2024年11月25日
なぜ私たちは自分の足を引っ張るのか、そしてどう止めるか
セルフ・ハンディキャッピングは、私たちが日常生活でも職業生活でもよく行っている自己防衛的な行動の一つです。試験前に十分勉強しなかったり、大切なプレゼンの前日に飲みに行ったりした経験はありませんか。一見怠けや先延ばしに見えるこの行動の裏には、複雑な心の動きがあります。
セルフ・ハンディキャッピングとは、失敗を恐れるあまり、わざと自分に不利な状況を作り出し、失敗したときの言い訳を用意する行動のことです。短期的には自尊心を守る効果がありますが、長期的には本来の力を発揮できなくなる可能性があります。
本コラムでは、セルフ・ハンディキャッピングを減らす方法に焦点を当てます。なぜこの行動が起こるのか、そしてどうすれば減らせるのかを、いくつかの研究をもとに探っていきます。
If-thenプランがセルフ・ハンディキャッピングを減らす
セルフ・ハンディキャッピングを減らす方法の一つとして、「If-thenプラン」と呼ばれる心理テクニックが注目されています。これは、特定の状況で具体的にどう行動するかを事前に計画することで、望ましい行動を引き起こす方略です。
ある研究では、大学生を対象に、If-thenプランがセルフ・ハンディキャッピング行動を減らす効果があるかを調べました[1]。実験では、参加者を「If-thenプラン群」と「対照群」に分け、両群に「次の課題で良い成績を取る」という目標を設定しました。その上で、「心配事を無視して『自分はできる』と自分に言い聞かせる」という戦略を教えました。
If-then群には「もし心配になったら、『自分はできる』と自分に言い聞かせよう」というIf-then形式で戦略を教えたのに対し、対照群には一般的な方法で同じ戦略を教えました。
その後、参加者は「知能テスト」または「知覚スタイルテスト」として説明された課題に取り組みました。「知能テスト」と説明された場合、参加者はプレッシャーを感じ、セルフ・ハンディキャッピング行動を取りやすくなります。
結果としては、高いプレッシャーがかかる「知能テスト」条件下で、対照群の参加者はより高いストレスを報告しました。これはセルフ・ハンディキャッピングの一種と考えられます。ストレスが高いと主張することで、テストの結果が悪かった場合に「ストレスのせいだ」と言い訳できるようにしているのです。
一方、If-thenプランを学んだIf-then群の参加者は、同じ高プレッシャー条件下でもストレスの報告が低く、セルフ・ハンディキャッピング行動を示しませんでした。If-thenプランが不安や心配を効果的にコントロールし、セルフ・ハンディキャッピングを防ぐ効果があることを表しています。
さらに、行動面でのセルフ・ハンディキャッピングについても調べました。参加者はテスト前に、問題の解き方に関する説明を読むかどうか選べるようにしました。ここで、説明をしっかり読むことは「十分な準備をする」ことを意味し、読まないことは「準備不足の状態を作り出す」セルフ・ハンディキャッピング行動とみなされます。
結果、対照群の参加者は、高プレッシャー条件下で説明を読む時間が短く、準備を怠る傾向がありました。わざと十分な準備をしないことで、テストの結果が悪かった場合に「準備不足だったから」と言い訳できるようにしているためです。
しかし、If-thenプランを学んだIf-then群では、高プレッシャー条件下で説明をしっかり読み、十分な準備を行いました。
これらの結果は、If-thenプランが心理的なセルフ・ハンディキャッピングだけでなく、行動面でのセルフ・ハンディキャッピングも減らすことを意味しています。「もし心配になったら、『自分はできる』と自分に言い聞かせよう」という具体的な計画を立てることで、不安や心配に対処し、セルフ・ハンディキャッピング行動を防ぐことができるのです。
成功の可能性を予測することが効果的
セルフ・ハンディキャッピングを減らす研究の中で、私たちの考え方がこの行動にどう影響するかを調べた研究があります[2]。特に注目したのは、「プレファクト思考」と呼ばれる思考の役割です。
プレファクト思考とは、「もし~なら~だろう」という形で未来の出来事を予測する考え方のことです。研究では、プレファクト思考を「下向き」と「上向き」の2種類に分けています。下向きのプレファクトは失敗の可能性を予測するもの(例えば、「もし十分に勉強しなければ、試験に失敗するだろう」)で、上向きのプレファクトは成功の可能性を予測するもの(例えば、「もっと勉強すれば、試験で良い結果が出るだろう」)です。
研究者たちは、セルフ・ハンディキャッピングを行いやすい人が、どのように自分のパフォーマンスを下げる方法を予測し、そのための言い訳を準備しているのかを調べました。その結果、セルフ・ハンディキャッピングを行いやすい人は、下向きのプレファクトをしやすいことがわかりました。
