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コラム

失敗から学ぶ思考法:意思決定と行動変容に対する反事実的思考の影響

コラム

反事実的思考とは、過去の出来事や選択について「もし○○していたら、結果はどうなっていただろうか」と想像して考えることです。例えば、仕事がうまくいかなかった時に「あの時○○していれば、もっと良い結果になっていたかもしれない」と振り返ることが、反事実的思考の例です。

反事実的思考は、実際に起こったことと、想像上の別の可能性を比べることで成り立ちます。そのため、反事実的思考は私たちの経験や記憶、想像力を使う高度な心の働きです。空想や後悔とは違い、反事実的思考には過去の経験から学び、将来の行動を良くする可能性が秘められています。

反事実的思考には、主に2つの種類があります。1つは「上向き」の反事実的思考で、現実よりも良い結果を想像するものです。もう1つは「下向き」の反事実的思考で、現実よりも悪い結果を想像するものです。これらの思考は、私たちに異なる影響を与えています。

研究者たちは、反事実的思考が私たちの判断や行動にどのような影響を与えるのか、さまざまな角度から研究を進めています。その結果、反事実的思考が単なる空想ではなく、行動の変化や問題解決に役立つ可能性があることが分かってきました。

本コラムでは、反事実的思考に関する研究知見を紹介しながら、この思考の意味や可能性について考えていきます。

グループ内の情報の偏りを改善する

反事実的思考は、個人の判断だけでなく、グループにおける意思決定にも有効に機能します。グループ内での情報共有の偏りを改善する効果があることが、研究によって明らかになっています[1]

グループでの意思決定において反事実的思考を促すことで、メンバー間の情報共有が促進され、より正確な判断ができるようになることが示されました。実験では、参加者たちはある事例について話し合い、最終的な判断を下す必要がありました。ここで重要なのは、各参加者に与えられた情報が異なっていたという点です。

実験の結果、反事実的思考を促されたグループは、そうでないグループに比べて、お互いの持つ独自の情報(まだ共有されていない情報)を多く話し合い、最終的により正確な判断を下すことができました。反事実的思考を促されたグループは、正しい結論を導き出す確率が約3倍も高くなったのです。

反事実的思考は、「もし○○だったら」という仮想的な状況を考えることで、普段の思考では見落としがちな視点や情報に目を向けさせる効果があると考えられます。グループのメンバーが「もし別の情報があったら、結論は変わっていたかもしれない」と考えることで、自分が持っている独自の情報を共有しようとする意欲が高まります。

反事実的思考は、グループ内での話し合いの質も向上させる効果があります。「もし○○だったら」という思考は、情報を共有するだけでなく、その情報の重要性や影響を深く考えることにつながります。表面的な話し合いではなく、より深い洞察に基づいた意思決定が可能になります。

この研究結果は、組織の意思決定プロセスにヒントを与えています。例えば、重要な会議の前に参加者に反事実的思考を促すような質問をすることで、効果的な情報共有と意思決定が可能になるかもしれません。「もし私たちが見落としている重要な情報があったら、それは何だろうか」といった問いかけは、参加者の視野を広げ、新たな視点をもたらす可能性があります。

グループにおいて協力を促す

反事実的思考は、グループ内での協力行動を促進する効果があります。複数の選択肢がある状況下で、反事実的思考が協力を強める可能性が示されています。

「スタッグハントゲーム」と呼ばれる協力ゲームを用いて、反事実的思考の影響が調査されました[2]。このゲームでは、参加者は協力して大きな報酬(シカ)を得るか、一人で小さな報酬(ウサギ)を得るかを選択します。ここで重要なのは、シカを獲るためにはグループの協力が必要だという点です。

実験の結果、反事実的思考を促された参加者は、そうでない参加者に比べて協力行動を選択する傾向が強くなりました。反事実的思考を行った参加者は、例えば、「もし全員が協力していたら、もっと大きな報酬が得られたかもしれない」といった考えを持つことで、次の機会には協力を選択する可能性が高くなります。

少数の参加者が反事実的思考を行うだけでも、グループ全体の協力行動が促進されました。反事実的思考を行う参加者が、協力的な行動の手本となることで、グループ全体の協調性が高まるからかもしれません。

こうした反事実的思考の効果は、過去の行動を反省するだけでなく、未来の行動を変える原動力となります。「もし○○していたら」という思考は、次の機会に「では今度は○○しよう」という行動につながりやすいのです。

