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コラム

言い訳の代償:なぜセルフ・ハンディキャッピングは逆効果なのか

コラム

私たちは日々、様々な場面で自分の力を試され、評価されています。そんな中で、失敗を恐れるあまり、わざと自分に不利な状況を作り出す「セルフ・ハンディキャッピング」という行動を取る人がいます。一見変わった行動に思えますが、これは実は自己肯定感を守るための方法の一つなのです。この方法は、長い目で見るとどんな影響を与えるのでしょうか。

この記事では、セルフ・ハンディキャッピングが人にもたらす影響について、研究知見をもとに見ていきます。一時的には自分を守るのに役立つように見えるこの行動が、実はいろいろな問題を引き起こし、人の成長や幸せを妨げる可能性があることがわかっています。

セルフ・ハンディキャッピングの仕組みとその影響を理解することで、もっと健康的に自分を評価し、成長する方法を考えるヒントが得られるでしょう。

セルフ・ハンディキャッピングは結局のところ逆効果

セルフ・ハンディキャッピングとは、失敗したときに「能力がない」と思われないように、あらかじめ失敗の言い訳になるような障害を自分で作り出す行動のことです。例えば、大切なプレゼンの前日に友達と飲みに行って、十分な準備をしないことなどがあります。

この行動は、一見すると自己肯定感を守るのに効果的な方法に思えるかもしれません。しかし、学術研究においては、セルフ・ハンディキャッピングが実際には逆効果であることがわかっています。

韓国の労働者を対象にした研究では、職場でのセルフ・ハンディキャッピング行動が、他の人からどのように見られるかが調べられています[1]。大切なプレゼンを控えた人が、前日に友達と飲みに行くか、オフィスで練習を続けるかという場面を参加者に示し、その人に対する評価を求めました。

その結果、セルフ・ハンディキャッピングをした人は、たとえプレゼンで成功しても、その成功を能力や努力の結果とは見なされませんでした。むしろ、運がよかっただけだと評価されました。一方、失敗した場合は、その失敗が能力不足や努力不足によるものだと厳しく評価されました。

興味深いのは、セルフ・ハンディキャッピングをした人との関係に関する評価です。参加者たちは、セルフ・ハンディキャッピングをする人と仲良くなりたいとは思わず、一緒に仕事をしたいとも思いませんでした。この傾向は、セルフ・ハンディキャッピングをした人が成功した場合でも変わりませんでした。

セルフ・ハンディキャッピングは、他の人からの評価を守るどころか、むしろ悪い評価を招く結果となっています。このような行動は、能力や努力の評価を下げるだけでなく、人間関係にも悪影響を及ぼすことがわかりました。

職場では、信頼できることや責任感があることが重要視されます。セルフ・ハンディキャッピングは、このような価値観に反する行動として見られ、結果的に個人の評価を下げてしまうのです。短期的に自己肯定感を守ろうとするこの方法は、長い目で見ると個人の評価や人間関係を損なう可能性が高いと言えます。

学生では一部容認されるが社会人では逆効果

セルフ・ハンディキャッピングの影響は、環境や見る人の立場によって異なることがわかってきました。大学生と社会人を対象にした研究では、同じセルフ・ハンディキャッピング行動でも、それを評価する人の立場や状況によって、受け取られ方が変わることが明らかになりました[2]

大学生と社会人の両方を対象に、セルフ・ハンディキャッピングをする人(ターゲット)に対する評価を調べました。具体的には、大切なプレゼンを控えた人が、友達と遊びに行くか(セルフ・ハンディキャッピング)、それとも家で発表の練習を続けるか(普通の行動)という選択をし、その結果、発表で成功するか失敗するかという場面を示しました。

大学生の参加者を対象とした調査の結果から紹介しましょう。男子大学生は、セルフ・ハンディキャッピングをする同じ大学生のターゲットに対して、仲良くなりたいという気持ちを示しました。大学生の間では、試験前に遊びに行くなどのセルフ・ハンディキャッピング行動が、ある程度許されているのかもしれません。

しかし、この傾向はターゲットが社会人の場合には見られませんでした。大学生の男性参加者は、社会人がセルフ・ハンディキャッピングをすることに対しては好意的な評価をしませんでした。社会人に対する期待や責任の認識が、大学生とは異なることを意味しています。