具体的には、男性は人前での発表において、努力を減らす下向きのプレファクトを多く行う傾向がありました。例えば、「もし十分に準備しなければ、発表で失敗するかもしれない」といった考えです。これは、失敗した際に「準備不足だったから仕方ない」という言い訳を準備するためだと考えられます。
上向きのプレファクト思考を促すことで、セルフ・ハンディキャッピング行動を減らせることが示されました。参加者に「もしもっと勉強すれば、試験で良い結果が出るだろう」といった上向きのプレファクトを行ってもらうと、セルフ・ハンディキャッピング行動が減りました。特に、普段セルフ・ハンディキャッピング行動を取りやすい人に対して、効果が顕著に見られました。
実際の行動面でも、下向きのプレファクトを行う人はパフォーマンスを下げる選択をする傾向が強く、上向きのプレファクトはパフォーマンス向上に貢献することが確認されました。
例えば、下向きのプレファクトを持つ人は、失敗の可能性を強く意識するため、その言い訳を準備し、わざとパフォーマンスを下げるような行動(例えば、集中できない環境を選ぶ)を取る傾向が強くなります。一方、上向きのプレファクトを行う人は、成功に向けた行動を選択しやすく、パフォーマンスが上がります。
自信を持つ機会を設けると、減る場合もある
自信を高める機会を与えることで、セルフ・ハンディキャッピング行動が減る可能性があることを示した研究を紹介します[3]。
研究者たちは、ビジネス適性テスト(BAT)を使って、参加者が「努力による成功」または「運による成功」を経験するように実験を設定しました。
努力による成功とは、参加者が自分の努力や能力が成功につながったと感じられる状況です。例えば、難しすぎないテストで良い成績を取った場合、参加者は「自分の能力による結果だ」と感じやすくなります。
一方、運による成功とは、成功が運や外部要因によるものだと感じる状況です。例えば、非常に難しいテストで良い成績を取った場合、参加者は「自分の実力ではなく、たまたまうまくいった」と感じるかもしれません。
実験では、参加者の一部に自信を高める機会が与えられました。参加者が自分の価値観や長所について考え、それを強める活動です。具体的には、自分にとって大切な価値観について考えるという課題を行いました。
結果的に、自信を高める機会があった参加者は、特に運による成功を経験した場合に、セルフ・ハンディキャッピング行動が抑制されることがわかりました。これは興味深い発見です。なぜなら、運による成功は普通、個人にとって「自分の能力が低いかもしれない」という不安や脅威を感じさせ、自己評価が揺らぐ原因になりやすいからです。
しかし、自信を高めることで、たとえ成功が自分の能力によるものでなくても、その状況が「自分の価値や能力が低い」と直接結びつかなくなります。「自分は価値がある存在だ」と認識することで、成功や失敗の結果に振り回されなくなり、自己防衛的な行動を取る必要がなくなるということです。
一方、努力による成功を経験した参加者では、自信を高めることがセルフ・ハンディキャッピングに与える影響がほとんど見られませんでした。努力による成功の場合、もともと自己評価が脅かされることが少ないため、自信による補強もあまり必要とされなかったのでしょう。
努力に対する価値観が性差の背景にある
セルフ・ハンディキャッピングに関する研究の中で、複数の研究が、男性が女性に比べてセルフ・ハンディキャッピング行動を取りやすいことを示しています。なぜこのような性差が生じるのでしょうか。
この問いに答えるため、研究者たちは「努力」に対する個人的な価値観に注目しました[4]。女性は男性よりも努力に対してより強い価値観を持ち、これがセルフ・ハンディキャッピングの性差を説明する一因であると考えました。
この考えを確かめるため、一連の実験が行われました。まず、セルフ・ハンディキャッピング行動、特に試験前の勉強努力における性差に焦点を当てた実験が行われました。参加者は努力に対する個人的な価値観を測る尺度に回答しました。
結果は予想を支持するものでした。男性は試験前に勉強をあまりしなかったと自己申告することが多く、これは成績が悪かった場合に「勉強不足だから仕方ない」という言い訳を準備するためだと考えられます。一方、女性は勉強不足をセルフ・ハンディキャッピングとして利用せず、むしろ努力不足を否定的に評価しました。
この結果は、女性が努力に対して高い価値を置いているため、勉強を怠けることに対して批判的な態度を取ることを示唆しています。女性にとって、努力しないことは自分や他者からの評価を下げる行為だと認識されており、そのためセルフ・ハンディキャッピング行動を取りにくいのでしょう。
