側面にも注目することで、強靭で適応力の高い組織を作り上げることができます。

曖昧さ耐性の要因を整理する

本コラムでは、曖昧さ耐性に影響を与える様々な要因について探ってきました。これらの知見は、現代のビジネス環境において、組織と個人がどのように対応していくべきかについて、いくつかの示唆を与えています。

初めに、曖昧さ耐性は固定的なものではなく、環境によって変化しうることがわかりました。適切な構造と支援を提供しながら、徐々に曖昧さのレベルを上げていくような段階的なアプローチが、個人の曖昧さ耐性を高める上で効果的です。

続いて、個人が感じる制御感の重要性が明らかになりました。制御感が低下すると、人々は曖昧な状況に対して対応が難しくなります。したがって、組織としては、従業員の制御感を高める取り組みを行うことが重要です。

また、組織への愛着が強すぎると、曖昧さ耐性が低下する可能性があることがわかりました。これは、組織への愛着と曖昧さ耐性のバランスを取ることの重要性を示唆しています。

最後に、仕事の満足度が曖昧さ耐性を高める効果があることが明らかになりました。仕事に対する満足感や喜びを感じられる環境を整備することが、変化への適応力を高める上で求められます。

脚注

[1] Endres, M. L., Camp, R., and Milner, M. (2015). Is ambiguity tolerance malleable? Experimental evidence with potential implications for future research. Frontiers in Psychology, 6, 619.

[2] Ma, A., and Kay, A. C. (2017). Compensatory control and ambiguity intolerance. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 140, 46-61.

[3] Katsaros, K. K., and Nicolaidis, C. S. (2012). Personal traits, emotions, and attitudes in the workplace: Their effect on managers’ tolerance of ambiguity. The Psychologist-Manager Journal, 15(1), 37-55.

[4] Nicolaidis, C., and Katsaros, K. (2011). Tolerance of ambiguity and emotional attitudes in a changing business environment: A case of Greek IT CEOs. Journal of Strategy and Management, 4(1), 44-61.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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