他方で、一緒に仕事をしたいかどうかについては、大学生の参加者であっても、セルフ・ハンディキャッピングをしたり失敗したりしたターゲットとは一緒に仕事をしたくないと感じました。この結果は、仕事や課題において信頼性が重要視されることを反映しています。

さらに、大学生のターゲットがセルフ・ハンディキャッピングをした場合、失敗しても能力評価はあまり下がりませんでした。これは、失敗の原因を外的要因(セルフ・ハンディキャッピング行動)に帰属させることで、能力評価が守られたためと考えられます。

しかし、社会人の参加者を対象とした調査では、結果が異なりました。社会人の参加者は、ターゲットの立場(大学生か社会人か)や参加者の性別に関係なく、セルフ・ハンディキャッピングをするターゲットと仲良くなりたいとは思いませんでした。また、一緒に仕事をしたい気持ちも同様に低く、セルフ・ハンディキャッピングをしたターゲットとは一緒に仕事をしたくないと感じたのです。

能力評価に関しても、社会人の参加者はセルフ・ハンディキャッピングをするターゲットの能力を低く評価しました。これは、ターゲットが大学生であっても社会人であっても同じでした。社会人の参加者にとって、セルフ・ハンディキャッピングは単に言い訳を作る行為として捉えられ、能力や責任感の欠如として解釈されました。

これらの結果は、セルフ・ハンディキャッピングの効果が状況に依存することを表しています。大学生の間では、特に男性同士で一部許される傾向がありますが、社会人の世界では一貫して悪く評価されます。この違いは、働く姿勢や責任感に対する認識の違いを反映していると考えられます。

社会人は、努力や責任感を強く重視しており、セルフ・ハンディキャッピングはそれらの価値観に反する行動として認識されます。そのため、職場環境ではセルフ・ハンディキャッピングが一貫して悪く評価され、能力評価や人間関係に悪影響を及ぼすのです。

長期的には様々な問題を引き起こす

これまで見てきたように、セルフ・ハンディキャッピングは多くの場合、個人に悪影響を及ぼします。ある研究では、セルフ・ハンディキャッピングが引き起こす様々な問題について、4つの異なる視点から調査が行われました[3]

第一に、セルフ・ハンディキャッピングと適応不良の相互強化について見てみましょう。セルフ・ハンディキャッピングをする人が、時間が経つにつれて不適応感や自己評価の低下を経験することがわかりました。例えば、大切な課題の前に十分な準備をせずに臨むという行動を繰り返すことで、実際の能力を発揮する機会を逃し、結果的に自信を失っていくということです。

この悪循環は、さらなるセルフ・ハンディキャッピング行動を引き起こします。自信を失った個人は、失敗を恐れてますますセルフ・ハンディキャッピングに頼るようになり、その結果、適応能力がさらに低下するという悪い流れに陥ってしまいます。

第二に、セルフ・ハンディキャッピングと能力満足の関係について考えてみましょう。研究結果によると、セルフ・ハンディキャッピングをする人は、自分の能力に満足できない状態に陥りやすいことがわかりました。例えば、いつも言い訳を用意することで、自分の能力を発揮する機会を逃し、達成感や満足感を得られにくくなります。

能力への不満足感は、落ち込みや不安といった否定的な感情を引き起こし、それがさらにセルフ・ハンディキャッピング行動を強めるという悪循環を生み出します。自分の能力に自信が持てないからこそ、失敗を恐れて言い訳を用意するのですが、その行動自体が能力への不満足感を助長してしまうのです。

第三に、セルフ・ハンディキャッピングと物質使用の関係も明らかになりました。研究によると、セルフ・ハンディキャッピングの傾向が高い人ほど、お酒や薬物などの物質を使用する頻度が高くなることがわかりました。

これは、物質使用自体がセルフ・ハンディキャッピングの一種として機能するためです。例えば、大切な仕事の前日にお酒を飲むことで、もし失敗した場合に「お酒を飲んでいたから」という言い訳を用意できます。しかし、この行動は実際の仕事の成果を下げ、さらなる自己破壊的な行動につながる危険性があります。

第四に、セルフ・ハンディキャッピングが仕事に対する内発的動機づけに与える影響についても調査が行われました。内発的動機づけとは、外からの報酬や評価ではなく、活動そのものが楽しいから行うという動機づけのことです。