さらに、研究者たちは努力の価値に対する信念が、個人的信念か社会的規範によるものかを評価しました。
結果としては、努力に対する個人的信念、つまり「自分が努力することに価値を見出すかどうか」が、セルフ・ハンディキャッピング行動に対する反応や使用を説明することがわかりました。特に、女性は個人的信念に基づき、努力不足のセルフ・ハンディキャッピングを否定的に評価することが確認されました。
社会的な規範ではなく、個人の内面化された価値観がセルフ・ハンディキャッピング行動に影響を与えているということです。女性は努力を重視する個人的な価値観を持っているため、努力しないことを自己評価に影響する重大な問題と捉え、セルフ・ハンディキャッピング行動に対して厳しくなります。
実際の行動面でもこの傾向が検証されました。実験では、男性は女性よりも練習を少なくし、これがセルフ・ハンディキャッピング行動と関連していることがわかりました。男性は、結果が悪かった場合に備えて言い訳を準備し、自己肯定感を保つために練習をあえて少なくすることがあります。一方、女性は練習を怠らず、努力不足を言い訳として使うことが少ないことが明らかになりました。
セルフ・ハンディキャッピングにおける性差は、生物学的な違いというより、努力に対する価値観の違いに起因している可能性があります。女性は努力を重視するため、練習を怠けることが自分の評価や結果に悪影響を及ぼすと考え、セルフ・ハンディキャッピング行動を取らないのです。
セルフ・ハンディキャッピングの減らし方
セルフ・ハンディキャッピングを減らす方法について、いくつかの重要な示唆が得られました。
初めに、「If-thenプラン」と呼ばれる具体的な行動計画を立てることが、セルフ・ハンディキャッピング行動を減らすことがわかりました。「もし心配になったら、『自分はできる』と自分に言い聞かせよう」といった計画を立てることで、不安や心配に対処し、セルフ・ハンディキャッピング行動を防ぐことができます。
続いて、思考の重要性が明らかになりました。上向きのプレファクト思考、つまり「こうすれば成功できる」という考え方を促すことで、セルフ・ハンディキャッピング行動を減らせることがわかりました。ポジティブな思考が行動の変化につながる可能性を表しています。
自信を高める機会を設けることも、特に運による成功を経験した場合のセルフ・ハンディキャッピング行動を減らす効果があることがわかりました。自分の価値観や長所について考える機会を持つことで、失敗や不確実な成功に直面しても自己評価を守るための防衛行動が減ります。
そして、努力に関する価値観がセルフ・ハンディキャッピングの性差の背景にあることが見えてきました。女性は男性に比べて努力により高い価値を置く傾向があり、これがセルフ・ハンディキャッピング行動の少なさにつながっています。
脚注
[1] Thurmer, J. L., McCrea, S. M., and Gollwitzer, P. M. (2013). Regulating self-defensiveness: If-then plans prevent claiming and creating performance handicaps. Motivation and Emotion, 37(4), 712-725.
[2] McCrea, S. M., and Flamm, A. (2012). Dysfunctional anticipatory thoughts and the self‐handicapping strategy. European Journal of Social Psychology, 42(1), 72-81.
[3] Siegel, P. A., Scillitoe, J., and Parks-Yancy, R. (2005). Reducing the tendency to self-handicap: The effect of self-affirmation. Journal of Experimental Social Psychology, 41(6), 589-597.
[4] McCrea, S. M., Hirt, E. R., and Milner, B. J. (2008). She works hard for the money: Valuing effort underlies gender differences in behavioral self-handicapping. Journal of Experimental Social Psychology, 44(2), 292-311.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。