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コラム

曖昧さ耐性:個人特性が及ぼす集団的影響

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今日のビジネス環境は予測が難しく、不明確な状況に直面することが多くなっていると言われます。そんな中、注目されているのが「曖昧さ耐性」です。

曖昧さ耐性とは、はっきりしない状況や予測しにくい事態にどれくらい対応できるかを表す個人の特徴です。曖昧さ耐性が高い人は、不確かな状況を前向きに捉え、柔軟に対応できます。一方、低い人はストレスを感じやすく、すぐに結論を出そうとします。

本コラムでは、いくつかの研究知見を基に、曖昧さ耐性がどのような影響を与えるのかを様々な角度から見ていきます。キャリア開発、交渉力、組織パフォーマンスなどの面から曖昧さ耐性の効果を検証し、その重要性を明らかにします。

曖昧さ耐性とは何か

曖昧さ耐性は1940年代に提唱され、その後、心理学や経営学の分野で広く研究されてきました[1]。曖昧さ耐性が高い人は、複雑で予測できない状況をストレスに感じずに受け入れることができます。彼ら彼女らは新しい情報や変化に対して開かれた態度を持ち、柔軟に対応する能力に優れています。一方、曖昧さ耐性が低い人は、はっきりしない状況に不安を感じ、早く判断を下そうとします。

曖昧さ耐性を測るために、様々な方法が使われてきました。代表的なものとして、Budnerの尺度があります。これは16の質問からなり、新しさ、複雑さ、解決できない問題という3つの曖昧な状況に対する反応を測ります。また、MAT-50Measure of Ambiguity Tolerance – 50 items)という50の質問からなる自己報告式の尺度も使われています。

曖昧さ耐性は、個人の性格特徴だけでなく、文化的な要因とも深く関係しています。例えば、ホフステードの文化比較研究では、国によって不確実性回避指数が異なることが示されています。不確実性回避指数が高い文化では、曖昧な状況を避け、明確なルールや手順を好みます。一方、不確実性回避指数が低い文化では、曖昧さをより受け入れやすい傾向にあります。

曖昧さ耐性は様々な心理学的な特徴と関連しています。例えば、曖昧さ耐性が低い人は権威主義的な傾向を示します。はっきりしない状況に対処するために、明確なルールや強いリーダーシップを求めるためです。逆に、曖昧さ耐性が高い人は創造性が高いことが分かっています。曖昧な状況を新しいアイデアや解決策を生み出す機会として捉えられるからです。

また、曖昧さ耐性は物事の考え方にも影響を与えます。曖昧さ耐性が高い人は、複雑な情報や矛盾をそのまま受け入れ、柔軟な思考が可能です。一方、曖昧さ耐性が低い人は、複雑な情報を単純化して理解しようとします。

キャリア開発に多面的に影響

曖昧さ耐性は、個人のキャリア開発に様々な形で影響を与えます。特に、キャリアを決める際の迷いや優柔不断さとの関連性が注目されています。

大学生275名を対象に、曖昧さ耐性がキャリアを決める際の優柔不断さにどのように影響するかを調査しました[2]。研究では、曖昧さ耐性がキャリアに関する優柔不断さに直接影響を与えるだけでなく、環境探索や自己探索を通じて間接的にも影響を与えることが分かりました。

直接的な影響としては、曖昧さ耐性が高いほど、キャリアに関する優柔不断さの4つの側面(一般的な優柔不断さ、機能不全な考え方、情報不足、一貫性のない情報)がすべて減少することが分かりました。曖昧さ耐性が高い人ほど、キャリアに関する決断を下すのが容易なのです。

曖昧さ耐性が高い人は不確かな状況や複雑な選択肢に対してストレスを感じにくく、冷静に対処できるからだと考えられます。例えば、将来の職業を選ぶ際に、完全な情報がなくても、手に入る情報を基に判断を下すことができます。

間接的な影響としては、曖昧さ耐性は環境探索と自己探索を通じてキャリアに関する優柔不断さに影響を与えることが分かりました。環境探索とは、職業や仕事環境についての情報を集める活動のことです。一方、自己探索は自分自身について理解を深める活動です。

曖昧さ耐性が高い人は、これらの探索活動に積極的に取り組みます。彼ら彼女らは不確かな情報や新しい経験に対して開かれた態度を持ち、それらを脅威ではなくチャンスとして捉えるからです。例えば、様々な職業について調べたり、インターンシップに参加したりすることで、多くの情報を得て自己理解を深めることができます。