反事実的思考は、グループ内での信頼関係の構築にも役立つ可能性があります。お互いの行動の結果を反事実的に考えることで、相手の立場や意図を理解できるようになるかもしれません。これは、長期的な協力関係を築く上で重要です。

失敗の種類で効果が変わる

反事実的思考の効果は、その対象となる失敗や問題の種類によって異なります。学業の失敗と対人関係の問題では、反事実的思考が異なる影響を与えます。

大学生を対象に、学業での失敗と対人関係での問題について、それぞれ反事実的思考を行った際の反応を調査しました[3]。結果は興味深いものでした。

学業の失敗に関しては、反事実的思考を行うことで、自分自身への責任感や「もし○○していたら」という上向きの思考が多く見られました。例えば、試験に失敗した学生が「もっと勉強していれば良かった」と考えるケースです。学業の結果が個人の努力に直結すると考えられており、失敗を自分のコントロール不足と捉える傾向があるためだと解釈されています。

一方、対人関係の問題では、他者への責任転嫁や不信感が強くなりました。友人との喧嘩で「相手が誤解した」「相手が悪い」と考えるようなケースです。対人関係は相互作用であり、問題の原因を他者に求めやすいからでしょう。自己肯定感を守るための防衛反応が働いている可能性もあります。

さらに、上向きの反事実的思考(「もっと良い結果になっていたかもしれない」という考え)は、罪悪感や恥、後悔といった自分自身に向けられた感情と関連していることが分かりました。自分の行動を変えれば結果が良くなったかもしれないという思考が、自己批判や自責の念を強めるのです。

これらの結果は、反事実的思考が常に良い効果をもたらすわけではないことを示しています。状況や問題の性質によって、反事実的思考の影響は異なる可能性があるということです。

制御焦点と合うと持続力が上がる

反事実的思考の効果は、個人の動機づけのスタイル(制御焦点)と合致すると、より強くなります。制御焦点理論によると、人々の動機づけには「促進焦点」(成長や達成を目指す)と「予防焦点」(失敗を回避する)という2つのタイプがあります。

制御焦点と反事実的思考の関係を調査した研究があります[4]。参加者は単語パズルの課題に取り組んだ後、異なるタイプの反事実的思考を行うよう指示されました。その後、次の課題に取り組む際の持続力が測定されました。

結果としては、促進焦点の条件(「全ての単語の90%以上を見つける」という目標設定)では、上向きの反事実的思考(「もっと良い結果が得られたかもしれない」という思考)が、持続力を向上させました。達成志向の参加者にとって、より良い結果を想像することが次の行動を促進する強い動機づけとなったためでしょう。

一方、予防焦点の条件(「90%以上見つけられなかったことを避ける」という目標設定)では、異なる結果が得られました。ここでは、下向きの反事実的思考が持続力を高めました。「もっと悪い状況を避けられて良かった」という思考を持つことで、リスク回避の成功を次の行動に活かそうとするためだと解釈されています。

これらの結果は、反事実的思考が個人の制御焦点に適合すると、動機づけが強化され、行動の持続力が向上することを表しています。自分の志向に合った反事実的思考を行うと、より強く動機づけられるということです。

チームのメンバーの特性を理解し、それぞれの制御焦点に合わせた反事実的思考を促すことで、効果的に持続力を高められるかもしれません。達成志向の強いメンバーには「もっと良い結果を得るためには何ができただろうか」と考えてもらい、リスク回避志向の強いメンバーには「どうすればもっと悪い結果を避けられただろうか」と考えてもらうといった具合です。

行動面の反事実的思考が行動を変える

反事実的思考は行動変容にも影響を与えます。行動に焦点を当てた反事実的思考が、将来の行動意図や実際の行動に影響を与えることが分かりました。

反事実的思考が行動意図と実際の行動にどのように影響するかを調査しました[5]。実験において、参加者に反事実的思考を促した後、将来の同様の状況でどのように行動するかを判断させ、その反応時間を測定しました。

反事実的思考を行った参加者は、そうでない参加者に比べて、将来の行動意図をより迅速に判断できることが分かりました。具体的には、反事実的思考を行った参加者の反応時間は726ミリ秒だったのに対し、対照群は1122ミリ秒でした。反事実的思考が将来の行動計画を立てる上で有効に機能していることを示唆しています。