研究結果によると、セルフ・ハンディキャッピングをする人は、時間が経つにつれて仕事に対する内発的動機づけが低下していくことがわかりました。セルフ・ハンディキャッピング行動によって達成感や自信が失われ、仕事自体の楽しさや意義を見出せなくなるからでしょう。

例えば、失敗の言い訳を用意することで、仕事に全力で取り組む機会を逃し、仕事の面白さや達成感を味わえなくなります。そして、仕事に対する興味や意欲が失われていきます。

これらの研究結果が示すのは、セルフ・ハンディキャッピングが長期的には個人に深刻な悪影響を及ぼすことです。短期的に自己肯定感を守るための方法が、結果的には適応能力の低下、能力への不満足感、物質使用の増加、そして内発的動機づけの低下という多様な問題を引き起こします。

「悪魔の取引」とも言える状況は、個人の成長や幸福を妨げる可能性があります。セルフ・ハンディキャッピングに頼ることで一時的に自己肯定感を守れたとしても、長期的には自分自身を傷つけ、本来の可能性を発揮できなくなってしまいます。

遊びの場合には内発的動機づけが高まる

セルフ・ハンディキャッピングは多くの場合、長期的には個人に悪影響を及ぼします。しかし、面白いことに、遊びや娯楽の場面では、違う効果が見られることがあります。ピンボールゲームを使った実験を通じて、セルフ・ハンディキャッピングが内発的動機づけに与える影響を調べた研究があります[4]

実験では、男子大学生を対象に、ピンボールゲームを競争ありまたはなしの設定でプレイしてもらいました。参加者には事前に練習する時間が与えられ、この練習量がセルフ・ハンディキャッピングの指標となりました。練習を少なくすることで、もし負けた場合に「練習不足が原因だ」という言い訳を用意するわけです。

実験の結果、練習量の少ない人、つまりセルフ・ハンディキャッピングの傾向が高い人は、練習量が多い人よりもゲームを楽しんでいました。特に競争がある状況では、この傾向が強く現れました。

セルフ・ハンディキャッピングによって生まれる「結果への不安からの解放」が、ゲームへの没頭を促し、その没頭が楽しさを高めるのではないかと考えられます。

セルフ・ハンディキャッパーは、あらかじめ自分に言い訳を作ることで、失敗に対するプレッシャーを軽くすることができます。例えば、ピンボールのゲームに参加する前に練習をあまりしなかった人は、もし結果が悪くても「練習を十分にしていなかったからだ」と自分に言い訳できるため、ゲームの結果に対する不安やストレスを感じにくくなります。

一方、練習をたくさんした人は、失敗したときに「自分は練習をたくさんしたのに、この結果だ」というように、能力や努力に対して直接的な評価を受けてしまうため、結果への不安が強くなりやすいと言えます。そのため、練習をたくさんした人はゲームに集中しにくく、楽しさが減るのです。

この現象が、競争がある状況で顕著なのは、競争があると結果に対するプレッシャーが増すからです。競争がある状況では、他の参加者に勝つことが重要視されるため、失敗のプレッシャーが強く感じられます。しかし、セルフ・ハンディキャップを行った人は「練習していない」という言い訳があるので、結果にあまりこだわらずにゲームそのものに集中しやすくなります。その結果、活動自体を楽しむことができます。

セルフ・ハンディキャッピングが必ずしも常に悪影響を及ぼすわけではないことを示唆する研究です。遊びや娯楽の場面では、セルフ・ハンディキャッピングが内発的動機づけを高め、活動自体の楽しさを増す可能性があります。

ただし、これはあくまでも遊びの場面での話であり、仕事や勉強などの場面では依然として注意が必要です。セルフ・ハンディキャッピングが長期的にはいろいろな問題を引き起こす可能性があることは、前に説明した通りです。

脚注

[1] Shin, H., and Park, S. W. (2021). Perception of self-handicapping behavior in the workplace: Not that great. Current Psychology, 40(2), 910-918.

[2] Park, S. W., and Brown, C. M. (2014). Different perceptions of self‐handicapping across college and work contexts. Journal of Applied Social Psychology, 44(2), 124-132.

[3] Zuckerman, M., and Tsai, F. F. (2005). Costs of self-handicapping. Journal of Personality, 73(2), 411-442.

[4] Deppe, R. K., and Harackiewicz, J. M. (1996). Self-handicapping and intrinsic motivation: Buffering intrinsic motivation from the threat of failure. Journal of Personality and Social Psychology, 70(4), 868-876.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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