これらの探索活動は、特に機能不全な考え方や情報不足によるキャリアに関する優柔不断さを減らす効果があります。曖昧さ耐性が高い人は、より多くの情報を集め、自己理解を深めることで、キャリア選択に関する不安や迷いを減らすことができるわけです。

さらに、曖昧さ耐性は環境探索と一貫性のない情報との関連性を調整する役割も果たしていました。曖昧さ耐性が高い人は、矛盾する情報に直面しても、それらをうまく整理し、意思決定に活かすことができます。

例えば、ある職業について相反する情報を得たとしても、曖昧さ耐性が高い人はその矛盾を受け入れ、より多角的な視点からその職業を評価することができます。一方、曖昧さ耐性が低い人は、矛盾する情報に直面すると混乱し、決断を先延ばしにしてしまいます。

交渉力に影響を与える

曖昧さ耐性は、ビジネスの色々な場面に作用しますが、特に交渉の場面において影響を与えます。曖昧さ耐性が交渉の結果や交渉中の行動、特に「情報の虚偽報告」とどのように関連しているかが調べられています。

研究では、トルコの銀行に勤める中間管理職98人を対象に、交渉のシミュレーションと曖昧さ耐性に関するアンケート調査を行いました[3]。その結果、曖昧さ耐性が高いほど、交渉でより良い結果を得ることが明らかになりました。

なぜ、曖昧さ耐性が高い人は交渉で有利になれるのでしょうか。交渉という行為自体が本質的に曖昧さを含んでいるからです。交渉の場では、相手の本当の考えや妥協点が分からず、結果も予測しにくいものです。こうした不確かな状況下で、曖昧さ耐性が高い人はいくつかの利点を持ちます。

  • 曖昧さ耐性が高い人は、不確かな状況でも冷静さを保つことができます。感情に左右されずに、論理的な判断を下すことが可能になります。
  • 交渉の過程で新しい情報や予想外の展開があっても、柔軟に対応することができます。状況の変化を脅威ではなく、新たなチャンスとして捉えられるからです。
  • すぐに結論を出そうとするのではなく、より長期的な視点から交渉を進めることができます。一時的に不利になっても、最終的により良い結果を得ることが可能になります。
  • 曖昧さ耐性が高い人は、既存の枠組みにとらわれず、新しい解決策を生み出す能力に優れています。互いに利益のある結果を導き出す上で非常に重要です。

この研究で興味深い発見は、曖昧さ耐性と「情報の虚偽報告」との間に負の相関が見られたことです。曖昧さ耐性が低い人ほど、交渉中に嘘の情報を報告することが明らかになりました。

曖昧さ耐性が低い人は、不確かな状況を脅威と感じ、それを避けようとします。そのため、自分の立場を強くし、不確かさを減らすために、情報を操作したり、嘘の情報を提供したりする可能性が高くなるのです。

一方、曖昧さ耐性が高い人は、不確かさを受け入れられるため、情報を歪める必要性を感じません。むしろ、正直に情報を共有することで、お互いの理解を深め、より良い交渉結果につながると考えます。

組織のパフォーマンスにもつながる

曖昧さ耐性が個人のキャリア開発や交渉力に影響を与えることは既に見てきましたが、さらに、マネジャーの曖昧さ耐性が組織全体の成果にも影響を与えることが明らかに見えてきています。

ギリシャの銀行業界を対象に、マネジャーの曖昧さ耐性が組織の財務成績に与える影響を調査しました[4]。研究では、54行の銀行から412名の上級管理職を対象に、曖昧さ耐性や職場における態度などを調査し、それらと組織の収益性との関連を分析しました。

研究の結果、マネジャーの曖昧さ耐性が高いほど、組織の財務成績、特にROA(総資産利益率)やROE(株主資本利益率)などの収益性指標が向上することが明らかになりました。これは非常に興味深い発見です。個人の心理的特徴が組織全体の財務的成果に影響を与えることを示しているからです。

マネジャーの曖昧さ耐性が組織のパフォーマンスに影響を与える理由として、いくつかの要因が考えられます。

  • 曖昧さ耐性が高いマネジャーは、不確かな状況下でも柔軟に意思決定を行うことができます。急速に変化する市場環境に素早く対応し、新たなチャンスを捉えることが可能になります。
  • 高い曖昧さ耐性を持つマネジャーは、不確かさを脅威ではなくチャンスとして捉えることができます。適切なリスク管理が可能になり、過度に慎重になることなく、積極的な投資判断を行うことができます。
  • 曖昧さ耐性が高いマネジャーは、新しいアイデアや方法に対して開かれています。これは組織全体の革新文化を促進し、競争優位性の獲得につながります。
  • 不確かな状況下でもストレスを感じにくいため、危機的状況においても冷静に対処することができます。これは特に、経済危機などの困難な状況下で重要となります。
  • 曖昧さ耐性の高いマネジャーは、部下に対しても柔軟性を持って接することができます。チームの創造性や生産性が向上し、組織全体の成果につながります。