反事実的思考の内容によって効果が異なることも明らかになりました。行動に焦点を当てた反事実的思考(例:「もっと注意深く食べるべきだった」)は、結果に焦点を当てた反事実的思考(例:「もしシャツにシミがつかなかったら」)よりも、行動意図の判断を促進することが分かりました。これは、行動中心の反事実的思考が行動の修正を伴うため、将来の行動意図に影響を与えやすいためだと思われます。

さらに、反事実的思考が実際の行動にも影響を与えることが示されました。反事実的思考を行った参加者は、同じ課題が再び提示された際に、以前の結果を反映してより適切な行動を選択しました。一方、反事実的思考を行わなかった参加者は、前回と同じような選択を繰り返す傾向がありました。

これらの結果は、反事実的思考が過去の反省にとどまらず、未来の行動を変える力を持っていることを意味しています。「もし○○していたら」という思考が、「次は○○しよう」という行動計画につながり、行動変容をもたらすのです。

例えば、失敗や問題が発生した際に、結果を振り返るだけでなく、「もし違う行動を取っていたら、どうなっていただろうか」と行動に焦点を当てた反事実的思考を促すことで、次回の行動改善につながりやすくなるかもしれません。

職場における反事実的思考の意義

反事実的思考は、空想や後悔にとどまらず、私たちの意思決定や行動に影響を与える思考プロセスであることが見えてきました。職場のマネジメントにおいて、反事実的思考を活用することで、いくつかの効果が期待できます。

  • 情報共有の促進:反事実的思考を促すことで、チーム内の情報共有が活発になり、質の高い意思決定につながる可能性があります。重要な会議の前に、「もし見落としている重要な情報があるとしたら、それは何だろうか」といった問いかけをすることで、メンバーの多様な視点を引き出せるかもしれません。
  • 協力行動の強化:反事実的思考は、チーム内の協力を促進する効果があります。プロジェクトの振り返りの際に、「もっと協力していたら、どのような結果になっていただろうか」と考えることで、次のプロジェクトでの協力関係を高められる可能性があります。
  • モチベーション管理:個人の制御焦点(達成志向か回避志向か)に合わせた反事実的思考を促すことで、モチベーションを高められます。メンバーの特性を理解し、適切な反事実的思考を促すことが重要です。
  • 行動変容の促進:行動に焦点を当てた反事実的思考を促すことで、行動改善につながりやすくなります。失敗や問題が発生した際に、「もし違う行動を取っていたら、どうなっていただろうか」と考えることで、次回の行動改善を促せます。
  • 学習と成長の促進:反事実的思考は、過去の経験から学び、未来の行動を改善するための有効な手段となります。失敗や成功の経験を反事実的に考察することで、気づきと学びを得られるでしょう。

もちろん、反事実的思考の活用には注意も必要です。過度に否定的な反事実的思考は、チームの士気を低下させたり、個人の自己肯定感を傷つけたりしかねません。

マネージャーとしては反事実的思考を促す際に、前向きな視点を保ちつつ、個々のメンバーや状況に応じたアプローチを取ることが重要です。反事実的思考をうまく活用することで、チームの学習能力を高め、柔軟性のある組織づくりにつながります。

脚注

[1] Galinsky, A. D., and Kray, L. J. (2004). From thinking about what might have been to sharing what we know: The effects of counterfactual mind-sets on information sharing in groups. Journal of Experimental Social Psychology, 40(5), 606-618.

[2] Pereira, L. M., and Santos, F. C. (2019). Counterfactual thinking in cooperation dynamics. In M. Fontaine, C. Bares-Gomez, F. Salguero-Lamillar, L. Magnani, and A. Nepomuceno-Fernandez (Eds.), Model-Based Reasoning in Science and Technology: Inferential Models for Logic, Language, Cognition and Computation. Springer.

[3] Mandel, D. R. (2003). Counterfactuals, emotions, and context. Cognition and Emotion, 17(1), 139-159.

[4] Markman, K. D., McMullen, M. N., Elizaga, R. A., and Mizoguchi, N. (2006). Counterfactual thinking and regulatory fit. Judgment and Decision Making, 1(2), 98-107.

[5] Smallman, R., and Roese, N. J. (2009). Counterfactual thinking facilitates behavioral intentions. Journal of Experimental Social Psychology, 45(4), 845-852.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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