加えて、マネジャーの個人的特性や感情が、曖昧さ耐性を通じて組織の成果に影響を与えていることもわかりました。具体的には、内的統制感(自分が状況をコントロールできるという感覚)や職務満足度が、曖昧さ耐性に良い影響を与えていました。

一方で、組織コミットメント(組織への愛着や帰属意識)は、予想に反して曖昧さ耐性に悪い影響を与えていることがわかりました。組織に強く傾倒しているマネジャーほど、現状を維持しようとして、変化や不確かさを脅威と捉えやすいためだと考えられます。

また、研究では年齢や学歴といった要因も考慮されています。3544歳のマネジャーや、修士号・博士号を持つマネジャーほど、曖昧さ耐性が高いことが明らかになりました。一定の経験を積みながらも柔軟性を失っていない年代や、高度な教育を受けることで複雑な問題に対処する能力を培った人々が、曖昧さに対して適応的であることを示唆しています。

調査が行われたギリシャという文化的背景にも注目されています。ホフステードの調査によると、ギリシャは非常に高い不確実性回避指数を示す国です。一般的にギリシャのビジネス文化は曖昧さへの耐性が低いとされています。そのような文化的背景の中で、曖昧さ耐性の高いマネジャーが組織の成果向上に貢献しているという事実は興味深いものです。

差が認められない属性もある

曖昧さ耐性に関する研究は、様々な要因との関連性を明らかにしてきました。しかし、興味深いことに、一部の属性については曖昧さ耐性との間に差が認められないことも分かっています。

東欧の町に住む104名のマネジャーを対象に、年齢、性別、職能、階層、起業家か管理職かといった要因が曖昧さ耐性にどのように影響するかを調査しました[5]。その結果、いくつかの発見がありました。

初めに、性別については曖昧さ耐性に有意差は見られませんでした。男性も女性も同程度の曖昧さ耐性を持っているということです。曖昧さへの対応が生まれつきの性差よりも、個人の経験や学習によって形成される可能性を示唆しています。

職業階層による差も見られませんでした。上級、中級、下級のマネジャー間で曖昧さ耐性に違いは確認されなかったのです。階層に関係なく、現代のビジネス環境ではすべてのレベルのマネジャーが曖昧な状況に対処する能力を求められているのかもしれません。

さらには、起業家と管理職の間にも曖昧さ耐性の差が見られませんでした。起業家は高い曖昧さ耐性を持つと考えられがちですが、この研究ではそうした傾向は確認されませんでした。現代のビジネス環境においては、管理職も起業家と同様に高い曖昧さ耐性を必要とされている可能性があります。

一方で、年齢については興味深い結果が得られました。35歳以下のマネジャーは35歳以上に比べて、曖昧さに対して高い耐性を持つことが確認されました。35歳を超えると曖昧さへの耐性が減少し、その後は比較的一定になるという傾向が見られました。

職能については、財務・会計部門のマネジャーが、経営・マーケティング部門のマネジャーよりも曖昧さ耐性が低いという結果が得られました。財務・会計の仕事が正確さやルールを重視するのに対し、経営やマーケティングでは柔軟な思考が求められるという仕事の性質の違いを反映しているものと考えられます。

曖昧さ耐性は単純に個人の属性や職位によって決まるものではなく、複雑な要因によって形成されることを表しています。例えば、個人の経験、教育背景、組織文化、さらには社会経済的な環境など、様々な要素が複雑に絡み合って曖昧さ耐性を形成していると考えられます。

脚注

[1] Furnham, A., and Ribchester, T. (1995). Tolerance of ambiguity: A review of the concept, its measurement and applications. Current Psychology, 14(3), 179-199.

[2] Xu, H., and Tracey, T. J. G. (2014). The role of ambiguity tolerance in career decision making. Journal of Vocational Behavior, 85(1), 18-26.

[3] Yurtsever, G. (2001). Tolerance of ambiguity, information, and negotiation. Psychological Reports, 89(1), 57-64.

[4] Katsaros, K. K., Tsirikas, A. N., and Nicolaidis, C. S. (2014). Managers’ workplace attitudes, tolerance of ambiguity, and firm performance: The case of Greek banking industry. Management Research Review, 37(5), 442-465.

[5] Munteanu, C. I. (2008). A comparative study on managers’ tolerance for ambiguity. SSRN. https://doi.org/10.2139/ssrn.1132935


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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